第6章 RUN! RUN! RUN!
「ちょっと、困ります! アポイントメントの無い方はこちらで……」
神羅ビル1階。ID認知式のセキュリティゲートを軽々と飛び越えて、突如乱入してきた俺たちに、ビルの受付嬢が慌てふためく。しかし、当然「アポイントメント」なんてお上品な事などしてないぜ。
「悪いわね、ちょっと急な用件なのよ。怪我したくなかったら引っ込んでなさい!!」
ハルヒの戦闘開始を告げる雄叫びと共に、古泉がスマイル状態を保ったままで右腕の機関銃をあちこちにぶっ放す。
「キャアーッ!!」
「何なんだあいつら!?」
「ま、まさか奴らがSOS団!?」
「侵入者だ! 捕まえろ!!」
蜘蛛の子を散らすように逃げ回る神羅の一般社員。そしてそれと入れ替わるように俺たちを捕まえようとマシンガンや手榴弾を抱えて向かってくる神羅の一般兵たち。俺は背中のバスターソードにそっと手を掛ける。あの高揚感が徐々に身体を支配していく――さあ、楽しい戦いの時間の始まりだ!
「行くぞ、ハルヒ、古泉!!」
「先に言わないでよ! アホキョン!!――ミクルちゃんは絶対助けるわよ!!」
「――どこまででも、行きますよ!」
俺たちは一迅の疾風の如く、迫り来る神羅兵の団体に向かって走り出した――
『HARUHI FANTASY Ⅶ -THE NIGHT PEOPLE-』
第6章 RUN! RUN! RUN!
ついに神羅本社に乗り込んできた悪逆非道のテロリスト「SOS団」を己の手で倒して名を挙げようと、数多の神羅兵が、一目散に階段を正面から駆け上がる俺たちに向かって次々に襲い来る。だが――
「邪魔だッ!」
俺は構えた剣を横に薙ぎ払って、前を塞ぐそいつらの胴より下を真っ二つにし、
「退きなさいっ!!」
ハルヒもドロップキックを喰らわせて、階段の遥か下まで真っ逆さまに落とし、
「そこを、通してくれませんか――ふんもっふッ!」
そして、古泉は右腕の機関銃で敵の頭を蜂の巣にしていく。
3階のショールームに辿り着いた頃には、敵兵はあらかた殲滅し、その他の社員も逃げ伏せてしまったので、辺りには俺たち三人以外人影は見えない。俺が社員時代から密かに憧れていた『ハーディ=デイトナ』――1160ccの大排気量を誇る神羅製の最新式オートバイ――の漆黒のフォルムもすぐ傍にあったし、ここまで一気に駆けたので一息をつきたい所だったが、まごまごしてると他の階や外から増援が来かねない。ソルジャーまで投入されればまずい事になるのは請け合いだ。
俺たちは丁度いいタイミングで到着したエレベーターに乗り込み、一般社員でも入れる最上の59階のボタンを押した。ドアが閉まり上昇を始めると、俺は今の今までの激闘の分、深く溜め息を一つ吐いた。
「どうしたの、キョン?」
「朝比奈さんを助け出すまで、出来る限り騒ぎは起こしたくなかった。まあ、無理だろうとは思っていたけどな……」
特にハルヒと一緒じゃあな。すると急に古泉がふふっと微笑い出す。何だよ、気持ち悪いな。
「さっきから思ってたんですよ。あなたでも他人のために戦うことがあるんですね――と。見直しましたよ」
「……お前に見直されても、嬉しくも何ともないんだがな」
それでも古泉は微笑を絶やさずに、俺に手を差し伸べる。
「これまでの数々の非礼、ここでお詫びします」
そう言って俺と半ば強引に握手した瞬間、エレベーター内が真っ赤に染まり警報音が鳴る。見ろ、古泉。お前が柄にも無いことするからだろ。エレベータはガクンと揺れると、17、26、13、38、23……と階数表示が急に出鱈目になり、エレベーター自体も上へ下へと乱高下を繰り返す――すなわち暴走を始めた。暴れまわるエレベーターのあちこちに俺たちは何度も身体をぶつける。このままミキサーにする気か。
「キョン、どこでもいいから止めて!!」
ハルヒの言葉に俺は何とかボタンを押すと、エレベーターは15階を表示して止まり――まるで待ち構えていたかのように、神羅の赤い強化服を装着した戦闘員が入り込んで来やがった。
「そっちがその気なら、何度でも戦ってやるわよっ!!」
ハルヒの言葉通りかどうかは知らないが、それから俺たちは暴走するエレベーターを止める度に待ち構えていた神羅兵との戦闘を繰り返し、一人残らず倒していった。すると、投入できる兵も尽きたのだろう。エレベーターは漸く暴走を止め、59階に辿り着くことが出来た。
「侵入者を排除しろ!」
ところが、エレベーターを降りた途端、今度は強化装備の神羅兵が襲い掛かって来た。
「ここは僕が」
古泉は右腕の銃を神羅兵に向け全エネルギーを溜める。集まったエネルギーは真紅の球状に巨大化してゆき、
「『ヘビーショット』!――ふんもっっっふ!!!」
例の謎の掛け声と共に紅い玉を撃ち出す。その直撃を受けた敵は一気に粉砕された。吹っ飛ばされていく敵から何か光るものが落ちたので、拾ってみると、これは――『カードキー60』――これが60階以上に入ることが出来るIDパスって奴だな。案の定、さっきまで乗ってたものとは別のシースルー状エレベーターのカードリーダーに通すと、60階のボタンが明るく点灯した。しかし、他の階は点かないな。
「恐らく、そのカードでは60階までしか許可が与えられてないのでしょう。61階以上はまた別のカードが必要になると思います」
じゃあ何か、1階1階昇る度にカードを一々手に入れないといけないのか?かなり面倒だな、それは。だが、そう愚痴っていても仕方ない。ここまで厳重なセキュリティシステムがあるという事は、60階以上こそ神羅の中枢を担う部分。そこに朝比奈さんは必ずいる。――ここからが本番なんだ。
「そうね。ミクルちゃんの無事を確認するまで、決して油断するんじゃないわよ」
エレベーターは無機質な音を立てて上昇し、俺たちはついに60階に足を踏み入れた。
「見て。警備の奴らがウロウロしてるわ。キョン、まずあんたが見つからないように先に行って合図して。あたしたちはその後に続くから」
簡単に言ってくれるよな、お前。これだけの人数見つからずにやり過ごすのは結構難しいぞ。え? 「元ソルジャーなんだからそれ位出来て当然でしょ!」だと? 確かに、ソルジャーの任務には『敵施設への侵入』も当然含まれているが……まあ、いい。やってみるか。
しかし、全て後一歩のところで何故か見つかってしまい、四回ほど戦闘を繰り返すと、フロアには俺たち以外誰もいなくなっていた。そして、辺りに転がる兵士の亡骸の山。
「……やっぱりこうなるのね。こんなことなら最初から……」
「……結果オーライでいいんじゃないですか?」
古泉、何か慰めになってないぞ、それ。
61階は、神羅上級社員のリフレッシュ・フロアとなっているようだ。高そうなスーツを着た奴らが思い思いの姿でくつろいでいた。この階のセキュリティーパスを結局手に入れることは出来なかったが、60階からエスカレータで登ってみると、フロアドアが壊れて開けっ放しとなっていたのでまんまと侵入できた。
「さっき下の方が騒がしかったけど、何かあったのかしら?」
「さあな。ま、60階から上は何があっても安全だ。気にすることも無いって」
ここにその騒ぎの原因がいるってのに、何だこのまったりした空気は。変に騒がれて敵がわんさかやって来るような事態よりかは何倍もマシではあるが……するとまだ若い外見のOLが俺に近づいて来た。
「あら、見かけない顔……新しく配属されたのね? いいわ、私が色々教えてあげる」
「い、色々?」
その一言に一瞬たじろぐ俺をハルヒがジト眼で睨んできたが、見なかったことにする。しかし、背中に大剣背負ったり、グローブを両の拳にはめたり、挙句の果てには片方の腕がマシンガンになっていたり――こんな野蛮な格好をした神羅の上級社員とは、業腹だな。
「なーに、変な顔して。教えてあげるのはここから上のフロアのことよ。60階より上は役員クラスの社員の多い特別フロア。カードキーが無いと入ることも許可されないの。カードキーがあれば階段もエレベーターも自由に使えるわ。でもね、カードキーにも何種類かあって、一枚でどこでもって訳には行かないのよ。そうね、例えば『カードキー60』なら60階まで。『カードキー65』なら65階まで。そういうことよ。まあミッドガル、いえ、今や世界のエネルギー流通を一手に引き受ける神羅カンパニーの本社としては、当然のセキュリティよね。……あらやだ、長くなっちゃったわ。それじゃお互いお仕事頑張りましょうね」
長々と古泉の推測を裏付ける台詞を述べて、OLは投げキッスを付けてその場を去った。すると、いきなりハルヒが俺の右足を踏みつける。――痛ッ、何しやがる!
「――ニヤケ面」
そう言って不機嫌オーラを撒き散らすハルヒ。俺何かしたか? 古泉は苦笑してるだけだし、誰か分かる奴解説してくれ。訳も分からず戸惑っている俺の肩を誰かが叩いた。――しまった、敵か……と思ったが、そうではなく、今度は男性社員がにこやかな顔で立っている。
「君たち、修理課の人だろ? あのドア、セキュリティ装置が壊れてて危なっかしいんだよね。早く直してくれないかなあ……そうそう、これあげるから上の方も点検しておいてよ。じゃ、頼んだよ!」
男性は爽やかにそう言って『カードキー62』を渡して去っていった。
「……ラッキーって言うのかしら、これ」
さあな。ただ、どんなに立派なセキュリティを持っていても、所詮は扱う人間次第ってのがよく分かるエピソードだよな。俺たちは余りにもあんまりな成り行きに、拍子抜けしながら62階へと登るのだった。
――この階は、あまり人の気配がしなかった。いや、無駄にシックで豪華な造りの大きな扉の前に、眼鏡をかけた男が所在無げに突っ立っていた。
「あ、これはどうも。こちらはこのミッドガルの市長室でございます。この中には後藤キョウスケ市長がいらっしゃいます。ちなみに僕はミッドガルの副市長、豊原ノボルです。困ったことがありましたら是非僕にでも……」
「へぇ、市長って噂に聞いてたけど、本当にいたのね」
『本当に』って、どういう意味だ?こんな大都市だ。市長がいない方がおかしいだろ。
「あんた、バカ? ここはね、神羅の総本山よ。市長なんて形式的な存在で、プレジデント神羅が全ての実権を握ってるんだから」
ハルヒの俺を完全に馬鹿にした解説を真横で聞きながら、豊原とかいう副市長はハアと盛大に溜め息を吐く。……それだけでも、この2人がどんな境遇に置かれているか想像つくな。
「ひょっとすると、市長に頼めば上のカードキーくれるかもしれないわ!」
そう言ってハルヒは市長室のドアをノック無しに思いっきり開け放つと、
「こんちわー! 上の階のカードキー、頂きに来ましたー!」
いきなり現れたハルヒにあまり驚いた様子もなく、後藤・ミッドガル市長は憂鬱そうに言葉を切り出した。
「あ~?なんだね君たちは?ああ、君らが例の……私?私はこの魔晄都市ミッドガルの市長、後藤キョウスケだ。……とは言っても名前だけ。ホントの所、ミッドガルの全ては神羅のものだ。今の私の仕事といったら神羅カンパニーの資料管理……ミッドガルの市長が! 神羅の資料を!ハア……」
段々とテンションを上げ、最後には豊原と同じく盛大な溜め息を吐く後藤市長。かなり鬱憤が溜まってるな、こりゃ。すると、後藤は至極あっさりこんな事を言い出した。
「君ら、上へ行きたいんだろ? いいとも、私のカードキーをやろう。合言葉を言えたらな。そう、合言葉だ。それを言えたら、カードをやろう」
何だ、合言葉って。しかし後藤はそのままドカッと椅子に座り、それ以上何も語らない。おい、ヒント無しかよ。ここで粘っても喋りそうに無かったので、諦めて外に出ると、豊原が話しかけてきた。
「市長の話はお聞きになりました? は? 合言葉? ははあ、なるほど……あの人も暇なんですよ。なんせミッドガルの実権はほとんどプレジデント神羅のものですからね。長年友人やってる僕なら分かるんですよ。――そういうことなら僕がお手伝いしましょう。何でもお答えしますよ。市民の皆さんにサービスすることこそ私たち役人の喜び。快くヒントをお教えしましょう!……500ギルで」
「ふざけんな!」
よく言ったハルヒ。それって立派な袖の下だろ、役人のやることか。いや役人だからやるんだろ、ってツッコミは無しだぜ。
「ハア、そうですか。では仕方ありませんね。頑張ってご自分で見つけてください」
――とは言ったものの、合言葉って何なのかこのままでは皆目見当がつかない。取り敢えず、この階に何かしらのヒントがあるだろう、というハルヒの言に従って、フロアの探索を始めた。すると、なにやら分厚い本や資料が並べられている部屋に辿り着いた。部屋のディスプレイのスイッチを押すと、機械音声がこの部屋について教えてくれた。
『ここは科学部門の資料室です。他の三つの資料室にはそれぞれ……都市開発部門、治安維持・兵器開発部門、宇宙開発部門の資料が保管されています』
「さっきの後藤の話だと、ここの資料を管理してるのね。もしかするとここにヒントがあるのかも……キョン、古泉君! 本を片っ端から調べるわよ!!」
これだけ大量の本をか? 調べ終わるのは何時になると思ってんだ。早く朝比奈さんを見つけないといけないんだぞ。
「だって、仕方ないでしょ? あの調子じゃ、どんなに脅してもカードキーくれなさそうだったし」
しかしだな……俺は改めて書棚を見渡してみる。
『5.生物体の高レベル魔晄による影響に対する調査』
『8.伝承における古代種の生物学的特性』
『3.ガストファイル 生物博士ガスト・アサヒナ』
『7.歴史の中の古代種 生物博士ガスト・アサヒナ』
『2.魔晄炉建設工事 都市部着工予定表』
『2.ミッドガル周辺に生息する突然変異生物実験データ』
……さすがに『科学部門』だけある。頭の痛くなりそうなタイトルばっかりだぜ……?よく眼を凝らすと、『2.魔晄炉建設工事 都市部着工予定表』と、一つだけ明らかに科学部門ではありえないタイトルの本が書棚に鎮座していた。整理ミスか? 俺がその本を手に取ると、ハルヒが横からそれを奪い取り、難しい顔をして考え始める。
「……ハルヒ?」
すると、ハルヒはいきなり笑顔を輝かせる。
「わかったわ、キョン! これよ、これがヒントなのよ!! 恐らく他の部屋にもあるはずだわ、ジャンルがたった一つだけ異なる本が。みんなで手分けして持ってくるのよ!」
訳が分からずハルヒに従って都市開発部門の資料室に行くと、果たしてハルヒの言う通りに『1.魔晄兵器の長期使用に関する特別規定』という本が不自然に並べられていた。それを持って元の場所に戻ると、古泉は宇宙開発部門から『4.生物の爆発的進化と魔晄エネルギー』、ハルヒは治安維持・兵器開発部門から『4.宇宙開発部門栄光の歴史 下巻』を持って来ていた。
で、これで何が分かるっていうんだ? ハルヒはそこでキョトンとした顔になる。……その先、考えてなかったようだな。すると、古泉が眉間に皺を寄せながら、
「――本に書かれた番号に注目するといかがでしょうか」
と言ってきたので、番号を改めて注視する。『1.魔晄兵器の長期使用に関する特別規定』……1。1番目……?! なるほど、そうか。そういう事だな。ハルヒも納得したように頷いている。ようやく分かったぜ、市長さんよ。
「合言葉が分かったのか?――では、言ってみたまえ」
意気揚々と市長室に乗り込んできた俺たちに、後藤は不敵な笑みを浮かべている。「分かるもんか」と言いたげだな。しかし、ハルヒは自信満々な表情でバッと後藤を指差す。
「ええ。結構味な真似してくれたけど、この涼宮ハルヒ様の前に掛かれば、答えなんてお茶の子さいさいよ!!――四つの資料室の各部屋に一つだけジャンルの違う本があったわ。その本に付けられた番号を本のタイトルの文字の順番に当て嵌めてゆき、それを並べ替えると――答えはズバリ『魔晄爆発』ね!!」
ハルヒが長い解説交じりで答えを叫ぶ。どうでもいいが、番号の謎に気付いたのは古泉だぞ。本のジャンルの違いに目を付けたのは褒めてやるが。ともあれ、後藤市長はニヤッと口元を歪めると、スクッと立ち上がり、
「魔 晄 爆 発 !!」
「――何と素晴らしい響き! その通り!魔晄エネルギーを爆発させろ! そして私を真の市長に!……フン、まあいいだろう。ホラ、持って行け」
全ての憤懣を込めて絶叫した後、『カードキー65』をハルヒに手渡した。ところで、何でこんな回りくどい事をさせたんだ? すると、後藤はさも当然のように、
「決まってるじゃないか。嫌がらせだよ。嫌がらせ。いいか、神羅はずっと私を苦しめてきたんだぞ。だから私はここで君たちを悩ませ、今度は君たちが上へ行って神羅の奴らを困らせる。どうだ、これでおあいこだろ。ヒ、ヒヒ、ヒヒヒ……」
そう言って不気味に笑い出した。く、狂ってやがる。人間、ああはなりたくないもんだな。などと俺が人生の悲哀について軽く考えていると、後藤は「それから、」と言葉を続けた。
「言っておくが、私のカードでは65階までしか登れんよ。神羅め、この私を……この私を一般社員と同じ扱いに……」
このまま愚痴が止まりそうに無いので、俺たちはそのまま後藤を放置して市長室を出て、64階、65階へと昇っていった。そう言えばさっきの本、持ち出してきたままだったが……まあ、いいか。行きがけの駄賃に持って行くことにしよう。
65階は都市開発部門のテリトリーらしく、中央の巨大な部屋には中央にそびえる高い塔とその周りを囲むように立つ八つの塔――ミッドガルの模型がそこにあった。
「ミッドガル……魔晄エネルギーを吸い出し生き続ける都市の模型か……この建設中の六番街が完成したとき、神羅の野望も完全なものとなる。その野望の為に朝比奈さんを……?」
所々模型が欠けていたので、もしやと思いフロア中に散らばった欠片を集めてはめ込むと、その模型から『カードキー66』が出てきたので、これ幸いにそのまま拝借して、その足で66階へと走った。
「また重役会議だってよ。こないだのプレート落としの一件じゃないのかな」
66階。俺たちとすれ違った社員がそんなことを話している。彼らの無警戒ぶりにもようやく慣れてきた。ここのセキュリティ、完全に信じ切ってるんだな。だが世の中には『絶対』という物なんて無いんだぜ。それにしても……重役会議か。朝比奈さんは神羅にとって重要人物。彼女の行方は重役の誰かが知ってるんじゃないか。ハルヒも古泉も当然そう思ったようで、
「何とか会議の様子、覗けないかしらね」
「排気孔か何かに潜り込めればいいのですが……」
そう都合よく見つかるか、とも思いつつ、フロア中を探し回る俺たち。すると、廊下をプレジデント・ケイイチ・神羅が歩いて来る。奴は俺たちの顔を知っている――慌てて男子トイレに駆け込んだ。すると、個室の上から生暖かい空気が流れ込んでいる。見ると、排気口の蓋が外れていた。何とか潜り込めそうだな。
そのままトイレの排気口に飛び上がって入り込み、匍匐前進で排気孔を進むと、重役会議室と思しき部屋の直上に辿り着いた。3人頭を並べて排気口から下の様子を覗く。ちょうど会議が始まったらしい。列席してるのは錚々たる顔ぶれだ。社長のプレジデントに、治安維持部門統括の多丸、都市開発部門統括の新川、宇宙開発部門統括の……名前、何と言ったかな。それから――
「――兵器開発部門統括、森ソノウ」
古泉が紅いドレスを着た妙齢の美女を睨みつけながら、淡々とそれでいて憎々しく、まるで呻くように呟いた。古泉がここまで感情を露わにするのも、あの六番街でのハルヒビンタぐらいしか見たこと無かったので、少し気になったが、新川の声が下から聞こえてきたので、そっちに集中することにした。
「七番街の被害報告が出ました。既に稼動していた工場部分と現在までの投資額を考えると我が社の損害は100億ギルは下らないかと……また、七番プレートの再建にかかる費用は……」
白髪頭の新川がやや憂鬱気に、自分たちが仕出かしたプレート落下の被害を報告する。あまりの苦々しげな表情と声音に、この人はあんな暴挙に反対してたんだな、と俺は感じていた。だがここで、プレジデントが意外な言葉を吐いた。
「再建はしない」
「は?」
新川は、その言葉のあまりの意外さに間の抜けた返事をして、プレジデントを凝視する。
「七番プレートはこのまま放って置く。その代わりにネオ・ミッドガル計画を再開する」
「……では、古代種が」
新川の言葉に、プレジデントはニヤリと嘲笑う。
「約束の地は間も無く我々のものになるだろう。――それから各地の魔晄料金を15%値上げしたまえ」
「値上げ値上げ! うひょうひょ! ぜひ我が宇宙開発部にも予算を!」
プレジデントは舞い上げる宇宙開発部門統括を無視して新川と森を見遣る。
「魔晄料金値上げによる差益は新川君と森君で分配したまえ」
森は事務的に「わかりました」とだけ告げたが、新川は慌てて立ち上がる。
「プレジデント。これ以上の魔晄料金の値上げは住民の不満を招き……」
――神羅にもまだ良心のある重役がいたんだな。俺が妙に感心しながら様子を見ていると、プレジデントはくくくと笑い出す。
「大丈夫だ。愚かな住民たちは不満どころか、ますます神羅カンパニーに信頼を寄せることになる」
「その通り。『テロリストどもから七番街の市民を救った』のは神羅カンパニーですからねぇ」
プレジデントの実弟、多丸ユタカが皮肉気な笑みを新川に向ける、新川は苦々しげに自分の席に座りなおした。
「くっ……なんて汚い……」
ハルヒも苦々しげに会議の成り行きを見ていた。そりゃそうだろ。俺だって胸糞悪くなるぜ。出来ればこの模様を世界中の人間に見せてやりたくなる。俺たち三人が怒りに身体を震わせていると、白衣を着た明るめの茶髪の、これと言って特徴の無い顔をした男が悠然と会議室に入ってきた。プレジデントは、その男を待ち焦がれていたのか、顔を見るなりこう尋ねる。
「おお、『部長』氏。あの娘はどうかね」
「サンプルとしては母親に劣るな。母親ミユキとの比較中だが、初期段階で相違が18%」
「その検査にはどれくらいかかる?」
プレジデントの質問に、「部長」と呼ばれた男はクククと奇妙な笑い声を立てる。
「ざっと、120年。我々が生きてる間は無理だろう。もちろんあのサンプルもね……だから古代種を繁殖させようと思うんだ。しかも、長命で実験に耐えうる強さを持たせることが出来る」
「約束の地はどうなる? 計画に支障は出ないのか?」
「……そのつもりだよ。母は強く……そして弱みを持つ」
そう再びクククと笑う部長。――プレジデントが確認したかったのは、実はこれだけだったようだ。満足したように頷くと豪奢な椅子から立ち上がる。
「では、会議を終わる」
その言葉と共に、重役たちは三々五々会議室から退出して行く。
「今のは、朝比奈さんの話……だよな」
「確証は持てませんが……」
「たぶん、ね」
……恐らく先の『部長』とかいう奴が朝比奈さんの居場所を知っている。いや、朝比奈さんを使って何かをするつもりなんだ。そうと決まれば話は早い。
「後を付けよう」
急いでもと来た排気孔を引き返し、トイレから件の部長氏を追いかける。ゆったりとした足取りが幸いして、まだ彼はこの階にいた。こっそり後を付けると、部長はそのままエスカレータで上の階へ上がって行く。
67階。奴がセキュリティドアを潜り抜けて閉まる寸前、ハルヒがつま先を押し込んでドアを再び開かせてドアを突破した。歩いてみると、様々な機械がフロアを埋め尽くしている。ここはどうやら科学部門の研究プラントらしい。
「――思い出したわ。あの部長って奴。神羅の科学部門の責任者、宝条よ。キョン、あいつの事知らないの?」
「いや、実際に見るのは初めてだ。そうか……あいつが……」
そうは言ったものの、妙な既視感が残るのは何故なのか――所々曖昧になっている記憶の中で、何かが俺に向かって叫んでいるような気がするが、それを振り解くように、宝条の後を追っていく。すると色んな道具やら何やらが乱雑に置かれた物置のような空間に辿り着いた。
宝条はそこにある大きなシリンダーの前で立ち止まる。その中では、アッシュブロンドの髪を短く切り揃えた小柄な少女が、膝を抱えたまま虚ろな瞳で座っていた。その光景に驚く俺たちだったが、後ろから研究員らしき白衣の男が現れたので、慌てて物陰に隠れる。男はシリンダーを眺める宝条に声を掛けた。
「今日の実験サンプルはそいつですか?」
「そうだ。すぐ実験に取り掛かる。上の階に上げてくれ」
研究員は宝条の指示に頷くと、もと来た道をとって返す。……俺たちには気付かなかったようだな。危ない危ない。すると、宝条は恍惚の表情で、
「かわいいサンプルよ……」
と呟きながらひとしきりシリンダーの壁を撫で回した後、その場を離れ、奥の方へと歩いていく。俺たちは周囲に誰もいない事を確認するや否や、少女が閉じ込められているシリンダーに駆け寄った。
「…………」
よく見ると、左腕に『ⅩⅢ』と以前何処かで見た刺青が施されている少女は、シリンダー越しに不思議なものを見るような眼で俺やハルヒ、古泉を見詰めるが、一言も発する気配も無ければ、その場から動く気配も無い。ハルヒはシリンダーの壁をドンドンと叩き始めた。
「『かわいいサンプル』って、女の子じゃない!……あの宝条って奴、この子を生物実験なんかに使うつもりよ!! 早く助けなきゃ!!」
それには俺も激しく同感だ。俺たちはシリンダーを叩き割ろうとしたが、ヒビ一つ入らない。古泉、お前のその銃で何とかならないか? しかし、古泉は力無く首を横に振った。
「……すみません。このシリンダーはどうやら特殊な素材で出来てるようです。恐らく外側からは高性能爆薬でも破壊することは難しいでしょう……」
畜生、それでも他に手は無いのか――そう思って周囲を見回したその時だ。ピンク色の輝きを放つ大きく奇妙なケースに目が留まった。これは――自分でも、気付かぬうちに――俺は、それに近づく。
「『ジェノバ』……」
その窓を覗き込むと、首の無い女性の形をした異形の生物の姿が眼に飛び込んできて――?! また、だ……頭、あたまが、わ、れ……る――
「キョン!?」
俺の異変を感じ取ったハルヒが慌てて駆けつけ、俺を抱き起こしたので、やっと我に帰る事が出来た。俺は前頭部を押さえつつ立ち上がる。俺の中で、朧げな過去の光景が、浮かんでは消えてゆく。
「ジェノバ……セフィロスの……そうか……ここに運んだのか」
「キョン、しっかりして!」
「…………見たか?」
「何を?」
俺は、ケースのピンク色に光る窓を指差した。
「動いている……生きてる」
ハルヒは中を覗き込んだが、その反応は興味無さ気だった。無理も無い。
「何、この首無し? 気持ち悪いわね……――それより、キョン! 今のあたしたちにはあの子のこと、どうしようもないわ。それに、この様子だったらミクルちゃんもどんな事されてるか分からない! とにかく宝条を捕まえて2人とも解放してもらわなきゃ!!行くわよ!!!」
まあ、確かにそうだな。それが先決だ。宝条が向かった先に行って見ると、そこには別のエレベーターがあった。どうもここは研究員しか使わないらしく、セキュリティシステムは無いみたいだ。そのままエレベーターに乗り込み、68階に降り立った。すると――
「――ミクルちゃん!!」
さっきの少女が入れられていたシリンダーより一回り大きなやつに、朝比奈さんが閉じ込められていた。宝条はハルヒの叫び声に鷹揚と身体を向けると、
「ミクル?――ああ、この娘の名前だったね。何の用?」
俺はバスターソードを抜き、宝条に向け構えた。古泉も機関銃の安全装置を外し、奴に銃口を向ける。
「朝比奈さんを返してもらおうか」
「…………ところでキミたち誰? ひょっとして部外者?」
最初に気付かなかったのか、それ?
「世の中にはどうでもいい事が多くてね」
宝条はそう吐き捨てると、既に戦闘体制に入っている俺たちをじろりと眺め回した。
「……僕を殺そうというのか? それは止めた方がいいな。ここの装置はデリケートだ。僕がいなくなったら操作できないだろう? ん?」
「くっ……」
俺は剣先を下げる。今すぐこいつを斬り刻んでやりたかったが、悔しいけど奴の言う通りだ。
「――そうそう。こういう時こそ論理的思考によって行動することをお勧めするよ。……さあ、サンプルを投入しろ!」
下のシリンダーはどうやらエレベータにもなっていたらしい。宝条の指示で遠隔操作ルームから研究員が機械を作動させると、シリンダーの床が開いて、あのアッシュブロンドの髪をした少女が床ごとせり上がってきた。少女はスクッと立ち上がると、
「…………」
無表情にして無言のまま、朝比奈さんに向かってゆっくり近づいていく。朝比奈さんは恐怖に駆られてシリンダーの壁をドンドン叩き始める。
「キョン君、助けて!」
「何をする気だ!」
俺の問いに、宝条はクククと嫌らしい笑みを浮かべる。
「滅び行く種族に愛の手を……どちらも絶滅間近だ。僕が手を貸して『配合』しないとこの種の生物は滅んでしまうのでね」
「……生物? 非道いわ! ミクルちゃんもその娘も人間なのよ! 許せない!!」
まずい、このままでは朝比奈さんが――
「古泉、焼け石に水でも何でもいい、とにかく何とかしろ!!」
「分かりました! ちょっと下がってください!!」
古泉はそう朝比奈さんに向かって叫ぶと、右腕の銃にエネルギーを込め始める。
「な、何をするんだぁ!!」
宝条が慌てて止めに入るが、もう遅い。
「――ふんもっふ!!!」
古泉は渾身の力を込めて『ヘビーショット』をシリンダーに向けてぶっ放す。すると、シリンダーが内部から青白く光り出す。……どうやら、このシリンダー。下の奴より幾分やわに出来てるらしいな。精密機械だからだろうか。
「な、何ということだ。大事なサンプルが……」
宝条が呆然とシリンダーに駆け寄るが、そこに、
「うりゃあっ!」
「げふをっ」
ハルヒのドロップキックが炸裂し、宝条は珍妙な叫び声をあげて真横にすっ飛んでいった。ナイスだ、ハルヒ。すると、シリンダーの発光が止み、扉が開いた。今の内に朝比奈さんを確保だ! 俺はシリンダーの中に駆け寄り、倒れていた朝比奈さんを抱き起こす。大丈夫ですか?!
「――ありがとう、キョン君。やっぱり、来てくれた……」
いつもの様に微笑んで俺に応える朝比奈さん。どうやら無事の様だ。しかし、よくよく考えれば、あくまで外見上だが、どっちも生物学上では『メス』だよな。『配合』ってやっぱり、アレ、だろ……宝条はどうする心算だったんだ、一体。
「……し、しまった――」
いつの間にか復活していた宝条は、その『事実』にようやく気付いたらしく、愕然としたように呟くが――最初に考えろよ、そういう事は。だが、宝条は落ち込みながらも、白衣のポケットに入れていたリモコンを取り出して操作する。すると、シリンダーの底から何か音が聞こえてきた。
「どうしたの? キョン……」
「……エレベーターが動いている」
「ふっ、今度はこんな半端な奴ではないぞ。もっと凶暴なサンプルだぁ!――ぐぼぁ!!」
宝条が勝ち誇ったように叫んだ瞬間、再びハルヒの蹴りを喰らってその場に昏倒した。これで当分立ち上がることは出来ないだろう。しかし、シリンダー内のエレベーターから、不気味な唸り声が聞こえてきた。
「……あのサンプルは少々手強い。わたしの力を貸す」
いつの間にかシリンダーから外に出ていた、アッシュブロンドヘアーの少女が、俺たちにそう言った。……そう言えば初めて喋ったな、こいつ。
「あの敵は俺たちが片付ける。ハルヒ、朝比奈さんを安全な所へ」
「わかったわ!」
「……キョン君。気をつけて」
ハルヒは朝比奈さんの手を引き、その場から離れた。これで思う存分暴れられる。
「――さあ、かかって来い!」
出て来たのは、どこかのゴミ捨て場から産まれたかのような、同じ『サンプル』であるはずの、傍に立つ少女と似ても似つかぬ、何とも異様な生物だった。色んな生き物を無理やり合成して造ったような、そんな感じだ。右肩にくっ付いてるでかい口みたいなやつが不気味さを更に醸し出している。すると、そいつは俺たちに向けて、変な息を吹きかけてきた!
「ぐっ……」
何だ、この感じは。身体が、気分悪……
「……恐らく、毒のようですね。僕たちの体力を少しずつ削っていくつもりのようです……」
古泉も毒を喰らって苦しそうにしている。あの少女は――と、気になって見ると、毒の影響を受けているはずなのに平然と立って、早口言葉で何か呟いている。何かの呪文か?
「…………右腕の属性情報を変更。ソニックモード。『スレッドファング』」
そう呟くや否や、少女は己の右腕を光の刃に替え、音速を超える速さで敵に突っ込み、何重にも切り裂く!!
「……いま」
その光景に一瞬呆然としていた俺と古泉に、少女が変わらず平坦な調子の声で促す。
「――くっ、『凶斬り』!!」
「『ヘビーショット』!ふんもっふ!!」
俺は、少女の攻撃により大ダメージを受けて、茫洋と突っ立っていた怪物を「凶」の字に切り刻む。その斬撃によって生じた衝撃波がそいつの身体を内側から破壊すると同時に、古泉の放ったエネルギー光球がすかさず直撃した!――モンスターはたちまち粉砕される。それと同時に、毒の効果も消えたらしく、身体も楽になった。それにしてもあの少女――
「お前、一体何なんだ、その能力は? マテリアか?」
「わたしの構成情報の一部を操作してぶつけただけ」
訊いてもさっぱり分からんのだが。とにかく便利な能力であるらしいことだけは分かった。それよりもまず聞かねばならん事があったな。
「お前の名前は?」
「……宝条はわたしを『レッドⅩⅢ』と名づけた。だが、わたしにとっては無意味な名前。パーソナルネームは『長門ユキ』。……呼び方は任せる」
分かった。長門、ね。宝条なんかが付けた名前で呼べる訳無いしな。とにかく助かったよ。ありがとうな。俺は自分の名前を告げて手を差し出すと、長門は「そう……」とだけ言って握手に応じた。ほんと、無口な奴なんだな、お前って。
その後長門は、古泉や、戦いが終わったのを見届けて駆け寄ってきたハルヒや朝比奈さんに一通り自己紹介――当然、必要最小限の事しか話さなかったが――を交わした。朝比奈さんはさっきの事もあって少々怯えていたようだったが、俺が口添えするとやっと納得したようで、何とか打ち解けそうだ。暫くすると、長門はラボへ繋がる通路を指差し、
「出た方がいい。道案内は任せて」
とだけ言った。そうだな。朝比奈さんを助ければ、もうこんなビルに用は無いしな。俺たちは騒ぎに巻き込まれて気絶していた研究員から『カードキー68』を奪い取って、長門の案内で66階に一気に走り降り、そのままシースルーのエレベーターに乗り込んだ。ひょんな事で一人増えたが、取り敢えず無事全員脱出――そう思った。
ガチャ
――後ろからいきなり銃を突きつけられるまではな。
「お、おい! 何だ?」
「上を押してもらおうか?」
振り返ると、えらくガタイのいい長身で相応の肩幅のある、漆黒の特徴的な制服を着た男がそこにいた。
「タークス? 罠……か」
すると、さらにその後ろから国木田も現れる。くそっ、完全に嵌められた。国木田は呆然とする俺たちに向かって、ニッコリと微笑を浮かべた。
「ご苦労、中河。――さて、スリリングな気分を味わえたと思うけど……楽しんでもらえたかな?」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます