第19話 火炙り回避作戦
ユクセルに火炙りの判決が下りた後に、冒険者ギルドに行く。
チャンスは表情を曇らせたセビジに呼ばれた。
セビジは個室にチャンスを招き入れて頼む。
「役所からの依頼で、ユクセルを
(アンリのおやっさんが手を廻したな)
素知らぬ振りをして話をする。
「そうか。ユクセルも年貢の納め時やのう。ええで、火炙りにしたる」
セビジはチャンスを思いやる顔で確認する。
「頼んでおいて訊くのもなんだけど、嫌なら断ってもいいのよ」
「気にしなさんな。誰かがやらねばならん仕事なら。わいがやるわ」
「そう、わかったわ。なら、お願いね。控訴期間は七日だから、控訴がなければその七日後に刑を執行したいんだって」
「ほな、十四日後に火炙りにするつもりで、予定を組むわ」
セビジと話し合いを終えた翌日に、ヘンドリックがやってくる。
ヘンドリックが憤った顔をしていたので、個室に誘う。
「どうやった、ヘンドリックはん? ユクセルの犯行の裏が、取れたか?」
「正直に申告するぞ。ユクセルの犯行を三つ調べたが、三件とも白だった。これは誰かがユクセルに罪を着せるために、ユクセルの名を
「そうか。実はな、弁護団の人間やけど途中から人が少なくなったやろう」
「確かに途中から弁護士が減ったって言われていたな」
「あれな、弁護団に買収の手が伸びたんや。それで、買収を拒否した者は弁護団を追い出された」
ヘンドリックは義憤に満ちた顔をする
「何だって? それじゃあ、ユクセルの裁判はとんだお芝居だろう。そんなもので人が裁かれて、いいわけがない」
「そうやねん。でも、もう判決は覆らん。ユクセルも無実を訴える気もないようや」
「そんな
(いい感じに憤っているの。予想通りや)
チャンスは、それとなく身を乗り出す。
「あんな、ここだけの話なんやけど、ユクセルを逃がす相談をしたら、相談に乗ってくれるか?」
ヘンドリックは、腰が引けた。
「無理だ。いくら俺でも、監獄の中までは穴は掘れない」
「わいな、ユクセルの火炙りの仕事を引き受けたねん。せやから、処刑場から処刑場の外まで穴を掘れれば、ユクセルを逃がせられる」
ことの重大さを知って、ヘンドリックは尻込みした。
「いくらなんでも、ばれれば重罪だぞ」
「これな、ヘンドリックはんだから話したんやで。ヘンドリックはんの正義と能力を見込んでの話や。受けてもらえるか?」
ヘンドリックは苦い顔をして即答を避けた。
「ここで、すぐは答えられないな。明日まで待ってくれ」
「わかった。色よい返事を期待しておるで」
ヘンドリックが出て行く。悪神アンリが部屋に入れ違うようにして入ってくる。
悪神アンリはご機嫌だった。
「ゲームの進展は順調かね」
「なかなか
悪神アンリはにこにこした顔で尋ねる。
「そうか、そうか、ユクセルを救うか。それで、どうする? ユクセルを野に放つのか」
「いいえ、ユクセルに全く罪がないと言えません。少なくとも、裁判を間違ったほうに導いた偽証罪は、あります。せやから、スターニアからの追放とします」
悪神アンリが興味を示して訊く。
「もし、ユクセルが従わない、または、スターニアに再び入国した場合は、どうする?」
「残念やけど、そんときは、わいが責任を持ってユクセルを火炙りにしますわ」
悪神アンリは笑った。
「おかしな話だ。それなら、ユクセルにその気があるうちに火炙りにすればいいだろう。そうすれば、誰も危険は及ばない」
「だが、誰かが真相に気付いて、ユクセルが罪人でないとわかった時が問題や。街の多くの人が負い目を感じます。それが、このゲームを失敗したときのペナルティーでっしゃろう」
アンリはちょいとばかし渋い顔をする。
「ふむ、優等生的な回答で実につまらない」
(この顔、演技臭いな。何か、まだひと波乱あるかもしれん)
悪神アンリは財布を開けると、机の上に金貨を
「この金貨で、ヘンドリックを買収しろ。私も駒を一つ進める」
チャンスは金貨を十三枚だけ受け取る。
「そこまで金貨を要りまへん。これだけあれば充分ですわ」
アンリが意外そうな顔をする。
「金貨十三枚? また、中途半端な金額だな。それで、ヘンドリックが動くかな?」
「金貨十三枚は必要経費です? これで、ユクセルを救います」
「でも、忘れるな。ゲームはまだ続いている」
翌日、チャンスは知り合いの大工アゼルを尋ねる。
アゼルは今年で五十になる大工の棟梁だった。アゼルは頭が禿げ上がった褐色肌の、がっしりした男だった。アゼルは大工がよく着る薄いオレンジのシャツに、だぶっとしたオレンジのズボンを
「アゼルはん、ちょいと、組み木を頼みたい」
アゼルは気さくに返事をする
「いいぜ。でも、チャンスの頼みたい品は普通の組木ではないんだろう?」
「難しい品やないで。一辺が三mで正方形に組み上がる木や。高さは四mにもなればええ」
アゼルが素っ気ない態度で訊く。
「それで用途は何に遣うんだい? キャンプ・ファイヤーでも、やるのか?」
「いいや、ユクセルの火炙りに使う。組木を使かってユクセルを覆う」
アゼルがちょいとばかり考えるように、小首を傾げて意見する。
「火炙りなら、そんな切り出した角材を使わずに、薪を足のほうから積めばいいだろう」
「魔精霊には魔精霊なりの、火炙りの流儀があるんや」
アゼルはおかしい注文だと疑ったのだろうが、深くは追及しなかった。
「そうかい。なら、これ以上は詳しくは訊かない。俺は言われた通りに仕事をするだけだ」
チャンスはアゼルに薪代として金貨十枚を払った。
冒険者ギルドで待つと、まずゼルダが現れた。ゼルダを密談スペースに呼ぶ。
「火炙りを執行する仕事を、わいが引き受けた。わいはこの火炙りの執行時にユクセルを助けようと思う」
ゼルダの瞳が輝く。
「何か考えがあるのね? 聞かせてちょうだい。私も乗るわ」
「穴掘りヘンドリックと呼ばれる穴掘り名人の冒険者を仲間に引き入れる。ヘンドリックを使ってユクセルを逃がす計画を作ってほしい」
「わかったわ。ユクセルと入れ替えるそっくりな死体の調達は私がしましょう。あと、ユクセルに逃げる気があるか、意思確認もしておくわ」
「よろしく頼むで」
ゼルダと別れるとヘンドリックがやってくる。
ヘンドリックは決意の籠もった顔をしていた。ヘンドリックと密談スペースに行く。
「チャンス、腹は決まった。やはり、無実の人間が火炙りになる判決は、間違っている。俺も協力するぜ」
(保険が利いたか。よし。ここまでは、計算通りやな)
「ありがとう、ヘンドリックはん。さっそく穴の掘削の準備を始めてくれ。詳しくはゼルダはんと連絡を取り合ってくれ」
再びゼルダ、ヘンドリックを交えて、密談スペースで会議を開く。
処刑は一週間後に迫っていた。
「作戦の概要は、こうや。まず、ユクセルが柱に縛り付けられた状態になる。ユクセルの周りを覆うように木材を積んで、観衆から目隠しをする」
ヘンドリックが不安気な顔で尋ねる。
「目隠し用の材木は、大丈夫なのか」
「すでに発注しておいた。アゼルはんなら、わいの意を汲んでくれるはずや」
チャンスは説明を続ける。
「観衆からユクセルが見えなくなった時に、ヘンドリックはんが掘った穴からゼルダはんが出てきて、ユクセルと死体を交換する」
ゼルダが自信たっぷりに語る。
「死体の手筈は、ついたわ。焼いてしまえば誰だかわからないから、問題ないわ」
「あとは、わいが偽の死体を焼いている間に、ヘンドリックはんとゼルダはんがユクセルを安全な場所まで逃がせば、作戦終了や」
ヘンドリックが心配した顔で訊く
「逃がしたユクセルは、どうするんだ?」
ゼルダが穏やかな顔で、ヘンドリックに教える。
「私が手配した馬車で、アウザーランドまで運ぶわ。ユクセルには二度とスターニアの地を踏ませない」
ヘンドリックは驚いた。
「まさか、アウザーランドで裁判に懸けるのか?」
「ひっそりと目立たずに住める環境は用意するわ」
ヘンドリックは
「でも、この計画。肝心のユクセルに乗る気がないと終わりだぞ」
「ユクセルには私が接見して意思を確認したわ。ユクセルは全てを天に任せると言っていた」
(完全に聖人気取りやな。助けるほうは、大変なんやけどな)
「もし、ユクセルが土壇場で火炙りを望むなら、望み通りにしてやるしかない。そこまでのリスクは採らん」
ヘンドリックが頷いた。
「わかった、あとは出たとこ勝負だな」
テーブルに三枚の金貨を並べる。
「最後に報酬やが、必要経費を除いたら、金貨三枚しか残らんかった。ゼルダはんとヘンドリックはんで分けて」
「私は要らない」とゼルダが辞退する。
ヘンドリックは凛々しい顔で一枚だけ金貨を取る。
「こういうのは等分に取るべきだ」
「わかった。ほな、わいも責任ある者として一枚貰う」
ゼルダも最終的に手を出した。
「そういう話なら私も一枚を貰うわ」
「よし、これで決まりやな。無実の者に火炙りは似合わん。適正な罪に、適正な罰を与えるで」
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