火星 第九話
閃光。
十メートル四方を囲む壁が輝いた。
「壁もバイテク立体ホログラムだわ」
閃光。
リンやサンが立つ足元の床が輝いた。
「床もバイテク立体ホログラムだわ」
感嘆するリンとサンは、上下左右前後をバイテク立体ホログラムで囲まれ、まるで実際にそこに居るかのような感覚になった。
「地下なのに、地上にいるみたいだ」
サンはバイテク立体ホログラムを見回した。
床には種々の植物が生え、花が咲き、目を凝らすとカエルや昆虫が動いている。四方を囲む壁には樹木が並び、その間から種々の動物が見え隠れし、樹木の下に生える植物は微風に靡いている。
「まさにバイオテクノロジーで栄えた文明だわ」
思わずリンの手が、顔を覗かせた野ウサギに触れた。
閃光。
微かな輝きと共に野ウサギが消え、そこに古代文字が現れた。
「私達を忘れないで」
リンが古代文字を解読し読み上げると、それを認識したように古代文字は消え、床のバイテク立体ホログラムから一本の幹が伸びた。その幹が三本に分れ、無数に分枝していく。
「バイテク立体ホログラムの樹木ですね」
「そうね」
リンが相槌を打つと、閃光。
バイテク立体ホログラムの樹木の幹に、刺青でもされたかのように、古代文字が現れた。
「共通祖先」
解読したリンも、それを聞いていたサンも、バイテク立体ホログラムの樹木は進化の系統樹だと理解した。
閃光。
共通祖先という幹から分岐した一本目に、古代文字が現れた。
「細菌」
リンが解読すると、閃光。
共通祖先という幹から分岐した二本目に、古代文字が現れた。
「古細菌」
リンが解読すると、閃光。
共通祖先という幹から分岐した三本目に、古代文字が現れた。
「鬼」
解読したリンは目を丸くして、バイテク立体ホログラムの樹木を見つめた。
「ヒトは真核生物だから……」
二本目の古細菌から分岐する中から、真核生物の枝を見つけ出し、そこからまた分岐する中から動物を示している枝を、リンは指差した。
「この系統樹だと、鬼はヒトよりもかなり前から、この地球に存在していたことになりますね」
サンは畏敬の念を抱いた。
閃光。
進化の系統樹であるバイテク立体ホログラムの樹木が消え、そこに古代文字がずらりと現れた。
目を見開いたリンは解読していく。
「私達は非常に長い年月の間、身を隠して暮らしていた。だが、増え続けていくヒトの中で、私達は身を隠し通せなくなり、ヒトに見つかってしまった。その時から私達はヒトに迫害されることになった。だが耐え、共存を目指した……」
閃光。
古代文字が消え、そこにDNAの二重螺旋構造が現れた。
「ゲノムだ」
サンは目を見張った。
DNAの二重螺旋構造がゆっくりと動き出す。一回転した後、遺伝子部分となる塩基対が切り取られていく。
閃光。
古代文字が横に現れた。
「異星人の遺伝子」
解読したリンの声は、ぎくりとした声だった。
閃光。
切り取られた遺伝子部分となる塩基対が四方に追い遣られ、その中央に四肢を突っ立てた一匹の動物が現れた。
「ミアキスだ」
サンはアポロバイテクドームで見た、ぼやけたバイテク立体ホログラムが脳裏に浮かび、同じだと直感した。
閃光。
ミアキスがばらばらになった。古代文字が現れた。
「マクロからミクロに」
リンが解読した後、閃光。
ばらばらになったミアキスの細胞が現れ、細胞から染色体が現れ、染色体からDNAの二重螺旋構造が現れた。
「ミアキスのゲノムだ」
サンは食い入るような目付きになった。
ミアキスのDNAの二重螺旋構造の塩基対が切り取られ、そこに四方に追い遣られていた異星人の遺伝子である塩基対が組み込まれていく。横に古代文字が現れた。
「ゲノムのパズル」
解読したリンの言葉に、はっとしたサンが呟いた。
「これはミアキスのゲノム操作だ。ミアキスのゲノムに、異星人の遺伝子が置き換えられている」
ゲノム操作が終了する頃、横に古代文字が現れた。
「ミクロからマクロに」
リンが解読した後、閃光。
ゲノム操作が終了したミアキスが現れた。
「見た目は何ら変わっていないわ」
リンは呆然とした。
「ですね。ですが、これは紛れも無くバイテク製品と同じ、バイテクミアキスと言えるものです」
サンは断言した。そのバイテクミアキスの横に、古代文字が現れた。
「愛玩動物」
解読したリンに、サンは聞いた。
「ペットのことでしょうか?」
「そうね」
サンはバイテクペットである自らを振り返り、複雑な気分になった。
閃光。
バイテクミアキスがばらばらになり、細胞が現れ、細胞から染色体が現れ、染色体からDNAの二重螺旋構造が現れた。二重螺旋構造から遺伝子部分となる塩基対が切り取られていく。
「これは……」
切り取られた遺伝子部分となる塩基対の中に、サンは見覚えのある遺伝子を見つけていた。指差す。
「これは、バイテクジャンピング遺伝子です」
「サンが話していた青鬼と赤鬼が持っている遺伝子ね」
「そうです」
ナオキがバイテク雷に組み込んだのは、このバイテクミアキスの遺伝子だったのだと、サンは直感した。
閃光。
異星人の遺伝子の時と同じように、切り取られた遺伝子部分となる塩基対が四方に追い遣られ、その中央に古代文字が現れた。
「遺伝子ピースを間違えば、とんでもないものが生まれてしまう」
解読したリン共々にサンも、何が生まれるのだろうかと、次のバイテク立体ホログラムを待った。
閃光。
古代文字が消え、中央にヒトが現れた。頭上に角はない。
「ヒトだ」
サンもリンも食い入るような目付きになった。
閃光。
ヒトがばらばらになった。バイテクミアキスの時と同じように、DNAの二重螺旋構造が現れた。
「ヒトのゲノムだ」
「誰かしら?」
サンもリンもそれぞれ、緊張する声で呟いた。
DNAの二重螺旋構造の塩基対が切り取られ、そこに四方に追い遣られていたバイテクミアキスの遺伝子である塩基対が組み込まれていく。それがパズルのように続いていく。
「ヒトのゲノムにバイテクミアキスの遺伝子が置き換えられている。とんでもないものが生まれてしまうとは、ヒトのゲノム操作で生まれたバイテクヒトのことだ」
サンはぞっとする声を上げた。リンも悍しいと体を震わせた。
「遺伝子ピースを間違えば、というのは、異星人の遺伝子が含まれているからだわ」
「バイテクヒトには、青鬼や赤鬼と同じ、バイテクジャンピング遺伝子が組み込まれています。ということは、きっと、バイテクヒトが緑鬼ということになります」
サンの言葉に、逸るようにリンはゲノム操作の終了を待った。バイテクヒトの容姿を見たいからだ。
閃光。
ゲノム操作が終了したバイテクヒトが現れた。
リンもサンも息を呑んだ。
バイテクヒトの見た目はヒトと変わらないが、顔には目や鼻や口が無かった。
閃光。
バイテクヒトが消えた。
閃光。
上下左右前後、全てのバイテク立体ホログラムが消え、暗闇に包まれた。
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