地球 第十三話

 「リキヤがバイテク雷の対策の為に、チームを作ることにしたみたいなの」

 ミカが高飛車な物言いで続ける。

 「リキヤからの伝言よ。バイテク雷の対策チームにあなたの参加を要望する」

 カイは返事をしかねた。そんなチームの参加よりも、早急にしなければならないことがあるからだ。

 「それから……」

 ミカの接続詞に、カイはまだあるのかと言いたげな表情になった。

 「BWからの伝言よ。バイテク雷に対抗できるバイテク武器の開発を要望する」

 「それにはリキヤの承認が必要だ」

 とっさにカイは言った。

 「リキヤには内緒でバイテク武器を開発してくれるのであれば、それに関わる出資に糸目は付けないと、BWは言っているわ」

 その伝言に、カイは内心にんまりとした。

 ――リキヤはバイテク武器作りには反対だ。だから隠れてこそこそ作っている。隠れて作るのはもう慣れっこだが、資金の工面が大変だった。だがBWが出資してくれるとなれば一石二鳥だ。今作っているバイテク武器は、BWのメンバーと接触する為だ。メンバーと接触し、アイツを割り出し、アイツを抹殺する為だ。まさに鴨が葱を背負ってくるだ。

 「BWの伝言を受ける」

 カイは決断した。

 「やっぱ両方は無理よね」

 億劫そうに長髪の毛先を人差指でくるくると弄ぶミカは、リキヤに断りを入れるのが面倒なのだ。

 「ああ。無理だ。予約殺到中のバイテクペット作りもあって忙しいからな」

 予約殺到中を強調したカイには、ミカからリキヤに上手い断りを入れてくれという意図があった。

 「仕方ないわね」

 気怠くだがミカは引き受けた。だがやはり我儘も言ってきた。

 「鳥の囀りが鳴っていたバイテク樹木。あのバイテク製品は高く売れるわよ。隠しドアまであるんだから……」

 人差し指を顎に当てたミカは、浮かれた様子で言った。中に入りたいのだと察したカイは、ミカが中に入らないよう、手立てを考え始めた。

 「あの隠しドアの先には何があるの? 抜け道があるとか? 隠し金庫に通じるとか? 秘密の空間でもあるのかな?」

 ミカの表情は興味津々だ。

 「金庫は無いが特別な遺伝子の貯蔵庫となっている。だから、一日一回の出入りに制限していて、今日はもう終わった」

 「残念ね。だったら明朝……」

 閃光。

 ソニックブーム!

 ミカの駄々っ子に冷汗をかく寸前、タイミングよく落雷があった。透明なバイテク天井が青色に染まったと同時に、耳を劈いて胸を抉る雷鳴が響き渡ったのだ。

 ミカは草原となっているバイテク床を見渡した。

 何かに気付いたカイは視線を上げ、透明なバイテク天井となっていないバイテク天井を見遣った。そのバイテク天井は外界と同期する明かりに設定している。

 「落雷したというのに、明かりは一瞬でも消えていない。なぜだ?」

 訝しく思うカイの視線に、伸びてくる蔓が入った。その先に葉が付く直前、蔓は枯れていった。

 「通信じゃないのか?」

 カイは呆然となった。

 「バイテクコンピュータ。さっき入ってきた通信はどこからだ?」

 「ルーム3からです」

 ルーム1バイテクコンピュータが答えた。

 カイは胸騒ぎがした。

 「バイテクコンピュータ。ルーム3に音声通信」

 いつもならバイテク床から伸びた蔓先に葉が付くのだが、今回は違っていた。待っていても蔓が伸びてこないのだ。カイが訝しそうに顔をしかめた時、ルーム1バイテクコンピュータの音声が響いた。

 「ルーム3バイテクコンピュータは、強制シャットダウンされました。ルーム3は緊急避難モードです」

 「なんだって?」

 カイは訳が分からないと、混乱気味に声を荒げた。

 「バイテクコンピュータ。強制とはどいうことだ?」

 「ルーム3のチーフによってシャットダウンされました」

 ルーム1バイテクコンピュータが答えた。

 「緊急避難って……」

 割って入ってきたミカの表情は、言い知れぬ恐怖で強張っていた。

 「あと十秒後には、ルーム3は隔離されます」

 ルーム1バイテクコンピュータの音声に、カイは嫌な予感と共に胸騒ぎが頂点に達した。

 「ミカ。すぐにバイテクフューチャーラボを出ろ」

 有無を言わせぬカイの気迫に、ミカはただ頷いた。カイを愛おしそうに見つめ、さらりと言った。

 「バイテク武器、絶対に作ってよね」

 ミカらしい労わる心が詰まった言葉に、カイは親指を突っ立てた。微笑みを返したミカは、素早く踵を返すと、ルーム1を出て行った。

 「バイテクコンピュータ。ルーム3のチーフは今どこだ?」

 「バイテクフューチャーラボを出て、ドーム治療センターへ向かいました」

 ルーム1バイテクコンピュータの答えに、カイの顔色は変わった。

 「ルーム3のチーフ以外の研究員は皆、今どこだ?」

 「バイテクフューチャーラボを出て、ドーム治療センターへ向かいました」

 ルーム1バイテクコンピュータの答えに、カイは顔面蒼白になった。ドーム治療センターへ向かったということは、かなりの重体だということだからだ。

 「バイテクコンピュータ。ルーム3で何が起こった?」

 「ルーム3バイテクコンピュータがシャットダウンしている為、原因を探ることはできません」

 ルーム1バイテクコンピュータの答えに、カイは苦虫を噛みつぶしたような顔で考え始めた。

 ――ルーム3の隔離を解除させる為にも、ルーム3バイテクコンピュータを起動させなければならない。

 「バイテクコンピュータ。隔離されたルーム3に入れる、エマージングルートを作製せよ」

 「識別番号を言って下さい」

 ルーム1バイテクコンピュータの返事に、カイは声を上げた。

 「カイBD492」

 「識別番号と声紋が一致。認証しました。エマージングルートの作製および実行をします。十数分お待ち下さい」

 ルーム1バイテクコンピュータの返事を聞いたカイは、草原の上に胡坐をかき、目を瞑った。心と体を休める。

 エマージングルートは、樹木をゲノム操作したバイテク建築樹木だからこそ作り出せる、間道だ。

 十数分が経った頃、バイテク床から発芽する微かな音を捉え、カイはゆっくりと目を開いた。

 見た目は草原のバイテク床から一本の茎が伸びていた。その茎に一枚の白っぽい葉が付いている。カイは白っぽい葉をもぎ取った。それには、隔離されたルーム3に行く、エマージングルートが描かれている。じっくりとエマージングルートを頭脳に焼き付けたカイは、白っぽい葉に向かって指示を出した。

 「ルーム3キーワードに再分化」

 発したカイの声紋に反応した白っぽい葉は脱分化した後、丸い葉から細長い葉に再分化した。これがルーム3キーワードだ。

 カイがルーム3キーワードを手首にあてがうと、ぴたりとくっつくようにルーム3キーワードは手首に巻き付いた。

 すぐさま立ったカイは踵を返して走った。遊歩道の途中から逸れ、バイテク樹木が茂る中に入っていく。幹部分の外縁になるバイテク壁が目前になった所で足を止めた。

 「バイテクコンピュータ。バイテク壁の防犯モードを解除」

 カイの指示で、バイテク壁を覆っている防犯バイテクバラの蔓のトゲが全て消えていった。

 カイは防犯バイテクバラの蔓を握ると、蔓を伝い登り始めた。

 バイテク床から四メートルほど登った所で、カイの頭上にある防犯バイテクバラの蔓の一本に異変が起こった。突如、鋭いトゲが出てきて、カイのスキンヘッド目掛け、鞭となって襲い掛かったのだ。

 「なぜだ? 解除したはずだ」

 仰天の声を上げながら、カイは万事休すと眼を瞑った。だが、襲ってくるはずの強烈な痛みがこない。カイはそっと目を開けた。

 「ウサギ」

 カイは目を見張った。身代りとなって防犯バイテクバラの蔓に巻かれているウサギを見つけていた。

 「大丈夫か?」

 カイの労いに、ウサギは意気揚々と顎を上げてみせた。

 ウサギの胴体は、トゲだらけの防犯バイテクバラの蔓に巻き付かれているというのに、一滴も血が出ていない。痛みも無いだろう。これも、ゲノム操作された警護バイテクペットとしての能力だ。また、四メートルの高さなら、跳躍も楽々と熟してしまう。

 「おまえには勝てないぜ」

 カイはウサギに向かって親指を突っ立て、再び蔓を伝って登ろうとして、ウサギに目を向けた。

 「おまえに名はあったか?」

 ウサギの耳がぴくぴくと左右に動き、真ん丸い目がカイを見つめた。

 「俺がつけてやる。おまえの名はトトだ。それから、おまえといつも一緒にいるクマの名はミャムだ」

 カイが親指を突っ立てると、ウサギが笑ったように見えた。しかも、その笑いはとても嬉しそうだ。

 「トト。またな」

 カイは右手を上げ軽く振った後、ひたすら登っていった。

 バイテク床から八メートルの高さの所で、カイはルーム3キーワードをバイテク壁に当てた。

 「エマージングルートを開けろ」

 カイの指示で、バイテク壁に巨大な紅色のバラが咲いた。その花の中央に、ルーム3キーワードと一緒に手を突っ込んだ。

 「ゲノムとルーム3キーワードを認証しました」

 紅色のバラから音声が響いた後、紅色の花弁が四方に散り、丸い空洞が現れた。エマージングルートの入り口だ。

 「点灯」

 カイの指示で、空洞内が明るくなった。

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