独裁体制はキヅケナイ

時は流れて2ヶ月半後…。

もう少しで夏ではあるが、いささか湿気も多くたまに肌寒い日がまだまだ続く。

月曜日。

ここ数日勇人とアインは、朝も早くから学校とは反対方向へと歩いている。

ソナタの家へと向かっているのだ。

だが、二人のその足取りはどことなく重い。

勇人は涙目になりながら後悔し、自らを責めていた。

後の祭りだと気づいている勇人だ。

自らの不甲斐なさと、情けなさから泣いていた。


「オレはアホだ…。

本物のアホだ…。

スパルタ教育と、イジメの違いも気付けないなんて…。

教師にも、最低な人間がいる事は知っていたのに…。

バカじゃねえのか。

気付くのがあまりにも遅かった。」


そんな自虐的な勇人を見て、アインはいたたまれなくなる。

普通の慰めの言葉をかける事しか出来ないでいた。


「そんなに自らを責めないで下さい。

ソナタ様の事は、勇人様でもどうする事も出来ませんでしたよ。」


「イヤ、アインがビンタされた時に気づけたはずだ。

バ鹿山が見せしめのスケープゴート(生け贄)を使う独裁型イジメをする人間だと…。

もっと早くにバ鹿山の正体に気づいて、見限って行動してれば…。

ソナタは…。」


「大丈夫ですよ勇人様。

ソナタ様は強いお方です。

今まで休まれているのも、きっと別な理由があるからで…。」


コレから大事な連携作戦をする日…。

アインはどうにかして精神的に勇人を立ち直らせようと努力していた。

だが、幾ばくか疑問にも感じていた。


『しかし、おかしいですねぇ…。

昨日から少しばかり感情的でしたが…。

今朝は又一段と…。

何があったのでしょうか…?』


そうこうしていると

ソナタの家の前までついた…。

勇人とアインは、気持ちを切り替え。

なるべく明るくソナタを学校へと誘う。


「「ソおッくんっ…!!学校いこ~!!」」


しばらくすると、ソナタの母親、高松紗英が出て来て二人に謝った。


「ごめんなさいね、二人とも。

わざわざ、何度も迎えに来てくれてるのに…。

ソナタはまだ体調が優れなくて…。

学校を休ませるから…。

本当にごめんなさいね。」


「そうですか…。」


そう言われ二人は仕方なく、又とぼとぼと足取り重く学校へ向かった。

鹿山先生のイジメにより、ここ6日間ソナタが登校拒否に陥っている。

これまでの2ヶ月半で何が起きたのか…?


それは、土那高マキが転校して来たその日から始まった。

鹿山先生は1時間目の授業を潰し…。

レクレーションと称してクラスみんなにアンケート用紙を渡した。

そこに問われている内容は様々あった。

友達と呼べる人と、クラスの中の好きな人と嫌いな人を書く欄。

知りたい事や疑問に思う事。

悩みや困った事。

それに、先生に言いたい事、その他にも色々と書くアンケートだった。


「先生。このアンケートは何ですか?」


「クラス全体の、対人関係の相関図やらを知っておきたくてな。

誰と誰が仲良しか知っておけば、便利だろ?

他にもみんなの事が知りたいんだ。

このレクレーションの時間が終わったら回収する。

転校してきた土那高も、書ける欄は全て書いておくように…。

分かってると思うが、他は授業中だから静かにな。」


そう言い鹿山先生はまるで、教室内をテスト時の試験官みたいに歩き。

無言の中アンケートに答えさせ、チャイムがなると回収した。

次の授業も鹿山先生は、自習にした。

どうやら、アンケートを読む為の時間が欲しいらしい。


「自習にする。お前ら自由にして良いぞ。」


そう言って教室にある教師用の机にデンと座り、アンケートを読みふけった。

みんな言われた通り、自由にしていた。

読書する奴、喋る奴、まじめに自習する奴、机上遊びをする奴。

何よりも、転校生の土那高マキに女子生徒数人が近づき、話しを色々と聞く者もいた。

みな最初は、静かに内緒話しのようにコソコソとざわついていたが…。

教室内はやはり徐々に騒がしくなる。

ほとんど騒音に近い状況になるが、だが鹿山先生は動かない。

しばらくして鹿山先生は、一通りアンケートを読み終わったのか、ようやく動きだした。


バーーーーーーーーーーーーン!!


と、机を思いっきり叩き、みんなを一気に静かにさせると教壇へと立つ。

又、怒鳴り散らして叱られるかと、皆覚悟したが…。


「今からこのクラスの学級委員長と副委員長、決める。

立候補したいヤツはいるか…?」


そう、児童達に対して言った。

あまりにも突然だ。

だが、確かに決めなくてはならない事ではある。

学級委員長など面倒くさい立場。

誰もがやりたがらず、先程とは打って変わって教室内はやたら静かになった。


鹿山先生は、誰も立候補しないのを見てとると…。

クラス名簿へと目を移し…。


「では仕方が無い。

立候補がいないから先生が指名する。

高松ソナタ~。

お前が学級委員長をやれっ!!」


「えっ!?僕っ!?」


これまた突然の指名だった。

困惑し戸惑っているソナタをほっといて、鹿山先生は続けざまに…。


「次に、副委員長だが…土…。」


鹿山先生が副委員長を指名しようとしたその時…。

一人の生徒が手をスッと上げ立候補する者がいた。


「先生。副委員長なら私が引き受けます。」


そう言って立候補したのはあの山田 華だった。


「………そうか…。

では、お前に任せる…。」


鹿山先生は、一瞬不服そうな表情を見せた気がする。

その些細な変化に気づいたのは、クラスの中でも僅かだった。

次に各種係と班決めを行い終わった所で…。

すぐさま一つの命令が鹿山先生から下された。


「じゃあ高松、早速だが…。

委員長としてクラス全員を校庭3周走らせて来い。」


「「「え~~~~~~~!?」」」


それを聞いた児童達は、みんな一斉に不満げな声を上げる。

そんな児童達に鹿山先生は睨みながら威圧的に…。


「黙れ…!お前らの自業自得だろ…。

俺は自習にすると言ったが、誰が騒いで良いと言った!!

他のクラスに迷惑をかけた罰だ。

それと不満を言った罰を追加。

クラス全員校庭5周走って来い…。」


そう脅すように言う。

ソナタもまた、委員長として任命された使命感からだろうか。

勇気を持って手を上げ、鹿山先生に意見してみた。


「先生、静かに自習していた子もいます。

クラス全員走らせるのはどうかと思います。」


そう意見したソナタに対して、鹿山先生はツカツカ歩み寄り…。


パンッ!


『『『えっ!?』』』


突然、ビンタした。

みんなあっけに取られ、呆然としている。

当のソナタですら痛いと感じるよりも、なぜと心の中で自問した。

鹿山先生は、クラス全員に聞こえるように言い放った。


「いいか高松!!

自習をしてた奴は、騒いでた奴を止めようとすらしなかったんだぞ。

結果ウルサくなった。

これを連帯責任が無いと言えるか?

お前はっ…!?

更にお前はおとなしく自習をしていた自分が走りたく無くて反論しただろ。

そんなクラスの仲間を裏切る卑怯で汚いやり方。

先生は大嫌いだなっ…!!」


みんなに対してまるで裏切り者であるかのように言われ、頬の痛みに涙を浮かべる。


「僕はそんなつもりじゃ…。」


「コレ以上、醜い言い訳をするなっ!!」


パンッ!!


そう言ってソナタはまた叩かれた。


「クラスを代表する委員長が言い訳をした連帯責任として…。

みんなに追加でプラス5周。

合計10周走って来い。」


「「「ええ~~~~~~っ!?」」」


「恨むなら、言い訳したクラス委員長を恨め。」


スケープゴートとする対象を、完全にソナタへと狙いを定め。

ソナタへの、鹿山先生のネチネチとした陰湿な嫌がらせが…。

この時を皮切りに本格的に始まるのだった…。

クラス全員が校庭10周を走り終えた所で授業が終わる。

勇人、アイン、カナタとしまぽんは、息をあげてヘタっているソナタの側へと集まった。


「大丈夫?ソナタ君?大変だね委員長として…。

痛く無かったビンタ?」


「ああ、大丈夫だよしまぽん。

音が大きく出ただけで、あんまり痛く無かった…。」


「そう?ほんとに?」


「へへっ…。大丈夫…。」


そうしまぽんから心配されて、ソナタはまんざらでもなさそうに顔を赤らめる。

それを見た、勇人とアインとカナタは一斉に…。


ツン・つん・ツン


「いって~~~~~~いっ!!」


ソナタのほっぺたをつついて茶化すのだった。

まだソナタやみんなには、茶化すだけの余裕はあった。

そんな5人に須藤カズヤが近づいて来て、ソナタに向かって吐き捨てるように言い放つ。


「高松っ!!

お前、余計な事言うなよな!!

とばっちりが来たじゃねえかっ!!」


それを聞いたカナタが反論した。


「カズヤ…。

ソナタは悪く無いだろ?

鹿山先生に対する八つ当たりを、ソナタにするのはよせよな。」


それを聞いた須藤は…。


「チッ…。

誰のせいで校庭多く走らされてんだよ…。」


舌打ちをして、そう吐き捨てて去っていった。

鹿山先生のビンタよりも、クラスメイトの言葉がソナタを深く傷つける。

「余計な事すんなよな…。」

その言葉がソナタの心に、トゲとして残る。

ソナタの行動を制限する枷となる。

まるで、呪いの呪文でもかけられたかのように…。


次の授業の理科が始まると、鹿山先生は今から習う範囲の問題を出し。

その問題をいきなり須藤カズヤ含め、数人の生徒に次々と当てていく。

予習してきてるはずも無く、誰も答える事は出来なかった。


「おいおい、お前ら…。

予習して来いと言われないと、予習すらして来ないのか…?

まったく、前の担任はバカ製造機だな。

予習復習は勉強の常識だろう。

仕方ねえ高松…。

委員長のお前に代表して答えてもらう。

当然、予習はして来てるな?」


「予習はしてきて無いんですが…。」


ソナタは、勉強は出来る方なのであっさりとその問題を答えて見せた。

すると…。


「ほう…。

高松は予習しなくても答えられる程、賢いんだな。

誰かとは頭の出来が違うな。」


暗に出来なかった生徒らを匂わせる発言だ。

だが、鹿山先生は続けざまに…。


「だけどなぁ、高松…。

自分が勉強が出来るからって…。

人を見下す馬鹿にした態度は、先生あんまり感心し無いなぁ。

さっきのアンケートの所々で、それが見て取れたぞ、気をつけようになぁ。

性格悪くなるぞ。」


完全な言いがかりである。

赴任間もない鹿山先生に、そんな事まで分かるはずは絶対に無いのだ。

だが、返答に困ったソナタは、先程のビンタの件もあって…。


「は、ハイ…。」


それを安易に肯定してしまう。

否定したら否定したで…。

自分の性格は良い、と言ってると取られかねない。

肯定せざる終えなかったのだ。

勇人はそのソナタの発言にピクリと反応する。


『あちゃー…。やっちまったな…。』


ここで、出来なかった生徒達と、出来たソナタの間に、致命傷となる楔が打ち込まれた事に、気づく者は勇人と他にもう一人。


その日から鹿山先生は、1日に1教科一枚プリントの宿題を、必ず出し始めた。

国、算、理、社の合計4枚のプリント。

やって来なかった者、宿題を忘れた者がいたら連帯責任の、「復習」として追加で宿題を出してくる。

宿題で出された問題は、授業始めに生徒に当て、間違えたり答えられないとまた宿題として追加された。

安易に宿題を写させない為だろう。


答え合わせした後に、プリントは一旦回収されランダムに数枚抜き取り、鹿山先生が一通り目を通してから授業がはじまる。

その抜き取られたプリントの点数が悪かったり、誤魔化して適当にやってたりすると直ぐに見つかり、宿題を追加されてしまった。


当初は、それでもまだ授業は進む方であった。


それに加え鹿山先生の機嫌が悪いと…。


「お前らの態度が気に入らないな。

宿題を出す。」


何かと理由をつけては、八つ当たりの「復讐」としても、児童達に更に追加の宿題を出して来た。

しばらくすると…。

鹿山先生の機嫌を悪くして宿題を出されないように、児童達は先生に気を使いだした。


だが、一学期半ばにして宿題が雪だるま式の負債のように膨れだし。

答え合わせだけで授業も潰れる事も起き始め授業が遅れ出す。


そんな時。

朝のホームルームでソナタは鹿山先生にある提案した。


「あの鹿山先生…。

もう少し宿題を出すペースを抑えて貰えませんか…。

他のクラスと比べて授業 も遅れて来てますし…。」


ソナタにそう頼むように提案したのは数人の生徒達…。

ソナタは詰め寄られるように懇願された。


だが、その頼みを聞いた鹿山先生は、イヤみたらしく授業まで削って、ソナタをみんなの前で説教し始める。


「いいか!高松っ!!

宿題ってのは、タダで貰える問題集だ。

お前はそれを、いらないとっ?

意味が分からないな。

優秀な高松君にはいらないのかもしれないが…。

クラスのみんなには必要で、欲しいモンだろ。

お前はみんなの事も考えられないようだな?

クラスのみんなに悪いと思わないか?

高松。」


「す……すいません…。」


「声が小さいっ!!

謝罪は相手に聞こえるように言わないと意味はないぞ~。」


「すいませんっ!」


「クラスのみんな」という単語を使い、罪の形を見せかけだけ肥大化させる。

ソナタを精神的に追い詰める。


「よ~し。

優秀な高松君が宿題を嫌がる位だ。

みんなも体を動かして、気分転換した方が良いのかもしれんな。

連帯責任だ校庭5周全員で走って来い。」


「「「え~~………。」」」


みんな一斉に不満の声を上げかけたが…。

直ぐに声は小さくなった。

追加で走らされるのが既に身にしみて分かっていた。

鹿山先生はある社会制度を語りだした。


「イイかお前ら、この世界の民主主義とは、連帯責任でなり立ってる。

権力を持つ者と、大多数が決めた決定を…。

その他の少数派が連帯責任で負わされるシステムだ。

今回はクラスの代表の高松が、自分が宿題をやりたく無いのを…。

クラスのみんなを利用し、宿題を拒否しようとした。

高松を止められなかった責任を、みんなに罰として連帯責任で取ってもらう。

分かったらとっとと行けっ!!」


この原因はソナタだと、クラスのみんなに思わせる。

理屈があるようでタダの屁理屈である。

鹿山先生はギリギリの正論らしい物を、さも正論であるかのように見せかけているだけであった。


授業中に走らされた結果。

又しても授業が大幅に遅れ、更に宿題が雪だるま式に増える形になった。

まるで闇金のように宿題は増えていく…。

清算させる気が全く見られない。


そんな時である。

土曜日レクレーションの時間。

先生達が臨時の職員会議を開く事になった。

議題は、件の鹿山先生の授業内容についてらしい。

前日に鹿山先生のクラスの保護者の一人から、授業内容を問題視する電話があったようだ。

自習中に山田 華が、クラスの全児童に、大きな声で提案してきた。


「ねえみんな。

このままじゃあ私達は宿題が増える一方よ。

そこで、みんなで協力して宿題を一気に終わらせたいと思うのっ!!

どうかな?」


コレに全児童が賛同した。

宿題を分散し写しあい、全て終わらせる事になった。

具体的に、山田 華と土那高マキを中心とする算数宿題組。

更に、ソナタとアインを中心とする、理科宿題組。

ソナタとしまぽんを中心とする、国語宿題組。

勇人を中心とする、社会宿題組。

クラスはその4組に別れて、それぞれが宿題を終わらせ写しあい。

その日の土曜日放課後には、その日に出された宿題すら全て終わらせた。


すると…。


「そうかお前らエラいなぁ~。

クラス全員がいっぺんに宿題を終わらせて…。

お前ら、写しあった訳じゃなく自力で、やったんだろ?

そうなんだろ?」


月曜日1時間目。

算数の時間にいきなりバレかかっている。

それにしても早過ぎる。

まるで、児童達の全ての手の内を、読んでいるようだ。

鹿山先生は更に続けて言う。


「宿題は自分でやってこそ意味があるからな。

エラいぞ。

じゃあこの問題、分かるよな?」


そう言って宿題と同じ算数の問題を、生徒2人に次々に当て、解けないとなると…。

その児童を必要以上に叱責した。


「で、誰がみんなをそそのかして、宿題を写し合おうなんて言い始めたんだっ!?

誰なんだっ!?

副委員長の山田かっ!?

それとも委員長の高松かっ?

そうなのかっ!?

そうなんだなっ!?」


「イヤ、あの…。

そ、そうですっ!!」


必要以上にそう迫るので、そうでなくてもそう肯定してしまう。


「高松…。お前かぁ…。

クラス委員長なのに、みんなをそそのかして、宿題を見せて…。

模範にならなきゃならない、立場で何やっとんだお前は!!」


ソナタにじりじり圧力を掛けていく。


当の提案者である山田 華は、名乗り出そうに無い。

ただ静観するのみ。


「…っ!!」


ソナタは、覚悟を決めたように鹿山先生に謝ろうとした。

 その時っ!!

見かねた勇人と、しまぽんが手を上げて訴えた。


「先生っ!!

僕らはみんなで、宿題をやろうと言い合って写しあったんです。

高松君は悪くありません。」


「そうです。勇人君の言う通りです。

私達みんなでやって写しました。」


その説明を聞いた鹿山先生だったが…。


「そうか、みんな高松をかばって…。

見ろ高松!

お前が正直にハイとすぐに言わないから、みんながお前をかばってるぞ。

みんなに悪いと思わないのか?

お前が正直に答えたら、俺もそれなりに考えてやったのに…。

高松が正直に答えなかった罰だ。

連帯責任で、今日は居残り授業を行う。」


またしても「みんな」という単語を連発し。

ワザと歪曲と曲解でねじ曲げ。

人の優しさにつけ込み。

全てを悪意へと変えていく…。

更に遅れ出していた授業を居残り勉強で取り戻し。

同時に宿題で、児童どうしを連携させないように楔を打ち込む。

鹿山先生には一石三鳥の行動だった。


闇金で人を追い詰めて行くように…。

じわじわとクラス全員が追い詰められていく。

この頃から児童達の中からも、ソナタを疎んじイジメ出す生徒が出始めた。

最初に打ち込まれた楔が、徐々に具現化し始めてきたのだ。


ソナタ達の班が、掃除当番でトイレの掃除にあたっていると…。

須藤カズヤがソナタにあたり出した…。

班の中ですらソナタは、既に厄介者扱いだ。


「高松…。

お前いっつもクラスのみんなに迷惑かけてるよな…。

委員長だろお前、もう少し上手くやれよ…。

余計な宿題ばっか増やしやがって。

巻き添え食らう、こっちの身にもなれや!!

掃除の時くらい役に立てよなっ!!」


「……ゴメン。」


ソナタは暗い表情で謝るばかりで、一人でトイレの掃除をさせられている。

鹿山先生への不満の逃げ道が…。

ソナタという個人に向かうようになっていた。

その筋道が、状態化し具現化と安定化しつつあった。

鹿山先生とクラスの児童達との緩衝材。

ソナタはそんな立ち位置にされていた。


そんな中、鹿山先生が見回りに来た。


「何だお前ら、高松しかマジメに掃除して無いじゃないか。

エラいぞ高松。

さすがはクラス委員長だ。

お前らも高松を見習えよ。」


「「あっ!?すいません…。」」


須藤カズヤと他もう1名の男子が、鹿山先生に謝る。

本来、謝る対象は、ソナタなのだろうが。

ソナタも、いくらイヤな先生だと思ってはいても、褒められればそれなりに嬉しい。

ソナタが僅かながら心の中で喜んでいると…。


「トイレはマジメな高松一人で十分そうだな。

お前ら、ちょっと職員室に来て先生を手伝ってくれ。」


そう言ってソナタを一人残し。

鹿山先生は須藤カズヤ達を、自らの用で連れていった。

鹿山先生は、男子トイレへのドアが閉まる瞬間ソナタに言い放つ。


「高松…。もっと丁寧にやっとけよ。」


「……………ハイ…………。」


ソナタはそう小さく答える。

まるで小姑が嫁をいびるような仕打ちだ…。

同時に、ソナタには何をしてもあまり怒られはしないと、須藤達に印象つけた。


残されたソナタは一人黙々と掃除をしだすが…。

心の虚しさと憤りが、言いようの無い虚脱感になって体を思うように動かしてはくれない。

心が沈む。沈む。

そんな中、トイレの便器をソナタが掃除してると、カナタがトイレに用をたしに来た。


「アレっ!?

ソナタ一人なのか?カズヤ達は?」


「先生の用で、連れてかれたよ。」


ソナタは笑顔で答える。

どことなくその笑顔には力も明るさも無い。

無理をした笑顔だった。


「ふうん…。

しょうがねぇな、あのバカ先生は…。

ソナタ、俺も手伝うよ。」


カナタは、そう言ってトイレ掃除を手伝おうと腕まくりしだす。


「イヤっいいよっ!カナタ君…。

もうすぐで終わるから…。

大丈夫だから…。

手伝わなくて良いよ…。」


「そうか…?」


ソナタはそう笑顔で断った。

そんなソナタの顔を見て、カナタはある事に気がつく。


「ソナタ…。お前…。

ちょっと泣いて無いか?」


「大丈夫…。大丈夫だよカナタ君。

泣いてないよ。大丈夫…。」


「………………ソナタ……。」


勇人やアインやカナタやしまぽんの前では、普段となんら変わらない明るいソナタも…。

心の限界は確実に刻々と近づいていた。


そんな時ある事件が起きる。

月曜日。

その日も授業がズレ込み。

休み時間もとれずに4時間目の体育となった。

一人でも遅れると連帯責任として、クラス全員が走らされる距離が長くので…。

皆急いで着替え体育館に集まる。


その日の体育はマット運動。

休み時間にトイレに行けなかったソナタは…。

自分の番になった所で、我慢出来ずに恥ずかしながら…。


「先生…。

トイレに行きたいんですけど…。

行って良いですか?」


そう鹿山先生に言いだした。それを聞いた鹿山先生は…。


「オイっ!!オイっ!!

何で自分の番になってから、トイレに行きたいなんて言うんだっ!?

お前、自分がサボりたいから、そんな嘘ついてんじゃないのかっ!?」


「本当にトイレに行きたいんです。」


ソナタはそう言いながら、体をもじもじさせ始めた。

限界が近いようだ。


「なんだ?

教師に対して、何だその態度と言い方はっ!?

すいませんが行かせて下さいと、ちゃんと言えんのかっ!?

お前は委員長として、みんなの模範にならなきゃいかんだろう!

それとも演技か?

お前は都合が悪くなると、すぐに嘘をつこうとするからなっ!!」


そう言われてソナタも切羽詰まって来たのか大声で…。


「演技じゃありません!!

すいません、お願いしますっ!!

トイレに行かせて下さいっっ!!」


「教師に対して怒鳴るヤツがあるかっ!!」


パンッ!!


鹿山先生はそう怒鳴り、言うが早いがソナタにビンタした。

すると…。


「はっ…?あっ…!?」


ソナタはそう小さく、か細く声をあげ…。


チョ…チョロチョロ…ショジョ~~~~。


「あっ!?

先生~!

高松君が漏らしました~。」


「ヒック…ウッ!ウック…ヒック…。」


お漏らしをしたソナタは、恥ずかしさから、ただただむせび泣くだけだった。


「…高松…。

小学4年でお漏らしして恥ずかしくないのか!?

チッ…副委員長!

床が汚れたから、雑巾で拭いとけ。」


「…っ!?」


ソナタはそれを聞いてまた一段と恥辱に打ちひしがれる。


山田 華は黙って掃除し。

異性の女の子に、自らの痴態の処理をされる小学4年生のソナタ…。

更に、生来の恥ずかしがりやのソナタにはそれがトドメとなり…。

その日から登校拒否に陥った。

コレが2ヶ月半の間ソナタに起こった出来事である。


時間を一旦今へともどす。

ソナタを学校へと連れ出すのに失敗した勇人とアインは…。

通学の道すがら、コレからの段取りを細かく確認しながら歩いていた。

ふとアインが、疑問に思った事を勇人に質問する。


「しかし勇人様…。

鹿山先生ははなぜ、ソナタ様をスケープゴート(生け贄)に選んだのでしょうか?」


「それはな…。

ソナタが優しい良いヤツだからだ。

イジメと全く同じ構図だ。

イジメても絶対にやり返してこない人間。

人に迷惑をかけたく無いから誰にも言えず。

悩みを自分一人で抱え込みそうな人間。

人に対する優しさや気の弱さに。

イジメっ子やバ鹿山のようなヤツはつけ込む。

イジメをするヤツは、そんな人間を直ぐに見抜く能力を持ってる。

言っとくけどな、アイン。

バ鹿山はお前の事も、そう見てたんだぞ。

後はそんな優しい人間をイジメる事で、残りの人間を操る事が出来る。

自らに向かう不満すら、優しい弱者に向かわせてな。

独裁者や権力者がつかう人心操作術の基本だ。」


そうこうして、話しながら学校へ向かっていると…。

遠くにカナタの姿が見えて来た。


「あっ!!カッく~ん!!おはよー!!」


アインは大きな声で挨拶をしたが、カナタには聞こえていないようだ。

かなり遠くにはいるが、それだけが聞こえ無い原因ではなかった。


「カナタのヤツ…。

やっぱまだ耳が…。」


勇人はそうつぶやくと、アインと共にカナタに駆け寄り。

肩をトントン叩き存在を知らせた。


「カッ君。おはよう。」


「カッ君、おはよー。耳…大丈夫?

まだ休んだ方が良いんじゃない?」


カナタの左耳にはパットと包帯が巻かれ、痛々しい姿となっていた。


「おぅっ!!

おはよう勇人、アイン。

耳は大丈夫だよ。

パットが邪魔で、ちょっと聞こえにくいだけだ。

今まで休んでたのも、あのモンペオヤジが大袈裟にしようと、ワザと休まされてただけだから。」


そう言って強がって見せた。

モンペオヤジ云々は恐らく真実なのだろうが…。

実際はまだ痛いだろう。

カナタは、ソナタの姿が見えないのを確認しながらも、改めて勇人達に聞いてきた。


「なあ、勇人…。

山田から話しは聞いたけど、ソナタはまだ学校に来れないのか?」


「………うん…。

ここ数日迎えに行ってはいるんだけど…。

本人はどうにも…。」


カナタはそれを聞くと…。


「そうか…。

言っとくけどな勇人、アイン…。

ソナタは、お前達の事を本当に大切に思ってたから…。

お前達の前で泣き言は言わなかったし見せ無かったんだ。

ヤツなりの男の意地ってヤツだ。」


カナタは悲しそうに、勇人とアインにソナタの弁解を代わりに語った。


なぜ?


カナタは左耳をケガしたのか…?

時間をまた、ソナタがお漏らしをした時の体育館へと戻す。


保健体育係りのしまぽんに付き添われ。

ソナタは泣きながら更衣室に着替えに向かった。


ソナタの姿が体育館から見えなくなってから、カナタはキレた…。

そして…。


「いいかげんにしろ~~~~!!

バ鹿山~~~~~~!!!

お前!それでも教師かぁ!!!!」


カナタは大声でそう鹿山先生を罵った。

せっかくソナタを気遣い、ガマンしてソナタに見せないようにキレたのだろうが、コレでは意味がない。

それ程、腹に据えかねたのだ。


「あっ?何だ?岩倉…。

なぜお前が怒る?

漏らしたのは、高松だろうが。

ヤツがトイレに行きたいと早めに言わなかったから漏らしただけだ。

なぜオレにキレる?」


鹿山先生は、少しばかり語尾を高めながら、あくまでも冷静に冷徹に答えた。

その対応を見たカナタは、更に頭にきた。


「スッとボケるなよっ!!

お前はいつもソナタを~~!!!

いびってんじゃねえぞ~~~!!!」


完全にキレて鹿山先生に向かっていった。


カナタは右手の平を振り上げ、豪快なスイングで鹿山先生の頬へと…!!


スパーーーーーーンッ!!


叩き込んだ!!

気持ち良い程軽快な音がこだまする。

しかし鹿山先生は、カナタのビンタに意にも介さない。

怒りと共に強烈なお返しのビンタをカナタへと振り下ろす。

力加減など一切無い。


ニヤリ…。


鹿山先生の右手が、カナタの頬へと迫り来る刹那。

カナタは不適に微笑んだ。

そう、カナタは怒りながらもキレたフリで、この一瞬この一発を待っていたのだ。


 バッスッ!!


「っ!?」


ビンタとは違う不協和音が、体育館に鈍く響く。

鹿山先生は驚いた。


自らの手の平の位置が、カナタの頬で無い事を認識した。


「岩倉…お前…。」


「へっ!!。

気づくのがおせ~よ…。

…バ鹿山……………。

ビンタをすればビンタが返って来ると踏んだら…。

大当たりだ。

こりゃあ、完全にいったぞ。」


カナタの顔から鼻血と共に、耳からも少し血がタラリと流れる。

カナタの鼓膜は、平手打ちによる風圧で破れている。

そうっ!!

カナタは鹿山先生のビンタが頬に当たる一瞬。

自らの頭を動かし頬にではなく。

水平に耳に当たるように仕向けたのだ。


「お前…。

オレの父ちゃんがどんな人間か知ってっか?

明らかに最低最悪なタカリモンペだ。

コレで暴力教師として訴えられて、お前はクビだ。

せめてその前に、ソナタに謝れ…。

ソナタに謝れよっ!!!」


そう言ってカナタは、痛みから耳を押さえ膝を付いてうずくまった。

だが、目線は鹿山先生を外さない。

睨みを利かせている。

それを見た鹿山先生は…。


「フッ…。

ガキが………甘いな。」


鹿山先生はそうカナタを見下すように嘲笑すると…。

保健体育係の男子児童にカナタを保健室へと連れていくように命じるのだった。

その後、カナタは直ぐに病院へと直行。

コレがカナタが耳をケガした真相である。


カナタをケガさせた鹿山先生はどうなったかと言うと…。


普通通りに授業をしていた。

何かお咎めがあるかと、みんな期待していたが…。

何も無いまま5日後。

土曜日…。

土曜日の昼下がり勇人とアインは…。

しまぽんから大事な話しがあると言うので、下校中に時計台公園に寄り道して、驚愕の真実を聞かされる事になった。


「お咎め無し!!??

バ鹿山はお咎め無し!?

それじゃ、カっ君は何の為に…。」


「しまぽんさん…。

それ本当なの…!?」


「うん…。

残念だけどそうみたい…。

カナタ君のお父さんが、教育委員会に乗り込んで行ったらしいんだけど…。

カナタ君と鹿山先生とのビンタのやりとりを、ボイスレコーダーで聞かされて…。

指導中の事故って事で、帰って行ったらしいよ。」


しまぽんは保健室の先生からその情報を仕入れたらしく、ただの噂話では無く、事実である事は明らかだった。

アインはそれを聞いて、世の中に失望した。

それと同時に勇人も、あるカラクリに気づいて世の中に絶望した。


しまぽんは何か引っかかるのか…。


「でも不思議よね…。

いくらボイスレコーダーがあるからって…。

すんなり引き下がるなんて…。」


そう疑問を口にした。

しまぽんすら知ってる、カナタの父親のモンスターペアレントぶり。

勇人がその疑問に答える。


「しまぽん…。

世の中には、表沙汰には見えにくい圧力が沢山あるんだ。

お金や財力だったり。

有力者や権力者の口添えだったり。

色々な宗教や団体、連合、組合の後ろ立てがあったりすると。

個人ではめったに勝てない。

残念だけど、泣き寝入りした方が得策だと思えてしまう事もある。

おそらくバ鹿山の後ろにも、それのどれかがあるんだろう。」


「その全てよ…バカ勇人…。」


勇人の説明が終わると同時に、ドコかから冷たく言い放つ声が聞こえて来た。

すると、山田 華と土那高 マキの二人が公園にやって来ていた。

先程の声は山田 華のようだ。

それを見たアインが…。


「あれっ?山田さんと土那高さん。

どうしてこんな所に?」


「こ、こんちは~。」


ドナタが山田さんの影から顔を赤らめ恥ずかしそうに、囁き声で挨拶する。

やはり異性には慣れていないようだ。


「矢城君。

私達がしまぽんにお願いして、ココにあなた達を連れて来てもらったの。」


山田はアインには優しく笑顔で答える。

その対応の差に勇人は、何故かムッとしながら尋ねた。


「どういう事だ山田?

お前がアイ君だけじゃなく、僕まで呼ぶって事は…。

よっぽど切羽詰まってるのか?」


「今回の岩倉君の行動で、全てカタが付くハズだったわ。

まさか体育の時間まで、ボイスレコーダーまで身につけてたなんて…。

私の予想もかなり甘かったわね。」


山田 華は、ため息を吐くと同時に残念そうに答えた。

それを聞いた勇人は、ハッと何かに気づき一気に激昂する。


「山田テメエか!?

カッ君に入れ知恵したのはっ!!

テメエ!!カッ君を利用しやがったなぁ!!

お前のせいでカッ君がッ!!!」


勇人は山田 華に飛びかかるような勢いで一気に詰め寄る。

とっさにアインが羽交い締めにして押さこむ。


「ゆう君ダメ!!抑えて!!!相手は女の子なんだよ!!」


「それがどうしたぁっ!!!!」


アインの羽交い締めを振りほどき。

山田に平手打ちを叩き込もうと、手を振り上げた瞬間!!

勇人は見た…。


山田 華が静かに目をつぶり歯を食いしばるのを…。


「っ!?」


勇人は、山田 華のその行動から、ある事に気づきその手を当たる寸前で止めた。


「お前…。今、殴られようとしたな。」


「……………。」


山田は否定も肯定もせず。

ただいつもの人を見透かした顔で黙っているだけだ。

勇人は振り上げた手を静かに降ろすと、自らに言い聞かせるように小声でつぶやく。


「見えない真実……か…。」


勇人は一つ大きく深呼吸をすると山田 華に説明を求めだした。


「どういう事だ山田っ?」


山田の方は一つため息をついて、意を決して語りだす。


「確かに、岩倉君に入れ知恵したのは私よ。

鹿山が、岩倉君のモンペな父親を警戒してる。

鹿山の手で分かりやすいケガをしたら、鹿山もタダじゃ済まないかもってね。

岩倉君の父親が、教育委員会に問題提起をするのに一番最適だったから…。

手段は彼に任せたら、あんな無茶な方法を思いついたのは、私も予想外だったけど…。」


少しずつ答え出すと、勇人とアインに面と向かって、質問してきた。


「逆にコッチからも聞きたいんだけど…。

アナタ達二人は、鹿山をどんな先生だと思ってるの?」


それを聞いた勇人とアインの二人は…。


「宿題しか脳が無い体育会系スパルタ教師。」


「口からイヤミと口臭しか出てこないサディスト教師。」


二人はそう同時に答えた。


「なるほど…。

その程度の認識しか無かったから、二人の動きが鈍かった訳か…。

だとしたら、高松君。

男の子の意地で、二人だけには本当に心配かけたく無かったのね。

それか、自らを矢城君を守る盾になりたかったか。」


勇人とアインの二人は、山田が何を言いたいのか分からないようだ…。


「どういう事だ山田?

確かにソッ君はバ鹿山のイビリのターゲットにはなってはいたが…。

本人、バ鹿山のする事に屁とも感じてなかったぞ。

いつも通り明るく元気だったぞ。」


「うん。

そうだよ山田さん。

休みの日には、宿題4人でやりあって終わらせて、ちゃんと遊んでたし…。

ソッ君は、へっちゃらだ大丈夫だって、いつも言って………………。

いつも?…………………。

……あれっ?」


そう言ったアインはある事に気づいた。


「矢城君の方はようやく気づいたみたいね。

高松君は、アナタ達二人に心配させない為。

アナタ達の前では空元気で何でも無いフリをしてたみたいね。

無駄に多く感じ無かった?

元気だ。平気だ。大丈夫だ。って言葉…。

元気じゃ無い人間程。

言葉だけは、元気だ平気だって単語が多くなるものよ。」


山田 華は冷徹に現実を言い放った。

それが、取り返しのつかない現実に対して、二人への山田なりの優しさなのだろう。

勇人は山田からそう言われて、世界がグニャリと曲がるような衝撃を受けた。

勇人はなぜか反論しだす。


「そ、そんな…。

ソっ君は泣きが入る程ツラい時は、ツラいってちゃんと言うはずだ。

そういう性格だって僕らは知ってる。

それに、何でお前がそんな事が分かるんだよっ!?」


「岩倉くんから聞いたのよ…。

二人に心配させない為に無理をしてるようだって…。

高松君だって幼稚園の頃と違って、強くなろうとしてるのよ。

なまじ、弱虫で泣き虫だった頃の高松君を知り過ぎてるから。

本人の空元気の無茶にすら気づけないのよ。

まあ、当の高松君がそれこそ必死に隠した成果って事かもね。」


「そ…そんな………。」


勇人は、自らの足が震えているのが分かった。

アインは涙目になって、今にも泣きそうだ。

後悔の念が、一気に二人にのしかかった瞬間だった。

二人は心底落ち込みかけたが…。

だが、山田はそれを許さなかった。


「とりあえず、後悔は後回しにしてもらいたいわ。

それよりも、鹿山よっ!!

彼に対する評価を改めて欲しいの。

今の状態ですら、彼はネコを被ってるわ。

手遅れにならないうちに、どうにかしないと完全に手詰まりになるわよ。」


山田 華はそう強い口調でそう言って、ドナタに目配せした。

ドナタは、ショルダーバックの中からノートパソコンを取り出すと、とあるホームページを開いて見せた。


「あ、あの…。このページなんです…けど…。」


勇人とアインは涙を拭いつつそのホームページを見出す。


「んっ…?

何だ、このサイト?

ただの小学校のクラス紹介サイトか…?」


「日付は今から8年前の日付だね。」


「華ちゃん。私も見た方が良いのコレ?」


「3人共、その中の「みんなの思い出」ってページを開いて…。

そのクラスの写真を見て感想を聞かせて頂戴…。」


勇人とアインとしまぽんはそう言われて、写真を見始めた。


そこに載せられてる写真は、普通のクラスの思い出写真だった。

卒業の記念として、このクラスのホームページを作成したのだろう。


多少やんちゃで明るい印象の、何の変哲も無い普通のクラスの思い出写真だった。

一旦全てを見終わった頃に、しまぽんがある事に気づいた。


「あれっ?

この写真何かおかしいと思ったら…。

時系列がバラバラだ。

見て二人共。

この写真の子の服と、こっちの写真の子の服。

ホラッ!

こっちは春物で、こっちは秋物だ。

う~ん…背景やイベントからして…。

全体的に春の時の写真が多いのかな?」


「あっ!?ホントだ…。

よく分かったねしまぽんさん。僕、全然気づかなかったよ。」


「しまぽん、すげーな。

流石は元!女の子。」


「今も女の子だっちゅーの。」


勇人は軽めのギャグで自らを鼓舞しようとしてた。

しまぽんもそれに気づき明るく答える。


「気づいたようね。

じゃあ次に、私達が時系列順に並べ変えた方を見て頂戴…。

マキお願い。

それで分かりやすくなるわ…。」


「は、ハイ、この写真がそうなの…。」


山田の言葉を聞いてドナタは服装や背景からイベントから判断して、時系列順に並べ変えた方のページを開いて見せた。

3人はまた最初から写真を見始める。

中盤まで見終わった頃に、3人共ある違和感におそわれた。


「あれっ?何でだ…?」


「ゆう君、しまぽんさん…。コレ…。

何か変だよ…。何で…。

このクラスはこんなにも寂しく感じるんだろう…?」


「ヤダっ!!

何コレ?気持ち悪い。

みんな笑ってるのに、みんな作り笑いにしか見えない…。」


3人は気づいたのだ。

最初は、目元や口元を見ただけでも明るく楽しそうに見えたクラスが、時が経つにつれ、児童達の表情から徐々に感情が消え失せ。

疲れ果てた様な笑顔になっていく様を…。

みんなの写真での目元や口元は笑っているのに…。

まるで笑っているのが伝わらない。

無理をした笑顔。

児童達のその少しずつ変わりいく様が、時系列順に並べ変えた事で、浮き上がってきたのだ。

勇人は気づいた。


「そうか!!

このクラス。

言うなれば俺たちのクラスの行く末か!!」


「そうよバカ勇人。

このままの状態が続けば、私達の卒業式の時の写真の目ってどんな目をしてるのかしら…?

きっと淀んだ表情になってるでしょうね。」


山田がそう冷たく不適に、また悲しく笑い同意した。


3人が写真を見終わると、ドナタが又そのクラスのホームページを開き直す。


「最後にこの「旅立ち」って所の、小学校卒業の、クラス集合写真を見て下さい…。

ココです。

この中央にいる先生…。」


それは、やはり見慣れたあの人物。

鹿山先生だった。

ドナタが更にその卒業写真を説明した。


「そ、それでですね。

「思い出」の写真と「旅立ち」の写真を、何回か見比べたら分かるんですが…。

時間が経つにつれ、生徒が少しずつ減ってるんです。

合計3人程、卒業の際にクラスから居なくなってるんです………。」


「「「っ!?」」」」


3人はそれを聞いて、ソナタとカナタの出来事が頭をよぎる。

このクラスに何があったのかは、3人共に容易に想像出来た。

山田 華が勇人に質問してきた。


「どう?バカ勇人…。

あなたはそのクラスの状況をどう見る?」


「今までのウチのクラスと比較して…。

バ鹿山による独裁体制が生まれたと考えられるな。

間違いなく…。

そうでなけりゃ、こうも人間が無気力に空虚に変化する事は無いな…。」


「あなたもやっぱりそう見るのね…。

私もそう思うわ。」


二人のその会話にアインが不思議そうに、勇人と山田に質問してきた。


「ゆう君、山田さん。どくさいって…?」


「あい君…。

バ鹿山は、自分の言う事をクラス全体に完璧に聞かせたい為に。

生け贄の見せしめを立て、そいつをイジメ抜く事で、クラス全体を牛耳ったんだ。」


しまぽんが、フと疑問に思った事を山田に聞いた。


「華ちゃん。

先生達の間じゃ鹿山先生は、優秀な先生で評判だって言ってたよ。

何でも、前の学校の学級崩壊したクラスを立ち直して…。

全国学力テストで、全員の成績を大幅に上げた名教師だって…。」


「教師の評価を、児童のテストの点のみで評価したら、彼ほど優秀な先生はいないでしょうね…。

宿題で学力テストの過去問ばかり出してたら、そりゃみんなのテストの成績だけは上がるわよ。」


山田はどうやらこの2ケ月。

鹿山先生について、色々と調べ上げているようだった。

勇人も山田 華に聞いてみた。


「山田…。

お前いつからバ鹿山が、独裁教師だって気づいた…?」


「鹿山が来た最初の日から。

バカ勇人は疑問に思わなかったの?

矢城君以外に、宿題を忘れた人がいなかったのか?

矢城君以外に、ふざけた謝り方をした人はいなかったのか?

ウチのクラスで、それが無かったなんてありえ無いでしょ?

常識的に考えて…。

須藤君何て、宿題すら持って来てなくて謝り方もふざけてたのに、怒られてなかったわよ。

矢城君が叩かれてるの見た瞬間に、明らかに効果的な見せしめだって分かったわ。」


「そういえばあの時の山田さんの席って、教員机の側だったね。

みんなの事…、見てたんだ。」


アインのその言葉に、山田は少しばかり恥ずかしそうに頬を染め、顔を後ろに背ける。

自らを見て覚えてくれてた事に、らしくなく少しばかり気恥ずかしさを感じたのだろう。

咳払いを一つつき、気持ちを切り替えて話しを戻した。


「コホっ!…

私も最初、スパルタか体育会系教師かもしれないとも思ったわ。

その日の内に、おべっか使って鹿山に近づいてみたの。

出身地や前にいた学校について尋ねてみたら…。

あの人…。

異常な程に猜疑心と警戒心が強すぎたのよ。

はぐらかされて何も教えてもらえなかった。

仕方ないから、周りの先生から鹿山の事を聞いて…。

少しずつ辿って、行き着いたのがさっきのホームページよ。」


山田のその話しを聞いて勇人はある事を思い出す。


「社長や先生と呼ばれるおエラい立場の人間が、猜疑心と警戒心が異常に強いのは独裁か精神病の兆候。

その逆、誰彼構わず信用して無警戒過ぎるのは、本物のお人好しか、傀儡か、バカの兆候ってヤツだな。」


山田は皮肉っぽく静かに頷いた。


「山田…。わるかったな…。

お前、今までたった一人でバ鹿山と戦ってたんだな。」


そう言われ山田は、すぐさま首を横に振り否定した。


「一人じゃないわ。

マキが転校して来て助かったわ。

さっきのホームページも彼女が見つけてくれたし…。」


ドナタは自らの事を言われ、照れくさそうにニヤケ出す。他人から誉め慣れて無いので妙に嬉しいらしい。


「そ、そんな…。

私は大した事してませんよ…。

山田さんが前もって色々調べてくれてたから…。

後は学校裏サイトとかを色々潜って見てたら行き着いただけで…。

それに…コッチに来ての初めてのお友達だし…。

考えてみたらこんな私に、オタノンケ(オタクで無いの意)の普通のお友達が出来たのも初めてだし…。

私からしたら…。山田様は神?

って立場だしぃ…。」


ドナタは顔を赤らめもじもじしながら指で中空に「の」の字を描き、ブツブツ独り言を言っていた。

ハタから見るとかなりキモい。

山田はそんなドナタをほっとく。


「それに…。

岩倉君も私の話しを聞いてくれた。

彼には申し訳無い事をしたわ。

間接的にでもケガをさせたのは、私のせいなんだし。」


山田は後悔しているようだ。

先程殴られようとしたのも、カナタに対する贖罪の意味もあったのだろう。

もしくは、勇人に殴らせる事で、勇人達を味方に引き込もうとしたのか…。

そんな山田は目に力を入れ、真剣な眼差しで本題を切り出して来た。


「コレから話す事…。

真剣に聞きなさいよね。

私は鹿山を教師から辞めさせたいの…。

高松君と岩倉君の今回の一件で、鹿山を一から調べてみたら。

やはり彼は危険よ。

祖父は有力政治家で財力と権力もある。

学力アップの教師としての実績もある。

ボイスレコーダを持ち歩く程、注意深く慎重な性格…。

カナタ君の件以外にも、色々な別件もうやむやに処理されてるようだし。

そんな人が私達のクラスで本格的に独裁をやり始めたら、私達にもう打つ手は無いわ。

完全に詰みよ。

後はもう、さっきのクラスみたいに…。

何人かのクラスメイトを犠牲にして、彼の生け贄にならないように、操り人形になるしかないわ。」


「「「…………………。」」」


勇人とアインとしまぽんは、山田からそう言われて、心には冷たい風が吹き抜け、額には汗が流れるのが分かった。

山田は頭を深々と下げてきた。


「お願い、これ以上の犠牲が出る前に…。

鹿山を学校から…。

イヤ、教師を辞めさせたいの…。

お願い手伝って…。」


勇人はそれを見て、しばらく考えると自らの答えを出した。

だが…。


「スマン。少しだけ考えさせてくれ。」


勇人の中で答えは出ていた。

だが、即答は出来なかった。


山田はその答えを聞くと、仕方ないというテイで一つため息をはき勇人に告げた。


「分かった…。

でもコレだけは言っておくわね。

高松君が不登校になった以上、次に見せしめの生け贄になるのは、間違いなく矢城君よ。

バカ勇人には理由は分かるでしょ?

それだけは自覚しておいて…。」


そう言うと山田とドナタは帰って行った。

しまぽんが二人に聞いてきた。


「なんだか、スゴい事になってきたね。

先生を辞めさせる何て…。

どうするの?ゆうあいコンビ?

私は華ちゃん達を手伝おうと思う。」


しまぽんはあまりにも簡単に決めたので、勇人はそんなしまぽんに質問してみた。


「しまぽん…。

しまぽんはどうして、バ鹿山を辞めさせたいと思ったんだ?」


「そりゃあ、先生が生徒をイジメるやり方は汚いと思うし。

ソナタ君とカナタ君の件も許せないし。

それに、さっきの写真の子達のような、作り笑いしか出来ない人にはなりたくないよ。

あれじゃあまるで人形みたい…。

そんなのイヤだよ…。

私…。」


「そうか…。

アイ君はどうするの…?」


勇人はしまぽんのその答えを聞くと今度はアインに質問してみた。

アインも少しずつ答えだす。


「僕も手伝おうと思う…。

ソッ君は今まで我慢してたのを、僕は気づけなかった。

カッ君はソッ君のそんな状態を気づいて、行動に出てケガをした。

今度は僕の番だと思う。

それに、僕に降りかかる火の粉だったら振り払う。

だから、手伝おうと思う…。」


勇人は二人のその言葉を聞いてまた更に深く考えた。

そんな勇人に、アインとしまぽんは疑問に思う。


「ゆう君どうしたの?

そんなに悩んで…。

鹿山先生を辞めさせたいんじゃなかったの?」


「そうよ。勇人君らしく無い。

いつもだったら率先して、面白がって行動しそうなのに…。

何か考えでもあるの?」


二人にそう問われ、勇人は静かに自分の考えを述べ出した。


「いいか?

二人共…。

僕だってソっ君とカっ君の事は許せないし、バ鹿山の事は辞めさせたい。

だけどね…。

金と権力と組織に守られた人間を辞めさるには…。

人一人を、社会的な意味あいで殺す位の事をやらかさないといけないだろ。

相手がバ鹿山とはいえ、人一人を社会的な意味で殺す覚悟。

二人にはその覚悟がある?」


「「………。」」


二人はそう問われると、悩むように考え込みうつむくのみだった。

正直、ピンとは来ないのだろう。


勇人はそんな二人に…。


「とりあえず、アイ君しまぽん。

やる、やらないにしろ。

軽率に決めないで、せめて今から一晩考えて覚悟を決めてやる事なんだと僕は思う。

覚悟の無い行動は無責任だ。

山田もそのつもりだから、すんなり引いたんだろう…。」


そう促した。

勇人のその勧めにしまぽんは納得したのか…。


「言われてみると…。

そうだね…。

私の答えは多分変わらないだろうけど…。

もう一回考えて私なりに覚悟を決めるよ。

ゆうあいコンビ、またね…。」


そう言ってしまぽんは手を振りながら帰って行った。

勇人とアインも、昼下がりの公園から帰途につく。

アインがおもむろに話しかけてきた。


「勇人様…。

おそらくではありますが…。

最初に見たソナタ様の未来で、引きこもりになられた原因は、鹿山先生だったのでは…?」


「多分そうなんだろうな…。

うっかりしてたよ…。

オレはてっきりカナタが暴れて、学級崩壊に陥ったから…。

学校に馴染めずに、引きこもりになったんだと思い込んでいた…。」


勇人はバツが悪そうに顔をしかめた。

アインは尚も続ける。


「それに勇人様。

鹿山先生の存在は…。

しまぽん様が、万引きをし始める遠因にもなられたのでは…?

学校内でのストレスで…。」


「可能性は大いにあるな…。

それどころか、カナタが犯罪組織のボスになる遠因にも、なったかもしれないな…。

大人という存在を、全て信用出来なくなった子供は歪みやすい。

罪作りな男だな、バ鹿山は…。」


それを聞いたアインは、バッと顔を勇人に向けると勇人をまくし立てた。


「だったらなぜ、今すぐにでも決断され無いのですかっ!?

このまま鹿山先生が学校にいては、ソナタ様は学校に…。」


「アイン…。

答えはもう出ているんだ。

今は覚悟を身につける時間を、貰ってるにしか過ぎん。

それにな、アイン…。

即決即断しなくて良い状況で、即決即断をするのは賢い行動じゃあ無い。

時ありて思慮浅き行動は愚。

時無きて思慮深き行動も愚。

時を有益に使えて初めて可だ。

心に余裕を持てアイン。

少し落ち着け。

冷静になって覚悟を決めろ…。」


勇人はそう冷静に答え。

アインはそう言われると不満そうに顔をしかめた。

そんなアインを見て、ふと勇人は不安になる。


『純粋過ぎるゆえに危険か…。

若林先生…。

どうにも、オレ達のイヤな予感は当たりそうです…。』

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