第7章 世界の果て
不覚にも国木田らタークスに捕まってしまった俺たち。中河とかいう巨漢に後ろ手を縛られ、連行されて行った先は――70階。プレジデント・ケイイチ・神羅の待つ社長室だった。
「これはようこそ、SOS団の諸君」
プレジデントが捕まえた獲物に舌なめずりするかの如き笑みを浮かべ、嘗めるように俺たちを見回す。俺はその時、初めて朝比奈さんがいなくなっていることに気付いた。
「…………? 朝比奈さんは何処だ!」
プレジデントは椅子から立ち上がると、ミッドガル全景が見渡せる大きな窓に向かって歩いて行く。
「安全な場所にいる。あれは貴重な古代種の生き残りだからな。知らんのか? 自らをセトラと呼び、数千年の昔に生き、今は歴史の中に埋もれてしまった種族……」
「セトラ……彼女がセトラの生き残り?」
長門が抑揚の無い声で尋ねる。どうやら古代種について多少の事柄を知っているようだ。
「……セトラ、すなわち古代種は我らに『約束の地』を教えてくれる。彼女には期待しているのだ」
「約束の地――それは言い伝えの筈」
長門の反論に、プレジデントはあの嫌らしい笑みを見せる。
「仮に言い伝えだとしても、放って置くには余りにも魅力的だ。約束の地は途方も無く豊かな土地と言われているからな。――土地が豊かだということは、」
「――魔晄エネルギーね!」
「その通り。そこでは金食い虫の魔晄炉など必要ないのだ。豊富な魔晄エネルギーが勝手に吹き出して来る。そこに建設されるネオ・ミッドガル。我が神羅カンパニーのさらなる栄光――」
「はんッ! 夢見てんじゃないわよ!」
捲くし立てるハルヒだが、プレジデントは余裕を崩さない。
「おやおや、知らないのか? 最近では金と力さえあれば夢は叶うのだ。……さて、会見はこれで終わりだ。」
「さあ! 下がれ!」
プレジデントの宣言と同時に、俺たちは中河の馬鹿力に押されて社長室から追い出されていく。
「待ちなさいよ! あんたには言いたいことが山ほどあるのよ!」
せめてもの抵抗を、と後ろ手を縛られたままプレジデントの首元に食って掛かろうとするハルヒも、中河に羽交い絞めされて外に放り出されていった。だから、プレジデントがその後自分の襟を払い、皮肉気に嘲笑って放った台詞を知る由も無かった。
「ふん、何かあるなら……秘書を通してくれたまえ」
『HARUHI FANTASY Ⅶ -THE NIGHT PEOPLE-』
第7章 世界の果て
俺たちは67階の牢屋に閉じ込められた。一人に一部屋与える余裕が無いのか、一部屋に二人、しかも俺とハルヒ、古泉と長門に分けられぶち込まれた。……こういう場所に男女一緒くたに入れていいのか?
「……何よ、あたしと一緒じゃ不満なわけ?」
いや、そう言うんじゃなくてだな――
「ふんだ。どうせミクルちゃんやユキと一緒の方がよかったんでしょ!」
だから、どうしてそうなる。俺がこいつに一組の男女が狭い閉鎖的な空間に閉じ込められたときに生じる危険性について懇々と説明を始めようとすると、
「キョン君、そこにいるんですか?」
檻に向かって左側の牢から、天使のような御声が聞こえてきた。
「朝比奈さん!? 無事だったんですか?」
「はい、だいじょぶ、です。……きっと、キョン君が来てくれるって思ってました」
「……ボディーガード、俺に依頼したでしょ?」
「報酬はデート1回……でした、よね」
ちょっと恥ずかしそうな声音の朝比奈さん。どんなに顔を真っ赤にして言っているのだろうと想像していると、
「…………ふぅん、そーゆー事」
ハルヒがジトーっとおれを睨んできた。しまった、こいつがすぐ傍にいるのがすっかり頭から抜け落ちてた。だが、俺はハルヒに疚しい事なんてひとっつもしてないぞ。神に誓ってもいい。そもそも、別にハルヒとは『そういう』関係ではないんだから、朝比奈さんとデートの約束一つしたところでこいつに咎められる謂れは無い、無いのだが……どうして背中から妙な汗が出るような感覚がするのかね。分かる奴、解説頼む。
「まあ、それは後でキョンに問い詰めるとして――ミクルちゃん。質問があるんだけど」
「何ですか?」
「……約束の地って本当にあるの?」
ハルヒの問いかけに朝比奈さんはしばし無言だったが、ゆっくり言葉を切るように話し始める。
「……わからないんです。あたし、知ってるのは……『セトラの民、星より生まれ、星と語り、星を開く』えっと……それから……『セトラの民、約束の地へ帰る。至上の幸福、星が与えし定めの地』……」
「……どういう意味なの?」
「言葉以上の意味は、知りません……」
申し訳なさそうに言う朝比奈さん。いや、あなたは悪くありませんよ。ただ、朝比奈さんがそらんじた言葉の中で少し気になるフレーズがあった。……『星と語り』?
「星が何か言うの?」
「……人が大勢いて、ざわざわしてる感じです。だから何を言ってるのかよく分からないの」
――そう言えば、タカコさんが言ってたな。朝比奈さん、自分にそういう力があることをずっと隠してきたって。それを、神羅がバラしたとはいえ、自分から語ろうとしている。俺たちを信じてくれているのだろうと思うと何だか嬉しかった。だから俺は更に聞いてみた。
「今も聞こえてるんですか?」
「あたし、聞こえたのはスラムの教会だけなの。ミッドガルはもうダメだって、お母さん――本当のお母さんが言ってました。『いつかミッドガルから逃げなさい。星と話してミクルの約束の地、見つけなさい』……って。大人になったら聞こえなくなるんだと思ってたけど……」
「なるほど」
今度は反対側の牢から古泉の声が聞こえてくる。何だ、一体。
「つまりはこういう事ですね。朝比奈さんは『古代種』で、古代種の本当の呼び名は『セトラ』。そして古代種は『約束の地』なる場所を知っていて、神羅はその約束の地が欲しい、と。しかし、長門さんの言によれば、『約束の地』は言い伝えに出てくるだけで、本当にあるのかどうかは分かりません――ここまではいいですか――そして、約束の地には豊富な魔晄エネルギーがあると神羅の連中は考えてる――という事は、神羅がそこに到達すれば、また魔晄エネルギーがどんどん吸い上げられ、土地が枯れ、星がますます病んでいくことになります」
と、これまでの話を長々しい解説でまとめやがった。ホント、好きだなそういうの。するとハルヒが決然と立ち上がり、
「放っちゃおけないわ! SOS団、メンバー再募集よ! まず団長のあたし、キョン、古泉君――それにミクルちゃんも。……ところで、ユキ? ユキはどうする?」
「…………」
何にも言葉が返ってこない、すると古泉が、
「……眠っておられますよ。よほど疲れてたんでしょうね」
苦笑交じりで代わって答えた。そうだよな。ずっと宝条の実験体としてあんな狭っ苦しい所に閉じ込められてきたんだ。疲れないほうがどうかしてる。
「……そう」
それを聞いて、ハルヒがちょっと残念そうに呟いた時だ。
「…………エミリ」
長門の寝言が漏れ聞こえてきた。誰かの名前なんだろう。遠い故郷の友達かな。それを聞いて何となく眠くなってきたのだろうハルヒは、
「……取り敢えず眠りましょう。色々あって疲れちゃったしね――あと、キョン、寝てる隙に変な事したら殺すわよ!」
そう言い捨て、ハルヒは俺に背を向けて寝転び、寝息を立て始めた。……そんな命知らずな事、誰がするものか。そして、古泉。何がおかしい。
「いえ、何でも……僕も眠りますよ。今の所、脱出も出来そうにないですからね。では、おやすみなさい」
「キョン君、あたしも……おやすみなさい」
古泉も朝比奈さんも眠り始めたみたいだし、俺も寝るか。……ハルヒがこの牢唯一のベッドを占領したので、俺は床の上で、だがな。やれやれ。
どれほど時間が経過したのか。俺はガチャリという妙な音を聞き目を覚ます。すると、俺たちを閉じ込めていた檻のランプが赤から緑色に変わっていた。触れるといとも簡単にその檻は開いた。
「ドアが開いている……いつの間に?」
外に出てみると、俺たちを見張っていた筈の看守が廊下に倒れている。周囲の床は鮮血で覆われ、身体に触れると……冷たい。既に息絶えていた。俺は何か大変なことが起きている事を悟り、ハルヒが寝ている牢にとって返した。
「ハルヒ……起きろ!」
「…………うぅん……どうしたの?」
俺がハルヒを揺すって起こすと、寝起きが悪かったらしく、俺に向かってまどろみながら睨みつけてきたが、そんな事気にしてる場合じゃない。
「様子がおかしい。外を見てみろ」
ハルヒは寝ぼけ眼で檻の外へ行ったが、看守の死体を見つけたらしく、パッチリ目を覚まして駆け戻ってきた。俺ももう一度看守のところへ行ってみる。
「キョン、一体何なの?! 何があったのかしら……」
さあな。だが、この看守が牢の鍵を持っていた筈。……やっぱりあった。
「ほら、ハルヒは朝比奈さんを。俺は古泉たちを助ける」
俺はハルヒに朝比奈さんが入れられている牢の鍵を投げ渡すと、古泉たちが寝ているもう一つの牢の鍵を開け、中に入った。
「古泉、長門……来てくれ。様子が変なんだ」
目を覚ました古泉は目の前の俺の姿を確認すると、信じられないという面持ちで眼を丸くした。
「一体、どうやって入って来たんですか?!」
そんな事はどうでもいいからとにかく来い、と俺は古泉と長門を看守の死体のところまで連れて行く。既に、ハルヒも朝比奈さんもそこにいた。皆、一様に驚いているようだ。
「何が起こったんですかね?」
「……人間の仕業ではない。わたしがこの先の様子を見てくる」
長門は看守につけられた惨たらしい刀傷を確認すると、廊下を走り出した。俺たちも後を追う。
床に付着していた血痕を辿って行くと、そこは先刻まで長門が閉じ込められていた科学部門の物置部屋だった。見るとあのジェノバが入っていたケースが壊れ、その傍で研究員が死んでいた。
「……ジェノバ・サンプル……何かを目的に……上……?」
長門は更に研究員用のエレベータで上に向かう。ちょっと待てって、おい。
――長門を追い68階、69階。凄惨な光景はここも同じだった。至る所で神羅の社員、研究員が人間とは思えない物凄い力で引き裂かれていた。おびただしい血の跡は70階に向かって続いている。俺たちは、70階、社長室に乗り込んだ。そして、そこで見たものは――
神羅カンパニー社長、プレジデント・ケイイチ・神羅が左胸にアーミーナイフを突き立てられ、ふんぞり返っていた椅子から転げ落ちたかのように、仰向けになって倒れている姿だった。
「キョン、ひょっとしてさ……プレジデント」
さすがのハルヒも驚愕に満ちた瞳で眼前の光景を見詰めている。そりゃそうだろ。
「――死んでるの?」
世界の全てを牛耳っていたと言っても過言ではない神羅カンパニーのボスが、そこで呆気なくナイフに刺されて永眠されてるんだからな。ハルヒはプレジデントの死体に駆け寄り、凶器となったナイフを指差す。
「このナイフは!?」
そう、その普通のアーミーナイフに見えて普通じゃない銀色に光り輝くナイフには、見覚えがある。思い出す度に脇腹が何故かズキズキ痛むそれは――
「――セフィロスのものだ!!」
「……キョン、セフィロスは生きているのね?」
「……そうみたいだ。このナイフを使えるのは、セフィロスしかいない筈だ」
俺とハルヒは、出来れば信じたくなかった事実に呆然としていた。だが、
「誰がやったか存じませんが、これで神羅も終わりですね」
事情を知らない古泉がやや嬉しげに言ってきた。違う、古泉、そうじゃないんだ。俺がそう言おうとした時、柱の陰から太った男がひょっこり姿を現す。あれは、宇宙開発部門の――名前なんと言ったっけな。
「うひょ!」
そんな事は今やどうだっていい。俺と古泉は逃げようとするそいつの両腕をがっしり掴んだ。
「――こここここころさないでくれ!」
恐怖に震える宇宙開発部門統括に、俺は問いかけた。
「何があったんだ?」
「セ、セフィロス。セフィロスが来た」
――それは、決定的な言葉だった。
「見たのか?セフィロスを見たのか?」
「ああ、見た!この目で見た!」
「本当に見たんだな?」
俺が睨むように念を押すと、男は恐怖に身を縮めながらも言葉を続ける。
「うひょっ! こんな時に嘘なんか言わない! それに声も聞いたんだ、うひょっ! えっと『約束の地は渡さない』ってブツブツ言ってた」
「――それじゃあ、何? 約束の地っていうのは本当にあって、セフィロスは約束の地を神羅から守るためにこんな事を?」
「僕たちの味方なのでは?」
ハルヒと古泉の言葉を真っ向から否定して俺は首をブンブンと横に振る。俺の奥底に眠る記憶が、呼び覚まされていく。
「約束の地を守る? 味方? 違う!! そんな単純な話じゃない! 俺は知ってるんだ! セフィロスの目的は違う!」
――俺がその事実が示す最悪の事態に気を取られている一瞬の隙を縫って、宇宙開発部門統括の男はスタコラ逃げ出した。それとほぼ同時に外からヘリのプロペラ音が聞こえてくる。
「ルーファウス!! しまった! 彼がいましたか!」
古泉は思い出したように叫ぶ。誰だっけ、それ。
「副社長のルーファウスですよ! プレジデントの息子です」
そういえばいたな、そんな奴。血も涙も無い性格ということで、父親のプレジデントにさえ疎んじられ、長期出張という名目で飛ばされたって噂だが……。
俺たちは社長室の外にあるヘリポートに走る。そこではさっきの宇宙開発部門統括が事の仔細をやたら細長い眼鏡を掛けた長身のハンサム野郎に報告していた所だった。――こいつがルーファウスか。
「そうか……やはりセフィロスは生きていたか。……ところで、お前たちは何だ?」
ルーファウスがようやく俺たちの姿に気付く。俺たちは取り敢えず自分たちが何者であるか名乗ってみる。
「元ソルジャー・クラス1st 「キョンよ!!」だ!」
「それから、SOS団団長、涼宮ハルヒ!」
「同じく副団長の古泉です」
「……スラムの花売り、です……」
「……実験サンプル」
――全く統一感が無いな。それより、ハルヒ。どうして俺が名乗るといつも邪魔するんだ。おかげでまた本名を披露できなかったじゃねえか。そんな俺の悲しいツッコミをよそに、ルーファウスは俺たちを見回してフッと鼻で嘲笑う。
「おかしな組み合わせだな」
ああ、俺もそう思うぜ。しかし、俺はこのルーファウスの顔を見て何かが引っかかっていた。
「――お前、『会長』と呼ばれたことって無いか?」
「?……確かに私は学生時代、親父の命でそのように呼ばれる役職についたことがあるが……何を言わせる――さて、私はルーファウス。この神羅カンパニーの社長だ」
「親父が死んだら早速会長なの?!」
「違う! 会長ではなく『社長』だ、社・長!!」
何故か「会長」呼ばわりするハルヒに多少取り乱した会長――もといルーファウス新社長は、少しバツの悪そうな顔をして一つ咳払いする。
「――まあ、いい。……そうだ、社長就任の挨拶でも聞かせてやろうか。――親父は金の力で世界を支配しようとした。なるほど、上手くいっていたようだ。民衆は神羅に保護されていると思っているからな。神羅で働き、給料を貰い、テロリストが現れれば、神羅の軍隊が助けてくれる。一見完璧だ。――だが私のやり方は違う。私は世界を恐怖で支配する。親父のやり方では金がかかりすぎるからな。恐怖はほんの少しで人の心を支配する。愚かな民衆の為に金を使う必要は無い。私は親父とは違うのだ」
「――演説好きなところはそっくりね」
ハルヒが俺に耳打ちしてくる。確かにそうだが、こんな所でのんびり演説を拝聴している暇など無い。――俺の中でどうしようもない焦燥感だけがどんどん膨らんでいく――
「ハルヒ、朝比奈さんを連れてビルから出てくれ!」
「えっ!?」
俺の半ば叫ぶかのような台詞と裏腹に、ハルヒは全く状況を飲み込めていない様子だ。
「説明は後だ! ハルヒ! 本当の星の危機だ!」
「一体なんだってのよ、キョン!!?」
「後で話す! 今は俺を信じてくれ! 俺はこいつを倒してから行く!」
「――わかったわ……気をつけてね」
ハルヒは少し不安げな表情だったが、俺の言葉に頷くと他の3人を連れ、駆け足でヘリポートから離れて行った。……取り敢えず、これで二人きりだな、会長。
「だから、『会長』ではないと言っているのに……それよりも、だ。なぜ私と戦う?」
俺は背の剣の柄にゆっくり手を掛ける。
「――お前は約束の地を求めてセフィロスを追う」
「ふむ、その通り。ん? キミはセフィロスが古代種だと知っているのかね?」
「……色々あってな。とにかく、お前にもセフィロスにも約束の地は渡せない!」
「フッ、なるほど。――キミとは友達になれないようだな」
そう言うなり、ルーファウスはショットガンを俺に向けてぶっ放してきた。――いきなり不意討ちとは随分だな。
「フン。キミだって殺る気十分だったのではないのかね。勝負は油断したほうが負ける――これは赤ん坊にでも分かる理だと思うのだがね――来い、ダークネイション!!」
ルーファウスが叫ぶと、ヘリから全身黒毛に覆われた犬が俺に飛び掛ってくる。俺はバスターソードを薙ぎ払うが、その犬はヒラリとかわし、ルーファウスの傍らに降り立つ。
「これは、私の最も忠実な番犬でね……尤も、世界を牛耳っていく存在の私に、そんな存在が犬しかいないというのは皮肉なもんだが、所詮人間なんて突き詰めていくと孤独だということだ――行け!!」
ルーファウスの命令で、黒犬が猛烈な勢いで俺に噛み付いてくる。俺は剣でそれを受け止め――ガキンッ――何だ、この鋭く尖った歯は。簡単に人間なんか噛み殺せそうだぜ。しかも、こいつ犬のくせに物理防御や魔法防御の魔法――『バリア』と『マバリア』まで使ってきやがる。これで守られると、なかなか倒せなくなるんだよな。
「――さっさとくたばりやがれ、くぬっ、くぬっ!!」
8回目の剣撃でようやく黒犬を絶命させ、至近距離から放たれるショットガンの銃弾を必死で避けながら、俺はルーファウスに向けてバスターソードを上から下に振り下ろす!!
「『破晄撃』!!」
剣から生じた音速を超えた衝撃波がルーファウスに直撃し、奴はその場に崩れ落ちる。よし、このまま止めを――
「クッ……今日の相手は……ここまで……だ」
刺そうとした瞬間、ルーファウスは突然飛び上がったヘリに向かって走り寄って跳躍し、ランディングギアに捕まる。
「待て!!」
俺の叫びも空しく、『神羅B1A式』はルーファウスと共にそのまま漆黒の空の彼方へと飛び去って行った……くそッ、仕方ない。とにかくハルヒたちに合流しよう。
69階に下りると、そこでハルヒが一人で心細そうな面持ちで俺を待っていた。……何でお前がここにいるんだ!?
「何でって…あんたが思いつめてるような顔してたから、心配で……そ、それよりルーファウスは!?」
「……止めは刺せなかった。面倒なことになりそうだ」
「そう……他のみんなは先に降りてるから、早く合流しましょう!!」
エレベータで3階に降りると、すでに眼前の光景は大変な事になっていた。1階のロビーフロアに立ったまま動けないでいる古泉、長門、朝比奈さん。その前には神羅兵の大軍が迫る。――どうやらこのビルは完全に囲まれているらしい。ルーファウスめ。俺たちをプレジデント殺害の犯人に仕立て上げるつもりだな。……これはまずい。何とか脱出する方法は――と、周囲を見回したその時、俺の目にあの『ハーディ=デイトナ』の漆黒のフォルムが飛び込んできた。よくよく目を凝らすと、鍵もちゃんと付いてる。それに傍には同じく神羅製のオート三輪。こいつを使わない手は無いぜ。
「ハルヒ、下の古泉たちを呼んできてくれ!こいつで脱出する」
「――わかったわ!」
ハルヒも意図を理解したらしく、階段を駆け下りる。さて、俺はエンジンを暖めるとするか。
「ここからどうやって脱出するんです?!」
階段を駆け上がってきた古泉は半信半疑で『ハーディ=デイトナ』に跨った俺に尋ねる。見ろ、これが答えだ。
ブロォォォォン ブロォォォォン
けたたましい排気音を上げ『ハーディ=デイトナ』のエンジンが唸る。まさかこいつに乗る日が来るなんてな。――しかも神羅から盗んだものでね。とにかく、ハルヒ、お前らはあっちの三輪に乗るんだ!――俺の言葉と共に、ハルヒと朝比奈さんがオート三輪の座席に座り、エンジンを掛け、古泉と長門がその荷台に乗り込む。よし、準備完了!!
「――思いっきり噴かせ、ハルヒ!!」
「行っけェェェェ!!!」
エンジンをフルスロットルにして、『ハーディ=デイトナ』とオート三輪は3階フロアから勢いつけて駆け出すと、窓ガラスをぶち破った。
「奴らハイウェイに逃げたぞ!!」
「追え、追え!!」
奴らが慌てた頃にはもう遅い。俺たちはそのまま真夜中のミッドガルハイウェイに飛び出して行った。
――しかし数分後。意表を突いたと思ったが、さすが神羅軍。もうバイク兵が追いかけてきやがる。俺はオート三輪に追いすがる敵を、『ハーディ=デイトナ』を駆りながら、右手のバスターソードで次々と薙ぎ倒し、
「ふんもっふ!!――アンド、セカンドレイド!!!」
「……左腕の属性情報を変更。ホーミングモード。『スターダストレイ』」
古泉や長門が、荷台から砲弾や謎の光線の雨を浴びせていく。爽快な気分だ。このままこの世の果てまですっ飛ばせそうだぜ!!
「――そうね!! 行ってみる!?」
傍を駆けるハルヒが俺に叫んでくる。ああ、行こうぜ――その前にこいつらを片付けてからなっ!!
――しかし、どれだけ倒しても倒しても、敵の数は一向に減らない。その迎撃に必死になっていた俺たちは、追っ手の数がようやく一段落ついた頃に、工事中の未成区間に入り込んだ事にようやく気付く。――! もう道が途切れてる!!
「――くッ、ハルヒ、ブレーキだ!!!」
キキキィィィィーーーー!!!!
切り裂くようなブレーキ音を立てて、『ハーディ=デイトナ』とオート三輪はハイウェイから落下する寸前でようやく止まる。地上は十数メートル下。――死ぬところだったぜ。ホッと息をついたその時だ。
ゴゴゴゴゴゴ……
後ろから巨大な戦車みたいな奴が猛スピードで俺たちに迫って来た。瞬間、身の危険を感じ取った5人は一斉に乗っていた車から飛び降りた。そのコンマ数秒後、
ドンッ!ガラララ……ガシャーーンッッッ!!!
『ハーディ=デイトナ』もオート三輪もその戦車に吹っ飛ばされ、ハイウェイの下でペシャンコになった。畜生、勿体無い……が、実際危ないところだったぜ。戦車は俺たちを始末し損なった事を悟ると、辺り構わず数千度の強烈な炎を吐きまくった。何て出鱈目な兵器だ。俺はバスターソードを握り直し、残り4人の方を振り返った。
「……やるしかないようだな」
「ええ、そのようですね」
「あたしの拳でスクラップにしてやるわ!」
「…………情報操作は得意」
「怪我の治療はあたしに任せてください!」
何か、初めて5人の心が一つになったように感じる。これならいけそうな気がする。
――事実、俺たちは総力を尽くして火を噴き続ける神羅製の自走式戦車『モーターボール』に『サンダー』やバズーカ、ハルヒの拳、長門の光線弾…etc.を集中させ、
大音響と共にそのデカブツを葬り去ることに成功した。戦車の残骸が燃え盛る先には、もう追手は見えてこない。俺たちは脱出に成功したんだ。――振り返ると、ハイウェイの道が途切れた先の空は、長い長い夜の終わりを告げるように、薄紅く染まっていた。それを見ていると、自分がまるで世界の果てに立っている様な錯覚に陥るくらい、綺麗な光景だった。
暫く朝焼けを眺めていた俺に、ハルヒは尋ねる。
「で、これからどうするの?」
「セフィロスは――いや、朝倉は生きている。俺は……あの時の決着をつけなくてはならない」
「それが星を救うことになるのね?」
「……おそらく、な」
「わかったわ……あたしも行く!」
ハルヒがそう言うと、朝比奈さんも決意のこもった瞳を俺に向けた。
「あたしも、行きます。……知りたいこと、あるから」
――それはやっぱり、古代種のことなんだろうか。すると、朝比奈さんは無言で頷く。
「うん……いろいろ、たくさん」
「――さらばミッドガル、ですね」
古泉はプレート都市を振り返ると、俺たちの感慨を全て込めたかのように、呟いた。
――俺たち5人は、古泉の持ってきたワイヤーを使って地上に降り立つ。そこはもう、ミッドガルの外側だ。朝比奈さんは少し心配そうな面持ちでミッドガルを振り返る。するとハルヒが、
「ミクルちゃん、タカコさんなら心配ないわよ。マリンと一緒に安全な場所に移るよう、言っておいたから」
「そうだったんですか……。お母さん、もう、ミッドガルは嫌だって言ってたから……丁度良かったかな」
朝比奈さんも後顧の憂いが無くなったようで、少し笑顔を取り戻した。でも、本当にいいのか二人とも?
「……大切なもの、たくさん失ってここまで来たんだもん……。最後まで戦うわ。…そして必ず生きて、マリンに会いに行く」
「そう言えば、ミッドガル出るの初めてで、ちょっと不安ですけど……でも、何でも屋さんが一緒だし、ね?」
そうか……それと、古泉は――まあ、いいとして、長門は――と見ると、地面に落ちていた本をしげしげと眺めている。それは俺が成り行きで神羅本社からかっぱらって来た本だった。ワイヤーから降りたときにでも懐から落ちたみたいだな。――本、好きなのか?
「…………」
無言のまま肯定と言う様に頷く長門。そ、そうか。なら、お前にやるよ、それ。俺が持ってても意味分からないしな。
「…………そう」
長門は一言だけ呟くと、本を手にとって読み始める。いきなりだな、おい。まあ、宝条にずっと閉じ込められてたから、好きな本も読めなかったんだろうし、言葉も忘れて夢中になってるのも分かるけどな。それより、長門、お前はこれからどうする?
「……わたしは故郷に帰る。それまではあなたたちと行動を共にしようと思う」
そうか、仲間が増えるのは歓迎だ。お前も結構頼もしいしな。これからよろしくな、長門。もし機会があったら図書館に連れてってやるよ。お前の大好きな本がいっぱい置いてある場所だ。
「…………そう」
……あまり反応ないな。故郷に帰れば、そういうのは幾らでもあるのかな、やっぱり――と思ったその時、
「……楽しみにしている」
ニコリともしていないのに、何故か嬉しそうに見えたのは、俺の希望的観測でないことを祈りたい。そんな事を考えていると、ハルヒの怒鳴り声が飛んで来た。
「もう、何やってんのよ、キョン、ユキ!! さっさと行くわよっ!!!」
いつの間にか先に歩き出してるハルヒたち。思わず俺は苦笑する。そうだな。
「――よし、さあ、行こうか!」
――こうして、俺たち5人はミッドガルを飛び出し、どこで終わるとも知れぬ旅を始めたのだった。本当の、世界の果てまで続く、長い長い旅を――
『HARUHI FANTASY Ⅶ -THE NIGHT PEOPLE-』
第1部 完
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