火星 第十三話

 ソニックブーム!

 開いた宇宙ひもから、緑鬼が飛び出してきた。

 「トト! ミャム!」

 嬉しそうに叫んだリンが駆け寄った。再会を喜び合う。

 「緑鬼がトトとミャム……」

 目を丸くしながら近寄ったサンは、トトの雰囲気は相変わらず同じだが、ミャムの雰囲気は変わったと感じた。

 ミャムが楯になるかのようにリンの前に立った。ペタを睨み付ける。

 「久しぶりですね。ペタ」

 毅然と言ったミャムの顔は精悍だった。ミャムはペタに近付き、間合いを取って止まった。

 「久しぶりだと?」

 悪態を吐きかけたペタが、思い出したと言う顔付きになった。

 「カイの所にいたバイテクペットの試作品だな」

 ふんと言うようにペタは、ミャムを睨み返した。

 「ペタ。あなたがここに来るのを待っていました。ここは、宇宙ひもに影響を与えた、バイテクタイムスリップ装置があるマクロの特異点です。ここで、ミクロの特異点であるあなたを抹消する必要があるからです」

 ミャムの言葉で、サンは絵本作家の言葉を思い出した。

 ――ミクロはマクロに通じ、マクロはミクロに通じる。

 「私を抹消するだと? 馬鹿らしい」

 ペタが首をすくめてみせた。それを一蹴するように、ミャムの足元に駆け寄ったトトが叫んだ。

 「おまえを抹消する!」

 一瞬、ペタの表情が変わった。動揺したのだ。だが、ペタは自信たっぷりに言った。

 「私は不死身だ」

 サンはバイテクヒトが生まれる時に現れた古代文字を思い出した。

 ――遺伝子ピースを間違えば、とんでもないものが生まれてしまう。

 ペタの不死身は本当だとサンは思った。

 「リン」

 ミャムが振り返った。トトがペタを見張っているから、視線をリンに向けたのだ。

 「マクロの特異点であるここで、ミクロの特異点であるペタのゲノムを抹消することで、宇宙ひもが受けた影響を止めることができます。そのことは、宇宙の置き換えを止めることでもあります。だから、その後は、宇宙の自助作用で全てが元通りに戻りますよ」

 「ミャム。私が頭痛に襲われていたのは、緑鬼が私の置き換えられた記憶を元に戻そうとしてくれていたからね」

 「はい。そうです」

 ミャムがリンに向かって優しく微笑んだ。

 「火星遺跡調査で来た私が、この崖の前で見つけた人工物は……」

 「人工物は、タイムトラベルの拠点ごとバイテクタイムスリップ装置を破壊した鬼が、宇宙ひもの異変に気付き、それを止める為に残したものです。人工物から放出された光の三原色は鬼の意識です」

 「意識でもあり心だ。ヒトにはまだ解明しきれていない心の科学だ」

 ペタを睨み付けたままトトが付け足した。

 「光の三原色は、バイテクジャンピング遺伝子を有するゲノムを探し、見つけました。青色の光は、バイテク雷に入って青鬼に。赤色の光は、現象である火星のバイテク雷に入って赤鬼に。それぞれが進化したのは、ペタと同等の能力を得る為です。緑色の光は、意識を持つ私とトトに分割して入り、私とトトは鬼の意識を共有することになり、緑鬼となりました」

 説明したミャムに、リンは気になることを聞いた。

 「火星遺跡調査で私と一緒に来たメンバーは?」

 「彼らは現象として地球や月に……人工物を手にしたあなたはここに残りました」

 「さっきからぺちゃくちゃ言ってんじゃあねえよ。けりをつけようぜ」

 痺れを切らしたようにペタが、リンとミャムの会話に割って入り、攻撃姿勢になった。

 閃光。

 びっくりしたペタが仰いだ。

 巨大なプラズマ発光体が紫色に輝いていた。

 「紫鬼が来ました」

 「紫鬼だと?」

 ミャムの言葉に、ペタが異様に反応した。

 「紫鬼はリンに殺されたはずだ」

 「そう見せかけただけです。さっきも言ったように、あなたをここに導く為に」

 ミャムがペタに向き直った。

 巨大なプラズマ発光体の中央に、一筋の黒い線が現れた。

 ソニックブーム!

 開いた宇宙ひもから、紫鬼が飛び出してきた。

 閃光。

 紫鬼が球状のプラズマ発光体に変態した。

 「ペタ以上の能力を持つ為に、緑鬼である私達は紫鬼と融合します」

 「私以上だと? それはどうかな。青鬼と赤鬼は私と同等の能力を得る為に進化してきただろうが、おまえたち緑鬼は私と同等の能力を得られていないだろ?」

 ミャムの発言を嘲笑うようにペタは言ったが、ミャムもトトも全く動じていなかった。

 「リン。サン」

 ミャムが振り返った。にこりと微笑む。

 「あなた達と一緒に行動したこと、とても楽しかった」

 リンは胸が一杯になり、涙が溢れた。

 「リン。僕も楽しかったよ」

 トトはミャムがペタに向き直った後に振り返った。

 「サン。サンは僕にとって……」

 トトが言い掛け、サンから視線を逸らした。サンは気付いた。トトが泣いていることに……

 「トト。君は僕にとって大切な親友です。これからもずっと……」

 サンも泣いた。

 「サン。リン。ありがとう」

 トトは視線を逸らしたままで、閃光。

 緑色に輝く球状のプラズマ発光体に変態した。

 「リン。サン。さようなら」

 ミャムはもう振り返らず、閃光。

 緑色に輝く球状のプラズマ発光体に変態した。

 はっとしたペタが両手を横に広げ、目を閉じた。ペタの左右前腕が細胞分裂を始める。

 「ペタの両手が分化する」

 気付いたサンが、リンを庇うようにして後退った。壁にぶち当たるぎりぎりの所で止まる。

 閃光。

 二つのプラズマ発光体が同時に緑色に輝いた。

 閃光。

 二つのプラズマ発光体が融合して緑色に輝いた。

 閃光。

 融合した緑色のプラズマ発光体が、紫色のプラズマ発光体に近寄った。

 閃光。

 緑色のプラズマ発光体と紫色のプラズマ発光体が融合した。

 閃光。

 白色に輝く球状のプラズマ発光体が現れた。

 「青鬼と赤鬼と緑鬼が融合した」

 厳かに呟いたサンと同様に、リンも厳かに見つめていた。

 閃光。

 白鬼が現れた。

 白鬼の容姿は、青鬼や赤鬼とは違っていた。島の遺跡で見たバイテク立体ホログラムの、本当の鬼の容姿だった。全身の被毛は白色をしている。紫鬼のような巨体ではない。頭上の耳は長い。

 「リン」

 白鬼がミャムとトトを合せたような声で呼び掛けた時には、リンの傍に来ていた。

 「速い。傍に来るのが見えなかった」

 サンは目を丸くした。

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