第14話*事前確認

 ──数日もすればボナパスの棲む洞窟がある林にたどり着く。そこで、作戦の周知と事前の確認作業を行う事になった。

「こちらが先に奴を見つける事が重要だ」

 幸いにも全員、視力が良い。

 ベリルは言って、荷馬車に積んである一メートル三十センチほどのライフルを手に取る。

「それはなんだ」

 いつも身につけている黒い塊に似ているが随分とでかいし長い。

対物狙撃銃アンチマテリアルライフル。AS50」

「アン……?」

「名前は気にするな」

 困惑しているティリスに苦笑いを返す。

「こんな物を振り回すのか」

「これは振り回すものではない」

 ハンドガンと同じような使い方だとざっくり説明する。

 そりゃまあこれだけの重量なら当たれば痛いだろうがと顔をしかめつつ、弾倉マガジンごと弾薬をティリスに渡して魔法の付与を頼んだ。

「威力があり遠方からの攻撃が可能だ」

 バラしてバッグに入れていたものを組み立てた。

 AS50──重量は十四.一キログラム、射程距離はおよそ千八百メートル。セミオートで装弾数は五発(プラス一発)。50口径弾を使用する。

 イギリスの銃器製造会社、アキュラシー・インターナショナルが開発した対物狙撃銃である。

 二十センチのコンクリートなら容易く破砕出来るほど強力だ。

「ボナパスを相手にこの装弾数では不安はあるが仕方がない」

 ベリルがよく使用しているバレットM82は、同じくセミオートで50口径弾を使用し装弾数は十発(プラス一発)とAS50の二倍ある。

 もう一つのバッグにならそれが入っていたのだが、生憎と先に車に積んでしまった。車の中にいたならば、車ごとこちらに来ていたのだろうかとつい考えてしまう。

 手もとにある予備の弾倉マガジンは五つ。

 それを再装填する余裕があるかどうか──弾薬の装填そうてん空薬莢からやっきょうの排出を手動で行うボルトアクション式でなかったことがせめてもの救いか。

 AS50はセミオートの弱点である精度の低下を克服した優れた武器ではあるが、贅沢を言えばPPS M9A1 バズーカくらいは欲しいところである。

 これまで対戦車用ロケットランチャーを生物に使うという考えはなかったが、相手が相手なだけにそれを意識せざるを得ない。

「こいつで倒れてくれれば有り難いのだがね」

 想定通りにいくとは限らない。

「狙撃しているあいだ、ボナパスの注意を引いてもらいたい」

 これを持って走り回るのは骨が折れるし、照準を合わせるのにも多少の時間を要する。

 さらに、二発目以降は移動しながらの射撃になるおそれがある。反動は抑えられているものの、立ったままの連射は精度を欠く。

 重量と長さから腰の位置に据えて撃たねばならず、固定できない状態で的確に対象を撃ち抜くのは難しい。

 数発、当たればいい方か。これまで出会ってきた魔獣を考えるなら、それで倒れるとは思えない。

「先に見つけられた場合は?」

 リュートの質問にベリルは数秒、黙り込み肩をすくめた。

「現状に応じた対処を頼む」

「それって、作戦が無いのと変わらないんじゃ?」

 眉を寄せたティリスにベリルは苦笑いを浮かべる。

「正直、どう闘えば良いのか決めあぐねている」

 状況をかんがみて闘わなければならない事は当然ではあるけれど、ボナパスの出方がまるで解らない実状ではお手上げである。

「治癒は短時間で構わない」

 ティリスはそれに目を眇めた。

「治癒が必要と判断した場合はそれを求めるが完治の方向で考えなくて良い」

 痛みで判断力を鈍らせている時間はない。判断を鈍らせない段階まで回復できればそれで構わない。

 もっとも、それなら自身の治癒力でどうにかなりそうではある。

 問題はリュートだ。彼が怪我をして動けなくなれば、たちまちこちらが不利になるだろう。ティリスの治癒魔法が不可欠となる。

「もし、どちらの頭にも主導権があった場合はどうするんだ」

「同時に攻撃をしかける」

 頭は二つだが体は一つなのだ。奴が出来る攻撃は限られている。両方に主導権があれば、それだけボナパスの動きに隙が出来る。

「ならば、個々の攻撃で充分に勝てるだろう」

 私の思い違いでなければ、お前はそれが可能となるだけの闘いをしてきたと考えている。

 もっとも、奴の特殊攻撃が炎だけならだが。他にもあるなら一旦、退くことも考えている。

 作戦はあくまでも想定される模擬的なものだ。目の前で起こる想定外の事態をいかに上手く対処していくか。そのためのものに過ぎない。


 ──そうして、たった一つだけの作戦に不安を抱きながらも、ベリルたちは林の入り口に辿り着いた。

「馬車は置いて行く」

 ベリルはバッグからライフルとショットガンを取り出し、交差するようにたすき掛けにしてAS50を担いだ。

「あたしから離れちゃだめよ」

「はい」

 三人は声を震わせながら答えた。

 連れていくのは危険だが、レキナとシャノフだけを置いて行くのはもっと危険だ。待っている場所にボナパスが現れないとも限らない。

 そしてラトナは林の案内には欠かせない。

 先ほどまでとはまるで違った空気をまとうベリルに、リュートは改めて彼が戦士である事を認識した。

 穏やかでいて少しも隙がない。それはリュートにしか解らない感覚なのだろう。上品な雰囲気の中に隠されている鋭く尖った気配──これほど巧妙に立ち回る奴は初めてだ。

「傷を負った場合は躊躇なく治癒を頼め」

 すっぱりと言い放たれ、見抜かれていることにリュートは視線を泳がせた。

「状況を考えて気兼ねしろ」

 どことなく自分を見ているようでなんとも言えず溜息を吐き出す。ベリルとて、自分が世渡り上手という訳ではないことは自覚している。

「どうしてそうも下手なのか」

「うるさい!」

 リュートはばつが悪くてそっぽを向いた。

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