火星 第十二話
蛍光バイテク蔓を翳したリンは躊躇することもなく奥へ進んで行く。
暫くして、前方から差し込んでくる光が見えてきた。光の中に入ったリンが足を止めた。サンはリンを庇うようにして前に出ると身構えた。
「サン。大丈夫よ」
宥めながらリンはきょろきょろと辺りを見回した後、洞穴の四方を囲む平らな壁の一方に近寄った。そこには古代文字がずらりと刻まれていた。
サンは呆然と見上げていた。
途轍も無く高い天井に、途轍もなくだだっ広い洞穴の中央で、凄く巨大な球状のプラズマ発光体が宙に浮かび白色に輝いていた。
「サン。巨大なプラズマ発光体は、宇宙ひもを使ったタイムスリップの装置よ。バイテクタイムスリップ装置と言えるものよ」
古代文字を解読しているリンは、驚嘆の声を上げていた。それを耳にするサンは、耳穴だけをリンに向け、目は巨大なプラズマ発光体を興味深そうに見つめている。
「ここは、鬼のタイムトラベルの拠点」
リンは古代文字を解読し続けている。
「ここ?」
きょとんとしたようにサンが、リンの背を見遣った。
「そうよ。火星のここよ」
「二千年以上前の火星ですか?」
「そうよ。これだけの科学技術を持っていた彼らよ。二千年以上前、それ以上前から火星に住んでいたっておかしくないでしょ」
振り返り様、リンの口元が微笑んだ。とても嬉しそうだ。なにか良いことでも書いてあったのだろうかと、サンが思ったと同時にリンが言った。
「彼らは別の銀河で生きているわ」
にこりとしてリンは、再びサンに背を向けて解読していく。
「彼らの殆どは迫害から逃れるように……いや、ヒトに絶望するかのように、地球を去った。でも、地球に愛着がある少数の鬼は残り、最後の最後までヒトとの共存を目指し頑張った」
突如、リンの声がくぐもった。
「でも、そんな彼らの努力も空しく、鬼は地球に居られなくなってしまった」
上から下に古代文字の解読を進めていくリンが腰を落とした。
「その決定打となったのは、ある一人のヒトによって……」
リンは身を入れたようにもう声には出さず、黙々と解読していく。
サンは背筋が寒くなり、硬直していた。気付かない間に、尾行してくる懐かしいヒトが、真後ろに立っていたからだ。また、懐かしいヒトであるにもかかわらず、そのヒトからは一片の温もりも感じられない。
「ある一人のヒトとは……」
振り返ったリンの顔から血の気が引いていった。
「青鬼と赤鬼を同時に殺してくれてありがとう」
サンの背後から嘲る声が響いた。サンはその声で、懐かしいヒトが誰なのか、見当がついた。
「これで私の敵は、おまえらだけになったよ。といっても、おまえらは、私にとっては赤子の手をねじるようなものだがな」
懐かしいヒトの腕が、背後からサンの首を絞めた。サンは首を絞められる痛みより、懐かしいヒトがなぜという心の痛みを感じていた。
「初めてあなたに会った時、私はあなたを心から好きになれなかった」
声を絞り出したリンは、冷静になろうとしていた。
「私もだ。リン」
「ペタ。あなたが、ある一人のヒトね」
リンは裁くように言った。
「そうだ」
ペタはサンの首を絞めたまま、顎を上げてにたりとした。そのまま、リンの背後にある古代文字をちりらと見た。その間に、リンの目は優しくサンを労わった。リンの思い遣りが、サンの心の痛みを止めた。ペタからリンを守らなければならないと、サンは強く思った。
「その壁に私の悪口でも書いていたか?」
ペタはせせら笑い、サンから奪い取っていた刀を地面に突き刺した。
リンはちらりとサンに目を遣った後、背を向けると再び古代文字の解読をしていった。サンは、リンの目が大丈夫よと言うように、笑っていたのを捉えていた。それが意味するのはと、考えてサンは気が付いた。ペタは古代文字が読めなかった。
「リン。そんな文字を解読しなくても、私が教えてやるよ」
ペタが横柄に話し始めた。
「ナオキによって作られたバイテク雷の進化形態である青鬼と、現象として火星に現れたバイテク雷の進化形態である赤鬼は、私を殺す為に動いていた。私を探していた。といっても、それに気付いたのは、バイテクタイムスリップ装置でここに来て、かなり経ってからだがな。そんなことが分かっていたら、あんなミアキスの骨をナオキに手渡さなかった」
やはりバイテク雷に組み込まれたミアキスの遺伝子は、バイテクミアキスの遺伝子だったと、サンは確信した。
「どうしてナオキに手渡したんですか?」
「面白そうだったからだよ。どんなバイテク武器を作るのか、見てみたかったからだ」
愉快そうに笑うペタを、サンは苦々しく思った。
「ミアキスの骨と言ったが、手渡したミアキスは、鬼がミアキスのゲノムに異星人の遺伝子を置き換えて作った愛玩動物だ。それから、カイに頼まれてリンの執務室から盗んだ、遺物である首飾りの一部に使われていた動物の骨は鬼の骨だ」
再び愉快そうにペタは笑った。
「なぜ鬼に狙われるのですか?」
ふんとペタが鼻であしらいかける。
「馬鹿だからだ」
「馬鹿な鬼に殺されかけたのですか?」
サンは思いっ切り冷笑してやった。
むっとしたペタがサンの首を強く絞めたが、サンの心は清々しかった。
「ヒトと鬼の間に入って仲介してやる。だからその為の力が欲しいと、鬼に言ったんだ。ゲノム操作をして欲しいとな。そしたら、すぐにしてくれたよ。馬鹿だろ」
ペタが顎でサンの後頭部をぶった。
「だが、目や鼻や口が無くてよ。まあ無くても困らないんだが、地球人としては不都合だからな。後で整形したよ」
バイテクヒトはペタだったと、サンは確信した。
「仲介はしたのですか?」
「そんなもんするわけないだろ。それよりも、鬼の仲間だと言って、ヒトの集落を次から次へと一人で攻め入ってやった。私一人でもちょろいもんだった」
「そんなことをしたら鬼は……」
「サンのご察知通り、鬼は弥増して迫害されたよ」
ペタは優越感に満ちた声で笑った。サンは激しい怒りを覚えた。
「私の体はこのように素晴らしい能力を得たが、科学技術も欲しくなってな。それでここに来たんだが、鬼が悪足掻きをしてくれてね。だから、仕方ないから、殺しちまったよ」
全く罪悪感のない声に、憤ったサンは強く拳を握った。
「でも、生き残りが一人いてね。気付かなかった私がバイテクタイムスリップ装置に乗り込んだ時、そいつがとんでもないことをしでかしてくれたんだよ」
「何をしでかされたの?」
突如、リンが振り返り、立ち上がった。古代文字を全て解読したのだ。
「バイテクタイムスリップ装置を破壊してくれたんだよ。どうなることかと思ったが、無事にタイムスリップして到着した時代には私の存在があったし、私の記憶は置き換えられることもなかったから、存分に楽しめたよ」
嘲たペタが、思い出したように呟いた。
「なぜ宇宙の置き換えが起こったんだ? まあ、そんなもんはどうでもいいか」
自信たっぷりのペタを、鬱陶しく思ったサンがはたと思い付いた。
――宇宙ひもだ。バイテクタイムスリップ装置は宇宙ひもを使っている。ペタがタイムスリップできていることから考えると、バイテクタイムスリップ装置を破壊しても、タイムスリップは止められなかった。だから、それ故に、宇宙ひもに何らかの影響を与えた。その影響が、宇宙の置き換えになった。宇宙の置き換えの原因は、宇宙ひもだ。
「サン。緑鬼が来るわ」
リンはサンの目を真っ直ぐに見つめて言った。
「緑鬼? 鬼がまだいるのか?」
異常に反応したペタが辺りを見回した。焦っている。
サンは驚いていた。緑鬼はラティではなかったと……
閃光。
頭上の巨大なプラズマ発光体が緑色に輝いた。
ペタはサンの首を締めていた腕を解くと後退った。
「宇宙ひもだ」
巨大なプラズマ発光体の中央に、一筋の黒い線が現れていた。
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