◆第四章-炎の怪物-

第13話*作戦会議

 リュートは額の汗を拭い溜息を吐いた。ベリルに目を向けると、何やら含んだ笑みを浮かべている。

「言いたいなら言え」

 ベリルは突然、声を荒らげたリュートに何のことかと目を丸くした。

「ああ」

 岩山でのやり取りをここでもやると思っていたのかと顔を強ばらせているリュートを見つつ、それならばと口角を吊り上げる。

「ティリス!」

「何?」

 振り返ったティリスに心なしかリュートの顔が引きつっている。

「集落にいたとき、風呂場の扉を壊してしまったのだが。支障はなかったかね」

「え? ああ。あれは完成してすぐ遊んでた子供たちが壊したって言ってたよ」

「そうだったか」

 振り返ると案の定、リュートが唖然としていた。

「何を言うと思っていた」

 なんとも、からかい甲斐がある。

 予想通りの顔つきにベリルは楽しくて口角を緩めた。

「この、クソジジイ」

 いつか必ず、目に物見せてやりたい。



 ──ラトナが狩ってきた兎をベリルがさばき、兎のスープとヒャノの干物で昼食を済ませ、ベリルはボナパスの絵を眺めた。

「ふむ」

「炎を吐くのよね」

 ティリスは小さく唸るベリルに応えた。

 作戦会議が始まって、対象に近づいているという緊張感が徐々に湧き、自然と手に力がこもる。

「これは推測なのだが──」

 ベリルはボナパスの頭部を示し、

「どちらかが主導権を握っていると見ている」

「主導権?」

 リュートが聞き返した。

「頭は二つだが体は一つなのだ。上手く動けるとは思えない」

「つまり、どういう事?」

「どちらかが偽物という事か?」

「砲台の可能性がある」

「砲台、ですか?」

 レキナが首をかしげる。

「どちらにも主導権があるのなら、幾つもの戦法を視野に入れられる。だが、片方が砲台の役目を果たしているのだとすれば厄介だ」

 ベリルはハンドガンを二丁取り出し、

「同時に照準を合わせるのは難しい。どちらかをメインに据え、もう片方を適当に放つ事で威力は倍増する」

 そして左手のハンドガンを仕舞う。

「だからといって、片方を潰せば良しという訳でもない。それが砲台であった場合、残ったメインの照準に集中すれば精度が高まる」

 二つでも一つでも、危険である事に変わりはない。しかし、状況によって危険度は大きく変化する。

「危険なのは砲台の方を先に潰すことか」

 主導権と砲台──闘いの間にそれを見極められるのか。リュートは苦い顔になる。

「体表面の強度も気にかかる」

 ベリルは思案すればするほど、遂行は困難だと目を細めた。手探り状態で闘う我々には、あまりにも分が悪い。

「私とリュートで相手をする。お前には待機してもらいたい」

「えっ!?」

 ティリスは思いもしない指示に驚いて声を上げた。

「レキナたちを守ってやってくれ」

「どうして!?」

 納得出来ないと拳を握りしめる。

「彼らに危険が及ばないとは限らない」

 相手はただの獣ではない。もしもの時に対処出来るのは、闘いを経験している者だ。

「そんなの、言い訳だよ」

 あたしが足手まといだって言いたいくせに。そんなので誤魔化されない。

「彼らを放っておけと?」

 他の脅威が無いとは言い切れない。闘いに集中するためにも、守る者は必要だ。

「──っ」

 そう言われてしまえば何も返せない。

 守りを任せてくれるのは、それだけ認めてくれている証なのは解っているけど、やっぱり納得は出来なかった。



 ──作戦会議を一端、中断して休憩に入る。

 ベリルは離れた所で一人、座り込んでいるティリスを見かけて歩み寄った。

「そうすねるな」

「だって──っ!」

 言葉を詰まらせたティリスの隣に腰掛ける。

「一つ聞く」

「何?」

 ベリルは予備の弾倉をホルスターのベルトから抜き、弾薬カートリッジを一つ取り出して見せた。

「これに魔法を付与出来るか」

「出来るよ」

 それを受け取り、手のひらに乗せる。重さや質感を確認し、目を閉じて口の中で何かを呟くと、カートリッジがやや輝いた。

「はい」

「ありがとう」

 手渡されたそれを弾倉に戻し、ハンドガンの上部を引くとガシャリと音がして弾薬が薬室チェンバーに送られた。

 ゆっくりと銃身をあげ、十メートル先の岩に照準を合わせて引鉄を絞る。

 すぐさま岩にぶつかった弾丸は青い光を放ち、弾ける音と様子に威力が格段に増している事が窺えた。

「ほう」

 よく見ると岩に数センチの凹みが出来ている。

「悪しき者には効果が高いよ」

「なるほど」

 岩石は無機物であるため、そこまでの威力ではなかったのか。ボナパスはイヴィル属性だろうから、効果があるかもしれない。

「頼めるか」

 弾倉から取り出した弾薬を差し出す。

「うん」

 どうやら機嫌を直したようだ。明るく答えたティリスに笑みを返す。

「待機は回復に専念してもらうためのものだ」

「え?」

「治癒の必要はないと言ったが、相手がボナパスではそうはいかないだろう」

 これまでの魔獣と同じに考えてはいけない。単独での戦闘は危険だ。

「連携が鍵を握る。とはいえ、私は信用されていないようだがね」

 溜め息を吐き、レキナたちの手伝いをしているリュートを見やる。

 あれだけの事をしておいてよくも言うとリュートがいれば目を吊り上げていただろう。ティリスはもちろん、そんな事は知らないので呆れたように肩をすくませる。

「ベリルって──沢山、闘ってきたの?」

 受け取った弾薬を見下ろし、彼が戦士である事を思い出したのだろう。ティリスの不安げな面持ちにベリルは目を細めた。

「いつか、私を必要としない日が来る事を願っているよ」

 真っ直ぐに、揺るぎない眼差しは殺し合いを楽しむ者のそれではなかった。

 この人もリュートと同じ、本当は人を傷つけたくないんだ。これまでの事で解ってはいたことだけどそれを今、ティリスは確信した。

 性格や言動はまったく違うのに、やっぱり二人はどこか似ている。

「礼と言ってはなんだが、パンケーキでも作ろう」

「ホント!?」

「生クリームは我慢してもらいたいがね」

 生憎、ヤギはいない。

「ありがとう!」

 ベリルはティリスの笑顔に安心してすぐ、しまったと後悔した。気付けば、リュートがちゃっかりこちらを見ているではないか。

 この調子で私が信用される日は来るのだろうか。

 リュートの元へ駆けていくティリスの後ろ姿を見送りながら、ベリルはリュートについて考察した。

 彼は風を操るようだが、万能という訳でもないのかもしれない。魔族化しなければ──と念頭に置いた言葉には、まだ何かある。

 おそらくそれは、何かしらの弱みである可能性が高い。知られれば不利になるものならば、決して明かそうとはしないたろう。

 そうして一行は暗くなるまで馬を進め、ベリルは約束通りティリスにパンケーキを焼いた。

 持ってきていた蜂蜜がここで役に立つ。



 ──朝、食事を終えて清々しい空気のなか、ティリスとベリルは互いに剣を持ち見合っていた。二度目の手合わせだ。

 ベリルは二人の手合わせを眺める他は、いつも一人で剣を振っていた。誰に教わった訳でもなく、それはいつしか見事な剣舞となっていた。

 自身が使う剣をまずは知るためにと行っていたものであるが、あながち間違った訓練法ではなかったらしい。

 ベリルの習得速度が速いのも理由の一つではある。

「はあ!」

 振り下ろされるティリスの剣を受け止め払いのける。ようやく剣の重さにも慣れてきた頃ではあるけれど普段、手にしない武器はどうにも違和感がついて回る。

 剣というものは長さによって動きが大きく異なる。それはナイフでも同じではあれど、やはりまだ手足のようにとはいかず、多少の苛つきは隠せない。

 横から来るティリスの剣を無意識に避けながら左手が腰に回る。これまた意識はしていない。

 腰から戻ってきた左手には銀色に輝く金属が握られていて、ベリル自身が気がつくよりも先にティリスの首にその切っ先が当てられた。

「お──っと」

 引きつるティリスに苦笑いを浮かべてナイフを仕舞う。

 少女はぽかんとしていたが、我に返って頬を膨らませた。

「ずるい!」

「すまない。剣の手合わせだったな」

 つい、いつもの癖が出た。

「何がずるいものか。相手を考えろ。これが実戦なら、お前は死んでいた」

 もっと緊張感を持てとリュートがさとす。

「えー?」

 ティリスはそれに口を尖らせた。

 不満げなティリスから視線を外しリュートはベリルを見やる。

 こいつベリルは試合としての訓練をしたことがなく、常に実戦で勝つための鍛錬をしているんだろう。

 魔族や魔物のいない世界──相手になるのは常に人間だ。

「あんた。それに慣れていないだけなんじゃないのか」

 以前に見たときより、動きが洗練されている。

「軽く学んだことはあるのだがね」

 さすがに気付くかと感心し口元に笑みを浮かべた。

 日常的に慣れ親しんでいる者と同じラインに並ぶには時間がかかる。何より、彼女の訓練の相手がリュートなら尚更だ。

「もしかして。剣よりナイフの方が闘い易いのか」

 本来、リーチのある武器を相手に対してナイフは不利だ。

 なのに、こいつはナイフを手にした途端、水を得た魚のように瞬時にしてティリスとの間合いを一気に詰めて懐に入り込んだ。

 剣を手にしていたときと明らかに動きが違う。

「これを機に慣れるのも良いだろう」

 いまいる世界の主流が剣なら、向かってくる者の手にはそれが握られている。ボナパスだけが相手とは限らない。

 ナイフだけで太刀打ちできるという保証はない。無論、それでも負けるつもりはないが。

「さて。出発しようか」

「ベリル様。なんだか。給仕係みたいになってませんか」

 シャノフたちを手伝うベリルにレキナがぽつりと発した。

「それも良い」

 いや、ダメですって……。ベリル様には、呼び出した理由の方の仕事をして頂かないととレキナは大きく肩を落とした。



 ──夜。何度目かの炎の番をしているベリルは、青白く輝く上弦の月を仰ぎ見た。

 金糸の如き髪をそよ風が揺らし、エメラルドにも似た瞳は相応しくベリルを艶美に彩る。

 一見、目新しい世界のように見えて、ベリルは眼前の風景にオーストラリアの大地を思い起こしていた。

 いにしえの精霊が宿る大地──先住民アボリジニたちが神々を生み出し、共存していた大地──見える風景は違えど、肌に感じる空気はその大陸と似ていた。

 傭兵の師であるカイルが好きだったことで、ベリルもオーストラリアという大地を愛するようになった。

 師と同じ車種を好み。彼の影響を大きく受けている事にこれまで何度、気付かされただろうか。

 彼が生きている間にこのような状況になったなら、頭を抱えたことだろう。

 私の真実を話したときも、不死になった報告をしたときも、彼は呆れて苦笑いを浮かべた。私は彼を困らせてばかりいたかもしれない。

 今ではそれも、懐かしい記憶だ。

 一介いっかいの傭兵でしかない、何の力も持たない私が本当に必要なのか。ボナパスとの闘いでそれが解き明かされると良いのだが──

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