地球 第八話

 「俺はどのくらい眠っていた?」

 夢現のような声でカイは尋ねた。

 目を覚ましたカイに気付いた女性研究員が、顔を覗きこんで答えた。

 「二十五分ほどです」

 それを聞いたカイは、慌てふためいて起き上がろうとした。だが、途轍もない痛みが走り、上半身でさえ起こせない。仰向きで寝ている体で、かろうじて動かせるのは頭だけだった。頭をもたげると、十センチほどの平べったい白色のダンゴムシが、着衣の中から出てくるのが見えた。

 「まだ治療中です」

 厳しい口調で女性研究員が、カイの額を優しく下に押しやった。

 ダンゴムシは万能バイテク救急で、ダンゴムシのゲノムに医学的に有用な遺伝子やバイテク遺伝子を組み込んで作られた、バイテク製品だ。万能バイテク救急は破壊された細胞を修復したり、免疫細胞を活性化させたりと、重傷以下は治癒させてしまう。

 仕方ないとカイは、目を瞑り、大人しく仰向きのままでじっとした。すると、沢山の万能バイテク救急が着衣の中に入って、這い回りながら治療しているのを感じ取れた。バイテク床と接触している背中も這い回っていて、背中を押し上げて動くのも感じ取れた。また、他四名の研究員達の忙しく動き回る足音が、バイテク床から耳朶に伝わってきた。彼らは与えられた持ち場のチェックをしている。

 「何があったか報告しろ!」

 目を瞑ったままでカイは号令した。

 「落雷によってルーム3バイテクコンピュータが停止しましたが、一秒後には復活しました。だが、クローン管理データが起動しませんでした。それで博士に音声通信を入れたのですが……」

 チーフが話を途中で切った。カイの傍らにいる女性研究員に促したのだ。彼女が話を続ける。

 「ロボットが一斉に作業を止めたのです。私はバイテクコンピュータと同様に一時的なものだと思って見ていたのですが、突如ロボットが強化ガラスに向かって突進してきました。すぐに私はロボット管理画面から停止を指示したのですが、停止しませんでした」

 再びチーフが話し始める。

 「ロボットは強化ガラスを切り、こちら側に出てきました」

 「その直後、クローン管理データが起動しました」

 別の研究員が口を挟むと、残り二人の研究員が喋り出した。

 「今し方、バイテクディスクをじっくりと確認しましたが、異常はありませんでした」

 「ロボットの異常行動は、ルーム3バイテクコンピュータの停止によって、それと繋がっていたロボットの頭脳であるニューロコンピュータが故障した為だと推測します」

 「だったら仮定して証明していけ」

 指示を出すカイは、依然目を瞑ったままだ。

 「はい」

 研究員の威勢のいい返事の後、カイの傍らにいる女性研究員が話を元に戻した。

 「こちら側に出てきたロボットは、私達に襲い掛かり、私達は抵抗しましたが捕らえられ、隔離室に閉じ込められました」

 その時の様子を思い出したのか、女性研究員はぞっとするように身震いした。

 無造作にスキンヘッドを掻いたカイは、肩や腕、全身に痛みが走らないことを感じ取った。

 「クローン管理データを全てチェックしましたが、バイテクペットクローンのゲノム、プロテオームなどに異常はありません。発育にも支障は来たしていません」

 安心したように一人の研究員が声を上げた。カイもほっとしたように、頬を緩ませると目を開けた。

 「治癒しました」

 二十センチの立方体であるバイテク救急箱の上面に表示された文字を音読した女性研究員は、カイの着衣から出てきた万能バイテク救急を、一匹残らずバイテク救急箱に仕舞った。

 カイは軽快に立ち上がると、腕を回して腰に手をやった。

 「新たなロボットが見つかるまで、バイテクペットクローン大量生産は中止する」

 その号令に、研究員皆が手を止めて振り向いた。驚愕、失望、悲しみ、落胆……様々な表情でカイを見つめた。

 「だが、成長中のバイテクペットクローンは続行する」

 カイの言葉に、研究員が皆、安堵の表情を浮かべた。

 「本当にバイテクディスクに異常はないんだろうな?」

 「はい」

 念を押すカイに、研究員は毅然と答えた。

 「バイテクバブルモーター」

 カイは声を上げた後、研究員に向かって親指を突っ立てると、ドアに向かって歩き出した。そこではたと思い出した。ルーム3の緊急モードを発令してドアを排除したことを……

 カイはドアの無いバイテクバブルモーターに乗り込んだ。

 「バイテクバブルモーター。カイBD492。ルーム3の緊急モードを解除。至急ドアを生成し、稼働させよ」

 「識別番号と声紋が一致。認証しました。ルーム3の緊急モードを解除します」

 カイの指示で、バイテクバブルモーターはドアを生成していく。凄まじい早さで細胞分裂が起り、十数分でドアは形成された。淡い明かりが灯る。

 「ルーム1へ」

 カイがバイテクバブルモーターに指示を出してから数秒後、ドアは開いた。

 ドアから出ると、一直線の遊歩道が眼前から先まで続き、その周りには高低様々なバイテク樹木が植えられ、森となっている。手前の輪状空間にも遊歩道がぐるりと伸びていて、同じようにバイテク樹木が植えられ、森となっている。ここもルーム3と同様に幹から太い枝が伸びる部分に位置し、なお且つ根元近くで幹がかなり太い為、このような広い空間になっている。また、見た目が土の地面と変わらないバイテク床には、ルーム5と同様に、必要な栄養と水分が蓄えられている。ここのバイテク床には、多種のバイテク草も植えられていて、目を凝らせば、バイテク草やバイテク樹木の枝や幹に、絶滅した昆虫や鳥の剥製がとまっている。

 「絶滅した動物の楽園にようこそ。ここには、絶滅した動物達のオリジナルの剥製が展示されています。地球にある動物園の動物達は、ここに展示されている彼らのゲノムから蘇りました」

 ルーム1を管理するバイテクコンピュータの音声がアナウンスとなって流れた。ルーム1は展示室となっていて、予約を入れれば誰でも見学ができる。今日は予約が入っておらず、カイ以外は誰もいない。

 カイは輪状の遊歩道ではなく、一直線の遊歩道を歩き出した。異常はないかときょきょろ観察しているのだが、その足取りは早かった。

 幹部分から枝部分となる空間から、バイテク樹木は一本も無くなり、草原が広がる。草原には絶滅した肉食動物の剥製が横臥し、それを警戒するかのように遠巻きにして絶滅した草食動物の剥製が佇んでいる。その他、多種の絶滅した動物の剥製が、隠れるように配置されていたりもする。枝部分に位置するバイテク天井は、透明なバイテク細胞壁で作られている為、外界の光が差し込んでいる。

 草原を望んだカイは踵を返した。ドア前まで戻ると、輪状の遊歩道を一周し、再びドアの反対に位置する辺りまで歩く。

 知らぬ間に一人の中年男性が、鳥の囀りが鳴るバイテク樹木の根元辺りに立っていた。ルーム1バイテクコンピュータからの通報で、カイが来たことを知っていたのだ。また、バイテク監視カメラでも確認していて、カイが近寄って来たのを知り、ルーム0からここに出てきたのだ。

 カイは中年男性に話しかけた。

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