第3話 魔を狩る

俺は現代いまでいうところの宇治市にある田原の郷で育った。


幼いころより武芸を好み、しかも天性の腕力の持ち主でいわゆる怪童だったんだね。


若いころの俺は当然ながらたいへんな暴れん坊だった。


喧嘩沙汰は日常茶飯事だ。


当時の田原の郷で腕に覚えのある若者は、みんな俺に一度は痛い目に会わされていただろうね。


まあ、こう見えても俺はいちおうは藤原んの長男坊だから、少々の乱暴は大目に見てもらえる身分だったのだが、俺の場合はちょっとばかり度が過ぎていたんだろうね。


いろんな筋からのクレームが親父の藤原村雄のところに届いてね、俺もやはり自粛せざるを得なくなった。


それでも暴れたりない俺が目を付けたのが、都に潜む鬼や妖怪変化の類を狩ることだ。


前にも話した通り、平安時代というのは、現代いまと比べると人間の住む現世うつしよと、鬼や死者の住む黄泉よみ、妖怪や魔物の住む魔界の境目がまだ曖昧あいまいな時代だったんだ。


そのため、畏れ多くもみかどのしろしめす京の都にも、鬼や妖怪どもがちょろちょろと侵入していたんだね。


帝は都の霊的防衛のため、名のある武将や僧侶、陰陽師などを招集して防衛網をいたのだが、それはまだまだ脆弱なものだったんだな。


「藤太さん、見つけました。あそこを行くお姫様。あれ魔です」


俺は同世代の不良陰陽師の賀茂保久かものやすひさを手下に従えて、都の往来を行く人々に紛れた魔物を捜し歩いてたんだ。


保久はいちおう宮中の霊的防衛機関のひとつ、陰陽寮のボスである賀茂家の筋の者だが、俺と同じくその隅っこの人間だった。


霊力は大したことはないが、人に紛れた魔を見分けるくらいのことはできたんだ。


奴はお前らの大好きな安倍晴明の大先輩なんだぜ。


その保久が指示さししめした方向には、身なりの良い公家のお姫様風の女が女中を連れて歩いていた。


「保久、あれに間違いないな。何者だ?」


「藤太さん、おそらくはきつねだと思います」


早速俺たちは彼女らの跡をつけた。


大通りから曲がったところ、人気の途絶えた路地に入ったときだ。


とつぜん、そのお姫様と女中が俺たちの方に振り向いた


「なにか御用ですか?」ってな。


こいつらがなかなかいい女だった。狐の女ってのは相当に魅力的なもんなんだよ。


後の世の話だけど、安倍晴明の母親は狐だったというが、親父の保名やすなが嫁にしたのもうなづけるほどだ。


しかし俺はそんな色香に惑わされるほど軟弱者じゃない。


「保久!」


声を掛けると、女たちの色香でぼーっとしていた保久が、慌てて懐から取り出した油揚げを女たちの脚元に投げつけた。


みるみるうちに女たちの顔が変わったね。狐の本性丸出しでよだれを垂らさんばかりだった。


それを見られたことに気づいた女たちはついに正体を現した。


「見たわね!」叫ぶなり俺と保久にそれぞれ飛び掛かってきた。


俺は自分に飛び掛かって来た狐姫の方を抜き打ちで叩き斬ってやった。


そこに転がったのは公家の着物を着た狐の斬殺死体だ。


保久は女中狐に馬乗りになられて苦戦していた。


この不良陰陽師は狐を調伏ちょうぶくできるほどには霊力が強くない。


俺はその狐を背後から蹴り飛ばし、袈裟懸けに斬り捨てた。


女中狐もそのまま地面に転がった。


今にして思えば、狐たちも単に都に物見遊山にやってきただけかもしれないので、問答無用に斬って捨てるのは気の毒だったかもしれないな。


しかし、その頃の俺は都に侵入してくる妖怪変化の類は片っ端から退治していたんだ。


鬼なんかもずいぶんとやっつけたね。一種の自警団みたいな気分だったんだよ。


そんなある日のことだ。


「藤太さん、餓鬼が現れた」保久が駆け込んできたんだ。


餓鬼といっても子供のことじゃない。


現世こっちでいうところのゾンビのことだ。


それもブードゥー教のやつじゃなくて、ジョージ・A・ロメロ型のゾンビだ。


もっと最近のでいうとウォーキングデッドだな。あんな感じの奴だ。


死者が蘇って生きた人間を襲って食うんだ。


餓鬼ゾンビを殺すには頭部を破壊するか、焼き尽くすしかない。


思うにロメロは実際に餓鬼ゾンビを見たことがあるんじゃないかな?


そう思えるくらい奴の描いたゾンビ像はリアリティがある。


まあとにかく、この日本では平安時代の京の都周辺でゾンビ・パンデミックが起きていたんだ。


正確に言うとエンデミック(地域流行)ではあったがな。


とにかく一大事であったことは間違いない。

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