第14章 (just like a) stoned flower


 あたしは、空が怖いの……まるで、吸い込まれてしまいそうで――




 ――生まれてから一度もまともに見たことも無い『それ』を、そんな風に言ったら、案の定『その人』は驚いたようで綺麗な緑色の瞳を丸くしていた。……やっぱり、変だよね? 分かってはいたけれど落ち込んでしまって、俯くあたしに、その人は一瞬キョトンとすると、嫌な物全てを吹き飛ばすかのように快活な笑い声を立てた。


『あははっ、何言ってるの、ミクル! 普通なんてつまらないっさ!! あたしはぜんっぜんそんな事思わないよっ!!!』


『……そうかな』


 本当はとっても嬉しい筈なのに、その時のあたしはその感情を、素直に言葉にする事が出来なかった。でも、『その人』はそんな事などお構い無しに、輝くような笑顔をあたしに向けて、こう言ってくれた。


『そうだ! あたしがいつか、キレイな空を見せてあげるにょろよ! ミクルだって、めがっさ気に入る筈っさ!!』


 そんな風に言われると、本当にそうかも、と思えるから不思議だ。あたしも、それにつられて、いつの間にか『その人』に向かって微笑んでいた。


『うん! やっぱりミクルは、そうやって笑っているのが一番可愛いにょろ!!』


 あははははっ、と太陽の様な笑い声がスラムの教会に響くのを聞きながら、あたしはその時初めて、空というものを見てみたい、と思った。




 ――それは、あたしが初めて『その人』に出会った日の事。あたしにとって、幸せな思い出と、悲しみの記憶の始まり――











 ――気が付くと、あたしは南を目指して駆けるバギーの座席に横たわっていた。どうやら眠りこけていたみたい。隣に居た涼宮さんがあたしの顔を覗き込んでいた。


「あ、ミクルちゃん。起きた?」


 あたしは返事をしようと口を開いたけれど、まだ夢現だったみたいで、少し眠たげな声になっていた。  


「ふぁ……はい…………すみません、いつの間にか眠っちゃってたみたいで」


「いいのよ。今は休憩中なんだから。他のみんなもそこで眠ってるわ。あたしはそろそろキョンと運転を交代するから起きただけ」


 寝ぼけ眼で周りを見渡すと、確かに長門さんや古泉君、シャミセンさんたちも、ちょっと狭い車のシートに横たわって静かに寝息を立てていた。


「ミクルちゃん、見張りの交代までまだ時間あるから、もうちょっと寝てていいわよ」


 そう言って、涼宮さんは運転席のキョン君の方へと去って行った。あたしは「は、はい」と返事をしつつも、すぐには眠れそうには無く、夜も更けて真ん丸いお月様が地上を照らす窓の外をぼんやりと眺めていた。――そう言えば、いつ振りだろう。『彼女』の夢を見たのは。本当に久し振りでとっても嬉しい筈なのに、とっても悲しくなって自然と両目から涙が溢れてきた。




  ――ねぇ、あなたは今何処にいるのですか? あたしはずっとずっと、待ってるのに――




 あたしがそんな事を思いながらも、バギーはあたしたちを乗せたまま真夜中の道をひたすら南へと走って行く。朝倉さんが向かったとされるゴンガガという村へと。……ところで、コレルプリズンにいた筈のあたしたちが、どうしてバギーに乗って南へ向かうことになったのかを話さないといけないんだけど……どうしても眠たくなってしまって――――ごめんなさい。そのままあたしはもう一度夢の世界へと入っていった。




 ――今から思うと、多分『それ』が予兆だったのかな。





『HARUHI FANTASY Ⅶ -THE NIGHT PEOPLE-』


 第14章 (just like a) stoned flower






〔それより12時間前〕




 さて、俺は今、チョコボの黄色くフワフワした背中に跨がり、左右にずらりと並ぶ、紫や緑など色とりどりのチョコボに眼をギラつかせながら乗る男たちと共に、号砲を待っている。誰もが無言でただひたすら前を見詰め、ヒリヒリする緊張感が場を支配する。それだけでもここから逃げ出したくなりそうなのに、耳につけたレシーバーからは、


『いい、キョン! やるからには絶対勝つのよ!! SOS団の辞書に「敗北」なんて文字は無いんだからっ!! 万一負けたりなんかしたら半永久的に罰金だからねっっ!!!』


 などとハルヒのキンキン声が四六時中響き、うるさくてしょうがない。


「それはいいけどな、ハルヒ。もし負けたら罰金どころか永久に『あそこ』から出られないんだぞ」


『分かってるわよ!! SOS団の運命はあんたにかかってるんだから、しっかりやりなさいよ、キョン!!!』


 思う存分叫んだ末に、オーバー、とレシーバー会話でお馴染みの台詞を吐いてハルヒは通信を切ると、俺は目一杯の溜め息を吐いた。――もうお分かりだろうが、俺は何故かチョコボレーシングのジョッキーとしてレースに出場する羽目になっていた。……何故こんな事になってしまったのか。取り敢えず、今より約三時間前のコレルプリズン、手島のコンテナに時間を戻してみよう。





『上に行きたい』


『いきなり何だよ』


『だから、上に行きたいの!!』


 入ってくるなり偉そうに仁王立ちし、脈絡無く要求だけ捲くし立てるハルヒに、やはり面食らっていた様子の手島だったが、プリズン内で保ってきた威厳を何とか取り戻そうと、コホンと咳払いを一つして自らを落ち着けさせた。


『さっきも言ったが、ボスの許可を取ってチョコボレースに……って』


 そう言い掛けて、何かに気付いたらしくジロリと俺たちを見回した。目に見えて顔が青くなっていく手島。そんな彼の予想を肯定するかのように、古泉が一歩前に出る。


『……榊は訳があって話が出来なくなりまして……その代わりこれを貰ってきました』


 古泉が差し出したライラックのネックレスを見て、いよいよ手島の顔は蒼白になった。


『ゲッ……』


『上に行きたい』


 改めて同じ言葉で要求を述べるハルヒ。しかし、その重みが先程の何十倍にもなって手島に降りかかっているのは誰が見たって分かる。


『わ、分かったよ……榊を殺ったのか? いや、そうなんだろうな。そんなもの持ってるんだからな。そうか……榊が死んだか。これで、ここも少しは落ち着いた土地になるぜ。何しろ榊は誰彼構わず――』


 一転安堵の表情を見せた手島の台詞が言い終わる前に、古泉が目にも留まらぬ速さで奴の襟首を掴みあげて叫んだ。


『あなたに何が分かるって言うんだッ!!』


『わわわ、わかった! いや、何にも分かって無いです。す、すいません』


 完全に怯えている手島がさすがに可哀相になって、俺は古泉の肩に手を掛けた。もうこの位にしとこうぜ。それに、そろそろキャラ戻した方がいい。何か調子が狂う。古泉は『すみません』とややバツの悪そうな顔をして手島から手を離した。俺はヘナヘナとコンテナに座り込む手島に本題を切り出すことにする。


『それじゃあ、ここから出してもらおうか?』


 しかし手島という男、変わり身が早いのか一瞬にして立ち直ると、偉そうな調子で以下の台詞を述べた。


『ん? あんたたち、何か、勘違いして無いか? 前に少し言ったと思うが、ここから出る手段は、只一つ。ゴールドソーサーで行われているチョコボレースで優勝するしかねぇ。それに、一度に上にいけるレーサーはたった一人だ』


『何ですってぇ!!』


 言うや否やハルヒが猛然と手島の首を絞めてガクンガクンとシェイクしまくるが、


『だーーっ! いくら、脅してもダメだ!! このルールだけは変える訳にはいかねぇ。ここの規律が滅茶苦茶になっちまう!! これは、譲れねぇ!』


 ハルヒも手島の真剣な眼に、手を引かざるを得なかった。手島は荒くなった息を整えながら言う。


『ひ、一人は上に送ってやる。後は、そいつが岡部と取り引きするなり、なんなりしな』


『ちぇっ! しょうがないわねぇ――』


 そう言いながらハルヒの視線が何故か俺に向けられる。何だ? 心の底から嫌な予感しかしないのだが。


『――キョン、あんたが行って来なさい。あたしたちは下で待ってるから。さっさとチョコボレースとか言うのに勝って、こっちも何とかしなさい!』


 おい、ちょっと待て。


『そうですね。現状ではいたしかたありません。期待してますよ』


 そこでいつものキャラに戻るな、このイエスマンめ。


『キョン君、頑張って!!』


 朝比奈さん、そんな笑顔で応援されると是非ともあなたに勝利をプレゼント――いや違う違う!!


『……………期待している』


 うぉい、長門! そんな仔犬の様な瞳で俺を見るな!! それに、橘やシャミセンは我関せずって顔してやがるし、周防にいたっては、無表情のまんま突っ立って蝶と戯れている。……楽しいのか、それ?


『わかったよ……俺がやればいいんだろ』


『最初っから素直にそう言えばいいのよ! あんたはSOS団代表なんだから、敗北なんてもっての他だかんね!!』


 結局折れてしまった俺にハルヒが勝ち誇ったように言うのを見て、俺は盛大に溜め息をついた……やれやれだ。


『は、話は、まとまったか? じゃあ、後はマネージャーか。チョコボレースの登録や調達をする役目なんだが……』


 手島が話を先に進めようとしたところ、突然コンテナの扉が勢いよく開かれ、桃色のウエイトレスみたいな格好をした女が入ってきた。


『は~い、話、聞かせてもらちゃった』


『ミズキか?』


 ミズキと呼ばれた女は、手島に構う事無く俺たちの目の前で力強く宣言した。


『あたしがマネージャーやるわ!!』


 少し渋い顔をしていた手島だったが、すぐに納得顔で頷いた。


『まぁ、文句はねぇが……こいつは岡島ミズキ。見た目は変だろ? でも、チョコボレースのマネージメントで右に出る奴はいねぇ』


『しっつれいな言い方ね。まぁ、いいわ。よろしくキョンさん』


 そう言って彼女が手を差し伸べるので、俺もそれに応じて握手をした。


『よし、キョンさんとやら。柱のエレベーターから上に送ってやる。詳しいことはミズキから聞きな』


 ――こうして、俺はチョコボレーシングなんかをやらなきゃならん羽目になってしまった。本当に、やれやれだぜ。






 俺はみんなと別れて、マネージャーになったミズキさんと一緒にエレベータに乗って再びゴールドソーサーへと向かった。雲の上に聳えるゴールドソーサーへの道のりは長く、その途上でミズキさんはこう話してくれた。


『そう、そんなことがあったの。わかったわ、岡部園長には私から話をしておくわ。あなたは取り敢えずレースに集中して。そうそう、さっきの話の続きだけど、チョコボレーサーには色んな人が居るの。犯罪者だけのレースって訳じゃないのよ。名声の為に戦い続けている人、お金の為に戦う人、レースにのみ生き場所を感じている人……あなた、みたいな人も含めてね。あっ、そうだ。チョコボの騎乗方法教えておくね』


 俺は上に着くまでの間、ミズキさんから簡単にチョコボレースのレクチャーを受けた。以前、ミドガルズオルムから逃げる時にチョコボに乗ったことがあるし、レクチャーを聞いている限りは、何となく出来そうな気がした。


 ゴールドソーサーに着くと、俺はジョッキーの控え室に通された。入るなり、漆黒のテンガロンハットを被った男が近づいてこう言った。


『新入りかい?』


『こんにちは、垣ノ内君』


『やぁ、ミズキ。今日も美しいね』


『ふふ、ありがと』


 何ともキザな台詞だが、ミズキさんはいつもの事と言いたげに軽く受け流す。


『紹介するわ、キョン。彼は垣ノ内ショウヤ君。現役チョコボレーサーのトップを行く人よ』


 ミズキさんに紹介されて、垣ノ内は恭しく俺に礼をした。


『以後お見知りおきを、キョン君――しかし、ミズキが直についているという事は……』


『そ! 期待の新人って所かしら。なんてったって、下に来てたった一日でここにいるんだから!!』


 その言葉に控え室に居たレーサーたちが何故か顔を真っ青にして立ち上がり、俺を凝視する。


『『『何!!』』』


 垣ノ内も驚愕の表情を隠せない。


『成る程な……一体、下で何をした? いや……ここで過去を訊くのはタブーだったな……面白いよ。……君とはまた、会えそうな気がする。では、また会おう、キョン君』


 そう言って何処かへ去る垣ノ内を見送りながら、俺はミズキさんに尋ねた。


『……あいつとはレースで戦わないのか?』


『何言ってるの? 彼はSランクでも無敗のレーサーよ。全くの素人なあなたが敵う訳無いわ。でも大丈夫! あなたが出るレースはランクが一番低いし、何たってあたしが用意するチョコボなんだから、間違いなく勝てるわよ!!』


 そう言ってミズキさんは俺の背中をバシバシ叩く。……結構痛いんだが。まぁ、あのプリズンから抜け出せるなら何でもいいや。


『じゃあ私はチョコボの手配をして来るわ。しばらくここで待っててね』






 ――こうして、それ程時間を置かず戻ってきたミズキさんに言われるがままに、用意されたチョコボに乗り、今に至るという訳だ。正直、ここまで実感が湧かなかったが、こうしてスタートラインにいると、否が応でも心が昂ぶってくるのは何故だろう。やはり、賭け事、勝負事、というものは根源的に人の血を滾らせる何かがあるとしか思えない。


 ミズキさんは「仮に負けても何度でもチャレンジできるから心配しないで!」などと言っていたが、俺は一度たりとも負けたくなくなってきた。……ハルヒが伝染ったかな。


 ♪チャーチャラチャチャチャチャー チャチャチャチャー チャチャチャチャー……


 管楽隊がどっかで聴いた様なファンファーレを鳴らし、全チョコボがスタート態勢に入る。聴こえるのはトランペットとチョコボたちの鼻息のみ。奇妙な沈黙の中で、俺は高鳴る鼓動を抑えながら、騎乗前にミズキさんが言っていた事を思い出していた。


『いい、キョン君。最初から飛ばしてちゃダメよ。チョコボだって生き物だからずっと走り続けてたらバテちゃうもの。だから、最初は力をセーブして中位の位置につけるの』


 そこまで思い出した瞬間、号砲が鳴り、各チョコボが一斉に駆け出した――






 各チョコボ、互いに牽制している間に、一匹か二匹、最初っから飛ばして逃げ切りを図ろうとする。それに釣られて2、3のジョッキーが鞭を振るって後を追いかける。しかし、俺は慌てる事無くミズキさんの教えを忠実に守り、5番手から6番手位の位置につけた。


 間も無く、最初のコーナーを越えると、長い上り坂が待ち構えていた。最初に飛ばしたチョコボの何匹かは早速スタミナ切れを起こし、後退して行く。だが、もう1、2匹はまだ前方で頑張っているみたいだ。


 既にレースも中盤を終え、終盤に差し掛かろうとしている。現時点で上位につけてはいるものの、1位にならなければプリズンから解放されない。俺と同じ集団に居た内の何人かはスパートをかけて上位との差を縮めに掛かった。流石に焦りを隠せない。だが、俺はミズキさんの言葉をもう一度思い出す。


『チャンスは最後のコーナーに入る前の下り坂。そこで思いっ切りとばしなさい』




 ――俺は待った。そして、信じた。マネージャーの選んだチョコボの底力を。そして、ポイントの下り坂に入った。


「行けぇぇぇぇぇ!!!」


 鞭を振りかざし、チョコボを叱咤する。チョコボも慣れたもので、それを合図に力強く地面をけり、飛翔するが如くコースを駆けて行く。下り坂でつけた勢いそのままに、最後のコーナーを回り、ラスト500メートルの直線。先にスパートを掛けたチョコボは既にへばって、先頭と共にもう射程圏内だ。


「うおぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!!!」


 知らず知らずの内に絶叫する俺。観客席からも悲鳴とも怒号ともつかぬ叫びがこだまする。10チョコボ身、5チョコボ身、3チョコボ身……と前との差が縮まっていく。だが、俺には前を行くチョコボの姿なんか眼中に無い。ただただ、俺の視界に入るのはゴールライン、それだけだった――






「おめでとう!! これで晴れて自由の身よ。まさか一発で決めるとは思わなかったわ。あっ、そうだ。これ園長から手紙。勝ったら渡すようにって」


 気がつくと1位でフィニッシュしていた俺を控え室で笑顔で迎えてくれたのはミズキさん。そうか、俺は勝ったのか……ようやくそれを実感できた。俺は半分夢見心地で手紙を開く。


『少年なら自らの力で勝利を手に入れ、この手紙を読んでくれていると信じている。榊のことはミズキ君から聞いた。少年が勝つことが出来たなら、私の権限で、君の仲間の自由も約束しよう。それと、お詫びと言っては何だが、プレゼントを用意した。旅の役に立ててくれたまえ。これでも、多忙な身の上。手紙という形で失礼した。では。

                            ディオちゃん より』


 ……だから何で『ディオちゃん』だとも思ったが、それ以上にプレゼントというのが気になった。すると、突然俺の携帯が鳴り出した。すると、ハルヒの甲高いハシャギ声が耳をつんざいた。


『キョン!? ね、凄いのよ! 今ね、園長の使いとか言う人が来て「バギー」を置いて行ったの。これがあれば砂漠や川もラクラクよ。よくやったわ、キョン! さすがSOS団の一員ね!! じゃ、外で待ってるわよ』


 言いたい放題言ったハルヒにブチッと電話を切られた後、俺は手紙の続きを読み進めた。


『P.S. この間、私はセフィロスに会ったぞ。少年たちの年代では、彼女のファンもいるだろう。サインでも貰ったらどうだ? 彼女はここから南の川を越えてゴンガガに向かったようだぞ』


「朝倉……」


 サインなんか貰う気など毛頭無いが、次の目的地はそこか。しかし朝倉よ、何でそんな所に。少し不思議に思いつつも、取り敢えず、みんなと合流するため、俺はミズキさんにお礼と別れを告げた。ミズキさんは、心底嬉しそうに明るく笑ってこう言った。


「じゃあ、お別れね。そうだ。いつか、自分のレースチョコボを持てる様になったら、もう一度ここに来るといいわ。また私が登録とか色んな事して、あ・げ・る。また、会いましょうね」


 最後にウインクと投げキッスを掛けられ、ちょっと気恥ずかしくなって苦笑しかけたのはミズキさんにも、ハルヒにも内緒にしておこうか。――いや、何故ハルヒの名がそこで出てくる?






 やっとの事でゴールドソーサーから外へ出た俺を待っていたのは、10人ぐらいは余裕で乗れそうな巨大なバギーと、早速子供みたいにそれを弄り回しているハルヒ、興奮する奴に振り回されて既に眼を回している朝比奈さんに、一緒になってはしゃいでいる橘、それを遠巻きに見詰めている長門や古泉、シャミセンに周防といったいつもの面々だった。


「……ふうん、分かったわ。次はゴンガガに行くって言う訳ね」


 俺はハルヒに岡部の手紙を見せ、次なる目的地を告げた。


「でも、今からゴンガガですと、例えバギーでも今日中には着けませんよ。何処かでキャンプを張るかしないと」


 既に夕闇が迫る中、時計を見ながら告げる古泉の提案に、俺は首を横に振った。


「そんな悠長な事をしている場合じゃない。まごまごしてる間に朝倉がまた別の場所に行くかもしれないだろ?」


「じゃあ、どうすんの?」


「――徹夜でゴンガガまで行く」


「「「「はぁ?!」」」」


 ハルヒの問いに決然と言い放った俺を、ハルヒや古泉たちは信じられないという面持ちで見るが、俺は本気だ。これ以上ニアミスと後追いを繰り返す訳には行かない。


「もちろん、交代で仮眠を取って運転すればいい。幸い、運転手とナビゲーター、見張り役以外の全員が何とか眠れるようなスペースはあるみたいだし」


「……………」


 しばらくの間、ハルヒは俺を見詰めながら、珍しく額に皺を寄せて考え込む仕草を見せるが、


「……それでいいわ。とにかく先を急ぎましょう」


 そう言って運転席に乗り込み、他のみんなもそれに続く。間も無く、バギーはけたたましいエンジン音を響かせ始め、一路ゴンガガへと走り出すのだった。






 プリズンのあるコレル砂漠を横目に走り、川を越え、ゴンガガ大陸と西の大陸を隔てる浅瀬の海峡をもバギーは難なく越えて行く。その間に陽はすっかり落ち、真ん丸いお月様が天辺から、南へとひた走る俺たちを照らし続けている。


 一人きりで運転席に座る俺は眠い目をこすりつつ、ハンドルを握り締めてアクセルを目一杯踏み込む。少しでも、一分でも早くゴンガガへ辿り着こう、それだけしか頭に無かった。ゴンガガに行って、朝倉に会って、それから――いや、その後の事をを考えてどうする! 俺は朝倉を倒す。それだけを考えていればいいんだ。……きっと疲れているんだな、一瞬でも妙な思考に捉われるなんて――。


「……ン、キョン! ねぇ、キョンったら!!!」


 ――?……どっからか俺を呼ぶ声――気がつくと、いつの間にか助手席にハルヒが座っていた。


「……………何だ、ハルヒか」


「『何だ』、じゃないわよ! さっきまでボーっとしちゃってさ。あたしが何度話しかけても反応しないんだもん。それにナビもなしで。事故ったらどうすんのよ!!」


 そうか、それは済まなかったな。ナビ役の橘があんまりにも「眠い眠い」ってうるさかったから後ろの席に帰したんだがな。で、どうした? まだ交代の時間まで時間、あるだろ?


「……うん。そうね」


 珍しく歯切れの悪いハルヒの返事。ふっと横を見ると、どことなく不安げに窓の外の月を見るハルヒの横顔。


「何か、よく眠れなくって」


 俺は、猛スピードで車を飛ばしているにも拘らず――あのハルヒにも拘らず――月光に照らされた、憂いを帯びたその横顔に見惚れてしまっていたんだ。だから、


「……………ねぇ、キョン。どうしてそんなに焦ってるの?」


 何気ない調子で切り出したハルヒの問いに暫くの間反応できず、「ちょっと、キョン聞いてるの?!!」といういつもの怒り調子の声を聞いて漸く我に返り、ちょっとした自己嫌悪に陥った。よりによってあのハルヒに見惚れるなんて。ああ、そうさ。今夜は余りに綺麗な満月だ。きっとその所為だ。そういう事にしておこう。で、俺が何に焦ってるって?


「セフィロス――朝倉よ」


 ハルヒが朝倉を通り名以外で呼ぶのは、記憶の上ではこれが初めてだったように思える。


「あたしだって、あの日のコト、忘れられるはず無い。だから、星を救うためにあいつを止めなきゃ、ってことくらい分かるわ。でも――」


 俺はアクセル全開にしてるから、ずっとフロントガラスの先を見詰め続けていた。それなのに、ハルヒの視線が痛いほど刺さってくるような気がしていた。


「でも、今のキョン、何かヘン。何て言ったらいいか分からない、けど――」






「――いつか、キョンが、キョンじゃなくなる気がして……怖いの」






「………………」


 ハルヒが余りに似合わぬシリアスな雰囲気を醸しつつ、そんな事言うもんだから、


「ぶはっ、あははははははは!!!」


 思わず噴出しちまうのはしょうがねえだろ?


「ちょっと! 何でそこで爆笑するわけ?!!」


「いや、俺が俺でなくなるってどういう心配だ、それ? 突拍子無さ過ぎだろうが」


「そんな、あたしは真剣に……もういいわよ、バカキョン!!!」


 流石に爆笑しすぎた所為か、ハルヒは怒ってむくれてしまった。俺は運転を続けながら、へそを曲げるハルヒを宥めたが、そうしているといつの間にか眠気も妙な気分も吹き飛んでしまった。


 ――ああ、そうさ。正直に言おうか。俺はハルヒの言葉にわざと爆笑して見せたんだ。俺が先程ふと抱いた不安、それをあいつは見事に言い当てたから――。


 暫くすると、ハルヒも多少機嫌を直したようで、俺たちは幼き頃に戻ったかのように馬鹿話をしながら不眠不休で一晩中バギーを走らせた。そして、そろそろ夜が明けようとする頃、目的地のゴンガガ村に辿り着いたのだった。






 軽く車中で仮眠を取って、外へ出てゴンガガ村へ向かう頃には、朝の光が気持ちよく俺たちを照らしていた。まさに心地よい目覚め――


「ぜんっぜん、心地よくなんか無いのです……とにかくえらい目にあったのです……」


 そんな気分に水を差す不満タラタラな橘の台詞。それに古泉も首や肩を動かしながら同調する。


「確かに痛かったですねえ」


「痛いどころじゃないのです! もう身体中が痛くて、ヨガですかこれは、と。こうやってみたりこうしてみたり――」


 橘は頭や身体をくねくね動かして自分が寝た時の格好を実演してみるが、確かに変だ。人体の動きをはるかに逸脱してる。


「――するんですけど、どうやったって落ち着かないの! 駄目なのです、眠れないのです……んん…!もうっ!!」


 すると心なしか疲労の色を見せてる周防の肩に乗ったシャミセンが、呑気に欠伸をしながらしみじみとこう言ってのける。


「人間の睡眠というのは、やはり面がピタッと接地しなければならないようだな」


「ちっこい猫で、しかもロボットのシャミにそんな事言われたくないのです!!」




 ――バギーを降りてそんな阿呆な会話を続けながら、ゴンガガ村に続く森の入り口に差し掛かろうとしていた。そこで俺は、不意に草叢の向こうで人の気配を感じた。しかもただの村人ではない、これは軍人かそれに類する――


「ん?……隠れろ! 誰かいる」


 俺の小さい号令でみんな一斉にしゃがみ込む。じっと草叢の向こうを見渡してみるとそこにいたのは――






「なあ、中河。お前、誰がいいんだ?」


 ジュノン以来久々に見たアホの谷口がニヤケた面して、巨漢の中河の背中をツンツン突いている。中河は何故か顔をトマトのように真っ赤にしている。その反応を見て谷口はさらにニタニタと笑う。


「やっぱな。何赤くなってるのかな、と。前々から様子がおかしいと思ってたんだぞ、と。ん? 誰がい・い・の・か・な?」


 しばらく真っ赤のままで俯いていた中河はようやく口を開いてボソボソした声を放つ。


「………………長門さん」


 その言葉に一瞬固まる谷口。しかし、中河はそれをきっかけに堰を切ったように喋りだした。どことなく陶酔している様な表情で。


「愛しているんだ――そう、彼女を愛している。俺は本気だ。真面目に悩んでいる。ミスリルマイン以来、寝ても覚めてもそればかり考えているのだ。――目を閉じれば蘇る。ああ……その姿の何と可憐で美麗なことだっただろう。それだけではない。俺は彼女の背後に後光が差しているのが見えた。錯覚ではない。そう、それはまるで天国から地上に差し込む光のようだった……俺は圧倒された。今までの人生で感じたことの無い感覚だった。まるで電流が走り抜けたように……いや! 特大の雷に打たれたかのように俺は立ちつくし、気がつけば夜になっていた。そして思ったのだ。これが愛なの――ムグッ?!」


「分かった、分かったからもういいぞ! と。――な、なるほど……と。辛い所だな、あんたも」


 さらに続きそうだった中河の独演を、手でその口を塞いで遮った谷口は、気の毒そうな顔をして中河の肩をポンポンと叩いた。


「しかし、阪中も可哀想にな。あいつ、あんたのこと……」


 すると中河はさっきまでのトランス状態は何処へやら、ケロリとした顔で答えた。


「いや、あいつは国木田さんだ」


 谷口はそれを聞いて意外そうに声を上げた。


「そりゃ初耳だな、と。だって国木田は、あの古代種……」






「――あいつら何の話してるんだ?」と俺。


「さあ……何なんでしょうね」とは古泉の言。


 実を言えば、奴らが話している内容は、俺たちにはここからでは遠すぎてはっきりとは聞き取ることが出来ない。さっきまでの状況解説だって、見たまんまを述べてるのに過ぎないって気付いたか? 気付いた奴は偉いぞ。何となくロクでも無いことを喋ってる事ぐらいは分かるがな。それでも少しでも聞き取ろうとみんな耳をそばだてていたもんだから、後ろから何者かがが近づいているのに、不覚にも気付かなかった。


「ホント、下らないのね! 谷口君たち、いつでも誰が好きとか嫌いとか、そんな話ばっかりなのね。国木田君は別だけど。――あ! いけない!」


 いつの間にか俺たちの背後に立っていた阪中が勝手にぺちゃくちゃ喋った後、目の前に居た俺を突き飛ばし、そのままの勢いで谷口たちの方へと駆けて行く。


「谷口君! 中河君! 来ました! あの人たち、ホントに来ましたのね!」


「そうか……出番だな、と。中河……あの娘がいても手を抜くなよ、と」


「……仕事はちゃんとやるさ」


 瞬時に谷口と中河の表情は、先程とは180度違う真剣なものとなる。が、


「じゃ、谷口君、中河君。後はよろしくなのね。あたしは国木田君に報告に行くのね~!」


「お、おい!! こっちに助太刀しないのかよ!!、と」


 谷口の言葉を背に阪中は何処かへとそのまま走り去ってしまった。……一体何しに出てきたんだ? やや呆然とした表情で阪中を見送っていた谷口だったが、気を取り直して俺たちの方に向き直る。


「まぁ、いいや……と。久し振りだな、と。七番街の借りを返すぞ、と」


「七番街……忘れたな」


 と、言うものの、本音を言えば忘れられる筈が無いだろ。こっちこそ、お前らに殺された植松に中嶋、由良、それにスラムの人達の仇を取るんだ。ハルヒも古泉も俺と同じ事を思っているのか一様に頷いている。それを知ってか知らずか――


「それは寂しいな、と」


「これ以上、先には進ませない」


 谷口と中河は両の手を広げ、俺たちの行く手を封じた。そうか、そっちがその気なら受けて立つぜ――俺は背中の剣を取り、真正面に構える。再戦、開始だ。


「そうこなくちゃよ、と。喰らえ『タークス光線』!」


 いきなり谷口はそう叫ぶと、ロッドの先端を俺に向ける。その刹那、青白い光の束が一直線に飛び出して来た。俺は全反射神経を総動員して回避行動を取るが、完全には避け切れず、右腕の服の裾がジリッと焦げる。


「――ッ、野郎!!」


 なんて攻撃をしやがる。これが「見せたい」とかほざいてた武器って奴か。……それにしても『タークス光線』って……ネーミングセンスだけはどうにかならんのか。だが、そんなツッコミを心の中で入れている間にも、


「『タークス光線』連発だぞ、と!!!」


 谷口は馬鹿みたいに四方八方にレーザービームを撒き散らし、さらに――


「覚悟しろ、『ファイア』」


 中河の拳にはめたマテリアが赤く輝く間も無く無数の火の玉が襲い掛かってきた。俺は精一杯かわし切ってみせるものの、それは目晦ましに過ぎないことに気付いたのは、不覚にも谷口があっという間に間合いをつめ、俺に向けて電磁ロッド振り被った時だった。


 それでも、俺は谷口の一撃を剣で受け止めるが、その途端に電撃が身体中に走り、俺はもんどりうって昏倒する。谷口はその機を逃さずロッドを倒れた俺に振りかざす。


「キョン!!」


 ハルヒや古泉は俺の危機に気付くが、格闘においては相当な使い手である中河の相手をするのに精一杯で、俺に加勢出来る状況に無い。朝比奈さんもさっきのレーザー&ファイアにやられた橘や周防らの回復に忙殺されている。脳天に迫り来る谷口のロッド。咄嗟に両目を伏せる俺――ってまたしてもこんなアホにやられるのか――と思ったその時だ。


「オーバーソニックモード『ブラッドファング』」


 突如谷口の背後に現れた赤き疾風が、勝利を確信していた奴の背に突き刺さる。


「……ぐぉっ!!」


 訳の分からぬまま昏倒した谷口の背後から姿を見せたのは――長門だ。不思議な事に傷一つついていなかった。


「おい、中河……『手を抜くなよ』って言った筈だぞ……っと」


 相当なダメージを受けた谷口の恨み節に、


「す、すま…「隙アリッ!!」ぐはぁ!!」


 律儀に謝ろうとした中河の隙を逃さず、ハルヒの右ストレートが中河の左頬に炸裂する。その後は古泉のマシンガンの餌食だ。――あれだけ喰らって死なないのは流石だが。そして、朝比奈さんの魔法で回復した橘や周防も立ち上がる。もちろん俺も谷口に止めを刺さんと剣を構える。


 ところが、


「……逃げるが勝ちだぞっと」

「……………………………」


 不利を悟った谷口たちは、スーツの泥をサッと払うとやけにあっさりとその場から背を向けて走り去ってしまった。――余りにも呆気無い幕切れに、俺たちも追撃する気も失せたのだが、ハルヒが額にしわを寄せて俺の肩を叩いてきた。


「ねえ、何か変じゃない? 待ち伏せされてたみたいよ」


 まあ、確かに阪中の『ホントに来た』とかいう台詞は気になる。という事は――


「尾行されたか……いや、そんな気配はなかった。ということは……」


 瞬く間に俺たちを包む空気が凍りつく。言いだしっぺのハルヒは元より、古泉も、朝比奈さんも、みんな不安げな表情でお互いを見回す。そんな中で、


「……まさか、スパイでもいると思っているのか? それは堪らないな。仲間となって一番日が浅い我々が疑われるに決まっているではないか」


 シャミセンが問われもしない事まで口走ったのは引っ掛かるが、


「スパイが居るなんて考えたくも無い……俺は皆を信じる」


 そうだ。そんな事を考えていてもしょうがない。いたずらにみんなの疑心暗鬼を膨らます事は避けねばならないのさ。俺のこの一言で、みんなこの話題を切り上げる事にして、ゴンガガへと続く森の中へと入っていった。






 ――ゴンガガ村。鬱蒼とした森に囲まれた、西の大陸の中でも特に辺境の地とされる寒村だ。しかし、そんな場所でも三年前、全世界から脚光を浴びた時期があった。しかし、それは最悪の形――そう、魔晄炉のメルトダウンという未曾有の大惨事で。魔晄炉の外殻が吹っ飛ぶほどの爆発だったため、中で働いていた数千もの職員のみならず、村も壊滅的な被害を被り、多くの犠牲者を出した。これだけの事件をさすがに神羅も隠蔽し切れる筈も無く、逆に神羅への好感度を高めるべく、神羅兵による救出作業の模様が呼び寄せられたマスコミの手により連日連夜世界中に報じられ、数ヶ月ほどはこの話題で持ちきりだった。


 ……などという話を、村へ入る道中ハルヒに聞かされたが、全く覚えが無い。でも、そう反応を返すと、


「……ご冗談を」

「あんな大事件、ほんっとうに覚えてないのですか? あり得ないのです」

「君の記憶力はニワトリ並みなのかね」


 古泉も橘もシャミセンも、怪訝な顔をして好き勝手なことを言いやがる。ハルヒに至っては黙りこくって不安げな瞳で見つめるだけで、気味が悪いこといいっこなしだ。何なんだ。そんなにおかしいか? ……まあ多分、ソルジャーの任務で気にする余裕が無かったのか、それとも単純に忘れているだけだろう。妙な沈黙が支配する中、森を抜ける頃には、俺はそう結論付けることにした。すると、目の前に見えてきたのは――


「壊れた魔晄炉……」


 その光景を一言で言い表すなら、まさに「瓦礫の山」。辺り一面に焼け焦げた鋼鉄の板やパイプが散乱して、整理された痕跡すら見られない。恐らく、爆発した後そのまま放置されているのだろう。臭いもそれまでと違ってどこかおかしい。もしかすると、掘れば骸骨かなんかが出て来るんじゃないか。


「……これが、魔晄文明の成れの果てなのね」


 その惨劇の中央に、まるで処刑された聖人のように突っ立っている主動力部に向かって歩きながら、ハルヒは確信したかの様な表情で呟く。他の皆も、瓦礫を掻き分けて進みながら、黙示録的な景色に圧倒されているようだった。


 そうして、主動力部に辿り着いた時だ。上空からけたたましいヘリのプロペラ音が響き渡る。目を遣ると漆黒の装甲に馬鹿でかい二つのフォグランプ。そして尾翼の神羅の社章――間違い無い。神羅B1A式ヘリ「スキッフ」だ。


「物陰に隠れた方がよさそうね」


 ハルヒの言葉に全員静かに頷き、瓦礫に各々身を隠す。プロペラ音はますます大きくなり、スキッフはゆっくりと地上に降下していく。一陣の風とともに、瓦礫との僅かな隙間に降り立つとスキッフの扉がプシュと音を立てて開き、その中から漆黒のメイド服に身を包んだ女――あれは神羅の兵器開発部長、森ソノウ?!


「――――――!」


 半ば反射的に隣に身を潜める古泉を見る。奴は一瞬驚愕の表情を見せた後、唇を強くかみ締めているようだった。心なしか身体全体が震えているようにも見える。


「おい、古泉……」


「わかって……ますよ。大丈夫です。ここで先走ったところで無意味ですからね」


 何かを押し殺すかのような低い声で答える古泉。だが、その通りだ。スキッフの中には完全武装の神羅兵もいるし、上空には重役たる森を護るかのように何機ものスキッフが飛び回る。そのパイロットの中には谷口や中河の姿も見える。何よりタークス主任の国木田が、森の傍らを固めている。俺たちは黙って森と国木田が主動力部に近づくのを見ているしかなかった。


 森は主動力部の残骸を覗き込みジロジロと眺め回すが、暫くするとあからさまに不機嫌な表情を見せて右足で悪態をつくかのように焼け焦げた鉄の壁を蹴り上げた。


「……フンッ! ここもダメだわ。チンケな魔晄炉にはチンケなマテリアしか無いみたいね。コレル同様の役立たずだわ」


 唾を吐くかのように言い捨てる森。俺もハルヒも『コレル』という単語に反応して古泉に目を移しかけるが、森が国木田の方を向いて話し出したので、そちらの方に気を取られてしまった。


「ここの魔晄炉は失格ねえ。私が探してるのはビッグでラージでヒュージなマテリアなのよ。あなた知らない?」


「……存じません。早速調査します」


 国木田は淡々とした調子で答える。


「お願いね。それがあれば究極の兵器が造れそうなのよ」


「それは楽しみですね」


 全然楽しくなさそうな口調の国木田。


「宝条がいなくなったお陰で、私の兵器開発部にた~っぷり回って来るの」


「羨ましい限りです」


 愉快でたまらない森と対照的に、国木田はちっとも羨ましくなさそうに話しているが、森はそれを知ってか知らずか、話をさらに続ける。


「でもね、折角完璧な兵器を作っても、あのバカのユタカに使いこなせるのかしら」


 その言葉に国木田は苦笑いを浮かべる。


「あら、ごめんなさい! ユタカはあなたの上司だったわね! キャハハハハ!」


「……………」


「行きましょ!」


「……はあ。ところで、何でメイド服なんですか」


「別にいいじゃない。気分よ気分」


 などと妙な雑談をしながらスキッフに向かって踵を返す二人に、突然。






 背後から機関銃の轟音が襲い掛かった。






 瞬時に反応した国木田が森を抱えて地面に伏せる。そのために二人とも全く傷を負うことは無かった。立ち上がった国木田はそれまでの柔和な表情を一転させた鋭い眼光で銃を放った古泉を睨み付けると、即座に手にした拳銃の引き金を引く。


「チッ!!」


 弾道を読み切って俺は剣を伸ばし、古泉を捉えかけた銃弾を弾く。


「阪中さん!」


「はい、なのね!!」


 国木田の呼び声に呼応し、スキッフの中から阪中が飛び出て、森ソノウを抱えながら離陸の準備を始めたヘリへと連れ込もうとする。


「待て、森ソノウ!!!」


 古泉は銃口を森に向けてさらに銃弾を放とうとするが、


「させるか!」


 いつの間にか間合いを詰めた国木田の右足が古泉に襲い掛かる。そこはフォローに入ったハルヒが左腕でガードするが、体勢が崩れた古泉の銃弾は、残念ながら標的から大きく外れてしまう。すると、上空のスキッフから重厚な轟音とともに銃弾が雨霰と降り注ぐ。


『おい、国木田! やっちまうか』


 ヘリからスピーカーをギンギンに響かせた谷口の声が降って来る。しかし、国木田はあくまで冷静にレシーバに返答する。


「いや。キョンたちよりセフィロスを追うのが先決だと言っただろ。奴はもうここから移動したようだ。僕もすぐ追いかけるから、予定通りに」


『りょーかいだぞ、っと』


 若干つまらなそうな口調が聴こえるとすぐに、谷口たちの操るスキッフは北西の方角へと飛び去っていく。その間に森ソノウも阪中に護られてヘリに乗り込み、これ以上追撃は出来そうにない。


「――と、言う訳だ。命拾いしたね。では、また」


 国木田はにっこりと笑いかけると最後にスキッフに乗り込み、間も無く空へと飛び去ってしまった。その窓からメイド姿の森ソノウが地上を見下ろしているのが分かる。その時、窓越しに見えた彼女の口が、


(……そう、まだ生きてたのね。イツキ)


 と呟いているように見えたのは、気のせいだったのだろうか。






「すみません……」


 神羅の奴らが完全に姿が見えなくなってから、ようやく冷静さを取り戻した古泉は俺たちに頭を下げた。


「ったく、何やってんだお前は」


「気持ちは分かるけど、まだ早かったわね」


「若気の至りは身を滅ぼすという事だな、少年」


 などと散々文句を言う俺たちだったが、最後に言った朝比奈さんの


「で、でもでも、みんな無事で何より、ですよ」


 とのお言葉で取り敢えず矛を収めることにする。まあ、あれが朝倉だったら俺もハルヒもどうしていたか分からないしな。その意味では古泉と一緒さ。それよりも気になるのは森の台詞。


「ビッグでラージでヒュージなマテリア? 究極の兵器? 完璧な兵器? 神羅め、今度は何を始めるつもりなんだ……」


「……それに、セフィロスはもう何処かへ行ってしまったみたいね」


 そう、それ以上に今のハルヒの台詞、これ大事。また行き違ってしまったのかよ。折角徹夜でここまで来たって言うのに……はぁ。あからさまに落ち込む俺の肩を、長門が優しく叩く。


「神羅の連中が飛び去った方向から考えて、セフィロスはここから北西に向かったと推察される。この村でもう少し情報を集めれば、正確な行き先も分かる筈」


「そうだよな、長門。ありがとう」


 こいつって、こういう時にいいフォローをしてくれるよな。俺は、感謝の気持ちをこめて長門の頭をくしゃくしゃと撫でた。長門はいつもの無表情のままに見えたけど……少し恥ずかしそうに頬を赤らめていたようにも思えたけど、俺の自惚れだよな、多分。――ん、どうしたハルヒ。何不機嫌になってんだ?


「うっさいわね、このエロキョン!!」


 ……訳分からん。






 そうしてようやく辿り着いたゴンガガ村で俺たちが見たものは、ひび割れた煉瓦、折れた煙突、そしておびただしい数の十字架――あの悲劇から3年経った今でも復興が遅々として進まない現状だった。もうニュースとしての「旬」が過ぎ、移り気な大衆からはもう見向きもされないが、この村にとっての『事件』はまだ終わりを迎えることは無かったのだ。そして、村を見渡した時どこと無く違和感を覚えたが、それが何なのか気付く前に、真正面から近づいて来る杖をついた初老の男が声を掛けてきた。


「君たちは、旅の人かね?」


「あんたは?」


「わしはこのゴンガガ村の村長じゃ」


 よかったらこの村の話をしよう、と村長を名乗った男は言葉を続けた。


「ゴンガガ村は、魔晄炉の爆発事故の為に多くの人々を失った村じゃ。事故が起こってから随分経つが、その爪跡は未だに村のあちこちに残っておる」


「そうね。酷いものだわ」


 ハルヒの言葉に俺も含めみんな頷く。広大な墓場を見ると、喪服を来た若い女性――おそらく事故で夫を亡くした未亡人なのだろう。幼い子供を連れている――が十字架の前で静かに涙を流しているのが見えた。


「神羅の者達は、魔晄炉が出来れば幸せになると言いおった。しかし、魔晄炉はわしらに悲しみしか与えなかった……事故以来わしらは魔晄と決別した。見てみい。神羅の魔晄炉が無くても人は生きていけるんじゃ」


 ――そう、違和感の正体はこれだ。あの醜悪とも言えるエメラルドグリーンの光が、この村からは全く漏れ出て来ないのだ。俺たち人間は、もうそれが無いと生活に困る程に、魔晄に慣らされていた筈なのに。それでも、人々は自力で火を起こし、自然の陽光で作物を育て、魔晄に頼らない生活を築こうとしていた。


 俺やハルヒも古泉たちも感慨深げにその光景を眺めていると、


「村長さん。そちらは旅の人かい?」


「おお、鶴屋さん。どうしたかね」


 一組の老夫婦が物珍しそうな顔をして村長に話しかけて来た。鶴屋さんと呼ばれた夫婦の旦那さんは俺たちのほうを向きながら、


「それなら少し尋ねたい事があっての……おんや? あんたのその目の輝きはソルジャーさんだね?」


 話し始めた途端、俺の顔を見て驚愕と歓喜が入り混じった表情を浮かべた。それにつられる様に、おばあさんの方も俺の顔をまじまじと見つめて来る。何なんだ、あんたら一体――などと言い返す前に、おばあさんがこう問い掛けて来た。


「あらあらホントだよ! ――あんたウチの娘を知らないかい?」


 畳み掛けるように続けておじいさんが。


「こんな田舎じゃ暮らせないとか言い残して都会へ行ったまま、もう、かれこれ10年近く……」


「ソルジャーになるっちゅうて、村を飛び出したんだ。あんた、知らないかい? 鶴屋という名前のソルジャー」






「―――――?!!」






 さあ……知らないな。――そう口を開きかけて俺は気付いた。隣にいた朝比奈さんが、それと分かる程に大きく息を呑んだことに。その時振り向いて見た彼女の顔は、到底忘れることなんて出来やしない。あまりの驚愕に目を見開き、顔を蒼白にして口元を両手で押さえながら、


「鶴屋さん……」


 朝比奈さんの口から小さく漏れたその名前。その言葉に、


「娘さん、知ってるのかい?」


「そう言えば数年前に手紙が来て、親友が出来ましたって書いてあったけど、あんたかい?」


 期待を込めて問いかける老夫婦だったが、 朝比奈さんはそれにも気付かない様子で、「そんな……」と呟きながら、俺たちから離れてフラフラと何処かへと歩き去って行く。


「朝比奈さん!?」


 様子がとても尋常じゃない。慌てて後を追おうとする俺だったが、その右手を、「鶴屋」の爺さんが掴んだ。


「なあ、あんた。鶴屋っちゅうソルジャーに会ったことは無いかの?」


「何年も連絡をよこさんとは、なんちゅう娘じゃ」


 婆さんが続けて愚痴めいた事を言っているが、知った事じゃない。とにかく離してくれ!


「……ソルジャーの鶴屋さん……」


 そうこうしている間に、今度はハルヒが、これまた驚きを隠せない表情で誰ともなしに呟いていた。


「知ってるのか?」


 俺は何とか爺さんの手を振りほどきながらハルヒに当然とも言える質問をしてみるが、ハルヒは慌てる様に首をブンブン横に振ってどもりを隠せずに答えた。


「い、いいえ、知らないわ!」


「如何にも知ってるって顔してるぞ」


「知らないって言ってんでしょ、アホキョン!」


「わ、わかったよ」


 ついには癇癪を起こし始めやがった。あまり問い詰めすぎると右ストレートが飛んで来そうなのでやめておこう。それよりも朝比奈さんだ。


「そっちの娘さんも何か知ってるのかい? 今何処にいるんか教えて欲しいんじゃが」


「い、いえ……あたしも全然知らない――ってちょっとキョン、助けなさいよっ!!」


 爺さんたちに捕まってるハルヒやどうしていいやら分かっていない古泉たちを尻目に、俺は朝比奈さんの姿を求めて駆け出した。










 ――どうして、あんなことしてしまったんだろう――あたしは、荒れ果てた村の中をとぼとぼと歩きながら、深く溜息を吐いた。あんなの、ただいたずらにキョン君たちを心配させるだけなのに……




 ……でも、瞳の奥から溢れ出る涙をもう抑えることが出来なかったから。だって、ここにもいないということは、もう――





『おーーい、ミクル!』





 えっ?! 鶴屋さん――





「朝比奈さん!」


 ――違った。後ろから追ってきたのはキョン君だ。心配して来てくれたみたい。あたしが悪いのに、本当にキョン君は優しい。優しくて、優しすぎて、『あの人』を思い出すくらいに……思い出とともに溢れ来る涙を抑えるように、あたしは努めて明るい声で話し始めた。


「……この村に、鶴屋さんの家があるなんて知らなかったからびっくりしちゃいました」


「知ってる人、ですか?」


「いつか話しませんでしたか? ――わたしのたった一人の親友の話」


「…………」


 キョン君は少し考え込んでいたけれど、すぐに思い出したみたい。


「鶴屋さんっていって……ソルジャー・クラス1st。キョン君と同じ」


「クラス1stなんて何人もいない筈ですよ。でも……俺は知らない」


 キョン君は困惑顔だ。あたしもてっきり知ってるものと思っていたけど。でも、


「別に構わないの。でも、ずっと行方不明だから心配で――」


「行方不明?」


「5年前かな。仕事で出かけてそれっきり」


 声のトーンが下がっているのが自分でも分かる。いけない。これじゃ、


「……そうだったんですか」


「き、気にしないで下さいね。あの人のことだから、きっと――きっと何処かで元気にやってます。だって……いつもそういう人だったから――あ、あれ? ど、うして……」


 どうして、涙が。止めよう、止めようと思っても、ポロポロと零れ落ちていって。その雫の分だけ希望が消えていってしまいそうで。それでまた涙が――その時。暖かいものがあたしの頭に優しく触れた。 


「朝比奈さん。……きっと、大丈夫ですよ」


「え……?」


「また会えますから。生きているなら、きっと」


 その時、彼の笑顔が、あの向日葵のような笑顔に重なって――




 ―――――!!?




 ど、う……して……


「……朝比奈さん?」


「ふぇ……な、なんでも……ない…うぇ……です、からぁぁぁぁああああ!!!」


 嗚咽が、止まらない。


 キョン君がどうしていいかわからずに、あたしの頭を抱いたまま立ち尽くしているのが分かっているのに。


 胸の奥から溢れる想いが止まらなかった。


 だって、


 彼が彼女にあまりにも似すぎていたから――






『……誰も来ないね』


 ――それはいつかのミッドガル。彼女が任務で遠い所へ行くと知って、少しでも一緒に居たかったから、あたしが育てていた花をスラムに売りに行こうと誘った。お花でスラムをいっぱいにするのが、その当時から今にかけてのあたしの夢だったから。


 でも、やっぱり現実は厳しくて。あたしと彼女の他には誰もいない公園で、あたしは乾いた笑みを浮かべていた。でも、彼女はそんなあたしに、向日葵みたいに輝く笑顔で言ったの。


『いやいやっ! きっと来るよっ! もう少しすればお客さんがいっぱいっ!!』


『うーん。やっぱり、ワゴン、可愛くないからかなぁ……』


 あたしはお花を乗せたワゴンを見遣る。あたしと彼女で拵えたそれは、お世辞にも素敵とは言いがたかった。


『それは言いっこなしっさ! 手作りだから本物の花屋さんみたいにはいかないにょろよ』


 でも、と彼女は続けて言った。あの笑顔のままで。


『どんなお花屋さんのより、ミクルの育てたお花の方があたしは好きだよっ!』


 その言葉がなぜかとっても嬉しくて、あたしもついつい彼女と同じような笑顔を浮かべていた。


『そうそう! そうやって笑ってるのがミクルには一番にょろ!……あ、お客さんだっ!』


 ほい来た、とばかりに彼女は公園にやって来た若いカップルに駆け寄った。


『やぁっ! そこの熱々カップルっ! こっちこっち、いらっしゃ~いっ!』


 彼女はちょっと面食らってる二人を強引に呼び寄せて、交渉を始めた。


『どうだいっ。このお花、今ならなんと、たったの10ギルっ! この安さは価格破壊さっ! 買わなきゃ損だと思わないかなっ? どうにょろ?』





 それから2時間くらい粘ったけど、あまり芳しい成果は見られなかった。でも、小さな男の子がたった1ギルだけど「ボクもスラムをお花でいっぱいにするよ」とたくさん買ってくれたし、何より彼女と一緒にいられて、すごく、すごく楽しかった。


 けど、彼女はもうソルジャーとしての仕事に赴かなければならなかった。


『……売れ残っちゃったね。鶴屋さん、貰って行く?』


 彼女は少し考えて、申し訳なさそうに手を合わせた。


『うーん。ごめんっ! 今回は遠慮しとくよっ! 仕事場は何かハードみたいだから、持って行っても枯らしちゃうだけだし。けど、帰ってたらさっ、今よりもっともっとたくさんのお花をちょうだい! 約束だよっ!』


 そう言って彼女は右手の小指を差し出した。


『うん。ゆびきりね!』


 あたしも小指を絡めて公園に響き渡るような大きな声で、またすぐに会えることを約束した。






 それから1ヶ月、


 …2ヶ月、


 ……3ヶ月、




 ――半年。




 ――――1年。




 そして、何年経っても彼女は帰って来なかった。




 でもあたしはずっと待ってた。お花をずっと育てて待ってた。だって、彼女が約束を破るはずが無かったから。――けれど、育てた花が部屋を埋め尽くしたその時、あたしはその時初めて声を上げて泣いて――




 あなたにあげる筈だった、ありったけの花束を、




 窓から捨ててしまったの。




 世界にくれてやるかのように。





 ――それも、いつの間にかもう何年もの遠い昔の話になっていた。






 キョン君は、あたしが泣き止むまで何も言わず、幼子をあやす様にあたしの頭を優しく撫でてくれた。それがとても嬉しくて、悲しかった。あまりにも彼女に重なって、根拠の無い不安があたしを襲う。




 キョン君も、いなくなってしまう。


 キョン君や、涼宮さんたちとの日常が消えてしまう。



 ……そんな気がしたから。



 それでも、あたしはキョン君の腕の中で泣きじゃくりながら、願います。





 神様、あたしたちの、この素晴らしい日々を転調させないで下さい。



 このままで、いさせて。





 ――決して枯れる事の無い、石の花のように。

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