月 第四話
「ルーム3へ」
ターシャがバイテクバブルモーターに指示を出して数秒後にドアは開いた。
ルーム3は二本の枝がある部分に位置し、バイテク雷の対策室となっている。
ドアから出た幹部分の輪状空間には、葉状バイテクモニターを筆頭に、様々な葉状のバイテク機器が並べられていて、隊員や科学者が作業をしている。その中を、右往左往する朱色の短髪が見えた。ペタだ。隊員や科学者に指示を出すペタは焦っている。すぐに捕らえると宣言していた、リキヤを含めた三名を捕らえられていないからだ。
大手バイテク立体ホログラムセンターから得た情報を解析した結果、リキヤ以外の二名が誰なのか特定できなかった。それに加え、リキヤもそこを訪れていなかったのだ。三名は皆、大手バイテク立体ホログラムセンターにあるバイテクニューロコンピュータを遠隔操作で使用していたのだ。月にあるバイテクドーム内からのネットワーク操作だと判明はしたが手間取っている。また、人物の特定ができているリキヤの居場所が全く掴めていない。どこかに身を隠しているはずのリキヤを見つけられないでいる。
ターシャは幹部分の輪状空間を抜け、右側の枝部分の空間へ向かった。幹から伸びる二本の枝は、左右に並んで伸びている。左側の枝部分の空間には何人かの科学者がいるが、向かっている先にはナオキしかいない。
「ナオキ」
ターシャが呼び掛けたが、聞こえていないのか、無視しているのか、ナオキは振り向かない。
最後尾のサンがバイテク床にあった亀裂を跨ぐと、ナオキが声を上げた。
「バイテクコンピュータ。バイテクシェードを構築せよ」
ナオキの指示を受け、サンが跨いだ亀裂から無数の茎が出てきた。それらの茎はサン達を取り囲んでぐるりと伸び、頭上も塞ぐように枝を伸ばし、葉を鬱蒼と生い茂らし、バイテクシェードになった。
バイテクシェードの際のバイテク床に、巨大なシャクヤクが咲いている。その花がバイテクニューロコンピュータだ。その茎に付く葉に、新種のバイテク立体ホログラム装置が設置され、ミカの顔も同じように別の葉に根付かされていた。
「バイテクニューロコンピュータ。バイテク追尾髪の記録保存データを、新種のバイテク立体ホログラム装置に直結し、ミカが見た光景を再現せよ」
ナオキの指示を受け、新種のバイテク立体ホログラム装置から粒子が放出された。
硬直した顔のミカが見たであろう光景が、バイテク立体ホログラムとなって現れた。
「リキヤ」
ターシャが仰天の声を上げた。
再現の為、ぼやけたバイテク立体ホログラムだが、ミカが見たバイテク立体ホログラムは、確かにリキヤであることが分かった。バイテク立体ホログラムのリキヤは、両手を上げている。このこととミカの顔が硬直していたことから考えられるのは、バイテク立体ホログラムのリキヤがミカに襲い掛かる寸前ということだ。
「再現ができるのは、この最後の瞬間だけです」
説明したナオキが指示を出した。
「バイテクニューロコンピュータ。再現を終了せよ」
続けざまに指示を出す。
「バイテクコンピュータ。バイテクシェードを解除せよ」
バイテク立体ホログラムのリキヤは消え去った。バイテクシェードは一気に枯れ落ち、散乱したそれらをバイテク床は分解し吸収していく。
射してきたバイテク天井の明かりに、眩しそうに目を細めたナポがナオキに詰め寄った。
「スキャンし照合した結果、バイテク立体ホログラムは紛れも無くミカだ。それなのに、これはどういうことだ?」
「リキヤはミカだったということです」
ナオキは淡々と答えた。
「ミカがリキヤ……」
呟いたターシャが気付いた。
「だからか。INPが何年かかっても実際のリキヤに接触できなかったのは、この理由からだったんだ」
「リキヤはバイテク立体ホログラムでしか存在していなかったということか……」
理解したナポが呆然となった。
「そうです。リキヤはミカのバイテク立体ホログラムだったのです」
ナオキの表情はずっと変わっていない。抑揚のない声と同じように、抑揚のない表情をしている。
「リキヤの恋人はミカで、仲はすこぶる良好だと聞いていたが……」
ターシャが皮肉たっぷりに笑った。
サンは今になって分った。ミカにバイテク追尾髪を植えたのは、リキヤの居場所を知る為だったのだと……
はたとターシャが笑いを止めた。
「なぜミカは警察隊月本部に、侵入者と認識されずに入り、ルーム1にいたんだ?」
「招かれたのではないでしょうか」
あっさりと言ったナオキを、ターシャが詰問するように見つめた。
「隊員の中に犯人がいると?」
ナオキはさらりと視線を逸らし答えなかった。
「何の為にミカを招いたんだ?」
ターシャはナオキの横顔を見つめている。
「ミカを殺す為かもしれんな。先の再現とバイテク立体ホログラムが実物だった点から考えると……」
ナオキに代わってナポが答えた。
「なぜミカのニューロンとバイテクニューロコンピュータが繋がっていないのに、リキヤのバイテク立体ホログラムが現れた?」
依然ターシャはナオキの横顔を見つめている。
「バイテクニューロコンピュータに、ミカのニューロンを組み込んでいれば、ミカが何処にいようが可能です」
「そんなことができるのか?」
「理論上では出来ます」
答えたナオキが、ターシャと目を合わせた。
「そうか。……で?」
「この理論上の説明はかなり長く、専門用語もかなり入りますが……」
「だったらもういい」
ターシャはナオキからナポに視線を移した。
「スキャンでミカの死因は特定できたか?」
「死因は感電だった」
「バイテク立体ホログラムのリキヤに襲われたんじゃないのか? 絞首されたと推測したが……」
「その前に感電したと言える」
「感電で焼印に似た状態になるのか? それに、なんで感電なんかするんだ?」
ナポに噛み付く勢いで聞くターシャに向かって、ナオキが淡々と割って入った。
「ルーム1の粒子変動の記録データを確認したところ、感電したと思われる時刻に、非常に高い粒子増大がありました」
「それは何を意味している?」
「バイテク雷がバイテク立体ホログラム装置から侵入を試みたと言えます」
ナオキの言葉に、ターシャは思い出した。
「あの時の青色の光は、侵入を試みたバイテク雷の落雷だったのか」
ターシャは腕組みをした。
「ならば、ミカがバイテク立体ホログラムのリキヤに襲われる寸前に、ミカとバイテク立体ホログラムのリキヤは落雷にあったということになる」
ターシャの発言に、ナオキは補足した。
「バイテク雷の落雷ですから、感電と共に焼印のようになったと言えるでしょう」
ターシャはナオキを見て頷いた。その時、ナポが唐突に発言した。
「バイテク立体ホログラムのリキヤのゲノムには、ミカのゲノムにはない遺伝子が組み込まれていた。その遺伝子はバイテク遺伝子だ」
意外にもナオキが素早く反応した。
「そのスキャンデータをいただけますか?」
手を差し出すナオキに、ナポは携帯バイテクコンピュータに付く小さな葉に触れて指示を出す。
「記録保存したスキャンデータをコピーせよ」
指示を受け、携帯バイテクコンピュータから芽が出て子葉となった。子葉を摘み取ったナポは、ナオキの手の平に乗っけた。手に取ったナオキは、手首に巻き付けている携帯バイテクコンピュータに乗せて根付かせると、枝先部分となる奥へ駆けて行った。ターシャがすぐに追い掛け、ナポとサンも追い掛けた。
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