地球 第六話
「ルーム3へ」
カイはバイテクバブルモーターに指示を出した。それから十数秒後、バイテクバブルモーターの音声が響いた。
「ルーム3のドアは開きません」
カイが舌打ちをした。通常ならば数秒後には開くはずのドアが開かなかった為、異常事態が起こっていると気付いてはいた。だが、バイテクバブルモーターが自動処置を施しても、ドアを開くことができないほどだとは考えていなかった。暫し、カイは頭をひねった。
「バイテクバブルモーター。ルーム9バイテクコンピュータにアクセス」
「識別番号を言って下さい」
バイテクバブルモーターの音声に、カイは声を上げた。
「カイBD492」
「識別番号と声紋が一致。認証しました。お待ち下さい……ルーム9バイテクコンピュータにアクセスしました」
「バイテクバブルモーター。ルーム9が受けた映像通信の記録保存より、ルーム3からの最後の映像通信を再生せよ。画面は十五インチに設定」
カイの指示で、バイテクバブルモーターのバイテク壁の一部分が、見る間に十五インチの画面に分化した。その画面にルーム3のチーフが映った。切羽詰った表情の映像通信が再生されていく。
「静止」
カイの指示で再生が止まった。その場面は、チーフが後方で小さく映り込んできた女性に目を遣った映像だった。
「後方に映っている女性をズームイン」
カイの指示で、女性が大写しになった。
「このままで三秒間、スロー再生」
ゆっくり流れていく映像を、カイは食い入るように観察した。
彼女は、バイテク生産ラインの右方向を指差し、何か言葉を発しているようだった。
「この女性が話した内容を音声で再生せよ」
「停止しません」
彼女が発した言葉が流れた。
――何が停止しない?
カイは訳が分からないと、苛々するように自らのスキンヘッドを荒々しく掻いた。
「元に戻し、映像通信を再生」
あっという間に映像通信の再生は終わった。チーフの後方にはもう、誰も映り込まなかった。
「先程の映像通信に入っているヒトの音声を全て拾い、音声のみ再生せよ」
映像には映っていなかったが、聞こえてきていた研究員の微かな声を、カイはしっかりと聞き取っていたのだ。
カイの指示で、研究員五名全員の雑然たる音声が流れ始めた。
「博士」
「先程の落雷でルーム3バイテクコンピュータ……」
「停止しません」
「壊れたのか?」
「クローン管理データは?」
「暴走だ」
「まだ起動しない」
「落雷でやられたのか?」
「なぜだ?」
「何をしようと?」
「ロボ……」
身じろぎ一つしないで聞き入っていたカイだが、またしても訳が分からないと、自らのスキンヘッドを荒々しく掻いた。
――何が起こったんだ?
焦れば焦るほど、頭はこんがらかってくる。そんな精神状態を落ち着かせようと、カイは尻餅をついてバイテクバブルモーターのバイテク床に座り込んだ。一時、目を瞑って何も考えない。その後、記憶を整理し、頭をひねる。
はたとアイデアが浮かんだ。
「バイテクバブルモーター。ルーム3へ映像通信」
カイの指示で、眼前にあるバイテク壁の一部分が、見る間に八インチの画面に分化した。それと共に、カイには見えないが、ルーム3のドア前のバイテク床から蔓が伸び、蔓先に付いた葉が八インチの葉状画面に分化した。
「バイテクバブルモーター。画面は二十インチに設定」
カイの指示で、八インチの画面の周囲が細胞分裂を始めた。二十インチの画面に変わり、そこにルーム3の内部が映った。
誰もいない。音声も聞こえない。至って静かだ。
「誰かいないのか? 返事をしろ!」
カイは荒々しい声を上げ、しばらく待ったが、全く応答はない。
「バイテクバブルモーター。ルーム3の葉状画面を左一杯まで回転させた後、ゆっくりと右一杯まで回転させよ」
カイの指示で、ゆっくりと映像が右一杯まで動いていった。
研究員の姿がないだけで、バイテクペットクローン大量生産をするバイテク生産ラインなどは、いつもと変わらないように見えた。
――研究員はみんな仲良くどこへ行ったんだ? ロボット三体はいつもと変わらず作業をこなしているというのに。
有り得ないと言わんばかりの怪訝な顔つきでカイは考える。
――映像では見当がつかないことが起きているのならば、葉状画面で映すことのできない、ルーム3のドアの反対側の輪状空間になるが……そこは万が一の備えとしての隔離室となっている為、関係ないと言える。ならば、ルーム3バイテクコンピュータの異常だ。だが、それが起っているのならば、映像で見えるバイテク生産ラインにも異変が起こっていて当然なのだが。
カイは頭をひねった。
「バイテクバブルモーター。ルーム3の葉状画面をバイテク生産ラインにズームインさせ、ゆっくりと左一杯まで回転させよ」
カイの指示で、ズームインされたバイテク生産ラインの映像がゆっくりと流れていく。
「静止」
映像を止めたカイが見入った。
バイテク生産ラインの手前には、空間を隔てる強化ガラスがあるのだが、それは限り無く汚れが付着しにくく、限りなく透明な為、バイテク生産ラインを映している像には全く影響はない。だが、カイは映っている像の僅かな異変を捉え、強化ガラスの影響を受けている像を捉えたのだ。
「このままゆっくりとズームイン」
カイは映像を食い入るようにして見つめた。
「静止!」
――やはりバイテク生産ラインがぼやけて映っている。このぼやけて映っている部分は、縦長の長方形をかたどっている。これが意味するのは、長方形をかたどるようにして強化ガラスに汚れが付着しているか、長方形をかたどるようにして傷が付いているかだ。
考え込むカイは、研究員五名の音声再生を思い出し、はたと思い当たった。すっくと立つと、くるりと反転し、ドア側に対峙すると、股を開いて腰を落とし、中腰になった。両腕を脇腹につけ、拳に力を入れる。その直後、緑色の手袋をはめた片方の拳を、前に突き出しドアを打った。
衝撃音と共に、バイテクバブルモーターの音声が響いた。
「ドアが損傷しました。修復機能を作動させます。所要時間は……」
「バイテクバブルモーター。修復機能の停止。カイBD492。ルーム3の緊急モードの発令」
「識別番号と声紋が一致。認証しました。ルーム3の緊急モードに移ります」
「バイテクバブルモーター。ルーム3に強制入室の為、ドアを排除せよ」
カイの指示で、バイテクバブルモーターはドアをアポトーシスしていく。
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