地球 第十二話

 「サン」

 「なに?」

 サンは即座に返事をした。

 「虹の化学式はバイテク雷だ。バイテク雷だと仮定して証明していけ」

 「うん。わかった」

 サンの返事を聞くや否や、カイは蔓を引きちぎって通信を終了させた。

 「サン?」

 きょとんとしたミカの声を聞き取ったカイは、はっとしたように振り向いた。ミカが思い出したというように目を細くした。

 「彼はバイテクペットのオリジナルよね」

 嬉しそうに微笑むミカが、あることを思い出したらしく、にんまりとした。

 「かなりの予約が入っているのよ」

 「どのくらいのマージンが入るんだ?」

 カイは嫌みたらしく聞いてやった。

 艶かしく身をよじったミカは、上目遣いにカイを見て、にっこりと笑った。その素振りで、カイはもう聞く気がしなくなった。その時、ミカの表情が一変した。不意に何かが頭を過ったらしく、捲くし立てた。

 「大量生産は? バイテクペットは? クローンは? 大丈夫?」

 ミカは落雷によるバイテクペットクローン大量生産の悪影響を憂慮している。カイは今更と思いながらも、否定してやった。だが、ミカの顔から表情はなくなり、ロボットにでも変身したかのような顔になった。これは立腹が頂点に達している状態だ。カイは腫物に触るように、そっと見つめた。そんなカイの眼前に、ミカの手が上がってきた。その手が力強く握られる。

 「たとえ凄く売れるであろう引く手数多のバイテク製品の仕業であっても、バイテクペットクローン大量生産を邪魔する奴は、絶対に許さない」

 ミカの言葉に、思わずカイは辟易した。

 「でしょ? でしょ?」

 至って真剣なミカは、カイに同意を求めた。無意識にカイは何度も頷いていた。そんな反応に満足したのか、ミカは平常の表情に戻り、するりと話題を変えた。

 「実は、この畦が見つかった所は全て、バイテク関連施設やその近くだったわ。確実に狙っているわ」

 カイの顔が青ざめた。

 「バイテク関連施設が攻撃されているってことか?」

 「そうよ。攻撃されているの」

 「テロか?」

 忌々しく言ったカイに、ミカはやるせない表情で頷いた。

 「何処の誰がどんな目的でテロを起こしたんだ?」

 「犯行声明は出ていないし……誰がテロを起こしているのか、全く分からない状況よ」

 「テロということは、バイテク雷はバイテク武器だな」

 「バイテク武器と言える代物だけど、このバイテク武器はBWが把握していないの」

 「BW?」

 カイはミカがパニックに陥っていると口にしていたのを思い出した。

 「BWみたいな組織があるから、こんなことが起きるんだ」

 「そうよね」

 意外にもミカがしおらしく受け止めた。少々拍子抜けになったカイの顔面に、蔓が近寄り、蔓先に葉を付けた。

 「カイ」

 サンの呼び掛けに、カイは即座に答えた。

 「なんだ?」

 「虹の化学式の解読の糸口を掴んだよ」

 サンの言葉に、カイがにんまりした。

 「そのまま虹の化学式の解読をすすめろ」

 「うん」

 カイが喜んでいることを、カイの口調から察したサンは、嬉しそうに返事をした。

 「虹の……」

 カイの言葉を耳にしたミカが、重要なことを思い出したと喋り出した。

 「ここのバイテクドームは、ここ製よね?」

 「ああ」

 カイにとっては摩り替った話で、要領を得ない話に、カイは憮然と頷いた。

 「虹の化学式。私もこの目で見たわ」

 「そうか。だったら虹の数式も見たか?」

 「見たわ。でも、ここのバイテクドームに異常はなかったわ」

 再び要領を得ないミカの話に、カイは首を傾げた。それに気付いたミカが説明を始めた。

 「八日前から本格的な調査を始めたと言ったわよね。私のチームはバイテクドーム内外で有らゆる事実を調べているの。だから、虹が架かって数式が浮かんだ時、外で調査しているメンバーと連絡をとったの。そしたら、虹は架かったがただの虹で、数式なんか浮かばなかったと言ったわ。二度目の虹の時も同じだった。数式も化学式も浮かばなかったと言ったわ」

 カイは頭脳を整理しながら、続くであろうミカの話を黙って待った。

 「虹の数式も虹の化学式も、バイテクドームを介さないと、ただの虹なのよ。だから、バイテクドームに異常があると思ったの」

 「それでバイテクドームに異常はなかったと言ったのか」

 「そうよ。他の五か国でも、それぞれのバイテクドームに異常はなかったわ」

 「攻撃された五か国でも、同じ虹の数式と虹の化学式が?」

 カイにぎろりと睨まれたミカは力強く頷いて返した。

 「ってことは、これらが犯行声明かもしれん」

 「そうね。わざわざバイテクドームに、虹の数式と虹の化学式を浮かび上がらせるという、芸当をさせるんだから」

 ミカの言葉に、カイがはっと気付いた。

 「なぜバイテクドームに浮かび上がらせたと言い切るんだ?」

 「それしかないでしょ。っていうと、怒るわよね」

 あどけなく笑ったミカに、カイのこめかみが激しく波打った。怒り心頭に発するのを抑えている。その様子に気付いているのか気付いていないのか、ミカはマイペースで喋り始めた。

 「バイテクドームを管理しているドームバイテクコンピュータが、バイテクドームのゲノムの一時的な異常を捉えていたの」

 「一時的?」

 カイは頭脳を整理し、問い掛ける。

 「他の五か国もそうだったのか?」

 「みな同じ一時的なバイテクドームのゲノムの異常を捉えていたわ」

 「その一時的な異常とは、どのようなものだった?」

 「一部の遺伝子が、別の遺伝子に置き換わっていたわ」

 ミカの答えに、カイは閃いた。

 「ジャンピング遺伝子だ」

 「ジャンピング遺伝子? それってなに?」

 「正式名称はトランスポゾンといって、遺伝子から遺伝子にジャンプし、一部の遺伝子を置き換えることができる。だが、バイテク製品に於いて、ジャンピング遺伝子は排除されている」

 カイは自分が発した言葉で気付く。

 「敢えてジャンピング遺伝子を組み込んだんだ。となると、そのジャンピング遺伝子は、バイテクジャンピング遺伝子だ」

 とんでもないバイテク武器だと、カイの目が透明なバイテク天井を介して見える、透明なバイテクドームを仰いだ。

 「あっ。そうだわ」

 ミカが大事な用件を思い出しとばかりに叫んだ。カイは何事かと息を呑んだ。

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