地球 第九話

 「ナポ。鳥の囀り音は止めた方がいいんじゃないか?」

 カイは鬱陶しそうに、鳥の囀りが鳴るバイテク樹木を見上げた。絶滅した鳥の剥製が枝のあちこちにとまっている。

 「この音は必要だ」

 ナポは踏ん反り返るようにして答えた。彼は昔からこうだ。ぶっきらぼうな上に横柄で、上司もへったくれもない。

 「そっか」

 あっけらかんとカイは返した。

 「ペタが持ってきた遺物だが……」

 ナポがぶっきらぼうに喋り出した。

 きりりとカイは斜めにナポを見た。反骨精神あふれるナポが好きだからこそ、カイは威圧的に見るのだ。

 「遺物は骨だったか?」

 「ああ」

 先に言われ不機嫌そうにナポは頷いた。

 「遺伝子は? ゲノム解析はできそうか?」

 「遺物は月裏遺跡で見つかった首飾りの一部に使われていた動物の骨だと聞いている」

 不機嫌になったお返しとでもいうように、ナポは違う返事をした。

 カイは鼻であしらった。

 それを見たナポは、ほくそ笑んだ後、朗々と言った。

 「ゲノムは残っていて、もう解析した」

 賞賛に値する返事に、カイは満足そうに口元を綻ばせた。だが、すぐに口元を引き締める。共同論文を思い出したからだ。

 「遺物は地球に存在した動物だったか?」

 ナポは戸惑った。彼のそんなはっきりしない態度は初めてだった。思わずカイは苛々して声を荒げた。

 「地球の動物ならば、系統は? 何に属するんだ?」

 「新種であることに間違いはないが……」

 ナポは不可解なのだと言わんばかりの表情で言葉を続けた。

 「どれにも属しそうで、どれにも属さない」

 「だったら、地球外動物だ」

 気の短いカイは、てっとり早く結論付けた。共同論文も間違いだったと結論した。

 「だが……」

 否定しよとしたナポを遮って、カイは収束させるように静かに言った。

 「どっちにしても、この遺伝子は、俺達が進めるプロジェクトの要であるバイテク武器作りにとって好都合だ。そしてそれは……」

 言葉を止めたカイが、近寄ってくる何かに気が付いた。

 「アイツの最期だな」

 ナポが止めた言葉を口にした。それと同時くらいに、カイは腕を振り下ろしていた。その腕を灰色の小さな後足が蹴り、くるっと宙で後転して着地した。

 「今はおまえの相手をしている暇はない」

 激しく叱ったカイだが、そのわりには嬉しそうに、着地してちょこんと座っている、鼻筋の白い灰色のウサギを眺めた。

 「このウサギは、警護バイテクペットの十三番目の試作品だ。ウサギのゲノムに、警護機能としての有らゆる有用な遺伝子を組み込んでいる」

 「ああ、知っている。俺がここに来ると、いつもからかいにやって来るんだ」

 ナポの説明に受け答えしながらも、カイはウサギから目を離さない。ちょっと油断すると、そこを突いて襲い掛かってくるのが、このウサギの常套だからだ。

 「カイがいつもポケットに仕舞っている緑色のマリモは、万能バイテクペットの五十一番目の試作品だ。見た目はマリモだが、絶滅したマリモに似せて作ったものだ。糸状体が集まって出来ているマリモのように、万能バイテクペットはバイテクカルスの集合体だ」

 「小型のバイテクコンピュータも組み込んでいるから、万能バイテクペットはハイブリッドだ」

 言葉を補ったカイが、ナポへ視線を動かしそうになった。だが既の所で堪えた。視線は動かせない。

 「このウサギは確か、ペタが持ってきたミアキスの遺伝子が組み込まれているんだよな」

 ちょこんと座っているウサギが後足で首根っこを掻いた。ウサギの常套手段。油断させておいて顎をパンチする。

 「ああ。このウサギのゲノムと、クマのゲノムに組み込んだ」

 「クマ?」

 「家政婦バイテクペットの二十八番目の試作品だ。クマのゲノムに、家政婦として役立つ有らゆる有用な遺伝子が組み込まれている」

 「そういえば、いつも俺がウサギにからかわれているのを、楽しそうに陰で見ている、二足歩行のおっとりとした白いエプロンを着けたクマか」

 思い出したカイはそのクマを確認しようとして、視線を動かしてしまった。

 仕舞ったと思った時にはもう遅かった。防御する前に、高々と飛び跳ねたウサギが前足でカイの顎を叩いていた。

 「くそ」

 罵ったカイは顎を擦りながらウサギを苦々しく睨んだ。ウサギはちょこんと座り、何食わぬ顔で長い耳を後足で掻いた。

 「試作品であるこのウサギとクマだけが、なぜいつもここにいるんだ?」

 「この子達は試作品の中で一番の長寿だ。ルーム0ばかりだと飽きるだろ。だからこの子達の気分転換にと、外部予約が入っていない時はルーム1にいさせるようにしているんだ」

 質問したカイは相槌を打ちながら、わざとナポに顔を向けた。だが、目はしっかりとウサギを捉え、騙し討ちするようにウサギ目掛け、お返しのパンチを繰り出した。ウサギはそのパンチをいとも簡単に躱した。

 「ちぇ」

 残念だと言わんばかりに声を上げたカイが、再びウサギ目掛けパンチを浴びせながら、もう片方の拳もウサギに向かって打った。ウサギはパンチを後足で蹴り返し、宙で後転すると、しなやかに素早く体を捻り、打ってきたもう片方の拳を前足で叩いて退けた。

 「確かサンに組み込まれている遺伝子は、このウサギ達の遺伝子ではないよな」

 「ああ。この子達よりもずっとずっと後に作った試作品の子達だ」

 「なぜこのウサギ達の遺伝子をサンのゲノムに組み込まなかったんだ?」

 カイはウサギを睨み付けながら腰を落とした。

 「この子達のプロテオームは不安定なんだ」

 「なんだって?」

 大袈裟にカイはナポを見上げた。その隙を突いて、ウサギが前足でカイの太股を叩いた。カイは動じない振りをした。ウサギが飛び跳ねてカイの腕を叩こうとした。その時、それを捉えたカイが、すかさずウサギの前足を掴んだ。鬼の首を取ったようにカイは、ウサギを高々と上げナポに見せつけた。だが、それがカイにとって命取りだった。

 ウサギの後足はカイの顎を蹴り上げ、ウサギの耳はカイの手をはたいた。

 痛さと驚きで、カイの手はウサギの前足を放した。

 くるっと後転して着地したウサギは、誇らしげに顎を上げて胸を張って座った。

 「くそっ」

 めくじらを立てたカイがパンチを繰り出した。だが、ふんとそっぽを向く要領で、ウサギはあっさりと躱した。

 「カイが持っている万能バイテクペットにも、ミアキスの遺伝子を組み込んでいる。プロテオームを調べたいが、手放さないからな。調べようがない」

 ナポの話しを聞いているのか聞いていないのか、カイはウサギに向かってパンチを繰り出し続け、ウサギはそれを全て余裕で躱し続けている。

 ナポは一人と一匹の攻防を見て肩をすくめると、鳥の囀りが鳴るバイテク樹木の幹に、勢いよく右手を当てた。減り込むようにして右手が幹に埋まった。

 「バイテクコンピュータ。ルーム0のドアを開けろ」

 幹の表面がささくれ立った。

 「ゲノムを認証しました」

 ルーム0バイテクコンピュータの音声が響き、幹にヒト一人が入れるくらいの洞が開いた。洞はルーム0に通じる唯一の出入口だ。それは簡易なバイテクバブルモーターのドアであり、ルーム1の下にあるルーム0と上下に行き来している。ルーム0は幹部分の輪状空間のみだが、根元に位置している為、かなり広い。ルーム0は社外秘だ。

 幹の洞にナポが入ると洞は閉じられ、何ら変わらぬバイテク樹木の幹に戻った。

 ナポがいなくなったのを知っているのか知らないのか、カイはウサギと睨み合ったまま動かない。

 ふと、くしゃみの音が聞こえてきた。

 ウサギが思わず振り返った。ほくそ笑んだカイが、ひょいとウサギを抱きかかえ、雁字搦めにした。仕舞ったとウサギが、カイの胸でじたばたする。だが、カイは絶対に放さない。

 再び、くしゃみの音が聞こえてきた。

 カイが振り向くと、白いエプロンを着けた茶色のクマが、くしゃみをした口を両手で押さえている。ふっと笑ったカイの頬を、ウサギがぺろりとなめた。意表を突かれ驚いたカイの両腕が開く。その刹那、ウサギは逃げた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る