火星 第三話
「リン。サン。宇宙ひもだ」
座席を後足で蹴って警戒音を鳴らしたトトが、左上空を前足で指した。
ソニックブーム!
開いた宇宙ひもから、赤色の蝶が大群で飛び出してきた。
「まるで赤鬼は宇宙ひもを利用して移動しているみたいだ」
サンが苦々しい顔付きになった。
「まるでじゃないよ」
トトが真顔でサンの顔を覗き込んだ。
ソニックブーム!
オープンカーの目前に宇宙ひもが現れたと同時に、宇宙ひもが開き青色の蝶が飛び出てきた。
ミャムが急ブレーキを踏んだ。その反動でリンとサンとトトは車外に弾き出された。
くるりと身を捻って着地したサンは、リンを受け止め抱きかかえた。
トトは身軽に宙で回転し、地面に着地したと同時に地面を蹴って高々と飛び跳ねた。青色の蝶を斬りにかかる。だが、躊躇する。腰を抜かして動けなくなったミャムが邪魔で、音速を超える動きをすることが出来ないからだ。ボンネットに着地したトトは、拳を握るように竦んだ。
あっと言う間に、ミャムは運転席に座ったままで、青色の蝶に埋もれてしまった。
歯痒そうに口元を歪めたトトは、苛立ちをぶつけるように激しくボンネットを蹴って飛び跳ね、地面に着地した。
「ミャムが青鬼に襲われた」
トトがリンの足元に走り寄った。
「赤鬼に襲われ、今度は青鬼に?」
リンの発言にサンが反応した。
「ミャムは以前にも襲われたのですか?」
頷いたリンは、ミャムが赤色の蝶の大群に襲われ、同じように埋もれてしまったことをサンに話した。
閃光。
ミャムを覆い尽くす青色の蝶が輝いた。
閃光。
水色に輝いた。
青色の蝶が水色の蝶に変わっていた。
「以前襲われた時は、赤色の蝶が黄色の蝶になったんだ」
後足で立ったトトが、サンの向う脛に前足を掛け、サンを仰いだ。サンは色の変わった蝶に釘付けになっている。
閃光。
ソニックブーム!
ミャムを覆っていた水色の蝶が、一斉に弾けるようにして飛んで行った。四方に散った水色の蝶が上空で集まる。
閃光。
水色の蝶が輝いた。
閃光。
青色に輝いた。
水色の蝶が青色の蝶に戻っていた。そのまま、青色の蝶は群れを成し、遠ざかって行く。
見遣っていたサンが、はたと思い出し、左上空を見た後、きょろきょろと見回した。
「赤色の蝶は?」
「赤鬼はたぶん、おとりだったんだ」
口惜しそうに言ったトトをサンは見下ろした。
「ということは、ミャムが標的だったということですか?」
「たぶん……」
あやふやに答えたトトが駆け出した。リンは既にミャムの傍にいた。サンも急いで走り寄った。
リンは啜り泣くミャムを、車外に連れ出し宥めていた。だが、ミャムは所々に穴が開き、水色の鱗粉で汚れてしまった白いエプロン見た途端、大声で泣き出した。エプロンを脱ぐと地面にへたり込み、エプロンを抱き締める。家政婦バイテクペットである彼女にとって、エプロンは宝物なのだ。
「色が増えている」
ミャムの背後に回り込んだトトが目を見開いた。
「ほんとだわ」
ミャムの背中を覗き込んだリンが、ミャムの背後に座った。
サンも背後に立って息を呑んだ。ミャムの背中の禿げた地肌に、六つの色がドット状に沢山刺青されていたからだ。
「ミャムが以前、赤色の蝶に襲われた時、背中の毛が無くなり、そこに赤色と緑色と黄色の点が沢山現れて……今回は、青色と水色と紫色の点が、追加されたかのように沢山現れているわ」
リンはこのことについて何か心当りはないかと、サンを見上げた。サンは刺青から思い当たることを、リンに語った。
「もしかしたら、これは、宇宙の置き換えのことを示しているか、古代文字かもしれません」
古代文字という単語で、リンは頭痛に襲われた。懸命に思い出そうとしている。
「サン」
後足で地面を蹴って警戒音を鳴らしたトトが叫んだ。
「ミャムから離れろ」
異変を捉えたサンは、さっとリンを抱きかかえて飛び跳ね、オープンカーの陰に隠れた。同じようにトトも隠れた。
閃光。
ソニックブーム!
辺りが白色の光で染まったと同時に、衝撃波によってオープンカーが揺れた。
「ミャムは?」
心配で向かおうとするリンを、サンは押しとどめた。鋭敏な聴覚が異変を捉えているのだ。トトの耳も何かを捉えている。
「何だと思います?」
サンは捉えた異変の内容が分らず、トトに聞いた。だが、トトも分からないと顔を横に振った。サンとトトは真剣な表情で、耳をぴくぴくと動かし探り続ける。
「発光を感じますが……」
「危険ではない」
サンとトトは見つめ合った後、一斉に地面を蹴った。オープンカーを飛び越え、地面に着地する。リンも急いで向かった。
「ミャム……」
驚いたリンは立ち止まった。
サンやトトも驚いた表情で、ミャムの背中を見つめていた。
閃光。
ミャムの背中が白色に輝いた。
閃光。
ミャムの背中が緑色に輝いた。
閃光。
ミャムの背中が赤色に輝いた。
閃光。
ミャムの背中が青色に輝いた。
閃光。
ミャムの背中が白色に輝いた。
「光の三原色だ」
閃いたサンが呟いたと同時に、閃光。
「映像だ」
驚いて目を見張ったサンは、ミャムの背中に映った像を見入った。同じようにリンとトトも見入る。
ミャムの背中には、青色の蝶に変態する前の青鬼の形態が映っていた。
「青鬼だ」
ぽつりと呟いたサンの言葉に、リンが反応した。
「これも青鬼なの?」
「この青鬼の形態から青色の蝶に変態しました」
サンが答えると、青鬼の横に、赤色の蝶に変態する前の赤鬼の形態が映った。
「赤鬼のこんな形態は初めて見たわ」
リンの発言で、リン達の記憶には、赤色の蝶という形態の赤鬼しか残っていないのだと、サンは悟った。
「緑鬼?」
リンもトトもサンも、同じ単語を声に出した。青鬼と赤鬼の横に、緑色の同じ形態が映ったからだ。
閃光。
青鬼と赤鬼と緑鬼が重なった。その映像の下に、サンが知っている古代文字が映った。
「進化する為に融合する」
リンが解読した。
「古代文字を思い出したのですか?」
「古代文字だけはね」
驚き嬉しがるサンに、だけを強調して言ったリンは、複雑な面持ちだった。
閃光。
重なった鬼が白色に輝いた。
「白鬼?」
リンとトトとサンが同時に声を上げた直後、映像は消えた。それと共に、ミャムの背中に沢山刺青されていたドット状の六つの色も消えていた。
「進化する為に融合するとは、青鬼と赤鬼と緑鬼が融合し、白鬼になるということですね?」
確認するように聞いたサンに、リンは目を合わせて頷いた。
「だとしたら、緑鬼は何処にいるのでしょうか?」
「見当もつかないわ」
溜息を吐いたリンは、ミャムの正面に回り込んだ。気絶しているミャムの頭部を優しく撫でる。
目を覚ましたミャムは、抱きかかえたままのエプロンに目を落として悲しげな表情になったが、割り切ったように立ち上がった。見ていたサンは、ミャムが一回り大きくなったように感じた。いろんな体験がミャムを成長させているのかもしれないと、サンは思った。
ミャムは助手席下にあるゴミ箱にエプロンを捨て、助手席前にあるボックスから新しい白色のエプロンを取り出し身に着けると、運転席に向かった。
リンは助手席に座った。飛び跳ねたトトとサンは後部座席に座った。
「出発するよ」
みんなが乗っているのを確認したミャムはアクセルを踏んだ。
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