第4話 ロビネッタの発明品
ユガーラから徒歩で二時間ほど行ったところに、周囲長五十五㎞の湖がある。湖の付近では、オアシスと村が形成されていた。
村の名はニチラ。ニチラ村は二百世帯が住んでいる。七割の村人が街の中央にあるバザールで働いている。残りの二割が隊商宿や厩舎の経営をし、一割が農業や漁業に従事していた。
ゼルダの操る空飛ぶ絨毯が、ニチラ村の外れにある煉瓦造りの家に向かう。
「何や、ゼルダはんはロビネッタはんに仕事を頼むんか」
「ロビネッタを知っているんだ。有名人だから、当たり前か」
ロビネッタは村長の養女であり、魔術師兼錬金術師でもある。
空飛ぶ絨毯が、湖畔に建つ赤い煉瓦造りの四角い家の前に下りる。
家は二階建で、床面積は二百㎡の広さがある。
ゼルダがロビネッタの家の扉をノックする。
「ロビネッタ、いる? お願いがあるの。石になった黄金魚を元に戻してほしいの」
扉が開いて、白い肌に緑の髪をした女性が出てくる。女性の身長は百七十㎝と長身である。
顔は愛嬌のある丸顔だが、目と鼻が少し小さい。女性は頭に白い布を巻き、紺のガラベーヤを着ていた。
「あら、ゼルダにチャンス。珍しい組み合わせね。何の用?」
石になっている黄金魚の入った保管箱を、チャンスは開ける。
ゼルダが機嫌よく語る。
「この石になった黄金魚を元に戻してほしいのよ。できるかしら?」
ロビネッタが自信たっぷりに答える。
「できるわよ。私の発明品に、石化した品を元に戻す装置があるわ。人間では試した過去はないけど。羊肉では成功したわ。任せてくれれば、九割の成功を保証するわ」
「なら、お願いするわ。それで、おいくら?」
「お金は要らないわ。その代わりに小さくていいから、砂鮫を狩ってきてもらえる?」
砂鮫とは砂の中に棲息する、鮫に似た生き物で、大きくなると三mにもなる。
ゼルダが晴れた表情で請け負う。
「それぐらいなら、お安い御用よ」
チャンスもゼルダに従いていこうとすると、ゼルダが明るい顔で告げる。
「二人揃って砂漠で暑い思いをする必要はないわ。砂鮫なら、私一人でも大丈夫よ。チャンスはロビネッタの家で休んでいてよ。ロビネッタの家ならお茶も出るでしょう」
(ゼルダはんは子供やない。手出し無用なら、余計な手出しは止めておこうか)
「そうか。なら、わいはロビネッタはんの家で待つとるわ」
空飛ぶ絨毯を見送って、ロビネッタの家に入る。
「黄金魚が元に戻るとこを見てても、ええ? その、黄金魚は活きがええから、元に戻ったら襲ってくるかもしれん」
ロビネッタが軽く驚き、指示を出す。
「そうなの? なら、他の発明品に被害が出ないように、外で石化を解除するわ。装置を外に出すのを手伝ってくれる?」
「ええよ。人間なら重いやろうけど、わいなら問題ない」
石化解除装置の本体は木製。長さは二mで長方形の寝棺(寝かしたまま入れる棺桶)に似た物体で、半円形の蓋が付いた形状だった。
チャンスが装置の本体を外に出すと、ロビネッタがもう一つ頼んだ。
「チャンス、こっちもお願い」
ロビネッタは直径八十㎝の、石臼のような付属装置も外に出すようにお願いした。
「ほい、きた」とチャンスは石化解除装置の本体の側に付属装置を置く。
ロビネッタはケーブルで本体と付属装置を繋げる。
「では、チャンス。この付属装置にあるレバーを、ゆっくりぐるぐると廻して。石化が解除されたら、チンと音がするから、それまでお願い」
「あれ? ロビネッタはんがやるんやないの?」
ロビネッタが晴れやかな顔で告げる。
「私はまだ、する仕事があるのよ。大丈夫よ。石臼で小麦を挽く要領でレバーを廻し続ければいいだけだから。簡単、簡単」
チャンスは石臼のレバーを回し始めた。
ロビネッタは明るい顔で家の中に入っていった。
(ほんま、これ、わいが一人でやっても、大丈夫なんやろうか?)
レバーを廻して、七、八分すると、装置から水蒸気が出始めた。
(何や? 蒸気が出とるで。蒸気が出るなんて、大丈夫なんか?)
「ロビネッタはん、何や装置の様子がおかしいんやけど」
家の中に声を掛けるが、返事はなかった。
「機械から蒸気が出とるけど、ええの?」
再度、呼び掛けるが、答えは返ってこない。
(何か、不安やわあ。でも、レバーを廻し続けろと、指示されたしな。指示に逆らって失敗したら、わいの責任やしな)
チャンスは不安な気分でレバーを廻し続けた。
ぶすぶすと音がして、本体から煙が上がり始めた。
(ついに煙が出てきおったで。何や、これ? 対象を煙で
チャンスは家の中に向かって大声で叫んだ。
「ロビネッタはん。煙や。煙が出とるでー。これ、問題ないの?」
「いやあー、機械を止めてー」ロビネッタが慌てて駆け出してきた。
チャンスは、すぐにレバーの操作を止めた。
ボッと本体から炎が噴出し装置の蓋が飛んだ。
「私の発明品があー」とロビネッタが青い顔で叫ぶ。
ロビネッタが慌てて、頭に巻いていた布で火を消そうとしたので、止める。
「あかん。そんな小さな布では、火は止められん。わいが炎を吸収するから、待って」
チャンスはロビネッタと装置の間に割って入る。
手を翳して、装置から吹き出る炎を一気に吸い取った。
炎は消えて後には蓋が焼けて、焦げた肉が残っていた。
「あかん、石化解除失敗や。黄金魚が炭になってもうた」
ロビネッタが淡い期待を滲ませて発言する。
「まだ、わかりませんよ。炭の下には、黄金魚があるかも」
可能性は限りなく零だった。でも、万一の可能性がある。
二人でそっと黒焦げになった表面を剥ぐ。肉汁たっぷりの焼けた赤い肉が見えた。
ロビネッタが苦笑いでチャンスに訊く。
「焼けたんですけど、これ、元に戻ったてことでOKになりませんかね」
「いやあ、まずいやろう。黄金魚がほしいのに、勝手に意味不明な方法で調理してしまったら、あかんて。それに、肉の色が白身やなく、赤身になっているのも気になる」
「まさか」とロビネッタが家に急いで戻り、ナイフとフォークを持って来くる。
「何するの、ロビネッタはん?」
ロビネッタはチャンスの前で黄金魚にナイフを入れる。肉を切り、フォークを刺した。
「いや、そんな、あかんて、ロビネッタはん。口を付けたら、それこそ、人にやれん」
ロビネッタはフォークで突き刺して、肉を口に運ぶ。ロビネッタは泣きそうな顔をする。
「え、なに、
ロビネッタが悲しみを帯びた顔で告げる。
「
「はあ? この装置って、石化した物を元に戻すんやないの」
「そのはずでした。だけど、どうやら、生物を入れた場合は、羊肉になるようです」
「何やの、その装置? そんな、石化した生物を羊肉にするなんて。そんな装置は聞いた覚えがないよ。単純に石化を解除するより、作るの難しいやろう」
ロビネッタはハンカチで口の周りを拭う。
「チャンスの疑問は、もっともです。でも、問題はそこではありません。ゼルダが戻ってくるまでに、どう繕うかです」
「繕うも、何も、黄金魚はジューシーな羊肉になったんやで。誤魔化しようがないやん」
ロビネッタは、きりりとした表情で発言する。
「いや、まだ方法があります。とても簡単な方法です」
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