第33話 双六決戦

 決戦当日、チャンスとゼルダは空中に浮く直径二五mの逆円錐の岩場にいた。

 岩場から下を覗くと、高さは百mあった。

「落ちたら、終わりやな」


 チャンスの前に悪神アンリが現れ、楽しそうな顔で語る。

「今から、ルールを説明する。ゲームは一ターンが十分のターン制の双六すごろく。ターンの最初に一~六の間で、進みたい数を宣言してもらう。進んだ先にはモンスターがいて、戦ってもらう。勝てば、また進みたい数を宣言して、先にゴールしたほうが勝利だ」


 ゼルダが真剣な顔で訊く

「他にルールは?」

「ゴールする前に二人とも死んだ時点で、生き残っている側の勝利が確定する。あとは細かい決まりがあるが、それは自分たちで見つけてくれ」


 チャンスは念のために確認する。

「マルコはんのチームも、条件は同じなんやな」


 悪神アンリが尊大な顔で肯定する。

「もちろん、同じだ。そうでなくては面白くない。あと、ここからは観客は見えないが、ゲームはゲルバスタとスターニアの劇場に、魔道具を使って配信している。では、五分後にスタートだ」


 悪神アンリは説明が終わると消えた。

 真剣な顔でゼルダはチャンスを見る。

「ルールを聞いたけど、これは、六、六、六、三の宣言でいいかしら?」


「それは、まずいやろう。おそらく、これは宣言した数によって敵の強さが変わる。六を選ぶと一番強い敵が出てくるはずや。六を三回は、致命傷になるかもしれん。最悪どっちかが死ぬで」


 ゼルダは冴えない顔で訊く。

「なら、一ばかり二十一回も選ぶのが正解か?」


「クリアーするだけなら、それでええ。でも、審判は宣告した。ターンの最初に進む数を宣言する、と。つまり、一を二十一回ならゴールするのに二百十分が経過する」


 ゼルダは考え込む。

「マルコ&エルザ相手に二百十分も掛ければ勝てないわね」

「そうや。そこが双六の駆け引きのしどころや、まずは様子見で、三か四で行こうか」


「時間です。数の宣言を」と無機質な声が空間に響いた。

「三よ」とゼルダは宣告した。


 空中に二十一マスが現れた。チャンスたちの駒がマス目を三マス進んだ。

 三マス進むと、『ラッキー、宣言より一マス多く進める』と出た。


 チャンスたちの駒は、四マス目まで進んだ。

 マルコ・チームは一気に六マス目まで進む。

(なるほど、最初に一番強いところで相手の強さを測って、それから進む気やな)


 四マス目まで進むと、地面が真っ黒になる。

「危ない、ゼルダはん」


チャンスはゼルダを抱きかかえると、空に飛び上がった。十m下には数千匹の溝鼠どぶねずみの群れが現れていた。


 溝鼠は混乱をきたしており、端に湧いた鼠から下に落下していく。それでも、逆円錐の上には二千を超える溝鼠が残った。


 ゼルダが苦い顔をする。

「やってくれるわね。さすがに二千匹の鼠を追い回して潰すとなると、十分では終わらないわ」


「心配無用や。鼠はんたちには悪いが、わいが仕留める」

 チャンスは空中で十二mの巨人になると、炎を地面に吹き掛ける。


 巨人と化したチャンスは炎の息吹で次々鼠を焼いて行った。

 ものの六分ほどで全ての鼠を焼き払った。


「チャンスと一緒で、よかったわ。でなければ、溝鼠と制限時間まで追いかけっこだったわ」


 空を見上げると、一ターン終了までの時間が表示されていた。

「よし、次は五や」と人間サイズに戻って叫ぶ。


「数字の宣言は次のターンの最初までお待ちください」と無機質な声で注意された。

 ゼルダが真面目な顔で意見する。


「早く片付いても、先には進めないのね」

「そうやね。逆に十二分掛かると、二ターン掛かったと見なされるんやろうな」


 無機質な声が響く。

「二ターン目です、数字を宣言してください」

「五を宣言するわ」とゼルダが叫ぶ。


 チャンスは上空を確認する。マルコ・チームの駒が動く情景が見えた。

 マルコ・チームは、またも六マス先に進む。

(何や? マルコはん、六を宣言して十分以内にクリアーしたんか。なかなか手ごわいな)


 チャンスの駒が九マス目に止まる。地面に直径六mの黒い円が二つできる。

 下から全長五mの、熔岩でできたさいが現れる。

(ボルカン・ライノスか。巨人になれば簡単な相手やけど)


 チャンスが巨人化しようとすると、無機質な声が響く。

「五以上の目を宣言した場合。チャンス・チームでは極端なサイズ変更は制限されます」


 チャンスの大きさは三mまでしか大きくなれなかった。

「ここが限界やな。でも、筋力の制限はないようやし、行けるかな」


 ゼルダが気負うことなく発言する。

「なら、一頭をお願いするわ。もう一頭は私が何とか始末するわ」


 ボルカン・ライノスの一頭が突進する。

 チャンスは正面から、ボルカン・ライノスを止めに入る。


 ボルカン・ライノスは力が強く、少しずつチャンスを試合場の淵へ押していく。

 チャンスは、わざと力負けをしている演技をして、淵へ追いやられた。


 ボルカン・ライノスが淵までチャンスを追い詰める。

 チャンスは逆に力を入れてボルカン・ライノスを引っ張った。


 ボルカン・ライノスが場外へ、チャンスと一緒に落ちる。

 チャンスは足から炎を出して飛び上がった。


 ボルカン・ライノスが遙か下へと落下した。

「体は大きくても、所詮しょせんは獣やな」


 チャンスが試合場に戻ると、ゼルダがハンマーで倒れたボルカン・ライノスの頭を強打しているところだった。


 倒れているボルカン・レックスが隙だらけだった。チャンスは飛んで行き、馬乗りになる。拳を金属に変えて、ボルカン・ライノスの頭を殴った。


 ボルカン・ライノスが真っ黒になると、さらさらと溶けるように消える。

 上空のカウントを確認すると、残り時間は四十五秒となっていた。


(よし、二ターン目も、無事にクリアーや)

 ゼルダが汗を拭って訊く。

「どうする? ここで一度、六を宣言する?」


「そうやな、六を宣言しておくか、それで行けそうなら次も六や。無理そうなら小刻みに三と三でいこうか」


「でも、三を二回、宣言するとするわ。マルコ・チームに最速クリアーを目指されると、一ターン差で負けるわよ」

「せやな。でも、無理して全滅は最悪や。これはあくまでもゲームや」


「わかったわ。負けるのは癪だけど、チャンスに従うわ」

 無機質な声が響く。

「三ターン目です、数字を宣言してください」


「六よ」とゼルダが威勢よく数字を指定する。

 チャンスの駒が六マス進む。

『ハッピータイム・戦闘はなし』


 上空に『クリアー』の文字が表示される。

「ここに来ての戦闘なしは正直、嬉しいな」


「見て」とゼルダは険しい顔で、チャンスを促す。

 マルコ・チームは再び六マス進んでいた。

「わいらがいる場所が十五マス目、マルコはんが十八マス目。その差は三マスか」


 ゼルダは険しい顔のまま意見する。

「マルコ・チームが次に三を宣言するのは、目に見えているわね」

「せやな、六マスを三度も一ターンでクリアーしてきたマルコはんが最後にしくじるとは思えん。次は六を宣言せねば、勝てんか」


 ゼルダが厳しい顔で頼む。

「チャンス。やはり次は六を宣言して勝負に行きましょう。ボルガン・ライノスの一つ上なら、モンスターによっては、十分あれば行けるわ」


「五は一度クリアー済みやからな、よし、負けは回避や。六にいこう」

 運命の第四ターン。無機質な声が問う。

「第四ターン目です。進む数を宣言してください」


「六よ」とゼルダが緊張しながら宣言する。

 ゴールまで駒が進む。マルコ・チームの駒もゴールまで進んだ。


 地面に直径一mの、真っ黒な影ができる。影から、ゼルダとチャンスそっくりな人型が姿を現した。


 チャンスは形態を人間から両手用鎚に変化させた。

 ゼルダがチャンスの意図を察して、チャンスが変化した武器を握る。


 影から生まれたチャンスも武器形態になる。影から生まれたゼルダが手にとる。

 ゼルダと影のゼルダが肉薄し、鎚を振るい、殴り合う。


 二人の技量はわずかに影のゼルダが上回っていた。だが、武器の威力では、チャンスのほうが上だった。

(手数では影のゼルダが上。だが、一撃の威力は、わいのほうが上か)


 瞬く間に、五分の攻防が終わる。ゼルダのスタミナは充分ある。なので、このまま戦えば、押し切れそうだった。ただ、戦闘時間は十分を超える。


 チャンスが迷っているとゼルダが決断した。

「バーサークを使うわ」

「わかった。行ったれ、ゼルダはん」


 ゼルダが獣のような叫び声を上げた。ゼルダの体の内側から筋肉が盛り上がる。鎧がはちきれそうになる。


 ゼルダは防御を捨てた。一撃一撃に凶暴な破壊衝動がこめるが如く殴る。

 途端に影のゼルダが劣勢に廻った。影のゼルダは狂戦士を怖れない。だが、バーサークもしない。ただ、冷静に攻撃を捌き、反撃しようとする。


 冷静な捌きが仇となった。ゼルダの凶悪なまでの攻撃が防御を貫き、影のゼルダに命中する。


 影のセルダから黒い血のような液体が派手に吹き出すと。影のゼルダは消えた。

後には影のチャンスが変身した武器が残る。ゼルダは武器化したチャンスを捨て、影のチャンスが変形した武器を両手にとる。


 ゼルダは叫び声を上げて、武器を捻る。武器が捻れた。黒い血のような液体が撒き散らされる。

 影のチャンスは、そのまま武器化した体を異様な方向に曲げられ、消えた。


「はあ、快感」とゼルダの喜びに浸る声が微かに聞こえた。

(バーサークした時の開放感が支配しとるね。これ、もう少し武器のままでいたほうが、安全やね)


 上空に視界を向けると、残り時間は一分二十四秒だった。

 上空のカウントがゼロになると、派手に花火が上がって文字が表示される。


『結果、マルコ・チーム 四ターン・クリアー。 チャンス・チーム 四ターン・クリアー 結果、引き分け』

「終わったようやな」


 双六での戦いは終わった。勝ち、負け、が配当二倍で、引き分けは配当が三倍。引き分けに賭けた人間はそれほど多くなかったので、胴元が得をする結果となった。


 チャンスは《幸運の尻尾亭》で飲みながら思う。

(終わってみれば、胴元になっとったアンリのおやっさんとギャモンはんが一番に儲かったか。戦争する結末に比べれば大した支出やない。賭けに回った人間には戦争回避の費用と思って諦めてもらうしかないか)


 悪神アンリが来てチャンスの向かいに座る。悪神アンリは上機嫌だった。

「おやっさん、ご機嫌でんな。いくらぐらい儲かりました」


 悪神アンリはうきうきして答える。

「いくら儲かったかは問題じゃない。ギャモンの奴と勝負ができたのが楽しかった。ギャモンとの勝負は戦争以上に楽しい」


「戦争がなくなれば、それに越した展開はないですわ」

「ほら、これ、ギャモンからの褒美だ。けち臭いギャモンにしては珍しい」


 悪神アンリが差し出した品は、冥府銅貨だった。

(ついに六枚も揃ったな。これ、冥府に行く仕事が入らなければいいんやけど)


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