第一章 地球

地球 第一話

 今やバイテク製品(バイオテクノロジーの製品)は、ロボテク製品(ロボットテクノロジーの製品)を凌いで市場に多く出回っている。ライフラインから建築、日常品まで、バイテク製品のシェアは鰻登りだ。特に、植物の遺伝子を百パーセント使用したバイテク製品は人気が高く、今ではそれが主流となっている。

 ハイブリッドとなると、ロボテク製品もバイテク製品も同じだと思われるが、生物と機械の配合率が違う。バイテク製品は生物がメイン、ロボテク製品は機械がメインだ。バイテク製品は名称の頭にバイテクが付く。

 「博士」

 所長室であるルーム8のバイテク床から伸びる蔓先の葉から、秘書である女性の声が聞こえてきた。音声通信で、葉はバイテク送受話器だ。

 「なんだ?」

 無愛想に返事をした中年の男性の名はカイ。眉間に深く刻まれる皺は、彼の小難しい一面を覗かせている。彼はバイテクフューチャーラボの所長であり遺伝子工学博士である。バイテクフューチャーラボでは、カイの先導の元、画期的なバイテク製品が作られている。

 「考古学教授であるリンをリーダーとする火星遺跡調査チームが、遺跡調査を開始しました。彼らのバイテク宇宙服の機能は万全ということです」

 「そうか」

 素っ気無く返したカイは、伸びている蔓に手を伸ばすと引きちぎった。これは通信の終了を意味する。引きちぎられた蔓は、バイテク床に落ち、見る間に枯れていく。その残骸は、バイテク床が分解し吸収する。バイテク床には土壌微生物の遺伝子も組み込まれているからだ。

 暫くして、バイテク床から蔓が伸び、カイの顔に近寄ると、蔓先に葉を付けた。

 「博士」

 その声にカイは素早く反応した。声の主は知っていて、所外からの音声通信だった。カイは噛み付くような勢いで葉に向かって喋り出した。

 「ペタ。今どこだ?」

 「宇宙エレベーターで地球プラットホームへ向かっています」

 ペタと呼ばれた男性の声が返ってきた。

 「遺物は見つけたか?」

 「はい。遺跡バイテクドームにある、月裏遺跡施設のリンの執務室で見つけました。ですが、こんなことをしていいのですか? 娘さん……」

 「俺に娘などいない。リンも俺のことをもうとっくに父親だとは思っていない」

 ペタの心配げな声を、カイは撥ね除けた。

 「つべこべ言うな! 早く持って来い!」

 大声を張り上げたカイの手は、喋りながら蔓を握り、喋り終わった時点で蔓を引きちぎり、通信を終了させていた。短気でもあるのだが、バイテク床から別の蔓が伸びてきたのを捉えていたからでもあった。

 「博士」

 所内の開発研究室、ルーム3からの音声通信で、そこのチーフの声が、蔓先の葉から聞こえてきた。

 「バイテクコンピュータ。映像通信に変更せよ」

 カイは待っていたとばかりに、ルーム8を管理するバイテクコンピュータに指示を出した。指示通り、蔓先の葉は脱分化した後、見る間に八インチの葉状画面に再分化した。分化や脱分化、再分化をするのは、バイテクカルスが組み込まれているからだ。

 バイテクカルスは、カルス(未分化の植物細胞)にバイテク遺伝子などを組み込んで作られたバイテク製品で、カイが作ったものだ。バイテクカルスは、バイテク壁やバイテク床など、有らゆるバイテク製品に組み込まれている為、各ルームを管理するバイテクコンピュータに指示を出せば、何度でもどんなものにも分化する。バイテクカルスが、バイテクコンピュータの折り紙プログラムによって、目的の形態に分化するからだ。各ルームを管理するバイテクコンピュータの見た目は、多種多様な巨大な花だ。また、バイテクコンピュータは全て、ディープラーニングも有している。

 葉状画面に若い男性が映った。彼側も同期して映像通信に替わった為、彼は浮足立つ心持ちを隠すように、きりりとした表情を作りてきぱきと報告する。

 「大量生産の第一号であるバイテクペットクローン1が、成長を遂げ、学習過程に入りました」

 「そうか」

 満足そうに口元を緩めたカイは、バイテク椅子から腰を上げた。飛び跳ねるように立ったことで、バイテク椅子は強風に揺れる木の葉のように翻った。バイテク椅子は、多肉植物をゲノム操作(ゲノムDNAとエピゲノムの操作)したバイテク製品で、一枚の巨大な丸い葉だ。

 「そっちへ行く」

 早口で言うと、伸びている蔓を引きちぎって通信を終了させた。バイテク床に落ちて枯れていく蔓と葉状画面を踏みつけて向かった先は、ルーム8の中央にある巨大な円柱状のバイテク壁の前だった。その内部にはバイテク維管束がある。

 「バイテクバブルモーター」

 カイが声を上げると、眼前のバイテク壁に垂直の亀裂が入り、左右に開いた。ルーム8のドアであり、バイテクバブルモーターのドアだ。各ルームのドアは、バイテクバブルモーターのドアとなっている。

 ドアから中に入ると、淡い明かりが灯ってドアが閉まる。中は白っぽい色をしていてドーム状の形をしているが、外側は球形だ。二三人しか乗れないが乗り心地は快適だ。そんなバイテクバブルモーターは、バイテク維管束の中を流れる養分や水などと一緒に、流れるように移動する乗り物だ。

 バイテク維管束は、植物が持つ導管と師管の束である維管束をゲノム操作したバイテク製品だ。

 バイテクフューチャーラボは、バイテク建築樹木だ。バイテク建築樹木は、樹木をゲノム操作したバイテク製品で、外観は巨大な一本の樹木だ。巨大な樹木の幹の中に、各ルームが輪状で縦にずらりと並んでいる。各ルーム間の移動は、幹の中央にあるバイテク維管束の中を、縦横無尽に移動するバイテクバブルモーターという乗り物で行き来する。また、バイテクバブルモーターで、別のバイテク建築樹木にも移動ができる。バイテク維管束は、バイテク建築樹木の幹だけでなく、根の先まであるからだ。そして、その根の先は各バイテク建築樹木の根の先と繋がっている為、バイテク建築樹木があるところには、どこへでもバイテクバブルモーターで直行できる。

 バイテクバブルモーターは、バイテク建築樹木の幹から出た枝に鬱蒼と生い茂った葉で、光合成によって作られるATPという化学エネルギーで動く。バイテク製品の殆どは、このエネルギーで動く。

 「ルーム3へ」

 カイがバイテクバブルモーターに指示を出してから数秒後、ドアは開いた。

 ドアの目の前で待ち構えていた、映像通信に映っていたルーム3のチーフがお辞儀をした。

 カイは無言で右手を上げると、チーフの顔を見つめ、どけろと言わんばかりに右手を振った。ぎくりとしたようにチーフは横跳びし、カイの視界の端に隠れた。

 開けた視界には奥行の長い空間が広がり、ドアから出たすぐの空間は輪状にぐるりと伸びている。ルーム3は、巨大な枝が伸びる部分に位置している為、幹部分にある輪状空間と枝部分にある奥行の長い空間とで、とても広い。

 ドアから出た手前の輪状空間には、横一列で葉状バイテクモニターがずらりと並び、チーフを除く四名の研究員が、それらに映るバイテクペットクローンのゲノム(ゲノムDNAとエピゲノム)やプロテオームなどの状況を観察している。並ぶ葉状バイテクモニターの中央辺りに、巨大なダリアが咲いている。その花がルーム3を管理するバイテクコンピュータだ。ダリアをゲノム操作したハイブリッドのバイテク製品で、バイテク床から伸びた太くて短い茎の頂に花を咲かせている。葉状バイテクモニターも、植物をゲノム操作したハイブリッドのバイテク製品で、太くて短い茎に支えられているが、その頂は花ではなく一枚の巨大な葉だ。葉が表示装置として機能を果たしているのだ。

 ずらりと並ぶ葉状バイテクモニターの向こう側には、透明な強化ガラスに仕切られた、バイテクペットクローン大量生産をするバイテク生産ラインが見える。と言っても、一見、庭園にしか見えない。苔に覆われた床は、苔のゲノムにヒト以外の有用な遺伝子やバイテク遺伝子を組み込んで作られた、バイテク床だ。バイテク床から生える大小のバイテク植物がバイテク生産ラインで、縦に十列、横に十列と格子状に並んでいる。左から縦三列に並んでいるバイテク植物は、バイテクペットクローンの成長に必要な栄養素やバイテクホルモン、急成長を促すバイテク酵素などを生産し、その横列から右全ての列のバイテク植物が、バイテクペットクローンのバイテク生産ラインで、このバイテク植物は太くて短い茎の頂に透明な蕾を付けていて、蕾の中でバイテクペットクローンが、生産された栄養素などを吸収しながら成長し、蕾は成長に合わせ膨らんでいく。

 バイテクペットクローンのバイテク生産ラインの左端縦列、手前の大きな蕾の中では、灰色の毛むくじゃらが両手と両足を広げたり屈伸したりと運動している。彼がバイテクペットクローン1だ。彼はバイテクペットのオリジナルと同程度の成長を遂げ、蕾の頂に被さっているバイテク葉から送られてくる様々な情報、沢山の知識、道徳などを習得している。彼の背後にある蕾から後ろの蕾の中には、バイテクペットクローン2、バイテクペットクローン3……が、順番に成長の途中過程にある。そんな縦列の右横縦列の手前にある小さな蕾の中には、まだ分裂途上のバイテクペットクローン11がいる。その蕾の後にある蕾の傍には一体の人型ロボットがいて、核除去したバイテク卵子にバイテクペットのオリジナルの体細胞を注入し、バイテクペットクローン12を誕生させている。

 「こういった作業は心のないロボットに打って付けだ」

 だろ? と言うような視線をカイはチーフに流した後、横へ向いて歩き出した。横目でバイテク生産ラインを眺める。

 真っ白い滑らかな肢体に球状の頭、人型ロボットとしてもっとも人気を誇った形状であり、家政婦ロボットとしても一世を風靡したロボットがもう二体、バイテク床やバイテク植物の見回りや管理をし、淡々と作業をこなしている。

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