火星 第十四話

 リンに向かって手を差し出した白鬼の目は、ペタから視線を逸らさない。ペタの左右前腕は刀に分化していた。

 「バイテクフューチャーラボでバイテク雷に襲われた時、強化膜に分化させたラティの中に入った私達は、ラティに指示を出し、バイテク雷に仕組まれていたバイテク破壊酵素を複製させ、ラティのゲノムに組み込ませました。その後、再びラティに指示を出し、バイテクヒトを完全抹消する為のバイテク破壊酵素に改良させました。ラティは私達の武器です」

 白鬼は耳打ちするように語った。

 リンはブレスレットを外した。

 「ラティ。基本形に」

 リンの指示で、ラティは脱分化しマリモに戻った。

 「今までありがとう」

 ラティを優しく撫でたリンは、差し出す白鬼の手の平に、ラティを乗せた。

 「ラティ。バイテク破壊酵素の剣に分化せよ」

 白鬼は指示を出した。ラティは細胞分裂をし、バイテク破壊酵素の剣に分化していく。その段階で、白鬼の姿が消えた。いや、消えたのではなく、消えたように見えたのだ。それは、ペタが動いたからだ。だから、白鬼も動いたのだ。

 ソニックブーム!

 衝撃波も爆音も今までと比べるとかなり小さかった。

 サンは輝きの異変に気付き見上げる。巨大なプラズマ発光体が虹色に輝いていた。

 「衝撃波も爆音も……巨大なプラズマ発光体が吸収している」

 ソニックブーム!

 白鬼とペタが戦っているのだが、凄まじい速さの為、サンでも見ることができない。

 ソニックブーム!

 白鬼とペタが戦っている所には白い雲、マッハコーンができている。だが、そのマッハコーンさえも、目で追うのがやっとだ。

 ソニックブーム!

 マッハコーンが動いている。

 ソニックブーム!

 マッハコーンが止まって消えた。

 「互角の力だ」

 息を潜めるサンの目に、前腕が分化したペタの左右の刀がそれぞれ、白鬼が左右の手でそれぞれ握る、剣と刀を受け止めているのが入った。白鬼の左手で握る刀は、ペタが地面に突き刺したサンから奪った刀だった。

 「凄まじい戦いだ。僕の力ではもう加勢にさえならない。足手纏いになるだけだ。でも、リン。あなたは僕が守ります」

 サンは楯になるようにリンの前に立ち、尻尾をもぎ取ろうとした。その時、白鬼がペタの左右の刀を弾き、刀をサンの方へ放り投げた。

 ソニックブーム!

 マッハコーンが動き出した。

 ソニックブーム!

 マッハコーンが二つになって動き回る。そのうちの一つのマッハコーンが、サン達の楯になるかのように上下左右に動いた。

 ソニックブーム!

 マッハコーンが一つになり、止まって消えた。

 「あれは何だ?」

 サンは白鬼の左手が握っている細長い針のようなものを見遣った。

 白鬼は細長い針のようなものでペタの右の刀を受け止め、ペタの左の刀は白鬼の腹を斬りかけて止まり、ペタの喉元には白鬼の右手で握る剣の先が突き刺しかけて止まっていた。

 サンはペタの朱色の短髪を見てぎょっとし、白鬼が握っている細長い針のようなものの正体を知った。

 「ペタの髪の毛だ」

 細長い針となって逆立っているペタの頭髪に、顔を引き攣らせたサンは、もう一つの事態に気付いた。沢山の細長い針が、サン達の前方の地面に転がっていたのだ。

 「一つのマッハコーンが僕達の楯になって動いていたのは、ペタが僕達に向かって放った細長い針を打ち落としていたからだ。白鬼は僕達を守ったんだ」

 サンは白鬼を見遣った。すると、白鬼の口元が笑ったように見えた。

 ――まさか相打ち?

 白鬼はペタとの相打ちで仕留めようとしていると、サンが思った直後、白鬼が剣をペタの喉元に突き刺した。いや、すれすれで止まった。ペタの頭がサン達に向いたからだ。細長い針をサン達に放つぞと、ペタが示したからだ。相打ちは白鬼ではなく、サン達になるぞと、示したからだ。そのことに気付いたサンは、もう一つの大事なことにも気付いていた。それは、ペタの微妙な視線の動きからだった。

 ソニックブーム!

 マッハコーンが動き出した。

 ソニックブーム!

 マッハコーンが二つになり、そのうちの一つのマッハコーンが、サン達の楯になり目まぐるしく動き回っている。それは白鬼で、楯となりながら細長い針を剣で打ち落としているのだ。もう一つのマッハコーンはペタで、動きながら頭を振って細長い針を放ち続けている。

 「僕は知っている。ペタの次の行動を……」

 サンはペタが起こしているマッハコーンの動きを見極めていた。

 「今だ」

 サンは地面を蹴って飛び跳ねた。

 ソニックブーム!

 ペタが巨大なプラズマ発光体目掛けて跳躍した。バイテクタイムスリップ装置で逃れるためだ。

 「捕らえた」

 先に飛び跳ねていたサンは、ペタに向かって刀を振り下ろした。だが、ペタの左の刀はサンの刀を受け止め、ペタの右の刀はサンの腹部を斬っていた。

 サンは自分の血を浴び、激痛に襲われた。だが、逃げない。受け止められていたペタの左の刀を弾き、ペタの脇腹を斬った。いや、躱された。と同時に、サンは再び激痛に襲われ、自分の流血で片目が見えなくなった。だが、絶対に逃げない。刀を振ろうとして、もう片方の目にペタの刀先が迫った。

 止まった。サンの目すれすれで刀先が止まり、ペタの刀が崩れ落ちるように下に流れていった。

 白鬼が剣をペタの背中に突き刺したのだ。

 閃光。

 剣が緑色に輝いた。

 剣はぐんぐん溶けながら、ペタの背中から体内に入っていった。

 ――バイテク破壊酵素がペタの全細胞に浸透し、ゲノムを抹消していくのを感じる。

 「サン……」

 愕然とするリンの声が、サンの耳に聞こえてきた。

 ――リン。答えたいけどもう応えられないよ。でも、心の中で言うよ。

 リン。これでもう大丈夫だよ。安心して。

 カイ。約束は果たしたよ。

 ナオキ。リンにはちゃんと渡したよ。


 閃光。

 ソニックブーム!

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