参-11




中学二年生の冬だった。

 母と交際していた人が死んだ。その原因は、間違いなく彼を呼び止めた自分にあった。声をかけなければ、自分に気づかせなければ、横断歩道を渡りきっていた彼が死ぬことはなかったのだ。

 血溜まりの上に倒れている彼の体を揺さぶって、必死に呼び起こした。けれどもどれだけ体を揺すっても、どんなに大きな声で呼び続けても、彼が応えてくれることはなかった。

 そのうち誰かが呼んだ救急車で運ばれて、病院でぼうっとしていると、母が駆けつけてきた。

 そして病院の医師に、彼が死んだことを報されるや否や、その言葉が呪文であったかのように体の力が抜けて、その場に崩れ落ちるように膝をついた自分を、彼女は泣きながら抱きしめて、貴方だけでも無事でよかったと言った。

 嘘だ。

 彼が死んだ?

 嘘だ。

 自分だけが生きている?

 嘘だ。

 貴方だけでも無事でよかった?

 嘘だ。

 そんなわけない。そんなことない。

 死ぬべきは、自分だったんだ!!

 きつく抱きしめてくれた優しい腕を振りほどいて、病院を飛び出した。

 それから、何をしていたか。なぜだかあまり覚えていないけど。気づいたときには殴って殴られての日常になっていた。いつからか勝手に舎弟を名乗ってついてくる連中もいたが、どうでもよかった。

 傷だらけになっても、泥まみれになっても。

 このまま、いつの間にか死んだとしても。



 土埃に汚れたスニーカーの先が抉るようにみぞおちに食い込む。

 足元に転がる男は、酒を片手に口をひん曲げ、目が合うや否やこちらに言いがかりをつけて絡んできた先ほどまでの威勢の良さが嘘のように、派手な装飾が目立つ見てくれもボロボロになり、かは、と唾を吐きながら体をくの字に曲げて苦しんでいる。

 そんな男の姿を、小太郎は眉をぴくりとも動かさず、どこか他人事のように遠くを見る目で見下ろしていた。闇にくるまれた意識の片隅で、ぼうっと考える。

 ああ。何故だろう。なにかを思い出しそうだ。

 脳裏で朧気な記憶を拙く手探りで手繰りながら、小太郎は男の胸ぐらを掴み上げ、既に意識の無い彼の顔面目掛けて拳を振り上げ追撃を仕掛ける。

 確か、あのときもこんなふうに誰かを殴っていて、そしたら突然、脇から声とともに、誰かが───。


「やめろ小太郎!!」


 声と同時に、こちらに向けてなにかが降ってくる。

 我に返った小太郎は放り投げるようにして男から手を離し、飛び退る。男を背に庇うように小太郎の前に姿を現したのは風間からの連絡を聞きつけ飛んできた瓏衣だ。

 小太郎の追撃を止めるため、土手から河川敷まで飛び降りた瓏衣は着地しながら体勢を立て直し、まっすぐに小太郎を見据える。その間に、カイナと雪羅が彼にボコボコにされた男を運び、介抱しながら救急車を呼ぶ。


「瓏衣くん、小太郎くん……」


 危ないからここにいろと言い渡された千鶴が睨み合う二人を土手から見下ろす。その隣では同じ理由でセレンが並んでいる。

 一日ぶりに見た彼の顔は相変わらず氷のように冷めており、彼から少しの負影シェイドの気配も感じる。


「小太郎、オレが悪かっ───」


 瓏衣のセリフを遮って、ヒュンと空を切る小太郎の拳。たまらず瓏衣はかわした。

 距離をとって再び小太郎に向き直ると、彼は既に構えていた。言葉をかわす気は無いようだ。こちらを見る光のない目に、泥だらけに汚れた衣服。顔や腕に赤く走る傷。まるで野良犬のようなその姿は、初めて出会った時の彼と重なって見えた。


「あのときのリベンジマッチってとこか。いいぜ。上等だ」


 瓏衣もまた構える。しかし、その手に握るのはセレンから受け取ったペンダントではなく、文字通り拳であった。


「おいおい、あの子素手でやり合うつもりやで!?」

「よせ瓏衣! まだ完全に呑まれてないとはいえ、影堕ちした人間相手に素手は無茶だ!」

「あっちはコレがいいって言ってるんだ。だったらそれに応えるのがデキる男ってヤツだろ!」

「めっちゃ男らしいやん!!?」

男ちゃうやろ!という雪羅のツッコミはガン無視である。

「だが……!」


 食い下がるカイナを肩越しに見やり、瓏衣は大丈夫だと頷く。


「心配してくれるのはありがたいが、手は出すなよ。まあ万が一、億が一にもオレがコイツに不覚を取ったそのときは、後を頼む」


 言葉を切り、瓏衣は小太郎に意識を集中する。カイナもまた、もうそれ以上は何も言わず、ただ瓏衣の背中を見つめるのみだった。

 最初に瓏衣が仕掛ける。駆け出し、迷うことなく一気に間合いを詰め、正拳突きを繰り出した。迫る拳を上から押さえるように払って流し、小太郎は瓏衣の腹部に拳をみまう。

 身を翻して避けながら、体を回した勢いにのせて得意の蹴りを放つ。

 しかし、瓏衣の渾身の一撃を、小太郎は右腕一本で受け止めた。


「うっそぉ!?」


 たまらず瓏衣はギョッとした表情で叫ぶ。

 一方、小太郎は構うことなく攻撃に転じる。思わず硬直したせいで反応が遅れた瓏衣にかわして間合いを取る猶予は無かった。


「うっ……!?」


 寸でのところでなんとか防御が間に合った。が、彼の拳を受けた腕に想像以上の痛みが走る。

 あの時に受けたことのあるはずのただの一発が、今まで受けてきたどの拳よりも重く、強かった。


───負影シェイドのせいか……!


 先の千鶴が連れ去られた騒動でもそうだった。犯人であり、影堕ちした同級生、柏田大貴は並の一般人であったはずだが、その膂力は一般人の範疇を超えていた。しかし心が呑まれきっていなくとも、影堕ちした人間は膂力が上がる仕組みらしい。なんてめんどくさいハタ迷惑な仕組みだろう。

 ならばと、今度は首やみぞおち、つまり一般的に人間の体の急所とされる部位を狙う。繰り出される攻撃を捌いて、かわして、わずかな隙をうかがう。


───そこだ!


 彼の両腕が彼の体から離れた刹那にみぞおちに容赦なく蹴りを入れてやる。

 体がよろめき、仮面のような表情が苦悶に崩れる。さすがに堪えたかに見えたがそれも一瞬のうちに終わり、すぐに無表情へと戻り、再び拳が飛んでくる。


「どんだけなんだよォっ!!?」


 瓏衣が半ばやけくそに喚く間に、小太郎が連撃を叩き込んでくる。

 夕暮れの河川敷で拳をまじえるなんて、端から見れば若き青春の一ページで終わるのだが、いかんせん小太郎は負影シェイドをその身に宿している。

 そのせいで先だっての騒ぎの発端となった柏田大貴のときと同様、膂力が上がっている彼の攻撃を受け続ければ確実に負ける。長引かせればこちらが不利だ。だが怒涛の連撃は止まず、防いでかわしてで手一杯の瓏衣は反撃に移れない。まずい。完全に彼のペースに呑まれた。


「……ま、まずい状況になってきてないですか?!」

「……芳しくはない、な」


 駆けつけた救急車に男を任せ、瓏衣を見守っていたセレンが焦りだし、雪羅とカイナの表情が険しくなる。


「しゃーない、俺らもいくで!」


 助太刀しようと雪羅が腕を翳し、その手首にぶら下がっているブレスレットが光を放つ。すると、千鶴が慌てて止める。


「待ってください! もう少し、もう少しの間だけ……、瓏衣くんを信じてあげてください……!」


 胸の上で両手を重ね、不安そうながらもそう言う千鶴のまっすぐな瞳にに根負けし、カイナは苦笑しながらも頷いた。


「……わかった。もう少しだけ見守ろう。だが命の危険を感じたら、君や瓏衣が嫌がろうとも止めに入らせてもらうぞ」


 はい。と千鶴が頷いた。それを見た雪羅は翳した腕を下げ、目だけを滑らせる。


「……ええんか?」

「今彼を諌めることが出来るのは、きっとあの子だけだ」


 言いながら、再び瓏衣と小太郎に目を向ける。

 彼の長い脚が瓏衣の頭を狙う。それを避けた瓏衣は一気に懐に飛び込み、顎目がけて下から拳を突き上げる。が、拳を掴まれ防がれた。反対の手が瓏衣を捕らえようと迫る。

 瓏衣が動く。小太郎の脇を抜けながらくるりと身を翻し、背後をとり、同時にこちらの手を掴んでいる彼の腕を極める。刹那、小太郎は掴んでいた瓏衣の手を離し、こちらも身を翻して拘束から逃れた。そして同時に飛び退り、間合いを取る。

 一向に、こちらの攻撃はあまり効いていないように見える。やはり影堕ちした人間を素手で抑え込むのは無謀を通り越してもはや愚かだったか。


───でも、それでも……!


 今の彼にはコレではなくては、コレでしか、分かり合えない気がした。

 肩で息をする瓏衣は、脚に力を入れ直し、構える。

 と、そこで、


「うっ……!? う……ぐぅっ……!」

「小太郎!?」


 小太郎が突如胸を押さえて苦しみ出した。

 背を丸める彼の体から、黒い靄が煙のように湧き上がる。


負影シェイドか! しっかりしろ小太郎! 呑まれるな!」


 痛むのか、苦しいのか、呻きながら歯を食いしばる。


「くっ……! ……そが……!」


 攻撃を受けながらも倒れない瓏衣に苛立っているのか、そう悪態をつく小太郎。だが何故だろうか、その中には、焦りが滲んで見えた気がした。 何に対してかまでは、考える余裕が無かったが。

 すると猛牛のように、今度は小太郎が突っ込んでくる。迫る彼の手を払い、苦しみに歪んだままの顔を狙うが避けられ、お返しの正拳突きがくる。瓏衣はそれも上へ跳ね除け、みぞおちにエルボーを打ち込む。今度は決まった。頭上で息を吐き出す声がした。

 まだだ。そのまま体を回して裏拳で頬をぶん殴ってやる。まともに入った。


「よし!」


 咄嗟に声を上げ、油断した。

 ふらついたかに見えた小太郎がその一瞬に反撃を繰り出したのだ。

 彼の脚がぶん、と空を裂いて頭部に迫る。重い一撃をなんとか防いだ腕があまりの痛みに痺れたような感覚を覚える。

 そして直後、何かに足を取られ、バランスを崩した瓏衣の視界がぐらりと大きく揺れた。


「うあっ!?」


 背中から倒れ込み、橙色の空を背景に瓏衣の体を跨ぐ小太郎が映り込んで、こちらを見下ろす彼の拳が、振り下ろされる。


「っ!」


 避ける猶予はない。痛みを覚悟し、目を閉じた。


「瓏衣!」

「止むを得んか……!」


 さすがにそろそろまずいと、雪羅とカイナがそれぞれに力を発動する。


「止めて小太郎くん! 目を覚まして!!」


 セレンは見ていられないと顔を手で覆い、悲鳴にも似た千鶴の声とほぼ同時に、すぐ耳元で音がした。しかし、体のどこにも痛みはない。


「に、げろ……」


 やっとの思いで絞り出されたような微かな声が上から落ちてきて、瓏衣はおそるおそる目を開ける。


「逃げてくれ……、瓏衣……!」


 負影シェイドに意識を呑まれかけているのか、小太郎は自らの意思に反して動こうとする体を無理やり制し、寒さに凍えるように震えている。

 そして、その体から黒い靄が立ち上り、しかし霧散することは無くその塊になって周囲に立ち込める。


「一時的に意識を奪い返されて、彼の中にいた負影シェイドが弾き出されかけています! 今です瓏衣さん! お渡ししたペンダントを使ってください!」


 セレンが叫ぶや否や、瓏衣は首に下げたペンダントを右手で握りしめて乱雑に取り去り、同時に勢いよく起き上がりながら自身を跨いでいる小太郎の胸ぐらを掴んで押し倒し、今度は瓏衣が小太郎に馬乗りになる。


「歯ァ食い縛れッ───!!!!!」


 右手に握りしめたペンダントが青い光を放ち、指の隙間から光が零れる。

 真上に引き上げられた瓏衣の拳が、なんの躊躇いもなく振り下ろされ、小太郎の左頬を強く殴打した。あまりの勢いに、彼の右側の顔面が地面に叩きつけられる。


《ゔゥ……! あ、ア゙アァア゙ア゙ァァ───!!!》


 濁ったような断末魔の悲鳴とともに、小太郎にまとわりついていた靄が、空気に溶けるように静かに消えていった。

 静寂が辺りを包み、一切の音が消える。

 ただただ必死だったからだろうか。瓏衣は小太郎に馬乗りになったまま、気絶したのか動かない彼をしばらく呆然と見下ろしながら、肩で息をしていた。

 その様子を見ていた千鶴やカイナたちも離れた場所からでは事が収まったのかどうかもわからず、ただ黙って二人から目を離さないでいた。

 小太郎を見下ろす瓏衣の視界のなかで、不意に彼の口元が悔しそうに歪み、のそりと動いた腕が引き寄せられるように目元を隠した。やがて、噛み締められた唇の隙間から小さな嗚咽が漏れ始める。


「……うっ……、くっ……。……ちく、しょう……!」


 意識はあるようで安堵するも、なぜ急に泣き出したのかわからず、瓏衣はしばしそのまま彼の言葉を待った。


「勝てなかった……! お前にも……、負影シェイドにすらも……! 俺は、また……! なに、も……できなかった!!」


 初めて負影シェイドに遭遇したときも。千鶴が連れ去られたときも。堕天使にけしかけられたときも。自身の心の中に巣食った負影シェイドにさえも適わなず。あの時だって……、あの人を助けることもできなかった!

 喧嘩に負けた子供のように、「ちくしょう……!」と呟きながら、小太郎は体を起こすことも瓏衣を退かせることもせず、ただ嗚咽をこぼし続ける。

 桜から話を聞いていた瓏衣は、彼の言うあの人が、桜のかつての恋人だった人物を指していると気づく。

 およそ五年前。中学三年生の冬、横断歩道に突っ込んできたトラックを前になす術もなかった小太郎は桜の恋人に庇われ、その恋人は帰らぬ人となった。

 やはり小太郎は、今もそのことを悔やみ続けている。

そして、大事な友人である瓏衣や千鶴を守れなかったことも。


「小太郎……」


 瓏衣はそっと手を伸ばし、泣き続ける彼の頬に触れる。

 と見せかけて素早く胸ぐらを掴んでとてつもない力で引き寄せ───、


「い゙っ───!!!??」


 ごす、と鈍く痛々しい音が響き、小太郎の口から悲鳴が漏れる。いわゆる、頭突きだ。離れて見ていた千鶴たちは目を丸くし、唖然である。

 再び背中から倒れ込み、あまりの痛みに悶える小太郎の額からは音を立てて煙が立ち上るのが目に見えるようであった。

 対し、仕掛けた瓏衣自身にも同じだけのダメージがあったらしく頭を押さえていたが、小太郎を見下ろして口を開く。


「男がみっともなくぴーぴー泣いてんじゃねぇよ。それよりお前、オレたちに何か言うことあんだろうが。わからねぇたぁ言わせねぇぞ」


 やっとこさ小太郎の顔が動いた。痛みでこみ上げた涙でぼやけた視界に元々目つきの悪い目をさらに釣り上げて睨む瓏衣の顔が映る。


「オレや千鶴が、桜さんがどれだけ心配したと思ってる!」


 掴んだままの胸ぐらを揺さぶると、まだ潤んでいる小太郎の目がわずかに揺らいだ。


「桜さんの家族は、お前しかいねぇんだぞ……」


 幼い頃に父親を亡くした小太郎にとって桜は肉親だ。それゆえに、つい自分と小太郎を重ねてしまう。考えてしまう。思ってしまう。

 彼がその手から家族を取り零し、自分と同じように、一人ぼっちになってほしくないと。

 家族を失う辛さは、誰よりも知っているつもりだから。


「だいたい! 一般人のお前が堕天使や負影シェイドに勝てるわけねーだろうがこのすっとこどっこい!! そんなんでオレに勝とうとか千鶴を守るだとか百年早ェってんだよ出直してこいこのへっぽこヤンキーがっ!!」


 すると、ぴくりと眉を引き攣らせた小太郎はゆっくりと起き上がりながら対抗するように瓏衣の胸ぐらを掴む。


「おいてめぇさっきから黙って聞いてりゃ言いたい放題言ってくれるじゃねぇかくそやろう……! 誰のおかげで顔面殴られずに済んだと思ってんだコラ!?」

「だったら誰のおかげで大事になる前に負影シェイドを体から追い出せたと思ってんだてめぇ!?」


 両者ともに服は泥だらけ体は傷だらけのまま額に青筋を浮かべ、口を引き攣らせ、ガンをつけあい、なんだコラやるかコラと子供のような言い合いを止めない。


「お前のへっぽこパンチなんかきくかボケぇ!!!」

「んだとオラァつーかそもそもどっかの大バカがしょっちゅう一人で突っ走っからこっちがヤキモキさせられてんだろうがっ!!!」

「えぇ───い!!」


 いつまでも幼稚な口喧嘩を続ける二人の上に影が差す。それは瓏衣と小太郎を共々押し潰した。


「おあっ!?」

「ぎょえあっ!?」


 突然のしかかる重みに不意をつかれて踏ん張れなかった瓏衣は小太郎を下敷きにして倒れ込み、そして瓏衣の背には千鶴が乗っていた。丸く大きく、愛らしい桃色の目に涙をため、拗ねたように頬を膨らませて、拳を握った両手で瓏衣の背をぽかぽかと叩く。


「もーバカバカバカ小太郎くんのバカぁ!!!」

「叩かれてるのオレなんですけど!?」

「うるさいうるさいもうこの際瓏衣くんだって同罪だもんバカぁ!!!!」

「とんだ巻き添えだなオイ!?」


 それから千鶴は再びばーかばーかと連呼しながら瓏衣の背中を叩き続け、やめろっつの!と瓏衣が叫ぶ。

 二人の様子をポカンと見ていた小太郎はといえば、二人に押し潰されたまま不意にふっ、と吹き出し、


「あっははははははっ!!」


 爆笑。


「笑ってんじゃねぇこのアホタレ!」


 何がツボに入ったのか笑い続ける小太郎の頬に瓏衣の鉄拳が入る。

 無論痛いが、狙ってか偶然か先ほど思い切り殴られた左頬にくらったため、痛みは倍である。


「いっ───で!!? てめえ何発殴りゃ気が済むんだよ!?」

「うっせこっちはお前のせいで巻き添えくってんだそれぐらい我慢しやがれ!」


 眩しかった夕陽はとっくに地平線の下へと潜り、周囲は少しずつ暗くなり始め、頭上では星が輝き始めているというのに、彼らは河川敷でぎゃあぎゃあと騒ぎ続ける。

 そんな三人の姿をしばし眺めて、やっと全てが終わったことを確認した雪羅たちは大きく息を吐いて肩の力を抜いた。


「まーとりあえず、一件落着やね」


 やれやれと腰に手を当てる雪羅に、カイナは組んでいた腕を解きながら頷いた。


「みたいだな」

「なんとかなって、本当によかったです」


 セレンも胸を撫で下ろし、雪羅やカイナと笑い合う。

 一時はどうなるかとヒヤヒヤしたが、瓏衣たちが仲良くじゃれている姿を見ていると、なんだか落ち着くような気さえする。

 すると、起き上がった瓏衣と小太郎が再びお互いの頬をつまみ合ってなにか言い合いを始めた。そしてそれは間も無く取っ組み合いに移行する。

 そばで千鶴が慌て始めた。しかし聞く耳を持たない二人はよろよろと動き回りながらもつれにもつれて、


「わあああ川に落ちたあああっ!!!??」


 セレンが叫ぶと同時にカイナと雪羅が慌てて土手から河川敷へと駆け下りた。

 理由は河に落ちた二人が岸に上がろうとするどころか河に落ちてなお取っ組み合いを止めないからである。


「二人とも落ち着きーな!!」

「お前達いい加減にしろ!!」

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