月 第十四話

 一頻り泣いたサンは、充血した目でナオキを見つめた。

 「ナオキさん。約束は果たします」

 決然と言い放ったサンは、外されているナオキの携帯バイテクコンピュータを手に取ると、手首に巻き付けていた携帯バイテク通信機を外し、そこに巻き付けた。丸い球根が納められている巻き上がった葉を確認する。その時、携帯バイテクコンピュータから伸びる蔓先の葉が縮こまっているのを見つけた。それが意味するのは、ターシャからの通信を拒絶しているということだ。ターシャだけでなく全ての通信の拒絶もしている。サンはナオキらしいと微笑んだ。そしてサンもそのままにした。

 「ナオキさん。僕もリンさんを感じていますよ」

 サンは火星の方角を見遣った後、そっとナオキを抱えたまま立ち上がると、破片となって地面に刺さるバイテク壁にナオキを寄り掛からせた。ナオキの安らかな顔を、僕らの星の方角に向ける。

 つと、異変を感じ取ったサンが青色の蝶を見遣った。

 「青鬼だ」

 上空で舞っていた青色の蝶が集まり、青鬼の顔を模っていた。サンが苦々しく睨むと、模る青鬼の顔が笑ったように見えた。不愉快になったサンだが、あることに気付いた。

 「笑ったように見えただけだ。そのように見えたのは、青鬼の顔を模ったままで、方向転換をはかっているからだ」

 サンは指先で携帯バイテクコンピュータに付く小さな葉に触れて指示を出した。

 「時空の歪みを表示せよ」

 携帯バイテクコンピュータから伸びた蔓先の葉が細胞分裂をし、八インチの葉状画面に分化した。

 「月裏遺跡から発生していた時空の歪みが消えている」

 サンは青鬼の顔を模る青色の蝶が、向かうであろう場所を確信した。青色の蝶を追って駆け出す。だが、急ブレーキをかけるように足を止めた。振り返り、左手を上げる。ナオキに向かい、片耳に指を当てて弾く。

 「行って来ます!」

 微笑んだサンは向き直った。だが、先回りしようと、青色の蝶を追うのを止め、枝部分が吹き飛んでぽっかり穴が開いている、S倉庫のルーム1の幹部分へ向かった。開いた穴まで五メートル程の高さがあるが、サンは崩れ落ちているバイテク壁を踏み台にし、優れた跳躍力で開いた穴まで飛び跳ねた。そこから幹部分の輪状空間の中央まで駆け、ドアに向かって声を上げた。

 「バイテクバブルモーター」

 開いたドアから乗り込んだサンは指示を出した。

 「遺跡バイテクドームの月裏遺跡へ」

 「遺跡バイテクドームは封鎖されています」

 バイテクバブルモーターの音声が響いた。渋面になったサンだが、周到なナオキのことを思い出した。

 「サンBOP111は、管理責任者であるナオキSPH694から、入室の許可を得ています」

 「識別番号と一致する声紋を認証しました。管理責任者より入室許可を得ています。遺跡バイテクドームへ向かいます」

 バイテクバブルモーターの音声に、サンはにやりとした。

 遺跡バイテクドームは、月裏遺跡とそれに関係するバイテク建築樹木だけを、覆うようにして作られた小型のバイテクドームだ。

 「アポロバイテクドームを離れます。遺跡バイテクドームまで九分です」

 バイテクバブルモーターの音声が響いた。

 サンはバイテク壁に耳を当て、せせらぎの音を聴きながら、うとうとしていた。

 「遺跡バイテクドームに入りました。月裏遺跡施設へ向かいます」

 バイテクバブルモーターの音声が響いた後、すぐにドアは開いた。

 ドアから出たサンは、月裏遺跡施設の案内標識通りに、幹部分の輪状空間を左手に歩いていった。輪状空間は休憩所となっていて、バイテク椅子やバイテク机やバイテクモニターが置かれている。

 枝部分の奥行きの長い空間が見えてきた。そこは案内所にもなっていて、その先にある月裏遺跡へと続いている。緩やかな傾斜を下って行くと、枝先にある月裏遺跡の出入口となるドアが迫ってきた。

 「青鬼だ」

 サンよりも先に、青色の蝶が月裏遺跡のドア前にいた。

 散り散りに舞っていた青色の蝶が集まり、青鬼の顔を模った。

 閃光。

 模る青鬼の顔が青色に輝いた。

 青色の蝶が、小さなプラズマ発光体に変態していた。

 閃光。

 小さなプラズマ発光体が散り散りになり、ドアの隙間から中に入っていく。

 駆け出したサンがドア前に来たときには、無数の小さなプラズマ発光体は全て月裏遺跡に入っていた。

 「サンBOP111。ドアを開けろ」

 声を上げたサンに、月裏遺跡バイテクコンピュータの音声が響いた。

 「識別番号と一致する声紋を認証しました。ドアを開きます」

 ドアが開いたと同時に、月裏遺跡の遊歩道に沿って植えられているバイテク灯樹木があちらこちらで灯った。

 「月裏遺跡へようこそ」

 月裏遺跡バイテクコンピュータの音声が響いた。

 「何処へ行った?」

 サンは草木一本生えていない月の地面を見渡した。仰ぐと、透明なバイテクドームを介した星が見えるだけで、青色の蝶は見当たらない。ただあるのは、こんもりと盛り上がった丘と、地面にある穴ぼこだけだった。大小開いた幾つもの穴ぼこは、発掘した跡だ。そこに放置されている遺物は模造品だ。

 「この中に遺伝子を保有する遺物が残っているのか? それとも、地中深くの何処かに……」

 遊歩道を歩くサンは模造品に注意を払いながら、丘を目指して歩いた。道具類ばかりだと見渡していて、ナオキに取り上げられた遺物を思い出した。

 「金属片」

 いつ頃のものなのだろうかと考えて、ナオキとリンの共同論文に思い当たった。

 「約三万年前だと書いてあった」

 記憶にある歴史情報をまさぐって首を傾げる。

 「金属を加工した道具など無い時代だが……」

 不思議に思って、さらに不思議な丘に近付いた。墳丘に似た丘の横にある出入口が見えてくる。出入口から中に入ると、横穴になっていて、また不思議なものを目にした。

 「石棺に似ている」

 近寄ったサンは石棺の蓋に見入った。蓋には色鮮やかな三つの円が並んで描かれている。

 「赤色の円。青色の円。緑色の円」

 声に出して呟いたのは、何か思い出しそうだったからだ。

 「赤色。青色。緑色」

 呟いたサンは閃いた。

 「光の三原色だ」

 閃光。

 石棺の蓋が白色に輝いた。

 まるで正解だと言うかのように、三つの円が同時に輝いた。

 閃光。

 石棺の蓋が白色に輝いた。

 さっきよりも輝きが強烈だった。直感でサンは連続バク転で離れた。そのまま出入口から外へ出る。

 閃光。

 石棺の蓋が白色に輝いた。

 出入口から白色の光が漏れるほどの強烈さだ。発光が増していると、サンは連続バク転でもう少し離れた。

 閃光。

 ソニックブーム!

 白色の輝きと共に、丘が崩壊した。

 塵が視界を遮る中、鬱陶しそうに目を細めたサンの瞳に、無数の青色に輝く光が入ってきた。

 「青鬼だ」

 サンは近寄った。

 閃光。

 青色の蝶が現れた。それと共に、急速に塵が晴れていく。

 ふわふわと舞う青色の蝶の下にある石棺が見えてきた。

 つと、石棺の蓋が歪んで見えた。その時、そこに一筋の黒い線が真横に引かれた。

 驚愕したサンは思い出した。

 「トトとミャムと彼らを包み込んでいたラティを吸い込んだファスナーだ」

 確信したサンの目に、一筋の黒い線がファスナーのように開いた。青色の蝶が次から次へと吸い込まれていく。いや、吸い込まれるというより、青色の蝶が自ら進んで吸い込まれていた。

 サンは決心した。

 「行く!」

 活を入れたサンは、青色の蝶を追って、ファスナーに向かって飛び跳ねた。

 サンは吸い込まれ、ファスナーは閉じられ、一筋の黒い線は消え失せた。

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