第5章 STARLIGHT
あれから、どれ位の時間が経っただろうか。
七番街――いや、かつて七番街があった場所へのゲートの向こうからは、建物が爆ぜる音、悲鳴と絶叫、そして大切なものを失った人たちの慟哭が止むことは無かった。俺たちは、それらを耳で聞きながら、魂が抜けてしまったかのように、荒れ果てた公園に座っていた。
ハルヒもさっきよりかは大分落ち着いたみたいだが、それでも気を持ち直したわけでもなく、憔悴しきった虚ろな瞳でブランコに乗って、ゆらゆら、ゆらゆらと力無く漫然と揺らすだけだった。俺はハルヒにかける言葉を何一つ持てないまま、ため息を吐いて「空」を見上げた。
そう、空だ。スラムからはプレートに邪魔されて見えなかった、本当の空。ハルヒたちが忌み嫌っていた神羅のプレート。それが神羅の自らの手で崩され、仲間やたくさんの人々を押しつぶした。その崩れたプレートの隙間から、空が見えていたんだ。そこでは星が美しく瞬き、その光が零れ落ちて俺たちを優しく照らし出す――俺たちにとって、これ以上無い皮肉な光景だった。
『HARUHI FANTASY Ⅶ -THE NIGHT PEOPLE-』
第5章 STARLIGHT
「……そうですか。中嶋さんたちは……」
ここでようやく、俺は古泉に、残りのSOS団3人のことを話した。あいつらは素人目にも助かる見込みは無かった。そして、一緒に連れて行くことも叶わぬまま、支柱に置き去りにするしかなかったんだ。恐らく、そのまま――
「……あなたが自分を責める必要はありませんよ。僕たちも、彼らも、精一杯やった。その結果なんです」
ああ、すまんな。そう言ってくれるだけで少し救われた気になるぜ。しかし――
「ええ、非道いものです。僕たちを潰すために街一つ潰してしまうのですから。一体、何人死んでしまったか……」
そう、俺たちが原因でテロとは全く無関係の人が死に追いやられたのもまた事実だ。失ってしまったものは、もう還ってこない。スラムの人々も、そしてマリンも――マリン?!
『涼宮さん、大丈夫だから! あの子、大丈夫だから!』
あのプレート支柱で朝比奈さんがハルヒに向かって叫んでいた言葉を唐突に思い出す。もし、あの言葉が真実なら――
「ハルヒ!!」
俺はハルヒが未だ漕ぎ続けているブランコの鎖を掴んだ。
「……キョン?」
「マリンは生きてる!」
突然素っ頓狂な事を叫び出した俺に、ハルヒは訝しむような目を向ける。
「――は? バカなこと言わないでよ……マリンは、死んだの。植松たちと一緒に、プレートに潰されて……」
「違う! 朝比奈さんが神羅に連れ去られた時、朝比奈さんがお前に言っていただろ?! 『あの子は大丈夫』って。あれはマリンのことだ!」
ハルヒはその時の事を思い出したのか、眼を大きく見開き俺に飛び掛る。
「嘘じゃないでしょうね! ホントのホントに大丈夫なんでしょうね!!」
く、苦しいぞ、ハルヒ……。それにお前もちゃんと聞いてたなら、後は朝比奈さんを信じるだけだぜ。
「もちろん、ミクルちゃんだもん、信じるわ。まだ会ったばかりだけど、とってもいい子だって分かるもの。けど……」
ハルヒは急に声を落とし、七番街があった方角を見詰める。
「あたしにマリンを迎えに行く資格、あるのかしら……ううん、これから神羅と戦っていく資格も。星を救うって粋がった所で、結局あたしたちは無関係の、大勢の人たちを死なせるだけだった……だから、もうこれ以上戦っても……マリンもみんなも不幸にするだけ……」
大きな力の前に完膚無きまま叩きのめされ、自分自身に絶望しているハルヒ。俺がこいつにかけるべき言葉を考えあぐねていると、傍らに立っていた古泉がハルヒの前に出る。そして「すみません」と先に詫びた後、
バシッ!!
隻腕の古泉に唯一残された左手が、ハルヒの右頬を強く叩いていた。
「…………」
突然の出来事にハルヒは怒る事を忘れて絶句するしかない。俺もだ。まさか、古泉の奴がハルヒに手を上げるなんてな。――何の根拠も無いのに、そんな事は考えられなかったんだ。
「涼宮さん、しっかりして下さい! あれは何もかも神羅の連中がやった事なんです! 確かに、僕たちのやり方が正しかったわけじゃない。でも、今回のことでハッキリしたじゃないですか!! あいつらは――神羅は、自分たちの金や権力の為に星の命を吸い取って、人の命も簡単に奪い去る悪党なんだ! その神羅を潰さない限り、この星は死んでしまう! 神羅を倒すまで僕たちの戦いは終わらないっ!!」
「古泉君……」
「古泉……」
古泉の叫びに圧倒されると共に、俺はこいつが感情を露わにしてぶつけたのを、意外に感じていた。いつもは何考えてるか分からん微笑を浮かべてばかりだったからな。俺は古泉の過去に何があったのか知らない。だが、神羅に対して何か言いようの無い激情を抱いているのは何となく分かった。それがハルヒの活動に参加した動機なのだろう。――古泉は、ハルヒにもう一度立ち上がって欲しかった。だから敢えてきつい事を言ったんだ。
「出過ぎた真似をして済みません。処分は後で如何様にも。ですが、涼宮さん。僕たちはもう、後戻りはできないんですよ」
「…………」
ハルヒは黙って古泉を見据えていたが、急にブランコからスッと立ち上がる。
「……ごめん……古泉君。あたし、どうかしてた。いろんな事がありすぎて、頭、ぐちゃぐちゃになって……でも、前に進まなきゃいけないんだよね。植松、中嶋、由良のためにも。あたしたちが原因で神羅に殺された人たちのためにも……!」
「涼宮さん……」
そしてハルヒは古泉を指差して、いつものあの調子で言い放った。
「古泉君! 団長に向かって狼藉を働いたあなたの処分は、これからもずっとSOS団副団長としてあたしに尽くす事! 神羅をぶっ潰してこの星を救うまでね! 最後まであたしについて来なさい!!」
「――了解しました、閣下」
古泉もいつものスマイルを取り戻していた。とりあえずは一件落着だな。目の輝きを取り戻しつつあったハルヒは、黙って様子を見ていた俺に向かってこう言った。
「……キョン、マリンがいる所知ってるよね? 案内してくれる?」
その一言、待ってたぜ。多分マリンは伍番街スラムの朝比奈さんの家にいるはずだ。
「それに、ミクルちゃんも助けに行くんでしょ?」
よく分かったな。それに関しては俺一人でも十分だと思ったんだが。お前が煮え切るかどうか、微妙だったしな。
「ふんっ、あんたの考えてる事くらい分かるわよ。どうせ『彼女を巻き込んだのは俺だ』って責任感じてるんでしょ」
「まあな。でもそれだけじゃない。その前に確かめたいことがあるんだ」
「何?」
「……『古代種』」
谷口や国木田が朝比奈さんに言及する時に口にしていた『古代種』という言葉。そう、俺はその言葉を聞いたことがある――
『我こそ古代種の血をひきし者。この星の正当なる継承者!』
まただ。また頭の中で『声』が――でも、これは「俺」じゃない。これは――
「――セフィロス……?」
頭が強烈に締め付けられる感覚に、俺はまたその場に崩れ落ちた。
「大丈夫ですか?」
「もう、キョン、しっかりしてよね!」
そして二人に起こされる俺。何かこのパターン、定型化してきたな。一体どうしたんだ、俺の身体は――いや、今はそんなことよりマリン、そして朝比奈さんだ。俺たちは伍番街スラム、朝比奈さんの家に急いだ。
「何てこったい……SOSだかCQDだか知らねえが、プレートごと落っとこすなんてどうかしてるぜ!!」
「グスッ、グスッ……ゴゴゴゴ……ってなったらバリバリバリっときてドドドドドーン!! て……こわかったよ……グスッ」
「ミッドガルの下にいりゃ、そこそこの暮らしが出来ると思ってたのに、まさかあのデッカイやつが落ちてくるなんとは……」
「そう、それよ! けどよ、だからと言って今更何処へ行きゃ……」
七番街プレート落下のニュースは、すでに伍番街スラムにも伝わっており、大きな騒ぎになっていた。そして――どうせそんな事だろうとは思っていたが――プレートを落としたのは俺たちSOS団の仕業とされており、住民は恐怖とない交ぜになった怒りの感情をSOS団にぶつけていた。こればかりは神羅の情報操作の巧みさに舌を巻くしかない。俺はハルヒを一瞬見遣る。
「大丈夫よ。それに、あたしたちがアレを招いたというのも事実だし……。それより、早く行きましょう」
朝比奈さんの家に辿り着くと、タカコさんが俺たちを待っていたかのように出迎えてくれた。
「キョン君……だったよね。ミクルのこと、でしょ?」
「すみません。神羅に攫われてしまいました……」
タカコさんはそっと溜め息を吐き、意外な事実を明かした。
「知ってる。ミクルは、ここから連れて行かれたから……」
ここで? どういう事だ? 俺の問いにタカコさんはどことなく自嘲的に答えた。娘を守りきれなかった自分自身を責めているかのように。
「ミクルが、望んだことよ……」
俺は、ずっと疑問に思っていたことをようやくぶつけてみた。
「どうして彼女は神羅に狙われるんですか?」
「ミクルは『古代種』。古代種の生き残りなんだって」
やはり出たその単語。しかし引っかかるのは、まるで他人事のようなタカコさんの言葉。ハルヒも当然疑問に思ったようで、
「……『なんだって』、って? あなた、母親でしょ?」
タカコさんは哀しげに少し目を伏せて、こう打ち明け始めた。
「……あたしの名前は『中西』タカコ――あの子の本当の母親じゃ、ないの」
――あれは……そう十数年前……あたしは結婚の約束をしていた恋人と一緒に暮らしていた。だけど――あなたたちも知ってると思うけど――あの頃は戦争中でね。彼はウータイという遠い国に徴兵で駆り出されて行った。
それから半年ほど経って、彼から休暇で一度帰って来るって手紙を貰ったから、駅まで迎えに行った。列車が駅に着くと、たくさんの疲れ切った兵隊さんが降りて来て、奥さんや恋人、お母さんを見つけては抱き合ってた……でもね、いくら待っても彼は列車から降りて来なかったの。――あの人の身に何かあったんだろうか?いや、単に休暇が取り消しになっただけかもしれない。……それからあたしは毎日駅へ行った。
そして――あの日。
最終列車まで待っても結局彼は戻ってこなくて、肩を落としてトボトボと帰ろうとしたあたしの後ろで、ドサッと何かが倒れる音がしたの。振り返って見てみると、長い黒髪が綺麗な女の人が、もう虫の息でそこに臥せっていた。傍では娘と思われる小さな女の子がいて、彼女に取りすがって泣きじゃくってた。
『大丈夫!?』
あたしが彼女に駆け寄って抱き起こすと、彼女はお腹からたくさんの血を流して、苦痛に顔を歪めつつ静かに首を横に振っていた。――もう、自分が永くない事に気付いていたんだろうね。彼女は最期の力を振り絞るかのように、こう言った。
『……わたし、朝比奈……ミユキ、といいます。この子を……ミクルを…安全な所へ……』
そうして、その人はそのまま――息絶えた。……戦争中はよくある風景だったよ。
――結婚の約束をしたまま、あの人は帰らず、当然儲けるはずだった子供もいない。あたしも寂しかったんだと思う。ミクルを自分の子供だと思って、家に連れて帰ることにしたの。
ミクルはすぐにあたしに懐いてくれた。ちょっと恥ずかしがり屋さんだったけど、あたしにいろいろな事を話してくれた。どこかの研究所みたいな所から母親と逃げ出したこと。お母さんは星に帰っただけだから寂しくなんかない……あたしには意味が分からなかった。夜空の星かって聞いたら、違う、この星だって言われて……まあ、いろんな意味で不思議な子だったわ。
『お母さん……泣かないでね』
ある日、ミクルが突然言い出した。何があったのかって聞いたら、
『お母さんの大切な人が死んじゃったの……心だけになってお母さんに会いに来たけど、でも、星に帰ってしまったの……』
その時のあたしは信じなかった。でも――それから何日かして――あの人が戦死したという知らせが、届いたの……泣きじゃくるあたしを、ミクルは傍にいてずっと慰めてくれた。――この子がいてよかったと、その時あたしは心からそう思えた。この子がいなかったら、ひょっとするとあの人の後を追っていたかもしれなかったから……。
――それからは、いろいろあったけど、あたしたちは幸せに暮らしていた。そして、ミクルが今くらいに成長したある日のこと……神羅の制服を着た、ミクルと同じくらいの若い男が突然家に入ってきた。その男はタークスの国木田と名乗ると、あたしたちにこう言ってきたの。
『朝比奈さんを返して欲しいんです。随分探しましたよ』
ミクルは神羅の制服を見るや否や、明らかに怯えた顔をして、あたしの腕の裾を掴んで後ろに隠れた。あたしは、あの子の言ってた研究所というのが神羅のものだというのに、何となく気付いた。そして、そこでどんな非道いことをされたのかも。
『いやです! 絶対いやっ……!』
滅多に出さない大声を出して拒絶するミクルに、国木田は諭すように優しい調子で言った。
『朝比奈さん、君は大切な存在なんだ。君は特別な血をひいている。君の本当のお母さんの血。「古代種」の血だ』
……もちろん聞いたよ。『古代種』って何だってね。
『古代種は至上の幸福が約束された土地へ我々を導いてくれます。朝比奈さんはこの貧しいスラムの人々に幸福を与えることが出来るのです。ですから我々神羅カンパニーは、是非とも朝比奈さんの協力を――』
『――違う!あたし、古代種なんかじゃありません!』
必死に首を振るミクルに、国木田は穏やかに畳み掛けた。
『でも朝比奈さん、君は時々誰もいないのに声が聞こえることがあるだろ?』
『そんなこと……そんなこと無いっ!』
ミクルはそのまま二階へ逃げるように駆け上がった。――でも、あたしには分かっていた。あの子の不思議な能力……一生懸命隠そうとしていたから、あたしは気が付かない振りをしていたけど……。
――タカコさんの話を聞きながら、少し不思議に思うことがあった。神羅は自分たちの目的を果たすためにはどんなことでもやる奴らだ。俺たちを潰すためだけに、無辜の住民を大勢巻き込んでプレートを落とす位にイカレてるからな。よくこれだけの間、神羅から逃げ続けることが出来たものだ。
「神羅はミクルの協力が必要だったから、手荒な真似は出来なかったんだろうね……」
「じゃあ、今回はどうして……?」
ハルヒの疑問に、タカコさんは階段の方をチラッと見遣って答えた。
「小さな女の子を連れて、ここに帰ってきたの。その途中で国木田の奴に見つかってしまったらしくて。逃げ切れなかったんでしょうね、きっと。その女の子の無事と引き換えに、自分が神羅に行くことになったの……」
……マリン、だな。
「マリン!! マリンの為にミクルちゃんは捕まったの?!」
突然叫び出すハルヒに、タカコさんは、やや睨みつけるかのように眼を細めた。
「あなたがあの子の母親?」
「……ホントの、じゃないけど、娘のように思ってるわ」
すると、タカコさんはハルヒの目の前に立つと、左手を挙げ、いきなり右の頬を叩いた。ハルヒは暫し絶句してタカコさんを見詰める。あのハルヒが同じ日に二度も、しかも同じ箇所をビンタされるなんてな。驚きだ。
「……ごめんね。でも、あなた、娘を放ったらかして何やってるの!!?」
タカコさんが怒ってるのは、朝比奈さんが連れ去られた事ではない。大切な『娘』を置いて危険な事をしているハルヒに対する、同じ『母親』としての怒りだった。
「……分かってる。あたしもさっきまでずっと考えてた。あたしにマリンを迎えに行って、あの子を抱きしめる資格があるのかなって……でも、答えは出ないの。マリンといつも一緒にいたくても、戦わないと星が死ぬ――みんな、死んじゃうの。だからあたしは戦わないといけない! でも、やっぱりマリンが心配で――心がグルグル廻ってしまうのよ!!」
ハルヒの言葉は、事情を知らない者にとってはさっぱり要領を得ないと思う。でも、タカコさんは何かを感じたらしく、優しくハルヒの手を取った。
「もう、いいよ……叩いちゃって、ごめんね。――とにかく二階で眠ってるから、会ってあげて」
「……うん。あたしこそ、ごめんなさい。あたしがミクルちゃんを巻き込んだから……」
ハルヒの目元に光る涙をそっと、タカコさんは拭う。
「気にしないで。ミクルだって、そんな風に思ってないよ……」
俺たちが二階に上がると、マリンが朝比奈さんの部屋のベッドにちょこんと座って俺たちを待っていてくれた。ハルヒはマリンに駆け寄り、力強く抱きしめた。
「マリン……良かった……無事でよかった……」
「ハルにゃん、泣いちゃダメだよ。ちょっと痛いよぉ……」
あまりの勢いに少し困惑気味のマリンだったが――よかったな、ハルヒ。それに俺もマリンの無事な姿が見られて柄にも無くホッとしてたんだ。何だかんだ言って、こいつのこと『本当の』妹のように思ってたからな――何となくだが。
ハルヒはひとしきりマリンとの再会を喜んだ後、タカコさんと今後の事を相談すると言って、一階に降りて行った。俺も後に続こうとしたが、マリンが俺の上着の裾を引っ張り、大きめな声で耳打ちをする。
「キョン君、あのね、あのね。ミクルちゃんがね、いっぱい聞いてきたよ。キョン君ってどんな人って。――キョン君のことが好きなんだよ、きっと」
何だよ藪から棒に。子供はそういう事に首突っ込んじゃいけません。しかも、そんなの俺に分かる訳無いだろ。
「ドンカン!」
マリンはそう俺をなじって笑う。おい、古泉。何をそこで苦笑いしてる。そんな暇があったら、こいつに何か言ってやってくれ。
「すみません。このまま放って置いた方が面白いかと思いまして」
殴るぞ、この野郎。……まあいい。とにかく俺たちも行くぞ。マリンも「あたしも行く~」と言ってついて来たが、まあいいだろう。
俺たちが階下に降りると、ハルヒがタカコさんと何やら話していたが、それが一段落ついたらしく、俺に向かって決意を込めた瞳を向けた。
「キョン。今からミクルちゃんを助けに行くんでしょ?――あたしも行くわ」
そう言うと思ったぜ。だがな、
「神羅の本社に乗り込む。……覚悟が必要だぞ」
「分かってる。でも、ミクルちゃんはマリンの命の恩人だし、何より、もうあたしたちの仲間みたいなものよ。……それに、相手が神羅となれば黙っちゃいられないわ!」
聞くまでも無かったな。お前はどうだ、古泉。
「僕は最後まで涼宮さんについていくよう命じられてますからね。必然的にあなたと最後まで行動を共にすることになると思いますよ」
と、にこやかに返事してきたが、それはどういう意味だ? しかしその疑問を呈する間も無く、ハルヒが――あのハルヒが滅多に下げない頭をタカコさんに向けて下げていた。
「タカコさん、ごめんなさい。さっきも言った通り、もう暫くマリンを預かってもらえないかしら」
「――いいわよ。でもね、」
タカコさんはマリンの頭を優しく抱き寄せ、俺たちに言った。
「必ず迎えに来なさい。絶対、死んじゃダメだよ――約束、だからね」
俺たちはタカコさんに、ここはもう危険なのでどこか別の場所へ移るように言い残して家を出た。これから俺たちは神羅本社に乗り込むわけだが――
「神羅ビルにはどうやって行くの?」
それが一番の問題だ。「もう、上に行く列車は使えませんね」と古泉が言うまでも無く、あらゆるプレート都市への連絡路では、俺たちはとうの昔にマークされているはずだ。神羅の警戒網を潜り抜けて上に行くこと自体、至難の業だったりする。俺たちは雁首並べてウンウン唸っていたが、ついにじれったくなったらしいハルヒが、
「…………取り敢えず、ウォールマーケットに行きましょう!あそこなら何かいい手が見つかるかもしれないわ!!」
まあそれしかないんだろうな、やっぱり。俺たちは、つい半日程前までいたウォールマーケットに、再び舞い戻ることとなった。
そのウォールマーケット。ここも七番街プレート落下の件で大きな騒ぎになっていたが、それを除けば、いつも通りの賑わいで俺たちを迎えてくれた。俺たちは手分けしてプレートの上に行く手掛かりを探すことにしたのだ……が、
「――ぜんっっっぜん、見つからないわね!!」
数十分後、再集合すると苛立った調子でハルヒが吠えていた。古泉も両手を肩まで挙げた気取ったポーズで「成果無し」を告げるし、当然俺も無い。
「もう、何やってんのよ、キョン!!あんた、SOS団の団員たる自覚ある訳?」
何で俺だけ責められねばならん。見つけられなかったのはお前も古泉も同じだろうが。それに、俺はただの雇われ兵だ。お前のけったいな団に入った覚えなどこれっぽっちも無いのだが。
「ゴチャゴチャうるさいわね!……とにかく、ご飯でも食べながら作戦練り直すわよ!!」
実は俺たちは定食屋の真ん前で話をしていた。そこに美味しそうな匂いが流れてきたもんだから、ハルヒの腹の音がぐぅと鳴ったのだろう。まぁ、いいか。腹も減っては戦が出来ぬ、と昔の人も言ってたしな。その時だ。
「――あのう、ちょっといいですか」
ちょうど外に出て来て作業していた定食屋の店員が話に割り込んできた。
「何か、プレートの上に行くとか、そういう話をされてたと思うんですが……戦車爺さんの話によると、体力さえあれば、上のプレートへ行けるそうですよ」
――何だって?
「ちょっと!! それ、どういう事なのっ!!? 教えなさい!!!」
ハルヒはその店員の首を掴んでガクンガクン揺らす。待て待てハルヒ。気持ちは大いに分かるが、その辺にしてやらんと、その人、話してくれる前にあの世へ旅立つだろうが。俺はその店員からハルヒを何とか引き剥がしてやる。彼はぜぇぜぇ息を吐くと、こんな事を教えてくれた。
「……あのドン・ヤマネの屋敷の横手に七番街が落ちて出来たプレートの断面があるんですけど、そこには七番街に繋がっていたワイヤーやら何やらが垂れ落ちていて、登りきれば上のプレートへ行けるそうですよ。戦車爺さんがそう言ってました」
なるほど。で、
「その『戦車爺さん』ってのはどこのどいつな訳ッ!?」
再び首をガクンガクン揺さぶるハルヒ。
「ぐわわわわぁぁぁ……ぶ、武器屋! 武器屋をやってる、ちょっと偏屈な爺さんだよぉぉぉ……」
「……武器屋ね。ありがと!――キョン、古泉君、早速その爺さんのところ、行くわよ!!」
店員を投げ捨てて駆け出すハルヒ。当然俺たちも後に続く。
「……あのう、お客さん? お食事は?……何なんだよ、もう……」
遥か後ろから店員の恨めしい声が聞こえてきたが……すまん。いつか機会があったらご馳走になるよ。機会があったらな。
その『戦車爺さん』がやってる武器屋ならすぐに見つかった。俺がドン・ヤマネの屋敷に侵入するための女装道具を揃えようとマーケット中を走り回っていたとき、ガラクタを集めて貯めまくっている変な爺さんの噂を聞いていたからだ。噂通り、武器屋の周りにはうず高くガラクタの山が積まれていた。多分、七番街の残骸も掻き集めてるんだろうな。
爺さんは店に入ってきた俺たちを見るなり、
「あんたも、上のプレートへ行くのか?この『ジンクバッテリー』が必要になるぞ。三つで300ギルだ。買うかい?」
そう言って、電極に亜鉛を使用したと思われる充電式電池を取り出した……おいおい、商売する気だぜ、このジジイ。しかも、これ拾いものだろ?
「お、よく知ってるな。修理してあるから、大丈夫さ」
そういう問題ではないと思うが。それに、上のプレートに登るのにどうしてバッテリーが必要なんだ?
「登ってみりゃわかるよ。さぁ、どうする?」
肝心なところは明かさない。チャッカリしてるな、この爺さん。呆れを通り越して感心するくらいだぜ。
「キョン、ホントに買うの?」
うーん。全員の有り金合わせて買えないことは無いが、ちと高いな。それに、この爺さんの言う事がホントかどうかも分からんし……。俺は少し迷ったが、
「……分かった、買おう」
ハルヒは少し納得がいかないようだったが、結局は折れて三人で100ギルずつ支払い、バッテリーを手に入れた。後は現地に行ってその目で確かめるだけだ。
――その前に、ヤマネの奴にお礼参りしなければな。そこはハルヒも当然賛成して勢い良く乗り込んでみたものの、そこには人の気配が微塵も無い。あの『おしおき部屋』で手下の一人が三角木馬の上で縛られていたが、そいつが言うには、
「あの後、神羅の連中がドカドカやって来て『情報をリークした』だの『役立たず』だの……。ドンは無理矢理何処かへ連れて行かれて、それっきり……オレもこんなザマさ。頼む、助けてくれ~~!!」
そうか、それは自業自得だな。大人しく消されるがいいさ。それが分かればこんな所に用は無い。俺たちは泣き叫ぶそいつを置き去りにして当初の目的地へと急いだ。
スプレーでそこら中に落書きされた高い高い壁、それよりも高い所から垂れ下がる細い細いワイヤー。それを伝って見上げると、プレート都市が僅かに見える――ここがプレート断面。確かに、このワイヤーはプレートの上にまで繋がってるように見える。そして、多分、この辺の子供たちだろう。あくなき冒険心に任せてそのワイヤーを登っていた。その根元で、小さな女の子が泣いている。
「みんなこのワイヤーを登って上に行っちゃったよ。怖くないのかな……ブルブル」
その子をあやしながら、ハルヒは尋ねる。
「これ、登れるの?」
「うん。上の世界につながってる」
ハルヒはそれを聞いて覚悟を決めたように頷いた。
「よし!このワイヤー、登るわよ!」
それは無理な話だな。プレートまで何百メートルあると思ってるんだ。
「無理じゃないわ!見て!これは何に見える?」
何の変哲も無いワイヤーだろ。
「そう?あたしには、金色に輝く希望の糸に見えるわ!!――ミクルちゃんを助けるには残された道はもうこれしかない。本当は分かってるんでしょ?」
その時、俺は唐突にある小説を思い出した。地獄に落ちた咎人が極楽に昇ろうと垂らされた細い細い蜘蛛の糸を伝い登って行く話を。どこで読んだっけな……。それに、あれは確かバッドエンドだったぞ。まあ、この『糸』もそれと同じくらい頼りないが、ハルヒ、お前の想いは理解できるぜ。
「――じゃあ、行くか!」
俺は覚悟を決め、ハルヒも古泉も続いてワイヤーを昇り始めた。しばらく行くと、巨大な壁のてっぺんにまで来た。そこでは、さっきの子供たちが、眼下に広がる、全てを粉々にされ、まだ至る所で火が燻る旧七番街の無残な光景を眺めていた。
「うわ~!すげ~、ヒサン……」
「な、こえ~だろ?とうちゃんは『しんら』ってやつののしわざだっていってたよ」
世の中には、垂れ流される情報を鵜呑みにせず、真実をちゃんと見極める目をもった奴もいるんだな。その事に俺は少し救われる思いがした。多分、それを聞いて微笑っていたハルヒも古泉も同じ思いだろう。――少年、その『とうちゃん』の言う事を聞いて、真っ直ぐに育ってくれよ。
複雑に絡まりあったワイヤーやパイプを伝い、さらに上へ上へと登って行く俺たちだったが、ついに行き止まりにぶち当たった。その先には飛行機のプロペラとさらなる上からぶら下がっている鉄道のレール。あのプロペラが回れば先に行けそうだが……
そのプロペラにはどういう訳か電気コードが付いていて、それを辿ると四角いソケットを見つけた。
「……バッテリーをはめれば、あのプロペラが回りそうですね」
古泉の言にハルヒも頷く。武器屋の爺さんが言ってたのはこの事か。取り敢えず大金積んだ甲斐はあるって事だな。その後も、再びバッテリーを使ったり、奇跡的なバランスで垂れて来ているレールをよじ登ったりして、数十分。人生でもそう無いであろう「クライミング」を経験した俺たちは、ついにプレートの上に立つことに成功したのだった。
――そして、今。俺たちは零番街――神羅本社ビルディングの前に立っていた。
「キョン、このビルには詳しいんでしょ?」
……知らない。そういえば本社に来るのは初めてだ。すると古泉が怪訝な顔してこう言ってきやがった。
「――あなた、本当にソルジャーなんですか?」
失礼な。俺はれっきとしたクラス1st……と反論しようとしたが、瞬間妙な違和感を感じて口をつぐんでしまう。何だ、これ。だが、どうやら古泉は冗談のつもりだったようで、俺の様子に気にした素振りも無く話を続けたから、俺もそれ以上気にするのを止めた。
「……まあ、いいでしょう。前に聞いたことがあります。このビルの60階から上は特別ブロックで社員でも簡単には入れないそうです。朝比奈さんが連れて行かれたのも、恐らくそこかと」
「そう。じゃあ、行くわよ!」
おいハルヒ。お前まさか正面から乗り込む気か?もっと見つかりにくい方法もあるだろうが!俺たちまで捕まったらヤバイだろ!?
「そんなかったるい事やってられないわよ!グズグズしてたらミクルちゃんがどんな目に遭うか……それに――」
ハルヒは過去最大級の笑顔を見せて言い放つ。
「――これが一番あたしらしいやり方。そうでしょ、キョン!!」
これを見せられると、流石に逆らえないな。それに、六番街で落ち込んでたお前より何倍もマシだと思う。よし、では突っ込むぞ!!
「SOS団の意地、植松たちの分まで、奴らに目に物見せてやるわよ!!」
そして、俺たちは全速力で敵のど真ん中に突入する。夜空から照らしてくる星明り――それは無謀な挑戦に賭ける俺たちを祝福してくれているのか、それとも――それは多分、神のみぞ知る、って奴だな。
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