地球 第十一話

 「映像通信をひらきます」

 ルーム1バイテクコンピュータの音声と共に、バイテク床から蔓が伸び、その先に葉が付いた。その葉が物凄いスピードで細胞分裂をし、八インチの葉状画面に分化した。

 「ミカ。カイだ」

 カイが名乗ると、葉状画面にミカが映り込んだ。微笑みながら手を振る。

 「カイ。愛しているわ」

 その言葉に、カイの薄い眉毛がぴくりと動き、苦々しく顔を歪めた。

 「久しぶりだというのに、愛想がないわね」

 ミカは漆黒の長髪を手で軽く掻き上げながら、ルビーに染めた唇を尖らせた。

 「すぐにバイテクフューチャーラボに来て欲しい」

 ぶっきらぼうなカイに、ミカは視線を逸らした。

 「今日はもう疲れちゃったのよね」

 ミカが駄々っ児になったらもう切りがない。暇のないカイは、いきなり興味をひくであろう話を持ち出した。

 「興味深い遺伝子が手に入ったんだ」

 「そう」

 意外にもミカはそそられることなく、視線を逸らしたまま、顎を人差し指でリズミカルに弾いている。

 「バイテクドーム無しの月面で生きていける遺伝子が……」

 「あるの?」

 振り向いたミカの目が、わくわくするように煌めいている。

 「ああ。手に入れた」

 「だったら、バイテク宇宙服やバイテク立体ホログラム系ネットワークなど、もう要らないわね。地球を旅行するのと同じように、気軽に宇宙を旅行……」

 にこやかに喋っていたミカが急に陰鬱になる。倫理面で問題になると気付いたのだ。

 このようにミカは喜怒哀楽が激しい。その上、話題もころころ変わる。

 「ヒトのゲノム操作は推奨しない。それよりも、それを使ってより高性能なバイテク宇宙船やバイテク宇宙服……画期的なバイテク製品を作り出せばもっと売れるぞ」

 カイの提案で、ミカのテンションは上がった。子供のように無邪気に笑う。

 「ミカ。これからすぐに来られるか?」

 「すぐに行くわ」

 ミカがにこりと微笑んでウィンクした。

 「ルーム1に来てくれ」

 「わかった」

 再びにこりと微笑んだミカの表情に、ほっとしたカイが蔓を掴んだ。だが堪えた。通信を終了させるのはミカでないと機嫌を損ねてしまうからだ。

 ――子供の頃のミカはこんな感じではなかった。天真爛漫さは変わらないが。

 溜息を吐きながらカイは枯れていく蔓を見つめた。疲れが出てきたのか、遊歩道の上に胡坐をかき、目を瞑った。

 ――俺とミカは日本国で本当の兄妹のように育ってきた。

 懐かしい日本国の風景を思い出しながら、束の間、カイは脳と体を休ませた。


 「ミカが来ました」

 ルーム1バイテクコンピュータの音声に、目を見開いたカイはすっくと立った。体を向けると、ドアが開いた。

 「はーい。カイ」

 ミカは現れるや否や、ウィンクと共に投げキッスを飛ばした。思わずカイは、ひょいと躱すような仕草をしてしまった。

 案の定、ミカの表情が一変し、不機嫌になった。胸の前で腕を組むと膨れっ面になってそっぽを向く。

 「今、溜息をついたでしょ?」

 ご機嫌ななめ声と一緒に、ミカはふて腐れ顔でカイを睨みつけた。

 カイは手の平を上げて首をすくめてみせた。作り笑いながら、ドアの反対側までミカを誘導すると、鳥の囀りが鳴るバイテク樹木を見上げた。

 同じように見上げたミカは、一瞬でバイテク樹木のからくりを見抜いた。仲介商人として数々のバイテク製品を見ているミカだからこその気付きだった。そして、新製品ともなり得るバイテク製品の価値を、瞬時に計算し割り出していた。

 ミカは舌舐りするようにバイテク樹木を見つめた後、ゆっくりとカイに視線を動かした。その目は、秘宝を見つけてはしゃぐ子供のようだった。

 「さっきのことは許してあげる」

 満面笑みで言ったミカは上機嫌だった。だが、次の瞬間には、細くしていた目を尖らせた。

 「私をここに呼んだのは、このことじゃないでしょ」

 洞察力の鋭いミカに、カイは本題を切り出そうとした。だが、ミカが大声を上げて遮った。

 「これは何?」

 ミカが遊歩道にある畦に気付いた。穿つように畦を見つめる。それはもう科学者の目だ。

 腰を屈めたミカは、首に巻いていたチョーカーをするりと外した。それを瞬時に振り下ろし、一本の固くて細長い棒にし、右手に握り締め、それを一気に畦に突き刺した。チョーカーはバイテクセンサーだ。左手で右袖口を捲り上げ、ブレスレットのように取り付けられている葉状バイテクモニターを露出させた。そこにバイテクセンサーから送られてきたデータが表示される。それを見つめた後、バイテクセンサーを引き抜いて左右に振り、チョーカーに戻して首に巻き付けた。すくと立つと、畦伝いに歩き始める。ドア前方の一直線の遊歩道にも続いている畦を伝わって行く。バイテク樹木が無くなり草原が広がる所にも畦はできていた。そのまま畦伝いに進み、畦が途切れた所で足を止め、バイテク天井を見上げた。透明なバイテク天井から見える空は、そろそろ夕刻になる頃で、雲は無かった。

 「ここに落雷した」

 しゃがんだミカは、焼け焦げている草をそっと手で払い除けた。見た目は土の地面のバイテク床に、穴が開いていた。

 「何か異常は起きている?」

 立ったミカは振り返り、後ろをついてきていたカイを見た。

 「ああ。天と地が引っくり返るくらいにな」

 カイは唇を歪め、卑屈に笑った。

 「これと同じものを、五か国でそれぞれ、一カ所ずつ見たわ。この畦はプラズマ放電の跡よ」

 「やはりこの畦は雷が通った跡か」

 カイの言い方で、ミカはカイが青色の雷の存在に気付いていて、そのことで自分を呼んだのだと理解した。

 「青色の雷は異常気象じゃないわ」

 ミカの発言に、カイは頬を硬直させた。

 「バイテク製品だというのか?」

 カイはミカの瞳から全ての情報を掴み出すように、激しく見つめた。

 「そうよ」

 きっぱりと答えたミカは、カイの瞳を見つめ返しながら言葉を継いだ。

 「青色の雷が発生したのは、ちょうど二週間前。異常気象は今では通常気象となり、それを越えるものが異常気象と呼ばれ、ここ数年は異常気象をも超える奇怪な異常気象も発生しているから、これもその一つだと思っていたわ」

 「バイテク製品だといつ分った?」

 「八日前から本格的な調査を始めて……青色の雷は普通の雷とは全く違っていたわ。青色の雷は低温プラズマで、生体反応があるの」

 仰天したカイが目を見張った。こめかみがぴくぴくと動く。

 「生体? そんなものが作れるのか? 一体誰が? 何の目的で? そんなものを作ったんだ?」

 「BWもパニックに陥っているわ」

 溜息を吐くようにミカが言った。その言葉がカイの耳に届くか否かの間で、カイの頭脳は目まぐるしく動き叫んでいた。

 「バイテクコンピュータ。ルーム9に音声通信」

 カイの指示で、バイテク床から蔓が伸びる。カイの顔に近寄ると、蔓先に葉を付けた。

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