月 第五話
ナオキは五十インチの葉状バイテクモニターの前に立った。
「スキャンデータを表示せよ」
携帯バイテクコンピュータに付く小さな葉に触れて指示を出したナオキは、携帯バイテクコンピュータに根付く子葉を摘み取り、葉状バイテクモニターの茎に付く葉に乗せた。子葉が葉に根付くと、葉状バイテクモニターにスキャンデータが映し出された。ナオキは葉状バイテクモニターに触れると、捲るようにしてスキャンデータを確認していく。その様子をターシャ達は背後から見つめた。
「やはり」
ナオキは確信のある声を発した後、葉状バイテクモニターに触れ、捲るようにしてバイテク雷のゲノムを引き出し、縦に二分割し、スキャンデータとバイテク雷のゲノムを並べて表示した。スキャンデータのバイテク遺伝子となる塩基対をなぞるように触れると、横に映るバイテク雷のゲノムの所々が赤色に染まった。
「ナポさんが言っていたバイテク遺伝子は、バイテク雷の一部の遺伝子と一致します」
振り返ったナオキに、ナポは頷いて返した。
「このことは、バイテク雷が侵入を試みた証拠だな」
「そうです。でも収穫はそれだけではありません」
そう言ってナオキは再び背を向けると、葉状バイテクモニターに触れて捲り、新種のバイテク立体ホログラム装置のゲノムを引き出し、縦に三分割して表示した。スキャンデータのバイテク遺伝子となる塩基対をなぞるように触れると、新種のバイテク立体ホログラム装置のゲノムの所々が赤色に染まった。
「三つとも同じだな。ということは、新種のバイテク立体ホログラム装置を作った人物とバイテク雷を作った人物は、同一人物と言えるな」
推測したターシャに、ナオキは振り返りざまに頷いた。
「ペタ!」
大声を張り上げながらターシャは、幹部分の輪状空間に駆け寄った。ナポとサンは追い掛けた。ゆっくりとだがナオキも向かって行く。
「ペタ。バイテク雷を作り、ミカを殺害した犯人は、警察隊月本部にいる」
ターシャは隊員とは言わなかった。
「だからペタ。それは中止して、ルーム1に新種のバイテク立体ホログラム装置を設置した人物の特定と、警察隊月本部にいる私も含めた全員の奇怪だと思われる行動をピックアップしろ」
「はい」
ターシャの指示にペタが返事をした直後、下から突き上げる振動と共に、爆発音が轟き、一瞬だけ暗闇になった。バイテク天井の明かりが一時的に消えたのだ。
「バイテクコンピュータ。状況を説明せよ」
「ルーム1に落雷しました」
ターシャの指示で、ルーム3バイテクコンピュータが答えた。
「バイテクコンピュータ。落雷はどこからだ? 特定せよ」
「特定します。お待ち下さい」
ルーム3バイテクコンピュータが答えた。
ターシャは嫌な予感で、苛つく自分を宥めるように深呼吸をした。
「ルーム1の枝部分の空間と幹部分の輪状空間の境目の、バイテク天井に設置されているバイテク立体ホログラム装置からです」
ルーム3バイテクコンピュータの答えに、ターシャは愕然としたように拳を握った。
「新種のバイテク立体ホログラム装置は外したはずだが……どういうことだ?」
「恐らく、そのバイテク立体ホログラム装置は、外す前の新種のバイテク立体ホログラム装置によって設置された、実物の新種のバイテク立体ホログラム装置だと言えます」
ナオキがターシャに推測を話した。
「そんなことができるのか?」
「あの新種なら、十分可能です」
ナオキの返答に、ターシャは舌打ちした。
「バイテクコンピュータ。ルーム1の状況は?」
「ルーム1は枝部分が吹き飛び、保管していた遺物の九割が損壊、焼失しました」
ルーム3バイテクコンピュータの答えに、ターシャは息を呑んだ。
「バイテク雷はまだ侵入できていないと思いますが、バイテク雷が試みている、侵入の落雷の激しさが増していることから考えると、近いうちに侵入されるでしょう。ですから、一刻も早く、その新種のバイテク立体ホログラム装置を外す必要があります」
ナオキが提言した。
「バイテクコンピュータ。ルーム1バイテクコンピュータにアクセスし、バイテク立体ホログラム装置を外せ」
「ルーム1バイテクコンピュータは自衛機能が作動し、自衛シャットダウンしています」
ターシャの指示を受け、ルーム3バイテクコンピュータが答えた。
眉間に皺を寄せたターシャは考え、戸惑い、苦悩した。それは、危険な状態のルーム1に誰かを行かせ、新種のバイテク立体ホログラム装置を外さなければいけないからだ。
「わしが外しに行く」
名乗り出たナポの声は、覚悟を決めいていた。だから、ターシャの了承を得ぬ間に、ナポはドアへ向かって駆けていた。
ナポの後姿に向って声を掛けようとしたターシャを遮って、ペタが声を上げた。
「ターシャ。ルーム1バイテクコンピュータの記録保存データの全てが消失しています。このような消失を防ぐ為の自衛シャットダウンなのに……」
ペタの表情は言い知れぬ驚きで固まっていた。だが、ターシャは冷静に言った。
「警察隊月本部のメインバイテクコンピュータにバックアップがあるだろ」
「先程アクセスして確認しましたが、バックアップがありませんでした」
ペタの返事に、ターシャの手が震えた。
「警察隊月本部のメインバイテクコンピュータに、定期的にバックアップされているはずのデータが、全く無いのです」
畳み掛けたペタに、ターシャは嫌な予感を吐き出しながら聞いた。
「本当に無いのか?」
「ルーム1バイテクコンピュータだけでなく、全ルームのバイテクコンピュータのバックアップがありません」
ターシャは苦々しく拳を握った。だが、すぐに指示を出す。
「ルーム1以外のルームバイテクコンピュータの記録保存データを用いて、命令の実行を続けろ」
「はい」
ペタの返事には、無念の思いが滲んでいた。
再び、下から突き上げる強烈な振動と共に、大きな爆発音が轟いた。先の落雷よりも激しさが一段と増していた。一時的な暗闇も、先より長く感じられた。
「ナポ! 応答しろ!」
ターシャが携帯バイテクコンピュータから伸びる蔓先の葉に向かって声を上げていた。一時的な暗闇の中でも、携帯バイテクコンピュータに通信の指示を出していたのだ。
「ナポ! 応答しろ!」
何度も呼び掛けるが、ナポからの応答はない。
「ルーム1で時空の歪みを観測しました」
ナオキの発言に、ターシャが怪訝な顔付きで振り向き、首を傾げた。
「時空の歪みだって?」
「宇宙の置き換えで生じる時空の歪みです」
「なんだそれは?」
噛み付くように聞いたターシャだったが、サンが口にした単語を思い出した。
「宇宙の置き換えとは何だ?」
ターシャはナオキに詰め寄った。だが、ナオキは携帯バイテクコンピュータから伸びる八インチの葉状画面に釘付けになっていて、ターシャの詰問など耳に入っていなかった。
「共鳴している」
初めて聞くナオキの茫然自失の声だった。
「どういうことだ? ナオキ! 説明しろ!」
怒鳴り上げたターシャの声で、はっと気付いたナオキが喋った。
「月裏遺跡でも同じように、時空の歪みが観測されています」
ターシャは訳が分からないとナオキを睨んだ。発言が要領を得ないからだ。
「共鳴しているのは、ルーム1ではなく、ルーム1にある損壊や焼失を免れた遺物とです」
再び要領を得ない発言に、ターシャは苛っとしたが、そのことを考えるよりもナポの安否を考え始めた。ターシャはバイテク壁に向かった。バイテク壁から突き出ている取っ手を掴み、バイテク救急箱を引き出す。
「月裏遺跡と遺物がなぜ共鳴しているのですか?」
サンはナオキの背後から、葉状画面を覗き見しながら問い掛けた。
「消えました!」
サンの問いなど耳に入ってなかったナオキが大声を上げた。
「消えた? それは、時空の歪みか? 共鳴か?」
ターシャが大声でナオキに聞いた。
「どちらもです」
ナオキの返事で、ターシャは一気にドアへ向かって駆け出した。サンも駆け出した。
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