火星 第七話

 「リン。サン。気を付けて」

 ミャムが心配げな瞳で、二人を交互に見遣った。

 「ミャム。大丈夫よ」

 微笑んだリンがふわりと宙に舞い上がった。地面に着地する。

 サンもひょいとオープンカーから飛び降りた。きょろきょろ辺りを見回しながら歩き出した。

 ソニックブーム!

 サンは飛び跳ねた。足下の地面に、樹木の枝葉が鞭のように打ってきていた。

 「刀に分化せよ」

 尻尾をもぎったサンは叫んだ。尻尾が刀に分化していく。

 「ラティ。刀に分化せよ」

 リンも声を上げた。手に持つブレスレットが脱分化した後、刀に再分化していく。

 「丘状の遺跡の上と裾の外周に植えられている樹木は、私達を威嚇しているだけ。動かなければ打ってこない」

 「乗車している時は、なぜ大丈夫だったのですか?」

 「車は生物ではないからよ」

 リンの答えに、サンは判別能力を持つ樹木に驚いた。

 「出入口を探す為に動かなければいけないんだけど、その時、樹木に深手を負わせたら……」

 リンが上空を覆う枝葉を見上げた。サンも見上げて緊張する。

 「これら全ての枝葉が、容赦なく一斉に私達を打つ。だから、動く時には峰打ちで対処して」

 「わかりました」

 サンは気を引き締めた。

 「まずは一緒に左手の窪みまで下り、そこから二手に別れ、出入口を探す」

 「はい」

 サンの返事を聞くや否や、刀の柄を握り直したリンが、滑るようにして下り始めた。

 ソニックブーム!

 樹木の反応は確実で敏捷だ。リンが移動した先にある樹木の枝葉が、リン目掛けて打っていた。

 「一苦労しそうね」

 枝葉を刀の峰で受け止めたリンの口調は苦しそうだ。枝葉の圧力が凄いからだ。

 「手強いですね」

 相槌を打ったサンは、カイが防犯用に作り出したバイテク植木を思い出し、疑問に感じた。

 ――二千年前の遺跡にバイテク製品が? 現象に現象が起こっているということか? でも、考古学者としての記憶が戻ったリンは、この樹木のことを知っていた。

 リンが刀の峰で受け止めていた枝葉を上に弾き、その隙に駆け下りた。

 ソニックブーム!

 前方の枝葉がリンに襲い掛かる。だが、リンはひょいと仰け反って滑るようにして下った。

 ソニックブーム!

 駆け下りるサンにも枝葉は打ってきた。サンはさっと身を引いて避け、飛び跳ねる。

 ソニックブーム!

 飛び跳ねたサンの足を枝葉が打つ。だがサンは躱し、横からも打ってきた別の枝葉を刀の峰で受け止めた後、弾き返した。

 ソニックブーム!

 同心円状に並ぶ樹木は次から次へと、駆け下りてくるリンとサンを、枝葉で打って威嚇する。

 ソニックブーム!

 枝葉が打ってくる直前の音を聞き分ける要領を得たサンは、身を翻して枝葉を躱したり、刀の峰で枝葉を打ち返したりしながら、円滑に窪みの間近まで迫った。

 ソニックブーム!

 刀の峰で枝葉を受け止めたサンはぴたりと動きを止め、振り返ってリンの様子を窺った。

 ソニックブーム!

 枝葉が真上からリンを打った。だが、さらりと横跳びをして躱した。

 ソニックブーム!

 躱したリンの横っ腹に枝葉が迫った。

 ぎくりとしたサンだが、リンはしなやかに仰け反った。その胸上を枝葉がぎりぎりで掠めていく。

 ソニックブーム!

 枝葉が掠めていく中、別の枝葉が容赦なくリンの足を掬うように打った。思わず駆け寄ろうとしたサンだが、リンはバク転をして、打ってきた枝葉を躱した。

 ソニックブーム!

 枝葉がリンの背後から足を打った。ひやりとしたサンだが、リンは既の所でふわりと舞い上がり、枝葉を跳び越えて躱した。

 ソニックブーム!

 斜め上から打ってきた枝葉を、リンは刀の峰で受け止め、ぴたりと動きを止めた。

 「サンのような鋭敏な耳や強靭な足が無い私は、打ってくる枝葉を避けるだけで精一杯よ。だけどサン。私は大丈夫。足を止めないで。早く出入口を探して」

 苦しそうなリンは、押さえ付けてくる枝葉の圧力に耐えていた。

 「分かりました」

 頷いたサンは、心配するのは野暮だと思った。リンの身の熟しは、機敏でしなやかで軽い。そして、優しくもあり激しいからだ。

 サンは刀の峰で受け止めていた枝葉を弾き飛ばすと、一気に駆け下りた。

 ソニックブーム!

 ソニックブーム!

 ソニックブーム!

 枝葉の襲撃をあっさりと躱し、サンは窪みに入った。ぴたりと動きを止める。見える範囲の左右には遺跡の出入口が無いことを確認したサンは、窪みを全力疾走する。その間、出入口の有無は確認せず、ただ身を翻して打ってくる枝葉を躱し、打ってくる枝葉を刀の峰で打ち返していく。

 ソニックブーム!

 ソニックブーム!

 ソニックブーム!

 ひょいひょいと躱したサンが、打ってきた枝葉を刀の峰で受け止め、ぴたりと動きを止めた。見える範囲の左右を確認する。

 「ありました!」

 大声を張り上げたサンは、見える範囲の左手に、遺跡の出入口である一メートル四方の石垣を見つけていた。

 ソニックブーム!

 ソニックブーム!

 ソニックブーム!

 打ってくる枝葉の音が近付いてくるのを聞き取ったサンは、こっちに向かって窪みを駆けてくるリンに気付いた。

 ソニックブーム!

 ソニックブーム!

 ソニックブーム!

 ソニックブーム!

 サンは刀の峰で受け止めていた枝葉を弾き飛ばし、傍らに滑り込んできたリンの頭上を打ってきた別の枝葉を、刀の峰で受け止めた。サンとリンがぴたりと動きを止める。

 「完璧な石垣の出入口だわ」

 目を見開いたリンは、胸を躍らせていた。

 「遺跡を守る樹木に加え、この遺跡は生きている。絵本作家が発見した時とは全く状態が違う。この遺跡は、今、遺跡ではない。二千年前当時の実際の姿がここにある」

 考古学者としてリンは興奮している。

 「こういう場合の現象は好都合だわ。サン。援護して」

 不意を衝かれた感のあるサンだが、頷いて返した。

 ソニックブーム!

 斜め上から枝葉が打ってきた。リンが刀の先を石垣の隙間に突き刺した瞬間だった。打ってきた枝葉を、サンは刀の峰で受け止めている枝葉共々に、受け止めた。二本の枝葉の圧力がサンの腕に伸し掛かった。だが、ぐっと堪える。

 「ラティ。開錠して」

 リンは刀の柄を押し込んだ。刀は溶けるように先から石垣の隙間に入っていく。

 閃光。

 石垣の隙間から緑色の光が漏れた。

 「ラティが開けたわ。サン。先に行くよ」

 慌ててサンはリンを止めた。なぜなら出入口である石垣には何の変化もないからだ。

 「熱烈な歓迎があるから、気を付けてね」

 意味ありげに笑ったリンが、石垣に頭をぶち当てた。

 ソニックブーム!

 撓って横から打ってきた枝葉を、サンは刀の峰で受け止めていた二本の枝葉を弾き飛ばし、受け止めた。急いでリンを見遣る。石垣からリンの足先だけが覗いていた。すぐにその足先も消えた。

 「まさか……」

 気が付いたサンは、刀の峰で受け止めている枝葉を弾き飛ばした。

 ソニックブーム!

 打ってきた別の枝葉をサンは刀の峰で打ち返し、その隙に、石垣に頭をぶち当てた。石垣の奥に両手を突っ込み、地面に手をついて足を引き入れた。

 ソニックブーム!

 打ってきた枝葉が足先を掠めた感触を捉えながら、サンは石垣の出入口から中に入っていた。

 「バイテク立体ホログラムだ」

 振り返ったサンは、石垣の出入口を感嘆して見入った。

 「開錠したことで、実物の石垣がバイテク立体ホログラムになったんだ。二千年前にこんな高度なバイテクを有していたとは……」

 サンの長い髭が、興味深いと言わんばかりに波打った。だが、危険を察知し、すっと体を翻す。仰け反る。顔を反らす。手で掴み取った。

 「これが熱烈な歓迎ですか?」

 奥にいるリンに向かって、サンは掴み取った一本の松の葉を翳した。その後、四方を囲む石積みの壁に向かい、ダーツのように真っ直ぐ投げた。松の葉が壁に突き刺さった。松の葉はバイテク製品と同じものだと、サンは見極めた。

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