今宵、紅月の下で鴉が嗤う

弐－5

ㅤ柏田大貴は盛大に落ち込んでいた。

ㅤ原因は今朝の失恋である。

ㅤ元々内気なのだが、異性に対してはもっと内気になる性格が災いし、彼女、鹿野千鶴にあわい恋心を抱いたものの、当時からボディーガードよろしくいつもどんな時でもそばにいる友人らしき二人、飯綱瓏衣と一条寺小太郎に殺伐とした噂が流れていたことがさらに恐怖を煽り、高校三年間は高嶺の花である彼女を離れたところから見ているしかなかった。

ㅤしかし諦めきれず、必ず桜並木を通って同じ大学に通っていることは把握していたので、今朝桜並木で待ち伏せし、思い切って彼女を呼び止め──例によって朝から飯綱瓏衣が一緒にいたことに相当ビビったが──思いを告げた。

そしてあえなく玉砕。

ㅤしかし分かっていた。彼女には好意らしきものを向けている相手が既にいたのだから。

ㅤ三年間、ずっと彼女を見つめ続けていたからこそ、それは容易にうかがい知ることが出来た。

ㅤ清々しいまでにフラれたが、最初から玉砕覚悟だった。だったのだが、本当にフラレたとなるとこう、……それなりにくるものがあって。

ㅤ自分から挑みはしたものの、朝からいきなりメンタルをやられた彼は講義に出る気も起きず、こうして自販機のある裏庭で傷心中だった。

ㅤ腕時計を見やると、午後五時前。もうすぐ今日は一日の講義がすべて終了する。やる気が復活すれば一応途中からでも出る気でいたのだが、自分で思っていたよりも心の傷は深かったようだ。

「はぁ……。ダサいな、僕……」

ㅤ自嘲気味に呟いて、帰ろうとしたときだった。

下に下げていた視界が、一歩踏み出した右の足先に落ちている黒い羽根を捉えた。

「さっきまで無かったのに……」

ㅤここに来たときから、落ち込んでいたせいで自然と目線が下がりがちになっていたので、落ちていたなら気づいたはずなのだ。

「カラスの羽根、にしてはやけに綺麗なような……」

ㅤ触りはしなかったが、柏田はその場にしゃがみこんでその羽根をよく観察する。

ㅤすると、頭上でバサリと大きな羽音がしたと同時に同じ黒い羽根がまた一つ、上からふらりと落ちてきた。なにかいるのかと、顔を上げる。

ㅤそこにいたのは、

「やあ、こんにちは」

ㅤ親しげな挨拶とは裏腹にニヒルな笑みを浮かべた、黒い羽を持った男だった。