地球 第十四話

 空洞に入ったカイだが、立つことはできない。這ってしか進めない空洞が、緩やかな上り坂となって続いている。螺旋階段のように、ここからルーム3まで続いているのだ。構造でいうと、幹部分の外縁になるバイテク壁の内部に、エマージングルートが作られている。

 カイはひたすら匍匐で進んだ。

 前方に紅色のバラが見えてきた。近寄ると、紅色のバラの向こうに空洞は続いておらず、壁が行く手を遮っていた。カイは紅色のバラの中央に、ルーム3キーワードと一緒に手を突っ込んだ。

 手首にぴたりと巻き付くルーム3キーワードが、解けていく感覚と共に、行く手を遮っていた壁に丸い空洞が現れた。ルーム3の入り口だ。

 丸い空洞から這い出たカイは、立って手を上げ、全身を伸ばした。足踏みもして筋肉の調子を整えると、仄かに明るいルーム3内を走り、蕾状となってシャットダウンしているルーム3バイテクコンピュータに向かった。

 「カイBD492」

 識別番号を発しながら、カイは大きな蕾の中に手を突っ込んだ。

 「ルーム3バイテクコンピュータ。起動せよ」

 十数秒経って、ルーム3バイテクコンピュータの音声が響いた。

 「識別番号と声紋とゲノムが一致。認証しました。起動します」

 大きな蕾が開き、巨大なダリアが咲いた。それと共に、辺りは眩しいくらいに明るくなった。

 「バイテクコンピュータ。ルーム3の隔離を解除せよ」

 「隔離を解除します」

 ルーム3バイテクコンピュータの音声が響く中、カイは背後に不気味な気配を感じた。

 「誰だ?」

 振り返ったカイの顔から血の気が引いた。

 「鬼だ」

 立ちはだかっているバイテクペットクローン2の胸元を見つめるカイは、今までに感じたことのない戦慄を覚えた。動悸を感じながら、ゆっくりと視線を横にずらす。

 バイテクペットクローン大量生産をしていた、バイテク生産ラインのバイテク植物はみな根こそぎ倒され、成長中のバイテクペットクローンはみな殺されていた。また、バイテクペットクローン1は血に塗れた被毛で、強化ガラスに頭を突っ込んで息絶えていた。バイテクペットクローン2と熾烈な戦いをしたのだと見て取れる。

 「成長プロセスから考えて、おまえはまだ知識が不十分な上に、倫理教育を受けていないよな」

 カイは刺し殺すような視線を、バイテクペットクローン2の胸元に向けた。胸元の禿げた地肌に、虹の数式が消えかける時に写っていた、鬼の顔の絵が刺青されていた。その刺青が青色に輝いた。

 「青鬼だ」

 苦々しく呟いたカイに反応したのか、青鬼の刺青がにやりとしたように見えた。

 「刺青も全く似合わないが、被毛の色も全く似合わない。変だぜ」

 全身の毛が灰色から青色に変わっているバイテクペットクローン2を見つめながら、カイは冷やかした。

 つと、バイテクペットクローン2が攻撃姿勢になった。

 ぎくりとしたカイは身構えた。

 「カイ」

 サンの声が聞こえてきた。音声通信だ。いつのまにか、カイの顔面辺りに蔓先の葉が接近していた。

 「カイ」

 再度サンの声が聞こえてきた。

 気付いているカイだが、答える余裕はない。

 「カイ」

 三度目のサンの呼び掛けで、バイテクペットクローン2が首を傾げ、攻撃姿勢を解いた。バイテクペットの聴覚は鋭い。

 ほっとしたカイは声を出した。

 「なんだ?」

 「ルーム3バイテクコンピュータは起動したみたいだね。カイはルーム3にいるの?」

 「ああそうだ。で、なんだ?」

 通信をしてきた目的を急かすカイには余裕がなかった。いつ何時、バイテクペットクローン2が攻撃してくるか分らないからだ。

 「虹って、副虹があるの、知っていた?」

 サンが嬉しそうに尋ねるが、カイは無視した。無駄話以外の何ものでもないからだ。それよりも、不思議そうに蔓を眺めるバイテクペットクローン2から目を離すことなく、頭脳を計略に使った。

 「カイ。聞いているの?」

 サンの呼び掛けに、カイは閃いた。

 「聞いているぞ。サン!」

 カイは大声でサンの名を呼んだ。バイテクペットクローン2に、サンという存在を気付かせるためだ。

 「解読したよ」

 嬉しそうに伝えてきたサンの言葉に、待っていたとばかりにカイはにやりとした。だが、その気持ちを抑え、仰々しく言った。

 「サンが解読したのか?」

 「どうかしたの?」

 サンはカイの通常とは違う遣り取りに気が付いた。

 カイはサンにこちらの異変を伝えるように、バイテクペットクローン2に話しかけた。

 「バイテクペットクローン2。おまえは自分がクローンだと知っているよな?」

 バイテクペットクローン2はカイを睨んだ。

 「おまえのオリジナルは、この通信先にいるサンだ」

 カイは蔓先の葉を指差した。

 バイテクペットクローン2は、カイから蔓先の葉に視線を移した。じっと見つめる。

 ほくそ笑んだカイは、サンに指示した。

 「サン。解読の説明をしろ」

 「虹の化学式は、副虹だったんだ」

 ルーム3の異変に感付いているはずのサンだが、冷静に判断しているのか、その声は意外にも落ち着いていた。

 「副虹? そんなことは……」

 否定しかけてカイは思い出した。そういえば副虹だったと……

 「副虹って、色の順番が主虹の逆なんだね。だから、虹の化学式を逆にしてみたんだ。そしたらね。それは化学式ではなくて、古代文字だったんだ」

 「どんなことが書かれてあった?」

 「ルーム9バイテクコンピュータに手伝ってもらったんだけど、解らない古代文字ばかりで……でも、断片的だけど解読できたよ」

 サンの返事に、カイは緊張と興奮で胸が高鳴るのを覚えながら、解読した言葉を待った。

 「進化する為に遺伝子を探す」

 サンの言葉に、カイは呆然となった。

 「バイテク雷は、進化する為に遺伝子を探しているんだ」

 大声を上げたサンの声で、カイの頭脳は目まぐるしく動いた。バイテクペットクローン2の胸元にある青鬼の刺青を見て推測する。

 「バイテク雷は、バイテクペットクローン2の胸元に放電することで、バイテク雷の遺伝子を組み込んだバイテクジャンピング遺伝子を、バイテクペットクローン2のゲノムに組み込んだ。組み込まれたバイテク雷の遺伝子を含むバイテクジャンピング遺伝子は、バイテクペットクローン2のゲノムを次から次へと置き換えていき……バイテクペットクローン2の被毛は灰色から青色に変わった。目に見えない変異はもっと多いだろう。それは言うなれば、バイテク雷がバイテクペットクローン2を乗っ取って進化したということだ」

 「カイ。虹の数式だけど、全く同じものが共同論文にあったよ」

 予想外なサンの言葉に、カイはペタが言っていた話を思い出した。

 ――月裏で発見された遺跡は地球に存在していた遺跡。

 「これが関連するだと?」

 カイがはっとする声を上げた。と同時に、ルーム3バイテクコンピュータの音声が響いた。

 「サンが来ました」

 逸早く反応したのは、バイテクペットクローン2だった。

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