弐-6




「───瓏衣さん、仲間になってくれた貴方に、僕の正体をお教えします」


ㅤ正体も何も、彼は少々幼い顔立ちをした高校生ぐらいの平凡な少年にしか見えないのだがと、口にはせずに考える。

ㅤセレンはおもむろに席を立ち、瓏衣の傍まで移動して、周囲に十分なスペースがあることを確認すると、まるで神に祈る熱心な信者のように、両手を組んで目を閉じた。

ㅤいったい何が始まるというのか。瓏衣は体をセレンの方へ向けると、腕を組んで事の成り行きを眺める。

ㅤすると、セレンの体全体が光に包まれはじめ、瓏衣は目を丸くする。

ㅤやがて、その光は背中へ集束し、なにかの形を成していく。それが、不意にバサリと音をたてて波打った。と同時に、背中から光が散っていき、それの形がよりはっきりする。

ㅤセレンがふう、と息を吐きながら組んでいた手を解いた。


「言うのが遅くなってごめんなさい。そう簡単にお教えすることもできなくて。昨日は時間もなかったですし、あなたが完全に僕たちの仲間になるまでは言わない方がいいと、カイナさんたちにも止められていたものですから…」


ㅤ眉尻を下げて、申し訳なさそうにセレンは言った。

ㅤ一方、姿を目の当たりにした瓏衣はさてどんな顔をしているのかと、カイナと雪羅が瓏衣の顔をのぞき込む。

ㅤその表情はと言えば。

ㅤ目を見開き、眉をしかめ、呆気に取られて口はわずかに開いたまま。意味もなく両手を鳩尾辺りまで上げたままぴしりと石のように固まってしまっていた。まさに多大なる衝撃を受け、度肝を抜かれたといった感じである。


「瓏衣さん、僕は、。堕天使たちの思惑を阻止すべく、協力してくれる人を集めるために天界から遣わされた御使い、───使です」


ㅤそれを証明するように、白い白い、その純白の大きな羽が大きく羽ばたいた。

ㅤしばし、その場の時が止まった。止まったように静寂に包まれた。

ㅤカイナはコーヒーを飲みながら、雪羅はカウンターに上体をもたれかけたまま、セレンはやや不安げな面持ちで、三者三様に瓏衣の様子をうかがう

ㅤやがて、瓏衣はゆっくりと口を開いた。


「……は、羽…」


ㅤやはり誰しもが一番注目するのは彼の背中にある純白の両翼だろう。確かにあれを実際に目にしたときは、自分も大いに驚いたものだうんうんと心の中で呟いて、カイナと雪羅が頷く。


「羽触ってみたい!!!」

「そこですか!?」

「そこなん!?」

「そこなのか?」


ㅤしかし、瓏衣の顔はさっきの度肝を抜かれた時の物とは打って変わって真剣そのものだった。射貫くようなまっすぐな瞳に押し負け、セレンがおどおどしながら了承すると、瓏衣の表情がぱあっと華やいだ。


「では、失礼して」

「ど、どうぞ…」


ㅤさっとセレンの背後に回り込み、両手をわしわしと動かしながら、そっと手を伸ばす。


「…すごい。……すごいすごい!!ㅤなんかもふもふってゆーよりふわふわしてる!!ㅤすげー柔らかい!!!ㅤこれで羽毛布団作ったら最高だよ!!!」

「やめてくださいいいぃぃっ!!!??」


ㅤ羽をむしられると思ったのか、セレンは瓏衣から離れ、羽ごと体を震わせながら隣のテーブルの影に隠れた。


「瓏衣、あまりいじめてやるな」

「真に受けるなって。冗談だよ、三分の二は」

「三分の一は真に受けろと?!!」

「瓏衣、いじめたあかんよ。セレンも、むしられる前にはよ羽しまいや」


ㅤふえ~と泣きながら、セレンは羽をしまう。正確には、再び羽が光に包まれ、はじめとは逆に、羽先から光が消えていった。


「なあ。そういやマスターいるのにあんな話した挙句羽なんて出しちゃっていいの?」


ㅤ今更だけどという瓏衣の疑問に答えたのはカウンターの中で新聞をめくるマスターの声だった。


「まあちょっとね。それほど詳しいことも知らないんだけど、カイナくんや雪羅くんが日夜裏で暗躍する系スーパーヒーローやってることは知ってるよ」


ㅤ見ているこちらまで力が抜けそうな気の抜けた笑みでマスターが笑ったそのとき、セレンのポケットからなにかが瓏衣めがけて飛び出した。


「え───いったあああぁっ!!?」


ㅤ額にぶつかったそのなにかは反動で雪羅の方へ。気づいた彼はいとも簡単に手のひらに受け止めた。

ㅤそれは、上部に羽のマークがついたおもちゃの装置のような丸い塊で、真ん中の小さな丸い出っ張りが赤く光っていて、アラームのような音をけたたましく響かせている。


「なんなんだよソレ!!」


ㅤ恨めし気にそれを睨む瓏衣は右手で額を押さえ、目じりには若干の涙が浮かんでいる。


「セレン、これが光っとるってことは…」


ㅤ雪羅が眉を顰めながら、手の中にある装置をセレンに手渡し、カイナは席を立つ。


「だ、堕天使です!!ㅤ堕天使と負影シェイドが現れたんです!」


ㅤ雪羅から装置を受け取ったセレンの切羽詰まったような声。しかし、セレンの次の言葉により、瓏衣は顔色を変えることになる。


「場所は…、ここからそう遠くありません。えっと…東の方向、約四キロです!!」

「っ!!?」


ㅤ瓏衣は目を見開く。ここから東の方向へ四キロほど進むと、自分たちが通っている大学がある。

ㅤ壁掛けのシックな時計を見る。時刻は十六時半前。間もなく今日最後の講義が終了する。

ㅤ自分は早退したが、千鶴と小太郎はまだ…。


「東で四キロと言えば、まさか…」

「冗談だろ!ㅤ大学にはまだあいつらが…!!」

「瓏衣待て!」


ㅤ店から飛び出そうとする瓏衣を、カイナが腕を掴んで止めた。振り返った顔は焦りに歪んでいる。


「放せ!ㅤ負影シェイドを生み出してるのはその堕天使なんだろ!?ㅤ早くいかないとあいつらが…!!」

「わかっている。だが落ち着け。私もバイクで同行する。後ろに乗れ」

「あ、瓏衣さんこれを!ㅤいったんお預かりしてました!!」


ㅤセレンから促され、差し出した手に乗ったのは昨日渡されたものと同じペンダントだった。ぎゅっと力強く握りしめる。

ㅤ大切なものを、この手で守るのだ。


「ありがとう」

「俺はセレン連れてあとから行くわ。マスター、すぐ戻るさかいツケといてや!」

「はいはい。がんばってきてね。正義の味方さんたち」

「いくぞ」

「ああ!」


ㅤ雪羅の言葉に快く頷いて手を振るマスターに見送られながら、カイナの後に続いて瓏衣は外へ飛び出した。


───二人とも、無事でいてくれよ…!!


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