月 第十一話

 折れた。サンが斬った境目が、折れ曲がっていた。

 「意外だ」

 あまりにもあっさりと結果が出たことに、サンはきょとんとした。同じように青鬼も動揺していた。だが、青鬼もサンも次の瞬間には動いていた。彼らは前回戦った時より精神的にも成長しているのだ。

 斬り付けてきた左の刀を、サンは身を翻して刀で受け止めた。刀を滑らそうとして違和感を覚えた。

 「左右の刀がバイテク立体ホログラムに変態しました」

 ナオキの声が聞こえてくる直前、サンの刀は左の刀をすり抜けていた。左の刀はそのままの形状で、バイテク立体ホログラムに変態したのだ。

 青鬼が愉快そうに笑った。だが、折れ曲がった腕は、バイテク立体ホログラムに変態しても折れ曲がったままだった。

 「変態します」

 ナオキの声と同時に、サンは連続バク転して間合いを取った。

 閃光。

 プラズマ発光体が現れた。

 「中心でゲノムの巣窟となるプラズマ発光体の時に、投与するのが絶好です」

 「わかりました」

 ナオキの判断にサンは頷いた。

 「まずは右に巻いている蔓を使って下さい」

 ナオキの指示に、サンは理解した。

 「右の蔓がバイテク分子で、左の蔓がバイテク誘導物質ですね」

 「はい」

 確認するサンに返事をしたナオキに向かって、サンは振り向くことなく刀を後方に投げた。

 「護身に使って下さい」

 刀がナオキの足元のバイテク床に突き刺さった。

 「武術の心得はありません」

 ナオキの声と共に、サンの鋭敏な聴覚が、後方から投げられ戻ってくる刀を捉えた。柄の向きを捉え、敏捷に後ろ手で掴み取る。

 「変態します」

 ナオキが叫んだ。

 閃光。

 青鬼が現れた。

 分化していた左右の刀はなく、前腕に戻っていた。また、折れ曲っていた腕も元通りに戻っている。

 「弓と十本の矢に分化せよ」

 声を上げた青鬼に向かって、サンは突進した。分化しかけの前腕と、バイテク立体ホログラムの上腕との境目を、斬ろうというのだ。

 「足が実物です」

 ナオキが警告した直後、青鬼の足が刀を握るサンの手を蹴った。いや、既の所でサンは躱していた。だが、そのことで、サンは境目を斬ることができなかった。その上、サンは青鬼のもう片方の足で腹部を蹴られ、後方に押し飛ばされた。

 サンは苦々しく顔を歪めたが、瞬時に気持ちを切り替えると、尻尾をもぎって声を上げた。

 「強化膜に分化せよ」

 サンは分化を始めた尻尾を、後方に向けて高く放り投げた。ゆっくりと放物線を描いてナオキの元へ向かって行く。

 青鬼が弓と十本の矢に分化した左右の前腕を掲げた。嘲笑いながら弓の弦に矢をあてがった。

 一本の矢が射られた。

 その矢をサンは刀で斬り落とした。直後、青鬼が残り九本の矢を連続で射ていく。

 サンは左右に動き、飛び跳ね、刀で斬り落としていく。だが、斬り落とせない矢がナオキの方へ向かった。

 サンが放り投げた尻尾は、ナオキの眼前で透明な強化膜に分化し終え、ナオキをふわりと覆った。直後、数本の矢が強化膜に突き刺さった。

 全ての矢を射た青鬼は、愉快そうに笑った。

 「変態します」

 ナオキが大声を上げた。

 閃光。

 プラズマ発光体が現れた。

 「今です」

 ナオキが声を張り上げた。

 サンは素早く、右上腕に巻き付けている蔓を解いた。

 「蔓先にあるトゲを命中させて下さい。命中するとトゲは蔓から外れ、バイテク分子が投与されます」

 ナオキの声を聞きながら、サンは蔓を鞭のように撓らせて打った。だが、宙に浮かぶプラズマ発光体はするりと躱した。

 「変態します」

 ナオキの声が口惜しそうだった。

 閃光。

 青鬼が現れた。

 分化していた弓はなく、前腕に戻っていた。また、矢に分化して失っていた前腕も再生されていた。

 「プラズマ発光体に変態するのは、再生する為です」

 ナオキの声と一緒に、青鬼の声も聞こえてきた。

 「刀に分化せよ」

 サンは蔓を上腕に巻き付けると、分化しかけの前腕を掲げている青鬼に向かって行った。

 「足が実物です」

 ナオキの声を聞き取ったサンは足を斬りにかかったが、分化した左の刀によって、サンの刀は受け止められた。だが、サンは刀で左の刀を押し退け、腰を捻って、右の刀を刀で受け止めた。刀を滑らせ、実物の右の刀とバイテク立体ホログラムの右上腕との境目を斬った。だが、手応えがなかった。

 「左右の刀はバイテク立体ホログラムに変態しました」

 ナオキの声の後、青鬼の足がサンの腹部を蹴ろうとした。だが、躱したサンは刀で青鬼の足を斬った。

 「足はバイテク立体ホログラムに。左の刀が実物に」

 ナオキの声が焦っていた。バイテク立体ホログラムと実物の移行が速まっているのだ。

 サンは青鬼の足をすり抜けている刀を、そのまま腰上まですり抜けさせ、斬り付けてきた左の刀を受け止めた。

 「左の刀はバイテク立体ホログラムに。右の刀が実物に」

 ナオキの声と同時に、サンの受け止めていた刀が左の刀をすり抜けていった。サンはつんのめりそうになって耐え、斬ってきた右の刀をぎりぎりの所で躱した。

 「左の刀も実物に」

 ナオキの声に反応したサンは、身を翻して間合いを取った。両刀の上に、バイテク立体ホログラムと実物がころころと入れ替わるでは、堪ったものではないからだ。どのようにして戦うべきかと考えていて、ナオキの声が聞こえてきた。

 「時計の文字盤は分りますか?」

 「知識としては知っています」

 「ならば、実物の方向を時刻で言います。思う存分動いて下さい」

 「わかりました」

 ナオキのアイデアに自信を得たサンは、顎を上げて青鬼を横目で睨み、突進する。

 「七時」

 サンは頭上から斬り付けてくる右の刀を無視して、七時の方向に刀を振った。バイテク立体ホログラムの右の刀がサンの頭上をすり抜けていく中、サンは七時の方向にある右足を斬った。いや、僅かな所で躱された。だが、初めて右足に切り傷を付けることができた。

 「二時と九時」

 二時の方向から斬ってきた左の刀を、サンは体を傾けて躱し、九時の方向に刀を振り、右の刀を受け止めた。受け止めたと同時に、勢いよく弾き、出来た隙間に体を反らして潜り込む。

 「十二時」

 サンの仰向く顔に、真上から左の刀が迫ってきた。サンは刀を翻して振り上げ、左の刀を受け止め、勢い良く弾いた。

 「十一時」

 片方の手をバイテク床に突いたサンは、十一時の方向から斬ってくる右の刀を両足で挟んだ。そのままくるりと回転して、青鬼をバイテク床に叩きつける。だが、青鬼は身を捻って着地した。

 「八時」

 サンは八時方向にある右足を斬った。躱されたが、またしても切り傷を付けることができた。

 「四時と十時」

 四時と十時の方向から同時に斬り付けてくる左右の刀だが、サンは微妙な速さの違いを捉えていた。まず四時方向の左の刀を、下から刀で受け止め、続いて十時方向の右の刀を、受け止めた左の刀と一緒に受け止めた。

 「右足」

 ナオキの言葉に、サンは刀で受け止めていた左右の刀を思いっ切り弾き、右足を斬った。再び青鬼の右足に切り傷が付いた。

 「十時と二時。傷付いた右足はもうバイテクホログラムにすることができないみたいです」

 ナオキの言葉を耳にしながら、サンは十時と二時方向から来る左右の刀の、微妙な速さの違いを見分けて躱し、右足の動きだけを追っていく。

 「八時と一時」

 斬り付けてくる八時と一時方向の左右の刀を、サンはひょいひょいと躱す。

 「七時と二時」

 七時と二時方向の左右の刀を、サンは躱すだけで刀は振らない。青鬼の右足に深手を負わせる為、その好機だけを狙っている。

 「三時と十時」

 ひょいひょいと三時と十時方向の左右の刀を躱したサンは、右足が止まった瞬間を捉えた。素早く斬る。

 サンの刀は、青鬼の右足の向う脛をすっぱりと斬っていた。

 「変態します」

 ナオキが叫んだ。と同時に、素早くサンは右上腕に巻き付けている蔓を解いた。

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