第15話*怒りの化身
──林と言うには、いささか木々の隙間が狭いようにも思われた。しかし、森というほどの規模でもない。
まだ朝方であるにも関わらず、差し込む陽射しは薄暗く真っ直ぐに高くそびえる樹木に気を紛らわせぬようにボナパスの姿を探す。
ヘッドセットが使えれば戦闘中でもスムーズなやり取りが可能であったがしかし、試してみればまるで機能しなかったため集落に置いてきた。
他にも使えなかった機器が多く、残念でならない。
勇者に起こる試練とでも言いたいのかと半ば苛立ち、手持ちのものだけで闘う状況はこれまでいくらでもあったと意識を切り替える。
「洞窟にいると思うか」
「どうだろう。夜行性であるなら、
リュートの問いかけに小声で応えて辺りを警戒しながら奥に進む。
大きな脅威の前に生きる物は全て逃げ出したのだろうか。生き物の声だけでなく気配すらも無い寒々しい風景は時折、聞こえる微かな風の音をも異質なものであるかのように感じさせた。
ディリスはふと、左の遠方に何かを見つける。
「ベリル」
呼ばれて彼女が指差す方に視線を送る。リュートもそれを確認し目を眇めた。
遠目からでも解る赤黒い巨体──レキナたち三人は震え上がり互いに身を寄せている。彼らの反応から見て、紛れもなくあれがボナパスだ。
得体の知れない
「リュートは右へ。ティリスは距離を取る」
指示をして静かにAS50を地面に降ろし
ボナパスとの距離は七百メートルほどと、AS50の威力を発揮するには充分だ。ベリルはうつ伏せになってスコープを覗き込み、その赤い体を捉える。
左を向いているボナパスは警戒することもなく、辺りの匂いを嗅いでいる。今いる位置では頭が木に隠れ、こめかみを狙うにはやや無理があった。
確実に倒したいが、ここで移動するとチャンスを逃してしまう可能性がある。風もなく警戒していない今が好機だ。あれだけのデカブツなら外すことはない。
ベリルは心臓があると思われる箇所に狙いを定め、唇をひと舐めして引鉄を絞った──大きな破裂音が響き渡り、銃弾はすぐさまボナパスの胸にまばゆい光を放ちながらめり込む。
「当たった!」
ラトナは思わず声を上げる。
反響と共にボナパスの叫びが奏でられ、燃えるようなオレンジの瞳は痛みを与えた者を探し出しベリルを睨みつけた。
大きく吠え、猛烈な勢いで迫るボナパスの左肩と右前足に二発を当てるも、その速度は衰えない。赤い魔獣は駆け寄るリュートにはまるで目を向けずベリルめがけて突進した。
間一髪でボナパスの牙を避け、リュートとは反対方向に駆ける。
接近するときに銃創を確認し、思ったほどのダメージではないものの効果はあるらしく傷口から赤い液体が流れ出ていた。
「三発、撃ち込んであれか」
どれだけ頑丈なのかと眉を寄せる。
ティリスの魔法が付与されていなければどうなっていただろう。恐ろしさを感じながらも、同時に、強い相手が目の前にいる事に高揚感を覚える。
湧き上がる感情に笑みが浮かび、離れた場所からでも解るほど輝いている瞳にリュートはぎょっとした。
あいつは何故、こんなときに笑っている。何を楽しんでいる。まだ、あんな顔があったのか──あいつには一体、いくつの顔があるんだと背筋がやや冷えた。
ベリルは向かってくるボナパスにショットガンを放ち、
すかさず手榴弾のピンを抜き、ボナパスの目の前に投げた。魔獣は、その物体に気を取られた数秒後、爆発の痛みに叫びをあげる。
そうしてベリルは、転がっているAS50を横目にさらに距離をとった。
やはり、どちらかの頭に焦点を合わせて攻撃するか。片方を潰したあとがどうなるかは解らないが、この状態が続く事も危険だ。
ワイヤーを取り出し、ボナパスがこちらを見失っている間にトラップを仕掛ける。薄暗い視界でもリュートはこちらが見えているようだ。トラップにかかる事はないだろう。
リュートと目が合い、何かをする意思が伝わっていると確認しトラップを仕掛けていく。その間、リュートはボナパスを牽制し気を引き続けた。
──いい加減、疲れてきた。
「まだか」
十数分の間、リュートはボナパスと追いかけっこをしている。もちろん、隙を見て攻撃するも、剣は硬い表皮にはね除けられる。
魔族化出来ればまだ対抗は出来るけれどしかし、ここでの魔族化はティリスたちにも被害が及ぶ可能性がある。
否、俺はまだティリス以外の人間の前で魔族化することを躊躇っている。
ベリルに目を向けると、何かを完了したのか頭を縦に振った。ようやくかとボナパスに向き直った瞬間、破裂音がしてボナパスの腰に銃弾が当たる。
ボナパスは痛みを与えたベリルを
その巨体では感じることのない細いワイヤーが勢いで弾かれるように舞い、数秒後に右脇から起こった爆発がボナパスを直撃する。
「しぶといな」
ベリルは倒れないボナパスに舌打ちし、ハンドガンで応戦する。
激しく怒りを噴き上げるオレンジの瞳にベリルを捉え、魔獣は体を揺らし再び迫っていく。
次のワイヤーにつながれていたショットガンから放たれたスラッグ弾はボナパスの左太ももに命中し、三本目のワイヤーにつながれていたライフルがボナパスの右にある頭の左目を貫いた。
ボナパスは強烈な痛みに呻き、それでも弱まる兆しがない。
「わわわ!?」
「こっちに来る!?」
「大丈夫。落ち着いて」
ティリスはレキナたちを守るため、常に彼らとボナパスの間に入るように立っている。しかし、荒れ狂う魔獣に三人は恐怖で慌てふためきその場から逃げた。
「だめ! こっち!」
ティリスは叫び、走るレキナたちを呼び止める。
「でも!?」
強い口調に思わず立ち止まった瞬間、目の前にボナパスが駆けてきてレキナたちは一気に青ざめた。
「うそ……」
ラトナはボナパスを見失うほど、自分たちが
「ひえええ」
あのまま走っていたら僕たちは死んでいたかもしれない。ティリス様が呼び止めてくれなかったら本当に危なかった。
「もう少し下がろう」
「は、はい」
恐怖で怯えるレキナたちを安心させるため笑みを見せ、注意を払いつつ安全だと思われる距離まで再び遠のいた。
「らちがあかんな」
こいつの体力には限界がないのか。
ベリルは溜息を吐き、唸りを上げて睨みつけるボナパスの瞳に応えるように視線を合わせた。
見合って動かないベリルに、魔獣の口がゆっくりと開かれる──ボナパスは炎を吐く気だ。
「おい!」
あいつ、何をやっている! 舌打ちして素早く駆け寄り、ベリルを抱えて飛び
「すまない」
「何をしていた」
「心を探ろうかと」
「──で。どうだったんだ」
「あれはだめだな。猛獣よりも始末が悪い」
ベリルはリュートの問いかけに肩をすくめる。
動物に対して正確な感情は読み取れないとしても、視線を合わせることで喜びや親しみ悲しみ、恐怖や怒りといった漠然とした感情ならある程度、読み取ることが出来る。
ボナパスの心の隙間を探ろうとしたがそれも不自然なほど敵わなかった。
「……そうか」
そんなことで焼かれる所だったんだぞ。こいつはそれを理解しているのかと呆れて眉を寄せる。
「これまでの攻撃が効果がない訳ではない」
続ければ倒れるだろう。
「こちらに被害が出なければの話だが」
持久戦に持ち込む事は出来るならば避けたい。けれども、そうするしかない。
「このまま続けてくれ」
「おい!?」
ボナパスに向かっていくベリルに何をするつもりなのかと見ていると、振りかぶる爪を避ける事もなく弾き飛ばされた。
リュートは仕方なく、ボナパスの相手をするため剣を構える。
「──っぐ」
「ベリル!」
ティリスは痛みに小さく呻くベリルに駆け寄った。腕を見ると、大きく裂けた傷口から止めどなく血が流れている。
直ぐに治癒するため傷口に手をかざした。
「まったく。厄介な奴だ」
ベリルは上半身を起こして治癒を遠慮し手榴弾を差し出す。
「え?」
「
「もしかして、わざと?」
笑って応えるベリルに唖然とし、治癒よりもそっちを優先する事に顔をしかめつつ魔法を付与した。
「出来たよ」
「ありがとう」
言って立ち上がり走って行くベリルの腕の傷は、すでに塞がっていた。
「硬いな」
リュートは悔しげにつぶやき、噛み殺す意思を瞳に
攻撃は確かに効かない訳じゃない。
「訳じゃない──が」
蜂に刺された程度にも痛手となっているのかは疑問だ。
「どうか」
そこにベリルが戻ってくる。
「どっちの頭が砲台だと思う」
問いかけて血に濡れたベリルの服を一瞥し、ボナパスの
「解れば苦労はしない」
それもそうかとベリルの言葉に納得し魔獣の動向に注視する。
「とはいえ、耐久テストをするつもりはない」
ここらで致命傷を与えたい。奴の体力が途絶えるのを待っていられるかとベリルは言い放ちポケットから何かを取り出す。
「なんだそれは」
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