バイテクペット/バイテク社会

月菜にと

序章

火星

 「私は今、非常に興奮している。火星探査車の地中レーダーによって見つかった人工物の痕跡は正しいと言える」

 バイテク宇宙服を身にまとうリンは、岩や石しかない荒涼とした火星の大地に立ち、眼前にそびえ立つ壁のような崖を感慨深そうに見つめている。

 「この崖の中に遺跡がある。火星探査車からのデータでは、遺跡は約二千年前に崖崩れか何かで埋もれたらしい」

 リン率いる火星遺跡調査チームは、痕跡の真偽を確かめる為に派遣された。リンはそのチームのリーダーだ。彼女は飛び級で進学した秀逸な考古学者だ。若年で重要な任務を任されたのは、月裏で発見された遺跡の調査を四年前から進めているからだ。

 「この人工物は崖の手前の地面で見つけた」

 リンは片方のグローブに乗っけていた、一辺五センチの黒っぽい立方体に見入った。彼女の喋る声や見る映像は、火星にある唯一の火星探査基地に送られている。

 「これは入れ物と言える人工物だ」

 もう片方のグローブで、人工物の蓋を開けた。中は空洞になっている。

 「一見しただけでは、蓋になっているとは気付けないほどだ。これだけの精巧なものが作れるとは……。一体、埋もれた遺跡には、どんな文明が栄えていたのだろうか?」

 リンは胸を躍らせるように崖を見た。その後、そっと蓋を閉めると、人工物の境界部分に目を凝らす。

 「バイテク宇宙服。ズームインせよ」

 登録されている声紋を捉えたバイテク宇宙服は、指示通りにヘルメットの前面レンズを動かした。

 「蓋の切り口はシャープでぴたりと合わさっている。立方体としての作りも完璧だ」

 人工物をぐるりと見つめ、リンは満足そうに口元を綻ばした。

 「バイテク宇宙服。組成を分析せよ」

 指示を受けたバイテク宇宙服の左腕から蔓が伸び、その先に一枚の葉が付く。その葉が人工物に覆い被さり、スキャンしていく。

 スキャンが終わると、人工物に覆い被さっていた葉が、まるで動画を早戻しするかのように、アポトーシスを起こす。葉から蔓へと、バイテク宇宙服の左腕に収納されるように、アポトーシスで縮んでいく。と同時に、スキャンされた組成データが、ヘルメットの前面の下部に映し出されていく。

 「この人工物は約二千年前の遺物と言える」

 リンはデータを目で追っていて、視界の隅に入ってきた異変に気付き、目を向けた。

 見張ったリンが息を詰める。

 グローブに乗っけていた人工物が消えているのだ。だが、乗っけている感覚はある。

 そっとリンはもう片方のグローブで、人工物の有無を確認しようとして、手を止めた。

 人工物が赤色を呈して現れたのだ。

 だが、程無くして、赤色の人工物は消えた。

 「消えたのではなく、透明になったんだ」

 気付いたリンの目に、今度は緑色の人工物が入ってきた。

 だが、それも、程無くして、透明になった。

 「点滅している?」

 閃いたリンの目に、青色の人工物が入ってきた。

 程無くして、透明になった。

 「次は何色?」

 リンの問いに答えるように、色を呈して現れた人工物だが、その色は赤色だった。

 程無くして、透明になる。

 「次の色は……」

 人工物は緑色を呈して現れた。

 「だったら、透明になった次は青色ね」

 リンの予測通りに、透明になった後、人工物は青色を呈して現れた。

 「赤色、緑色、青色と点滅している」

 悟ったリンだが、点滅は止まり、人工物は透明のままになった。首を傾げていると、透明になった人工物が白色に輝いた。

 「白色の光だ」

 リンが閃いたという表情になる。

 「赤色の光と緑色の光と青色の光が混ざると白色の光になる。光の三原色だ!」

 叫ぶように言ったリンの声に反応したのか、人工物が閃光。

 驚いたリンは人工物を放り投げていた。

 地面に転がった人工物から赤色の光、緑色の光、青色の光が放射状に飛んで行った。

 「消えた」

 再び透明になった人工物を拾い上げようと地面をまさぐるが、全く手応えはない。

 「人工物は消えた」

 呆然と呟いたリンの耳に、遠くで鳴る雷の音が聞こえてきた。空を仰ぐと、赤色の色素を混ぜた綿菓子のような積乱雲が見えてきた。その積乱雲が閃光。辺りは赤色に染まった。

 閃光。

 赤色の稲妻が走った。

 「赤色の雷」

 ――赤鬼。

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