第26話 精糖機の図面

 翌日、セビジの休憩時間に黒糖饅頭をご馳走して尋ねる。

「ユガーラっ子は、甘い物好きや。せやけど、黒糖って輸入品やろう? 輸入が始まる前は、どうしていたん?」


 セビジは黒糖饅頭を食べながら、愛想よく教えてくれた。

「御祖父ちゃんたちの話だと水飴がよく食べられていたそうよ。ほら、今でも昔の名残で水飴売りを見るでしょう」


 チャンスには覚えがなかった。

「あまり記憶にないなあ。でも、指摘されれば時折、見たような気もする」

「注意しないと、わからないのかもしれないわね。黒糖が輸入されるようになって、水飴売りも減ったわね。黒糖のほうが、味は良いし」


「なら、水飴以外はなかったんか、蜂蜜とか、どうなん?」

「蜂蜜は生産量が少ないから、一般には出回らないわね」


(スターニアは国土のほとんどが火山地帯と砂漠だからのう。カエデの木はめったに生えておらん。せやから、メープル・シロップは輸入品やから、これも高い。砂糖大根の栽培している光景も見た記憶がないなあ。この地方には、ないんやろうな)


「あれ? でも、創業が百年を超えるお菓子屋の看板はあるのう。黒糖が一般的になる前から饅頭はあったんとちゃうの?」


 セビジは小首を傾げる。

「黒糖が一般的になる前からやっているお菓子屋さんとか、確かにあるわね。昔はダンジョン焼きって呼ばれるお菓子を売っていたと聞くわ。餡子を宝箱の形の小麦粉で包んで焼くのよ」


「なら、行って事情を聞いてみようか。昔の情報を知っているかもしれん」

 チャンスは街で一番古い饅頭屋を訪ねた。饅頭を買って、男性店員に話し掛ける。

「ここって、創業二百年を超えるらしいな」


 店員がにこにこ顔で答える。

「へえ、おかげさまで、長くやらしてもらっています」

「でも、アウザーランドから黒糖が持ち込まれて、まだ数十年やろう? 昔はどうしてたん?」


 店員がいたって普通に教えてくれた。

「それは、アウザーランド産ではない黒糖を使っていましたよ」

(何や? どこから買っていたんや? 見当が付かん)


「アウザーランド産以外の黒糖なんて、あったの?」

「昔はダンジョンの宝箱から黒糖が出たそうですよ。うちの名物のダンジョン焼き。あれも昔は、ダンジョンの宝箱から出た黒糖を使用していたところから、名が付きました」


(宝箱から黒糖を出る場面は見た記憶はない。おそらく、今は出ないが昔は出たんやろう。昔、ユガーラでは黒糖は宝物の扱いやったんやな。でも、そうすると、ダンジョンには黒糖を仕入れるルートか、黒糖を生産する設備があるのかもしれん)


 酒場にいると、悪神アンリが来たので話し掛ける。

「ちょいと、いいですか? お願いがあるんやけど」


 悪神アンリは、チャンスの申し出を珍しがった。でも、感触は悪くなかった。

「チャンスから話を持ち掛けてくるとは、どういう風の吹き回しだ? もっとも、楽しい話なら聞いてやるぞ」


 悪神アンリを密談スペースに誘って、話を切り出す。

「ユガーラの北にあるダンジョン。ここから、黒糖を輸入したいんですわ」


 悪神アンリは目を大きく開き、にこにこする。

「これは驚いた。私のルートを潰す気か? でも、面白そうだから話を聞こう」


「話を聞けば以前はダンジョンの宝箱から、黒糖が出ていたと聞きました。せやから、ダンジョンから黒糖を輸入して、ユガーラの需要を満たしたいと決断しました」


 悪神アンリは不思議がる。

「それで、なぜ、その話を私にする? 私と黒糖の値下げ合戦をしたいわけでもないだろう」


「わいは、人間の側についた魔精霊や。ダンジョンのわいを見る目は厳しい。そこで、アンリのおやっさんには、間に入ってほしい。話を纏める手助けをお願いします」


 悪神アンリは思案する。

「本来なら、そんな義理はない、と突っ撥ねるとこだ」

「そこを何とか、お願いできませんか?」


 悪神アンリは軽い調子で了承した。

「チャンスには何度か、遊びに付き合ってもらっている。遊び友達のお願いを無下に断るのも、つまらない。いいだろう、間に入ってやろう。ただし、話が纏まるかはチャンス次第だ」


 翌日、チャンスは有り金の全てを持って悪神アンリに従いて行く。

 悪神アンリは街の外に来ると、何もない空間から真っ黒な空飛ぶ絨毯を取り出す。


 真っ黒な空飛ぶ絨毯はひとっ飛びで、ダンジョンの真上に行く。

 そこから、絨毯が急降下した。空飛ぶ絨毯は地面をすり抜ける。絨毯が停まると、四隅に魔法の火が灯された、一辺が十五mほどの四角い部屋に出た。


 部屋の真ん中に木製のテーブルが一つに、椅子が四脚、用意されていた。

 チャンスが下座に座り、横にアンリが座る。すると、チャンスの正面の椅子に、人型をした牡牛の悪魔が現れる。


 牡牛の悪魔は紫のトーガを着て、モカシン・ブーツを履いていた。牡牛の悪魔は悪神アンリに改まった口調で挨拶をする。

「この度は、当ダンジョンに用があるとの話。このダンタが用件を承(うけたまわ)りましょう」


 悪神アンリはフランクな態度でダンタに告げる。

「そこにいる魔精霊のチャンスがダンジョンの所有する黒糖を買いたい、と騒いでいてな。連れてきた」


生憎あいにくですが、当ダンジョンではもう、黒糖を生産しておりません。人間に不人気な品となりましたので」

「だそうだ。どうする、チャンス?」


「生産と仰るなら、作る設備があったわけでっしゃっろ? 原料は何ですか?」

「ナツメヤシです」


(ナツメヤシなら、オアシスで栽培しておったぞ。これ、上手うまくいったら、ユガーラが必要とする分の黒糖を、オアシスで製造できるで)


「なら、その使用していない装置か機械を、中古でええから、売ってくれませんか?」


 ダンタは澄ました顔で、さらりと要求した。

「いいですが、対価は人間の奴隷でいただきたい。そう、二百人もいればいいでしょう」


(この要求は、飲めんな)

「スターニアでは、もう奴隷制度は廃止されていますわ」


 ダンタはつんとした態度で言い放つ。

「それは人間側の都合。騙して連れてくればいいでしょう」


 チャンスは頭を下げて頼んだ。

「騙すような真似はしたあない。何とか、金貨に負けてくれませんか」


 ダンタの態度は冷たかった。

「駄目ですね。金貨なら困っていない」

「なら、こうしますわ。機械は要らないので、設計図を売ってください。自分たちで造ります」


「ははは」とダンタが馬鹿にしたように笑った。

 チャンスはダンタの態度にかちんと来た。


 ダンタは挑戦的な笑みを浮かべて告げる。

「人間に高度な魔道機械が造れますかな? 無理でしょう。完全な設計図があっても、宝の持ち腐れですよ」


「そんなの、やってみなきゃ、わかりませんやろう」

 ダンタが目を細めて懐疑的な視線を送る。

「そうでしょうか? 人間は所詮しょせんは人間ですよ」


 ここで悪神アンリが動いた。悪神アンリは笑みを浮かべて、ダンタに頼む。

「面白い。どっちが正しいか、私も知りたい。是非、設計図をチャンスに売ってやってくれ」


 チャンスが有り金の全ての入った袋を渡す。

「これは不要」と、ダンタは銀貨と銅貨は返し、余裕のある態度で告げる。

「少々足りないようですが、アンリ様のお願いとあっては、聞かないわけにはまいりません。設計図をお売りしましょう」


 ダンタが軽く手を背後に伸ばすと、長さ一mの筒が現れ、テーブルの上に載せる。

 チャンスは筒を開けると、四枚の図面が入っていた。


 図面には難しい記号が多数びっしり記されており、チャンスには読めなかった。

 アンリが図面を覗き込むと、教えくれた。


「心配するな、チャンスよ。図面は精糖機の設計図で間違いない」

(アンリのおやっさんが肯定するなら、間違いない)

「ほな、図面は確かに頂きました」


 チャンスが頭を下げて、頭を上げる。そこはダンジョンではなく冒険者ギルドの前だった。

 ただ、手にはちゃんと図面が入った筒があるので、夢幻(ゆめまぼろし)ではなかった。


(全財産をはたいて精糖機の図面を買ってしもうた。これ、失敗したら、アンリのおやっさんは喜ぶやろうんけど、そうはいかんで)

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