第17話 光狐の秘密
シュリーはあの洞窟に入った後のことを英次に語った。
「では、S&F社のロードさんが言っていた『解析にかける』というのは、あなたが洞窟の中で見た鉱石の一部ということなのですね。」
「そうだ。しかしあの物質は相当にエネルギーが高いものだと思う。少量ではどれほどのものかわからないが、身体の細胞が壊れるような感覚に襲われたよ。まだスティーブにその件についてどうなったかを訪ねていないが、今夜にでも聞いてみたいと思う。」
「そしてあなたが意識を失う前に、和也を見たというのですね。」
「確かに見た。彼も私だと気付いた。そしてその後私たちは一緒に過ごしたのだ。私は私の意識のままだったが、和也はさきほどのある村のリーダーとして私の前に現れたのだ。」
英次は混乱した。とうてい信じられない話なのだが、シュリーの口調や様子から冗談だろうと軽く流すことができない。
「でもあなたは病室で眠り続けていたのです。どうやって和也とともに過ごしたというのです。」
「おそらく私は病室にはいなかった。洞窟の壁に和也の姿を認め、意識が朦朧とする中、私は和也のところに進んでいった。そこに壁はなく、あっさりと抜け出ることができた。向こうの空間に入った途端、身体は軽くなりいつもと同じように動かすことができるようになった。私は振り返って自分のいたはずの場所を探したが、何も見えなくなっていた。」
ここまで聞いて、さすがの英次もシュリーは正気ではないのではないか、と思わざるを得なくなった。
「おまえが信じないのも無理はない。しかし私はありのままを話している。さっき私の奏でた曲を聴いて、和也は人が変わったように語りだしたのを聞いただろう。あれで私は確信したのだ。和也は向こうの空間で『翠』という名前の村の有力者として現れた。」
シュリーの話は一時間以上に及んだ。その話によれば、シュリーはある山村にたどりつき、そこの有力者の家に通された。そこには村の指導者である和也と思しき人物が住んでいた。シュリーははじめ敵の偵察と間違われたが、疑いが晴れ、『翠』殿と呼ばれる和也の元で過ごすことになった。その山村は帝直属の軍隊を抱えており、翠はそれを束ね指導する立場にあった。当時は帝が二人いる時代であり、その間で戦が繰り返されていた。
シュリーは何日か過ごすうち、村人から『光狐』のことを聞いた。彼らにとって光狐は勝利の神であり、光狐が現れることで自分たちの帝が正統なものであることを示すことができるという。戦の最中、二度ほど光狐が現れ、敵はそれを恐れて退散した。その噂が京にも流れ、人々は光狐が味方をする帝こそが正統であると考えるようになった。村人から話を聞いたその夜は月見の宴が催され、シュリーは琵琶を演奏した。すると、戦でもないのに、光狐の声が聴こえ、楽器の音色にあわせるように鳴いた。さらに遠くに弧を描いて舞い上がるまさにフォックスの姿が見えた。シュリーは伝説の光狐とフォックスが同一であると確信した。
シュリーの演奏で光狐が現れたと信じた翠の願いによって、次の戦にシュリーは同行することになった。その戦は大きなものとなり、両者の力が拮抗して長く続いた。シュリーは戦の悲惨な様子を見ながらも、演奏する時を待ち続けたという。敵に先んじて夜襲をかける時がやってきた。シュリーは深い森の中で静かに琵琶を弾き始めた。するとやはり先日と同じようにフォックスは現れた。今までよりもさらに高く舞い上がるフォックスが見えた。その光は、敵味方すべてを照らし出した。戦意を喪失したように、敵は退散し、翠が率いる軍隊もその場に座り込み光狐の威光にひれ伏した。
「『光狐』の照らし出す光の中で人々は自分たちの帝を敬愛しながらも、戦を終わらせたいと思ったそうだ。後日、和也、いや翠殿に呼ばれて酒を飲みながら自分もそう思った、と聞かされた。」
シュリーは真面目な表情で話し続ける。英次には物語を現実のように語っているとしか思えなかった。
「しかし平和な時間は長く続かなかった。今度は敵が夜襲をかけてきた。我々は戦意を喪失した状態で何も準備をしていなかった。村は焼かれ、人々は逃げ惑った。私は翠殿と何人かの家来とともに避難をする途中で山の斜面から滑り落ち、闇の中で気を失った。そして次に気付いたときには…お前の顔が見えたのだ。」
「そんなことが…。」
あるのかもしれない、と英次は思った。和也の電話から始まり、さきほどの病室での和也の変貌した様子からも、今シュリーが語ったような体験が二人の間に起こったと考えたほうが理解できる。
「まずは和也の記憶が戻るように働きかけるしかないだろう。現在の和也の記憶を忘れて、さきほどのような翠としての記憶が蘇っている。元に戻ったときに翠の記憶がどうなるのかはわからないが、彼の中で優勢になっている翠の記憶よりも和也としての記憶を取り戻させなければ。」
シュリーはあくまでも自分の見てきた出来事を現実として確信している。和也の記憶が正常に戻り、シュリーと同じように体験を語るようなことがあれば、もしかしたら信じることができるかもしれない。今はシュリーの言葉に対して半信半疑にしかなれない。
「専門家のアドバイスをもらいながら、我々も工夫してみよう。彼の記憶を呼び覚ますことができるのは、彼の周りにいる仲間たちしかいないだろうから。」
「そうですね。僕もそう思います。希望を持って和也に接します。」
とにかく記憶を取り戻すことが先決だ。英次は夢物語が真実であるかどうかの分析をひとまず置いて、和也のために手を尽くそうと思い直した。
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