第5話 漁師の隠し財産

 ロビネッタは魚を入れる保管箱をチャンスに持たせる。ロビネッタは戸締まりをすると、湖に沿って歩いて行く。


 湖の上に建つ一軒の家が見えてきた。家の前では老いた漁師が網の手入れをしていた。

「デニスおじさん、今日は、ちょっとお願いがあるの。黄金魚を売ってちょうだい」


 デニスはチャンスをちらりと見てから釘を刺す。

「本当ならオアシスの人間以外には教えたくないんだけど。チャンスなら、いいか」


 デニスは家に入ると、全長六十㎝の黄金魚を持って出てきた。

 黄金魚はまだ生きていた。


「黄金魚やん。誰も獲れなく皆が苦労しとるのに、あるの?」

「漁師には漁師の隠し財産ってのがあるんだよ」


 チャンスは保管箱に黄金魚をしまった。

「今日の価格は、いくら?」とロビネッタが訊く。


 デニスは笑って答える。

「ロビネッタからお金を貰うわけにはいかないな。どうしてもというなら、先日の薬の代金だと思ってくれればいい」

「では、ありがたく貰っておくわ」


 ロビネッタと一緒に家に帰る。

「これで、黄金魚が手に入った、と。後は、買ってきた黄金魚を装置で蘇生させたと、チャンスがゼルダに証言してくれればいいだけ」

「証言するのはいいけど、デニスさんの黄金魚は六十㎝やん、二十㎝ほど小さいで」


 ロビネッタは半笑いでこじつける。

「そこはそれよ、装置で蘇生させたら縮んだ経緯にして」

「何かなあ、騙しているようで気がひけるで」


「別に、いいでしょう。謎の装置を使ったら、結果として黄金魚が手に入ったんだから」


(よしとするか。ゼルダはんは黄金魚をわいにくれると約束してくれたしな。わいがよければええんやろう)


 装置を家の中に戻す。その間にロビネッタが羊肉になった黄金魚からきちんと焼けた部分だけを取り分ける。


 肉はパンに挟んでサンドイッチにしてくれた。

「羊肉になったほうはもったいないので、サンドイッチにしておきました。あとで食べてください」


(何か、食材もよくわからんし、調理法もおかしいから、喰いたない。せやけど、せっかく作ってもらったものやからな)

「ほな、貰っておくわ」


 サンドイッチができると、全長六十㎝の砂鮫を仕留めたゼルダが帰ってきた。

 ゼルダが誇らしげに告げる。

「ロビネッタ、砂鮫を獲ってきたわよ」


「こっちも、黄金魚を元に戻せたわ」

 ゼルダが砂鮫を渡してロビネッタから保管箱を受け取る。

 ゼルダは保管箱に収まっている生きた黄金魚を確認する。


 明らかに黄金魚が小さくなっているのに、ゼルダは文句を言わなかった。

(魚のサイズが変わっているのに気付かないゼルダはんやない。何も訊かんのがかえって不自然やな)


 サンドイッチが入った大きなバスケットを、ロビネッタがゼルダに渡す。

「こっちは、羊肉のサンドイッチよ。造りすぎたから後で食べて」

「そう、ありがとう。あとで美味しくいただくわ」


 保管箱、行李、大型バスケットを積んで、空飛ぶ絨毯が舞い上がる。

 空飛ぶ絨毯はユガーラへと飛ぶ。


「これで、ユガーラに着いたら、今日の遊び釣りは完了か」

「そうよ。無事に着けばね。無事に家に着くまでが、遊び釣りよ」


「何か、嫌な遊び釣りやわあ」

「そら、さっそく招かれざる客が来たたわよ」


 後ろを振り返ると、竜巻が迫って来ていた。

 チャンスは、すぐに竜巻の正体がわかった。

「風の魔神が迫ってきとる。まさか、黄金魚が街に届かなかった原因はこいつか」


 ゼルダは気負うことなく発言する。

「でしょうね。さて、魔神との対決と行きますか」


「風の魔神を退治するために、わいを連れ出したんか。それはひどいわ。あれは簡単に倒せる相手やないで、命懸けの戦いになる」


「別に、チャンスは戦わなくてもいいわ。チャンスの役目は終わったから。後は適当に見学してくれればいいわ」


 ゼルダの絨毯が減速する。竜巻が消える。

 下半身が逆巻く風で、上半身が裸の青白い全長十mの大男が現れた。


 大男は宙に浮いたままゼルダを見下ろす。

「そこの娘、黄金魚を持っているな。黄金魚を置いていけ。さすれば命までは取らん」


 ゼルダは毅然と言い返す。

「風の魔神よ。黄金魚なぞ持っていないわ」


 風の魔神はゼルダを睨みつける。

「嘘をいても、わかる。その箱を開けろ」


 中の物を地面に捨てるように、ゼルダが行李の箱を開ける。

「ほら、ここには入っていないでしょう」


 風の魔神はむっとした顔で告げる。

「違う、違う。その行李じゃない。そっちの保管箱だ」


 ゼルダが行李の箱を閉める。

 行李の蓋の裏に黄金魚が張り付いているのが、チャンスには見えた。


(あれ、ゼルダはんどうやったんや。いつのまに保管箱の中にあったはずの黄金魚が移動しとる。まるでわからんかった)


 ゼルダは行李の箱を閉めると、保管箱を開ける。

 黄金魚は行李の蓋の裏なので当然、保管箱には何も入っていない。


 風の魔神の顔が曇る。

「おかしいぞ。入っていない、だと。なら、そっちのバスケットを見せろ」


 ゼルダが保管箱の蓋を閉めてから、バスケットを開ける。

 バスケットの中にはサンドイッチしか入っていない。


 ゼルダが腰に手を当てて、言いくるめる。

「どうよ。黄金魚なんて持っていないでしょう」

「黄金魚がないとは奇妙だ。持っていると思ったんだけどな。なら行っていいぞ」


 空飛ぶ絨毯が進み出すと、ゼルダはチャンスに指示する。

「チャンス、急いでベルトを緩めておいて」


 わけがわからなかったが、指示に従う。

 すると、風の魔神が竜巻となり再び追ってきた。

「待て。そこの絨毯よ。止まれ」


 ゼルダが絨毯を止め、むっとした顔で告げる。

「今度は何かしら? 私も急いでいるのよ」

「もう一度だ。もう一度、全ての箱を開けて見せろ」


 ゼルダは指示に従って、バスケット、保管箱、行李の箱を順に開く。

 最後の行李の箱が開いた時に、チャンスの背中に何か大きな物が当るのに気が付いた。


(ゼルダはん、今度は行李の箱の裏からわいの背中のズボンとシャツの間に黄金魚を移動させよった。これなら、わいが背中を見せん限りわからんわけや)


 風の魔神は眉間に皺を寄せて、気付いた顔をする。

「そうか、わかったぞ、正解は行李の箱の裏だな」


 ゼルダが涼しい顔で行李の蓋の裏を見せる。

「違う、だと」風の魔神の顔は歪む。


 風の魔神は目線を低くして行李、保管箱、バスケットみる。

 すると、魔神はバスケットのサンドイッチを抓み上げて、匂いを嗅ぐ。


 風の魔神の顔が輝いた。

「これだ。正解はこいつだ。ははは、サンドイッチからわずかに黄金魚の匂いがする。貴様は黄金魚をサンドイッチに変えて運ぼうとしたのだな。どうだ、当てられて悔しいか。悔しいだろう。だが、これは俺様が貰う。またな」


 風の魔神はひとしきり自慢すると、青い閃光を放つ。

 風の魔神とバスケットは共に消えた。


 ゼルダが不思議そうに感想を口にする。

「あいつ、何だったのよ? サンドイッチが欲しかったのではないと思うけど」


 全てを知るチャンスはとぼける。

「さあのう、春の陽気に当てられて出てきた、変わった魔神やったんやろう」

 チャンスは感触が気持ち悪いので、背中の黄金魚を保管箱に戻した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る