火星 第八話
出入口は低くて狭いが、中は広い横穴だった。高さもかなりある。中央には、月裏遺跡と同じ石棺が置かれていた。
サンは蛍光バイテク蔓を翳すリンに近寄った。リンは石棺の周りを歩き、念入りに観察している。
暫くして、しゃがんだリンが、石棺の横に張り付いている、平らで丸いものを手に取った。
閃光。
石棺の蓋が白色に輝いた。
蓋には、月裏遺跡でサンが見た石棺の蓋と同じ、赤色の円と緑色の円と青色の円が並んで描かれていた。
閃光。
石棺の蓋が青色に輝いた。
「映像だ」
サンが凝視する石棺の蓋に、像が映っていた。
「青鬼だ」
閃光。
石棺の蓋が赤色に輝いた。
赤鬼が青鬼の横に並んで映っていた。
閃光。
青鬼と赤鬼が重なったと同時に、石棺の蓋が紫色に輝いた。
紫色をした鬼が映っていた。
「紫鬼だわ」
緊張した声を上げたリンもサンも仰天していた。
「青色の蝶と赤色の蝶が融合し紫色の蝶になったことと同じだ」
閃光。
石棺の蓋が緑色に輝いた。
紫鬼の横に緑鬼が並んで映っていた。
閃光。
紫鬼と緑鬼が重なったと同時に、石棺の蓋が白色に輝いた。
白色をした鬼が映っていた。
「白鬼だわ」
「ミャムの背中に現れた映像と同じだ。進化する為に融合するだ」
リンとサンはそれぞれ、ぼそぼそと呟いた。
閃光。
石棺の蓋が白色に輝いた。
古代文字がずらりと並んでいた。それは、サンが解読できなかった、ナポの手の平に刻まれていた古代文字だった。
「青鬼は悪。赤鬼は真実。緑鬼は善。悪が復讐に染まった時、善は理性となって働く」
リンが解読した。
「この文字は、ここの出入口を開ける鍵だわ」
「まだ出入口があるのですか?」
驚いたサンだがはたと気付いた。
「この石棺が出入口ですか?」
頷いて返したリンが、さっき手にした平らで丸いものを見せた。
「これは三角縁神獣鏡よ。凸面鏡で裏には神像と霊獣が描かれている」
にやりとしたリンは三角縁神獣鏡を、石棺の真上にある天井石に向かって放り上げた。三角縁神獣鏡は引き付けられるようにして天井石にくっついた。
閃光。
三角縁神獣鏡の凸面鏡と石棺の蓋が同時に白色に輝いた。
見上げると、凸面鏡に青色赤色緑色の三つの円が並んで映っていた。サンは鏡として映していることに気付き、石棺の蓋を見下ろした。だが、石棺の蓋には青鬼と赤鬼と緑鬼の像が映っていた。
「凸面鏡なのに、映していないのか?」
「ちゃんと映しているわよ」
リンの言葉で、当惑したサンだが閃いた。
閃光。
凸面鏡と石棺の蓋が同時に白色に輝いた。
石棺の蓋に映っていた青鬼と赤鬼と緑鬼が重なっていた。見上げると、凸面鏡に並んで映っていた青色赤色緑色の三つの円が重なっていた。
閃光。
凸面鏡と石棺の蓋が同時に白色に輝いた。
「白鬼だ」
石棺の蓋に白鬼が映ったのを確認したサンは見上げた。凸面鏡には、重なった三つの円が一つの円となって白色に輝いていた。
「進化する為に融合した」
張り詰めたリンの口調に、サンは何かが起こると胸騒ぎがした。
「サン。今、復讐が始まった」
サンは絵本作家のあとがきを思い出し、ぎくりとした目でリンを見た。
「私の解釈では、霊獣は悪、神像は善、凸面鏡は真実よ」
閃光。
凸面鏡だけが青色に輝いた。
見上げると、青鬼が映っていた。確認するように見下ろすと、石棺の蓋には白鬼が映ったままだ。
「サン。理性はどこにあると思う?」
謎掛けのようなリンの問いに、サンは戸惑った。それと共に、リンがまだ出入口を開ける鍵となる答えを、見出せずにいることを悟った。
閃光。
凸面鏡だけが赤色に輝いた。
見上げると、映っていた青鬼の横に、赤鬼が並んでいた。
「これが紫鬼になったらタイムリミットの半分が過ぎたってことよ」
仰ぐリンは焦っていた。同じようにサンも焦燥に駆られた。焦りは頭脳を混乱させる。時間の流れも速い。
閃光。
凸面鏡だけが紫色に輝いた。
紫鬼が映っていた。
「白鬼になったら二度と出入口を開けられない」
リンが苛立つ声を上げた。サンも益々焦燥に駆られた。
焦れば焦るほど出入口を開ける鍵となる答えが遠くなる。そう思ったサンは肩の力を抜いた。すると、脳裏に絵本作家の言葉が思い出された。呟く。
「ミクロはマクロに通じ、マクロはミクロに通じる」
閃光。
凸面鏡だけが緑色に輝いた。
紫鬼の横に緑鬼が並んでいた。
サンの声を耳にしたたリンの目が、はっとするように瞬いた。
「サン。鍵は心だわ」
「心?」
「無心が鍵よ」
閃光。
凸面鏡と石棺の蓋が同時に白色に輝いた。
凸面鏡に白鬼が映っていた。石棺の蓋には、あれからずっと同じ白鬼が映ったままだ。
「まだ間に合う」
叫んだリンは地面に腰を下ろし胡坐をかいた。目を閉じ、虚脱するように全身の力を抜く。サンも見習った。
ソニックブーム!
四方を囲む石積みの壁の隙間から、物凄い勢いで松の葉が、リンとサン目掛け飛んで行った。だが、リンもサンも、爆音さえも耳に入らない無心状態になっていた。
かなり経て、サンは目覚めたように目を開いた。
まるで時間がぴたりと止まったかのように、サンの眉間寸前で松の葉が宙で止まっていた。
目を開いたリンの眉間寸前にも、松の葉がぴたりと宙で止まっていた。
驚いたサンとリンの鼓動を聞きつけたかのように、寸前で止まっていた松の葉が、はらりと地面に落ちた。
「出入口が開くわ」
リンは嬉しそうに立ち、石棺の蓋を覗き込んだ。
閃光。
石棺の蓋が白色に輝いた。
映っていた白鬼は消えていた。
閃光。
石棺の蓋が白色に輝いた。
階段が映っていた。
閃光。
石棺の蓋が白色に輝いた。
映っていた階段は消え、映像は終了していた。赤色の円と緑色の円と青色の円が並ぶ元の蓋に戻っている。
「行くよ。サン」
リンは石棺の縁に手を突くと、地面を蹴った。両足が石棺の蓋に着地したように見えた刹那、リンの全身は石棺の蓋をすり抜けていった。
「石垣と同じだ。石棺の蓋はバイテク立体ホログラムになっている」
にやりとしたサンは飛び跳ねた。石棺の蓋を蹴るような恰好で全身が蓋をすり抜け、すとんと着地した。そこは、ヒト一人が通れる程の狭い洞穴で、石畳の階段が作られていた。
既にリンは駆け下りていて、サンは急いで後を追い掛けた。途中から階段はなくなり、水平に伸びる洞穴をひたすら駆けて行くと、前方から差し込んでくる光が見えてきた。
「外に出たのか?」
そう思ってサンは、足を止めたリンの背後に立った。ゆっくりと歩み出したリンを先頭に、サンは光の中に入っていった。
そこはまだ洞穴だった。と言っても、広い空間だ。
光は見上げる高さにある天井からの明かりで、それはバイテク立体ホログラムの光だった。洞穴の天井が全て、バイテク立体ホログラムになっているのだ。
サンもリンも感慨深げに仰ぐ天井には、青空が広がり、雲が流れている。
「鳥だ」
サンは目を見張った。天井の隅から現れたバイテク立体ホログラムは、始祖鳥らしき鳥だったからだ。その鳥は、優雅にサンたちの上空を舞い、天井の隅に消えていった。
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