第20話 聖者は火に焼かれない

 処刑当日。処刑は街外れの河川敷で行われる。

 河川敷に観衆が近づき過ぎないように、竹矢来たけやらいが設けられていた。


 ユクセルと観衆の距離は、二十mしか離れていない。

 ヘンドリックの作戦では処刑場から二百m離れた場所にある雑木林から、河の下を潜るように魔法で穴を掘削くっさくする。


 穴の出口はユクセルの下に来るように準備されていた。

(ヘンドリックはん、頼むで。ヘンドリックはんが、この作戦のきもや)


 チャンスが発注した薪が、処刑場に用意される。

 ユクセルは、地面から突き出た太い柱に縛りつけられていた。


 司祭から最後の言葉を聞かれる。

「聖者は火に焼かれない」とユクセルは短く答えた。


 司祭が立会人席に戻る。立会人席には、司祭の他に検察官と官吏がいた。

 チャンスはユクセルの頭に袋を被せてから、指示する。


「ほな、薪を積んでや」

「へい」とアゼルたち職人が、組木細工になった角材を積んでいく。


 作業を進めると、ユクセルの姿は、ほどなく見えなくなった。

 司祭が不思議そうな顔で、チャンスに尋ねる。


「何で、あんな組木細工で全体を覆うような木の積み方をするんですか? ただの薪をひたすら頭の上まで積んでやればいいでしょう」


「へえ、火の通りがよくなるように事前に計算した結果ですわ。あれは一見、ただ組木で四角く組んだように見えます。せやけど、ちゃんとした裏づけがあるんですわ」


 説明を受けた司祭は、そんなものと思ったのか納得した。

「なるほどね。それにこれなら観衆に残酷な場面を見せなくていい」


 検察官は観衆を振り返って、怪訝な顔をする。

「観衆こそが残酷な刑罰を望んでいるように思えますが」


「そんなこと、ないでっしゃろう。それに、乱雑に積むより、組木でピッタリ組んだほうが、密閉状態に近くなります」


 検察官が怪訝な顔で尋ねる。

「密閉状態になると何かいいことがあるか?」

「火が付いた時に、すぐに中のユクセルが窒息ちっそくして気を失う状態になります。ユクセルは火に焼かれますが、あまり苦しくないでっしゃろ」


 検察官は、むっとした顔で意見する。

「ユクセルほどの大罪人なら、充分に苦しんでいいような気がするがな」


「そうなら、そうと、事前に伝えてくれないと困りますわ。こっちにも、準備がありますから。処刑の手引きを拝見しましたけど、薪の積み方は書いてありませんでしたよ」


 立会人席にいた官吏が異議を唱える。

「そんなはずはない。事前に薪の積み方は指定してあった」


 官吏の言い分は正しかった。だが、官吏の指定した薪の積み方だとユクセルを救い出すのが困難なので、わざと薪の積み方の部分は無視していた。


 間違いを知るチャンスだが、強気で意見する。

「じゃあ、今から手引きを見直して、積み直しますか」


 検察官は不満のありありとした顔で文句を垂れる。

「それは困る。今日中に刑の執行が終わらないだろう」

「そうなりますね。日は暮れるかもしれんな」


 司祭も困惑した顔で不満を言う。

「日が暮れる? それは困る。夜は予定があるんだ」


 チャンス、検察官、司祭が官吏の顔を見る。

 官吏は渋々の態で折れた。


「わかった。なら、積み方は文句を言わないから、今日中に刑を執行してくくれ」

「へい、わかりました」


 アゼルがやってくる。

「旦那、ご依頼の通りに薪を積みました。残った薪は、どうしましょう」

(アゼルはんが材料を余すとは思えん。これは、わいの意図を読んで時間稼ぎをしてくれておるな)


 チャンスは、それとなく指示を出す。

「残してもしゃあない。罪人を炙る薪なら縁起が悪くて流用もできん。適当に組み上がった組木の周りに置いてや。盛大に燃やしたろう」


 薪が廻りに置かれて、いよいよ、点火となる。

(ユクセルの姿が隠れて、たっぷり一時間はあった。もう、ユクセルは処刑場の外やろう)


「では、点火します」

 官吏が険しい顔で告げる。

「待った。やはり、処刑前に、もう一度、ユクセルの顔を確認させてくれ」


 チャンスは、どきっとした。だが、不安は隠す。

「もう、かなわんわあ。顔を確認するのなら、袋を被せる前に言うてや」


 官吏が厳しい顔で告げる。

「いいから、顔を見せてくれ」

「大工さん、余計な手間を取らせて、すまんのう。組木細工を一部だけ外して、顔を見えるようにして」


「ええ、今からですかい」とアゼルは渋る。

「そう断らんと、お願いするわ。わいも下請けやから立場が弱いねん。頼むわ」


 アゼルは、あまり乗り気ではない態度で従った。

「おい、組木細工の天井の一部を外せ」


 組木細工が外され、袋を被った死体の顔が出る。

「ほな、はよう、確認してくださいな」


 官吏が険しい顔で、柱にくくりつけられている死体を見る。

(あ、これ、死体やと、ばれるかもしれんな。ええい、なるようになれ)


 管理は梯子を持ってきて組木に掛けさせる。官吏が梯子を登り、ユクセルに被せた袋をとる。


 袋の下には、ユクセルそっくりの顔があった。

 目を閉じている偽ユクセルの死体を官吏は、じろじろと見る。


 チャンスはユクセルが偽物とばれないか、内心ドキドキした。

 喋らないはずの偽ユクセルの死体が、口を開いた。

「聖者は火に焼かれない」


 死体のはずのユクセルの眼が開いて、じっと官吏を見る。

 官吏は舌打ちすると、袋を乱暴に被せてチャンスに命令する。

「手間を掛けさせたな。処刑を実行しろ」


 チャンスはユクセルが本物かもしれないと思った。

 処刑前に袋をどけて、チャンスもユクセルの顔を確認する


 ユクセルは微笑んでウィンクした。

(あれ? ユクセルは、魔法で化けたゼルダはんか。何や、心配になって直前まで残ったんか。死体やと突発的事態に対処できないからのう。でも、残るなんて、危険を冒しすぎやで)


「ほな、大工さん。また、組んで。組木でしっかり覆って」

 アゼルが再び組木を組み上げる。ゼルダの全身をすっぽり隠すように木で覆われた。


「では、処刑も開始します」

 チャンスは地面に降り立つ。全身から炎を吹き上げると、足元の薪から点火する。

 チャンスは煙が大量に組木細工を囲むように燃やした。煙を大量に上に発生させる。


 自らも煙となり組木の隙間から中を覗く。ゼルダの足元が開いた。ゼルダの足元から死体が投げ出される。


 柱に括りつけられていたゼルダが縄を切って穴に落ちる。ゼルダが消えるまでは時間にして一分だった。

(よし、目隠しは完全にできていた。誰も気付いておらん)


 チャンスはできるだけ派手に煙と炎が立つように薪を燃やしていく。

 そのまま死体と薪を、高温で焼き尽くす。


 後には、灰化して崩れた木材と、遺骨が残った。チャンスは人の形に戻って告げる。

「火炙りは、終了しました」


 司祭が立ち上がる。

「では、遺骨は砕いて、河に流してください」

「へい、こちらで、やっておきます」


 チャンスは遺骨を集めていると、検察官と司祭が帰っていく。

 官吏は厳しい目を向けていた。


 だが、観衆が帰り出すと、むすっとした顔で処刑場を後にした。

 チャンスは壺に遺骨を集める。


 集めた遺骨は、棒で擂り潰す。砕けた遺骨を河の下流に移動して綺麗に流した。

 処刑場に戻った時には、大工により竹矢来たけやらいが撤去されていた。


 河原は元の静かな河原になっていた。

 夜に幸運の尻尾亭に顔を出すと、セルダに個室に誘われた。密談用の個室に行く。


「お客さんは無事アウザーランドに向けて旅立ったわよ。聖人には、また別の機会になるそうね。穴掘り人も無事よ」


「そうか。なら、この話は、これでおしまいやな。もう、話題にするのはよそう」

 ゼルダが冥府銅貨を一枚取り出した。

「聖人に成り損ねたお客さんから、渡してくれるように頼まれたわ」


「冥府銅貨やな。やると言うなら、貰っておこうか」

(これで四枚目やな。この調子で行ったら、六枚すぐに貯まるんとちゃうか)


 ユクセルの火炙りから数日が経った。

 質素なシャツを着て、ズボンを穿いた、町人姿の悪神アンリが現れる。服装が変わっただけなのに、悪神アンリに注目する者は、いなくなっていた。


「チャンスよ。ユクセルの件はご苦労だったな」

 チャンスは慌てた。

「おやっさん。ユクセルの話題は、ここでしたら、あかんて」


 悪神アンリは軽く笑って教える。

「大丈夫だ。私の声はチャンスにしか聞こえない。お前がヘマをしなければ、問題にならない」

「そうでっか。それなら、ええんやけど」


「ユクセルは、アウザーランドにいる。顔を変えて人生をやり直すそうだ。この次こそ、聖人になるための努力をするそうだよ」

「もう、聖人なんて、なってもええことないやろう」


 悪神アンリは機嫌もよく語る。

「それは、その人間の価値観だ。もし、チャンスがユクセル同様に聖人になるために私のゲームに乗るのなら、私は聖人への道を開いてもいい」


「やめてくださいな。わいは暇なおっさんで、ええんんですわ。聖人なんてもっての他や」


「そうか。なら、また、楽しい遊びをしよう」

「暇やから遊びたいと誘うなら付き合いますけど、ほどほどにしてくださいよ」

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