第27話 精糖機を作れ

 翌日、チャンスはロビネッタの家に、設計図を持って出向いた。

 ロビネッタは時間があったので、機嫌きげんよく会ってくれた。


「ちと、相談や。この図面にある機械を製造できるか?」

 ロビネッタは筒から図面を出して、楽しそうな顔で尋ねる。

「なかなか、凝った図面ですね。何の機械ですか?」


「ナツメヤシを黒糖に変換する魔道装置や」

 ロビネッタは、屈託なく笑った。

「変わった発明品を考える人が、いたもんですね」


「どうや? できそうか?」

 ロビネッタは難しい顔をして、腕組みする。

「できないとは、断言できません。ですが、できるとも、安請け合いできませんね」


(ロビネッタはんでも、難しいのかあ。でも、他に当てがないしなあ)

「そうか、なら、作ってもらえんやろうか?」


 ロビネッタが真面目まじめな顔で指摘する。

「でも、作るとなると、お金が掛りますよ」

「できそうなら、金持ちを廻って金を集めるよ」


「資金面の見通しが立っていないのですか? なら、この図面を七日ほど借りても、いいですか?」

「ええけど、どうするの?」


「ちょっと考えていることがあるので」

 チャンスは図面を預けている間に、街の豪商や金持ちを廻って、精糖事業に出資する気はないかを尋ねた。


 だが、黒糖を輸入して夜逃げした商人が出たせいで、出資する人間はいなかった。

皆が口を揃えて「時機が悪い」と、渋い顔で忠告する。


(あかん。精糖機の図面を買った決断は時期じき尚早しょうそうだったかもしれん)


 お金がなければ、機械は完成しない。だが、金の出し手が、いなかった。

 七日が経過したので、ロビネッタの元に行く。


 ロビネッタはチャンスを家に招き入れて決意の籠もった顔で告げる。

「チャンスさん、精糖機を造りましょう」

「駄目や。資金の目処が立たん」


 ロビネッタの顔は明るかった。

「資金なら大丈夫です。父が出してくれます」

「ニコラ村の村長がか? いや、でも、そんなお父さんの世話になったら、あかんやろう」


 ロビネッタの顔が曇る。

「父は村の未来を心配していました。今の村は交易だけで食べているようなものです」


「そうやろうな。ここは交易の中継地点だからな」

「でも、今回の血の混じった黒糖騒動で、村は大きな打撃を受けました。また、最近は砂漠を渡ってくる駱駝らくだの数が減り始めているそうです」


「そうなんか? 駱駝の数は運ばれてくる荷物の数や。荷物の数は商いの多さやからな」

「だけど、ニチラ村にはオアシスとナツメヤシくらいしかなく、ナツメヤシは安い」


「それで、付加価値の高い黒糖の生産ができるなら、手を出す気になったのか」

 ロビネッタの表情が幾分か明るくなる。


「そうです。オアシス一帯をナツメヤシ畑にして、そのナツメヤシから黒糖を作って、大規模ビジネスにしたいそうです」


「そう、うまく行くかなあ? 弱っている時の商売って、上手くいかないもんやで」

ロビネッタはつらそうな顔で訊く。

「でも、うちの村で他に興せそうな産業がありますか?」


「ない、なあ。なら、懸けてみるか?」

「機械を作るところまでは、やってみましょう」


 仕事を入れずにロビネッタの家に入り浸って、チャンスはロビネッタを手伝った。

 ロビネッタはよく働いた、また、必要な部品のためとあれば、他の発明品を分解して部品を取り出す決断を躊躇ためらわなかった。


 二週間後、ロビネッタの精糖機は完成した。

 精糖機は一辺が百五十㎝の、ほぼ立方体の銀色の機械だった。


 ロビネッタがナツメヤシを投入口から入れて、機械に魔力を込める。

 十五分ほどで、出口から黒っぽい塊が出た。


 黒い欠片かけらを口に入れると、黒糖独特の風味と甘みを感じた。

「やった! 成功や。ナツメヤシから黒糖ができとる」


 チャンスがロビネッタを見ると、ロビネッタが崩れ落ちる。

 チャンスは焦った。

「どないしたんや、ロビネッタはん?」


 ロビネッタが、よろよろしながら立ち上がる。

「この機械は凄く魔力を使います。私でも、十五分でふらふらです」


「何やて? ロビネッタはんでも十五分しかたんのなら、長時間の稼動かどうができんな」


 ロビネッタが疲れた顔で頼んだ。

「とりあえず、機械の耐久性を試したいので、チャンスさんが機械を作動させてくれませんか」


「わいの魔力はロビネッタはんよりはある。でも、炎と違って限りがあるからのう」

 ロビネッタは疲労を振り払いながら教える。

「だったら、火力を魔力に変換する機械があります」


「それなら、ええわ。炎なら一日中かて吐ける。精糖機を稼動させられるで」

 チャンスは精糖機と、火力を魔力に変える魔力変換機とを繋ぐ。

 後は炎の塊となって火力を魔力に変換して精糖機に供給し続けた。


 ロビネッタは疲れた体に鞭打って、精糖機の投入口にナツメヤシを入れる。

 夜に機械を止める。ロビネッタが難しい顔で告げる。

「機械の耐久性には問題ありません。連続使用が可能です。ただ、魔力を想定以上に使うのが、問題ですね」


「わいが炎となり、魔力変換機に炎を注げば、問題ない。せやけど、大規模でやるなら、わいに頼り切りになる作業は、危険や」


 ロビネッタが思案顔で告げる。

「爆燃岩を使っても、魔力変換機は動かせます。ですが、そうするとコストが掛かる」


「せっかく黒糖ができても、アウザーランド産より高くなれば本末ほんまつ転倒てんとうや」


 その日はロビネッタと別れて、冒険者ギルドに戻る。

 幸運の尻尾亭で飲んでいると、ヘンドリックを見つけた。


 ヘンドリックに声を掛ける。

「ヘンドリックはん、爆燃岩を安く仕入れる方法って知らん?」


「あるよ」と、ヘンドリックは当然のように答える。

「ほんま? どうするんや?」


「地面を掘るんだよ。ユガーラの街の近くに、爆燃岩の鉱床こうしょうがある。鉱夫や穴掘り冒険者なら誰でも知っている、常識だぜ」

「なら、どうして誰も掘らんの?」


 ヘンドリックは笑って教えてくれた。

「そりゃ、爆燃岩なんか掘ったって儲からないからな。爆燃岩は、そんなに需要がある品じゃないし、採掘は危険を伴う」


(これ、ひょっとして、とんでもない儲け話になるんやないの?)

「ヘンドリックはん、ちょっと向こうで話そうか」


 ヘンドリックを密談スペースに誘う。

「あんな、凄い儲け話があるねん」


 ヘンドリックは斜に構えて疑う。

「また、怪しい話なんだろう」


 チャンスは、ナツメヤシから黒糖が取れる精糖機を開発した事実を教えた。

 精糖機の唯一の欠点が魔力消費量であり、問題は爆燃岩で解決できる情報も話した。


 ヘンドリックは、考え込む。

「なるほど、チャンスの話が本当なら、爆燃岩の鉱床は買いかもしれない」

「そうやねん。鉱床の詳しい調査を頼めるか?」


「いいだろう。どの地区を押さえれば確実か、調べてやるよ」

「よろしく頼むで」

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