第25話 ユガーラの黒糖饅頭
ユガーラの街には名物がある。黒糖饅頭である。ユガーラっ子は大の甘い物好きで、ちょっとしたお茶の席には、黒糖饅頭か黒糖蒸しパンが出る。黒糖饅頭も黒糖蒸しパンも幸運の尻尾亭に置いてある。
その日の仕事は依頼人の都合によりキャンセルになった。
チャンスは昼から幸運の尻尾亭に入り浸っていた。すると、冒険者の不満の声が聞こえてきた。
「黒糖饅頭の甘みが減ったよな」
「何でも黒糖が値上がりして、思うように使えなくなったらしいぞ」
(激しい運動をする冒険者には、甘い物好きも多いからな)
昼食を摂りに幸運の尻尾亭に来たセビジにそれとなく訊く。
「セビジはんも、黒糖饅頭は好きなん?」
セビジの表情は、明るくなかった。
「好きだけど、最近は黒糖が値上がりした影響があるわ。お饅頭が小さくなったり、甘みが減ったりしているから、ちょっと残念」
「わいは自分じゃ黒糖饅頭を買って食べないから、わからんかった。でも、どうして値上がりしたんやろう?」
「ユガーラに持ち込まれる黒糖は、ほぼすべてアウザーランドからの輸入品なのよ。だから、値段が上がっても理由がはっきりしないことが多いわ」
「そうなんか? でも、理由があるんやろうな?」
黒糖がじりじりと上がり出してから七日後――。
砂漠を越えてきた、駱駝三十頭からなるキャラバンがオアシスに入った、との情報があった。キャラバンの荷物ほとんどが黒糖だとの話だった。
(誰かが黒糖の値上がりを見越して、砂漠超えのルートで黒糖を運んだか。やりおるのう)
チャンスがうまいこと儲けた商人に感心していると、冴えない顔のゼルダがやって来る。
ゼルダはチャンスを密談スペースに誘う。
「チャンス、お使いを頼みたいんだけど、いいかしら」
「何や? お使いなら、小間使いに頼んだらええんやないの?」
ゼルダの表情は厳しかった。
「普通の品ならそうするわ。だが、小間使いの手には負えない事件の臭いがするのよ」
チャンスは正直に答えた。
「そういう面倒な仕事は断りたい」
「断らずに頼むわ。私だと顔が割れていて、売ってもらえない可能性があるのよ」
「何? やばいものを買わせようとしているんや?」
「黒糖よ。キャラバンが持ち込んだ黒糖を買って、ロビネッタの元に持ち込んでほしいの」
チャンスはいささか拍子抜けした。
「黒糖って、あの甘い黒糖やろう。それが、何か問題なん?」
ゼルダの表情には、疑いの色がありありと出ていた。
「アウザーランドではサトウキビから黒糖を作っている。だが、キャラバンが持ち込んだ黒糖は原料が違うらしいの」
「サトウキビ以外から黒糖って、採れるの?」
「あまり、聞いた覚えがないわ。だけど、砂漠を超えて黒糖が入手できるとなるとアウザーランドの精糖業は大打撃を受ける可能性があるわ」
「貿易とか外交の話は知らん。せやけど、黒糖を買ってロビネッタはんの家に届けるだけなら、ええわ」
「なら、早速、頼むわ」
「ロビネッタはんの家に遊びに行くついでに、買っていったる」
翌日、オアシスに出向いて、市場で輸入物の黒糖を買う。
砂漠を越えてきた黒糖は高い。だが、それでもアウザーランド産より三割は安かった。
(三割も安いとなると、大量に使うお菓子屋や饅頭屋なら、馬鹿にならんなあ)
黒糖の入った壺を持ってロビネッタの家を訪ねる。元気なロビネッタが姿を現す。
「ロビネッタはん。これ、ゼルダはんに頼まれて市場で買ってきた、黒糖や」
「ありがとう。汚い家だけど上がっていく?」
「忙しくないなら、上がらせてもらうかな」
ロビネッタの家に上がると、乾燥ナツメヤシを使ったクッキーが出る。
「そういえば、オアシスの人って、ユガーラの街の人と違って、あまり黒糖を使わんな」
「そうね。黒糖は高いから。ニチラ村で甘い物っていえば、ナツメヤシか水飴よ。ナツメヤシは、オアシスの周りで栽培できる数少ない植物だから」
ドライ・フルーツのナツメヤシを食べると、ほどよい甘さが口に広がる。
「黒糖やなくても、これでも充分に甘くて美味しいけどな」
その日は、ロビネッタと世間話などをして別れた。
一週間後、冒険者の酒場で険しい顔をして噂話をする冒険者がいた。
「聞いたか? キャラバンが持ち込んだ黒糖の話」
「聞いたよ。黒糖に人の血が混じっていた、って話だろう。何か気味が悪いよな」
(もしかすると、商売仇のアウザーランドの商人が広めた嘘かもしれん。せやけど、本当の話なら、これは、持ち込まれた黒糖は売れなくなるで)
噂が流れてから数日が経過する。
オアシスに黒糖を持ち込んでいた商人が夜逃げした情報が流れた。
(真偽のほどは、わからん、でも、噂が致命傷になったのう)
チャンスが苦い気分で飲んでいると、悪神アンリが幸運の尻尾亭にやってきた。
向かいの席に座った悪神アンリは、とても機嫌がよさそうだった。
悪神アンリは黒糖饅頭とお茶を頼む。
チャンスが席を立とうかと考えていると、悪神アンリから話し掛けてきた。
「チャンスも黒糖饅頭を食べていけ。今日は
悪神アンリの誘いを断って、気を悪くされても困る。付き合うと決める。
「ほな、ごちそうになりますわ」
悪神アンリは、チャンスの分の黒糖饅頭を注文する。
悪神アンリは注文を出すと、さらりと告げた。
「心配は無用だ。この店には私の黒糖は卸していないから、人の血は混じっていない」
「あの、オアシスに持ちこまれた黒糖の商売って、おやっさんが一枚、噛んでいたんでっか?」
「そうだよ。金持ちになりたいと切に願う商人がいたから、手を貸してやった。でも、才覚がなくて、商売には失敗したようだがな」
悪神アンリは楽しそうに笑うと黒糖饅頭をぱくつく。
「うん、人の不幸は蜜の味とは、よく言ったものだ」
チャンスは気になったので、尋ねた。
「おやっさんが持ち込んだ黒糖の原料って、本当は何だったんでっか?」
悪神アンリは、あっさりと認めた。
「それは、もちろん、人の血だよ」
「そんなのやったら、あきませんって」
悪神アンリは、にこにこした顔で訊いてくる。
「チャンスは黒糖製造の現場を知っているかい?」
「いや、詳しくは知りません」
「黒糖製造の現場では、貧しい人間が、それこそ血を流す思いで、砂糖を絞っているんだよ。なら、苦労をさせず人間の血を黒糖に私が変えってやっても、同じことだろう」
「理屈はそうかもしれませんが、血を黒糖に変えたら、あきまへん」
「なかなか、
「でも、ゲームは、これっきりにしてほしいわ」
「いいや、この街の甘味に対する要求は、思ったより強い。同じような手口を使っても、あと、二、三回は遊べるね」
(また、黒糖を餌に街の人間で遊ぶ気ななんか。これは、何か手を考えんと、またこっちに飛ばっちりが来るんとちゃうかー)
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