地球 第十七話
「ミャム。こっちにおいで」
カイの手招きで、傍に寄ってきたミャムは、不安そうな瞳でカイを見つめた。
「トトもこっちに」
呼ばれたトトもカイの傍に来た。ミャムとは違って、勇ましい瞳でカイを見上げた。
「ミャムとトトはルーム9、バイテクモデルルームに避難するといい」
「僕はここに残る」
カイは耳を疑った。穿つようにトトを見つめる。
「おまえ。今、喋ったか?」
にやりとトトが口元を歪ませた。
「私達は進化し続けているの」
ミャムも喋ったことに、カイは呆然となった。ふと、ナポの言葉を思い出す。
――この子達のプロテオームは不安定なんだ。
「トトは強いわ。でも、まだサンには勝てない」
ミャムが可憐な声で冷静に言った。
「すぐにサン以上になれる」
勝気なトトは顎を上げ、ふんと横面を向けた。次の瞬間、トトは跳躍した。高々と宙に舞い上がり、飛んできたバイテク樹木の破片を後足で蹴り飛ばした。くるっと身を翻して着地する。
「僕は逃げない」
振り返りざま、トトがカイを見上げた。
カイは勇敢な警護バイテクペットの志を、誇らしく思い嬉しくなった。トトに向かって微笑むと頷いた。
「ミャムは避難……」
カイはミャムに視線を向けて驚いた。家政婦バイテクペットであるミャムが、緑色の刀を手にしていたからだ。いつの間にか刀に分化させたラティを、ミャムは五本指の両手で握って構えていた。といっても、屁っ放り腰だ。刀の柄を握る手は小刻みに震えているし、それよりも何より、ミャムの着けている白いエプロンには似合わない。だが、家政婦バイテクペットとして家族を守るということかと、カイは誇らしく思った。
ミャムを庇うように立ったカイは、泰然と先の折れた刀を構えると前方を見遣った。
バイテクペットクローン2は気が狂ったように、遊歩道の両脇にあるバイテク樹木を引き抜いては投げていた。それらをサンは拳で叩き壊しながら、バイテクペットクローン2を草原が広がる空間に追い遣っていく。
「変だ」
カイはバイテクペットクローン2の異変に気付いた。バイテクペットクローン2は肩で息をしていて、酒に酔っぱらっているかのように足元がふらついていた。
閃光。
バイテクペットクローン2の胸元にある青鬼の刺青が異様に輝いた。
カイはバイテクペットクローン2の異変の原因は、組み込まれたバイテクジャンピング遺伝子ではないかと思った。
閃光。
胸元にある青鬼の刺青だけでなく、バイテクペットクローン2の全身が青色に輝いた。
後退りしていたバイテクペットクローン2が、ぴたりと動きを止めた。枝部分となる草原が広がる空間に追い遣るまであと少しの所だった。
閃光。
全身が青色に輝いたと同時に、バイテクペットクローン2が絶叫した。
サンは自分の尻尾をもぎると、鞭に分化させ、それをバイテクペットクローン2の胴体目掛けて打った。鞭が胴体に巻き付いた直後、バイテクペットクローン2の胸元にある青鬼の刺青が強烈に輝いた。
閃光。
ソニックブーム!
辺りが青色に染まって爆音が響いた。直後には、バイテク床が地殻変動のように波打った。至る所のバイテク床にひび割れが起きる。
「バイテクフューチャーラボが崩壊する?」
カイが心配した矢先、バイテクペットクローン2が仰向けにぶっ倒れた。その胴体には焼け焦げた鞭が巻き付いていた。だが、サンが倒したわけではなかった。サンは焼け焦げた鞭を手放すと、口惜しそうに拳を握った。サンは鞭で捕らえたバイテクペットクローン2を、一気に草原が広がる空間に放り投げようとしていたのだ。だが、間に合わなかったのだ。
カイはサンの傍に駆け付けた。
口惜しい表情でサンが見つめる先のバイテク床には、大きな穴が開いていた。穴が開いている所は幹部分だ。ということは、穴の中は遺物があるルーム0だ。サンが枝部分となる草原が広がる空間に、バイテクペットクローン2を追い遣ろうとしていたのは、このような事態になるのを防ぐためだったのだ。
閃光。
ソニックブーム!
仰向けのバイテクペットクローン2の胸元から、二条の青色の稲妻が放たれた。
一条の青色の稲妻は穴の中に落ち、もう一条の青色の稲妻はトトとミャムの方へ走った。
「トト。ミャム」
振り向いたカイが瞠目して叫んだ。
彼らからの返事はなかったが、間一髪でミャムが手にしていたラティが強化膜に分化し、トトとミャムを包み込んで丸くなっていた。
閃光。
トトとミャムを包み込んでいる強化膜が緑色に輝いた。
閃光。
青色の稲妻が強化膜に落ち、強化膜が青色に輝いた。
閃光。
強化膜が水色に輝き、ふわりと宙に浮かんだ。
閃光。
強化膜が水色から緑色に戻り、緑色に輝いた。
閃光。
緑色に輝いた強化膜が、一瞬にして消えた。
消えた宙には、一筋の黒い線が真横に引かれていた。それが、まるでファスナーのように開き、強化膜を吸い込んだのを、一部始終見ていたカイとサンは唖然となった。何が起こったのか、全く見当がつかない。悲しみ以上に驚愕していた。見張った目で見つめるカイとサンの目から、一筋の黒い線は消え失せた。
閃光。
辺りが青色に輝いた。
カイとサンは、バイテク床に開いている穴を見遣った。穴から青色の光が出ていた。
カイが思い出したように、仰向けのバイテクペットクローン2に目を向けた。
「青鬼の刺青が消えている。先程の青色の稲妻だ」
推測したカイは、ごくりと唾を呑み込んだ。
「とうとう、バイテクジャンピング遺伝子が遺物に組み込まれた」
複雑な表情でカイはサンを見た。
「サン。おまえは逃げろ」
「なぜサンが逃げなければいけない」
きりりとサンがカイを睨んだ。
「これは命令だ」
厳しい口調で告げたカイが、サンを見つめて期待の言葉を掛けた。
「おまえならば宇宙の置き換えを阻止できる」
カイの目は真剣だった。
「おまえならばリンを救える」
「そんなことはない」
サンは否定した。
「それができるのは、サンじゃなくてカイだよ」
サンの気遣いに、カイの口元が綻んだ。立派に成長したサンをいとおしく思い、抱き締めるように見つめる。
「俺は見たいんだ。科学者として、どのように進化するのかを……」
カイが笑った。今までに見たこともない笑顔だった。
サンはカイの覚悟と決意を知った。従うことがカイの為だと理解しながらも、止められるものなら止めたかった。
「カイはサンが虹の数式と虹の化学式を解いたら、綾取りをしてくれるって言ったじゃないか」
「そうだったな、すまん」
謝りながらもカイがまた笑った。だが今度の笑いは、サンの気持ちが嬉しくて、それで出てきそうな涙を堪える笑いだった。
「リンとやればいい。リンは俺よりも下手だがな」
カイが作り笑った。
サンは胸が張り裂けんばかりに痛み、耐えられなくなって後ろ向きになり、腕で涙を拭った。
「うん。わかった」
カイの覚悟と決意をサンは受け入れた。
「宇宙の置き換えのことも、リンのことも、サンにまかせといて」
サンは振り返らず、後ろ向きのままで手を翳し、親指を突っ立てた。
「カイ」
思い当たったサンが声を上げた。
「その刀じゃあ、無理だよ」
サンは自分の尻尾をもぎって掲げた。
「刀に分化せよ」
尻尾は物凄いスピードで刀に分化した。その柄をサンは願を懸けるように強く握り締めた。
「カイ」
万感の思いでサンはカイに向き直った。カイに刀を手渡すと、またすぐ後ろ向きになった。そのままサンは駆け出した。突っ走りながら大声を上げる。
「カイ! 死なないで!」
決してもう振り向かないサンを見送りながら、カイは呟いた。
「頼むぞ、サン」
カイはサンを抱き締めるように刀の柄を胸元に引き寄せると、穴に目を遣った。
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