火星 第十一話
ソニックブーム!
紫鬼がリンの眼前にいた。
リンは刀で左の刀を受け止めていたが、右の刀がリンを斬った。だが、間一髪でリンは受け止めていた刀の力を抜き、身をくねらせ、斬ってきた右の刀を躱していた。
思い出したサンは急いで葉状画面を見た。
「左の刀はバイテク立体ホログラムです! 実物は右の刀!」
サンの叫びが伝わるか伝わらないかの間に、斬り付けてきた左の刀に斬られながら、リンは実物の右の刀を受け止めていた。直後、リンは身を捻って刀を滑らせ、紫鬼の横っ腹を斬った。
葉状画面に目を遣ったサンは、紫鬼の腹部が実物であることを確認した。だが、既の所で紫鬼は躱していた。
リンの身の熟しで、サンは気が付いた。
「自然と共生しているリンには要らないな」
携帯バイテクコンピュータから伸びる蔓を引きちぎり終了させた。
閃光。
リンが握る刀が緑色に輝いた。輝きと共に、今までにない力を、サンは刀から捉えた。
「まさかラティが緑鬼?」
ふとそう思ったサンは、バイテク雷にバイテクジャンピング遺伝子がミアキスの遺伝子として組み込まれていたように、ラティにもバイテクジャンピング遺伝子が組み込まれているのではないかと考えたのだ。
リンが地面を蹴った。ふわりと舞い上がり、紫鬼の顔目掛けて斬り付けた。だが、紫鬼は右の刀で、斬ってきた刀を弾き返し、左の刀でリンを斬った。いや、左の刀はバイテク立体ホログラムだった。リンの腹部を左の刀がすり抜けていく。
にやりと笑った紫鬼が、右の刀でリンの首を斬った。仰け反って躱したリンが、実物の右の刀とバイテク立体ホログラムの右上腕との境目を斬った。だが、紫鬼はするりと躱し、左の刀でリンの腕を斬り付けた。間一髪で躱したリンは身を捻り、紫鬼の向う脛を足で蹴り上げた。
紫鬼が傾いた。その刹那、リンは一気にしゃがんだ。その慣性で逆立った長髪の毛が、右の刀によって斬られた。
閃光。
刀が緑色に輝いた。
閃光。
緑色の輝きが、紫鬼の足元から上に、巻き付くように流れていく。
リンが紫鬼の足元から上へ、八の字を描くように刀で斬っているのだ。だが、刀はすり抜けていく。紫鬼の全身はバイテク立体ホログラムに変態しているのだ。
閃光。
緑色の輝きが、紫鬼の頭頂から下に、巻き付くように流れていく。
リンが紫鬼の頭頂から下へ、八の字を描くように刀で斬っているのだ。
「バイテク立体ホログラムだと分っていてなぜ?」
サンはリンの行動の意味が掴めない。
閃光。
バイテク立体ホログラムの紫鬼は、雁字搦めにされたかのように、全身を緑色の輝きで包まれていた。
だが、再びリンは紫鬼の足元から上へ、八の字を描くように刀で斬っていった。
悩むサンの目は、はっきりしていたバイテク立体ホログラムの紫鬼が、ぼやけていくのを捉えた。
「プラズマ発光体に変態する?」
推測したサンだが、紫鬼の変態はなかった。
リンは再び、紫鬼の頭頂から下へ、八の字を描くように刀で斬っていった。
はたとサンは気付いた。
「バイテク立体ホログラムの紫鬼が徐々にぼやけているのは、リンが雁字搦めにするかのように斬っていく刀と、一緒に行動する気流の所為だ。また、その所為で紫鬼は変態もできないのだ」
さっとリンが紫鬼から離れた。
ソニックブーム!
サンの耳が靡いたのと同時に、紫鬼を雁字搦めにしていた緑色の輝きが消えた。
ふわりと舞い上がったリンが紫鬼を斬った。
ソニックブーム!
紫鬼は左右の刀で、リンが握る刀を受け止めていた。
「紫鬼がはっきりしている」
何が起こったのかと見開いたサンの目に、にやりとしたリンの口元が見えた。
ソニックブーム!
受け止めていた刀を弾いた紫鬼は、左の刀でリンの首を斬った。いや、リンはさらりと躱し、紫鬼の足を刈った。紫鬼は倒れ掛けたが堪え、右の刀でリンを斬ろうとしたが、一足違いでリンの足が紫鬼の顎を蹴り上げていた。
「紫鬼の全身が実物になっている」
サンが悟った直後、くるっと宙でバク転して着地したリンが、再び素早く地面を蹴った。舞い上がり、刀を振り下ろす。受け止めに来た紫鬼の左上腕を、リンは右足で蹴った。斬りかかった右上腕も、左足で蹴り飛ばす。くるっと身を捻って紫鬼の背後に着地したリンは、すぐに高々と飛び跳ね、紫鬼が振り向く前に紫鬼の背中を蹴った。
「柔軟な体でくねくねと素早く動くリンに、巨体の紫鬼は翻弄されっぱなしだ」
サンは愉快そうに口元を綻ばせた。
リンが紫鬼の頭上まで跳ねた。紫鬼の背中を蹴ったのは、踏み台にしたのだ。
リンが刀を振り下ろす。
閃光。
緑色に輝く刀が、紫鬼の頭頂から下へ、雁字搦めにするように斬った。
「斬り刻んだのか?」
閃光。
紫色に輝いた紫鬼の全身が、ばらばらになって地面に散らばった。
閃光。
散らばった紫鬼が、地面で紫色に輝いた。
「紫色の蝶に変態する?」
身構えたサンだが、様子は違っていた。紫色の輝きは徐々に鈍くなり、全ての輝きは消え失せていった。地面でばらばらになった紫鬼の残骸は、もう決して輝くことも無ければぴくりと動くとこも無かった。
「まさか?」
サンはリンが解読した古代文字の言葉を思い出した。
――青鬼は悪。赤鬼は真実。緑鬼は善。悪が復讐に染まった時、善は理性となって働く。
「リンはラティが緑鬼だと気付いて、緑鬼のラティを融合させるのではなく、逆にそれを使って紫鬼を倒したのか」
サンは前方から駆けてくるリンの手首を見遣った。ラティはブレスレットに再分化し、手首に巻かれていた。そんなサンの視線が、ふっと横にずれた。
「現象です! 崖の前に崖の現象が……」
サンが指差した方向を、リンは足を止めて振り返った。
目指していた崖を覆い隠すように、現象の崖が存在していた。
「サン。私にも現象であることが分かるわ」
リンが静かな口調で言った。サンは複雑な感情が詰まっていると感じた。全ての記憶が戻ったからこその感情だとはっきりした。
「紫鬼は倒れ、融合はもうできません。だから、宇宙の置き換えは阻止できたはずです。だからきっと、もうすぐ全てが元通りに……」
ソニックブーム!
言葉を止めたサンは、現象である崖の前に現れた宇宙ひもが開いたのを見た。小さすぎて何が出てきたのかは分からない。だが、サンは感じていた。懐かしいヒトの存在を……
「サン。現象である崖に向かうよ」
宇宙ひもが開いたことは分っているはずのリンだが、そのことについては何も言わず、依然崖に向かおうとしていた。紫鬼を倒したというのに、それでも崖に向おうというのは……
サンは考古学者リンの後を追った。靡くリンの長髪は、紫鬼に斬られた為に不揃いになっていた。サンは痛々しく感じながら、そびえ立つ壁のような崖を目指し、不毛の平坦な大地を黙々と駆けた。
現象である崖がはっきりと見えてきた。本来の崖は現象の崖の背後に存在しているだろうが、もう全く分からないほどに近付いていた。
「横穴があるわ」
足を止めたリンの隣に、サンは並んだ。眼前に横穴の出入口が見えていた。二三人が同時に入れる程の出入口だ。
「この横穴が遺跡よ。遺跡は約二千年前に崖崩れか何かで埋もれているから、この現象である崖は二千年以上前の崖ということになるわ。だから、この遺跡は生きている。この遺跡は、今、遺跡ではない。二千年以上前の実際の姿がここにある」
リンが考古学者として、わくわくするような目付きでサンを見た。だが、すぐにその目は真剣になり、顔が引き締まった。
「サン。行くよ」
リンはしっかりとした足取りで、すたすたと横穴に入って行った。後に続くサンの耳が、尾行してくる懐かしいヒトを捉えた。だが、振り返らず横穴に入る。横穴はそのまま水平に奥の方まで伸びていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます