ほんの少しの悪

時は流れていた…。

勇人とアイン達は小学3年生となっている…。

今は2学期の中盤。

風も徐々に肌寒さを感じる程に、冷気を帯びるようになり。

徐々に木々に色を与え、コレから寒くなっていくだろうと、感じられるようになってきた。

 

時刻は掃除の時間。

アインとヒナタと他の4人の生徒達は、音楽室を掃除していた…。

ヒナタがゴミ箱を、ゴミ収集室へと持っていこうとした時である。


「志摩本さん、ゴミ箱は僕が持ってくよ。」


「あっ!ありがとアイン君。

じゃあお願いね。」

 

そのやり取りを見ていた他の生徒が、二人を茶化す。


「矢城く~ん。

なんかしまぽんにだけ妙に優しくな~い?」


「お前ら夫婦かよ~。

もう、チュウはしたのか~?チュウ~??」

 

「ひゅ~~!ひゅ~~!!アツいね~。」


その茶化しを言われて、ヒナタが笑いながら冗談ぽく反論しだした。


「ちょっと二人とも、止めなさいよ~。

ワタシが可哀想でしょ~(笑)。

アインくん。

あんなの気にしなくて良いからね~。」


「ははっ…。うん、大丈夫。

僕は別に気にして無いから。」


アインは笑顔でそう言って、ゴミ箱を持って音楽室を出た。

だが一歩出て扉を閉めると同時に…。

冷や汗がタラりと流れ、心臓が早鐘を打つように蠢きだす。


『危な~~~…。

無意識の内にヒナタ様を意識して優しくし過ぎてたのでしょうか?

子供ってたまに恐ろしい程、感が良いですから。

もう少し、普通に…。』


「全ての皆様に。

イヤ、全人類に優しくしなくてわっ!!」


どこかズレた発想の決意をするアインは、ゴミ箱を持ってゴミ収集室へと運んでいくのだった。

勇人とアインは、ヒナタを持て余していた。

ソナタやカナタのように同性なら、普通に近づき。

友達となって、未来に介入出来たのだろうが…。

ヒナタは女の子。

しかも今は、小学3年生という微妙なお年頃。

男女間で普通に話しているだけでも…。

周りのクラスメイトから、茶化したり変な噂を立てられたりしてしまう。

前もって友達になった所で、周りから茶化されて嫌われたら元の木阿弥だと、勇人が判断し…。

今は普通のクラスメイトとして、近すぎず、遠すぎ無い距離感で接触するだけに留めていた。


『人間って不思議ですねぇ。

成長したら、大概の人は異性に好かれたいと思うはずですのに…。

どうして今。

この年頃だと茶化して、仲違いさせようとしたり、異性を目の敵にするのでしょうか?』


移動しながら考えていると、アインの脳裏に一つの結論が思いい浮かぶ…。

 

『そうか!

コレが ツンデレ と言う物なのですね!!

人は生まれながらにして、ツンデレ属性が付加されてたんだ!!』


またしてもズレた答えを出すアインだが、長期的な視点で見れば間違いでも無かった。

ヒナタの未来の為、今すぐ友達として介入しない理由が、もう一つあった。

その理由となる。

ヒナタが未来で起こすであろう大罪そのキッカケ。


それは…。


時間を少々、小学校の入学式の夜中へと、戻して見よう。


「それじゃあアイン。

お前を叱った、アノ女の子の未来を教えてくれるか?」


夕飯の美味しいハンバーグを平らげて、

心に余裕が出来たのか?

はたまたお守りの効能か?

寝る時間になって、勇人が布団に入っている時にそれを聞いてきた。


「勇人様。大丈夫なのですか?

又ご無理をされて、体を壊されたら元も子もありませんよ…。」


「大丈夫だアイン。一眠りして飯を食ったら余裕が出来た。

今なら耐えられる。

それに…。

大丈夫だとは思うんだが…。

もしも、彼女の犯罪が直ぐに対処しなきゃならない物だったらいけない。

今日中に聞いておくのがベスト。

だから…。大丈夫。」


勇人の覚悟を感じとったアインは、二段ベッドの下のふとんから語り出す。


「では、話しをさせていただきますよ勇人様。

志摩本 ヒナタ様。彼女が犯す大罪は…。

盗みです。

ちょっとした少額のお菓子の万引きから、少しずつ高額な物へと移っていき。

盗み癖が酷くなっていってましたね。」


「万引きから、入っていく犯罪か…。

少しずつ罪の意識が薄れて、徐々に悪化していったのか?

それで…。

それだけが、彼女の罪って訳では無いんだろ?」


勇人がそうアインに問いただすと、アインも続きを話しだした。


「ええ、ヒナタ様は将来とある会社に入社後、公金横領の使い込みをしてしまいまして…。

その使い込みがバレそうな程多くなると、今度は男達に借金をさせて貢がせ、はたまた男性の個人貯金の使い込みを繰り返しますが。

それまでの浪費癖では焼け石に水。

末には毒物を使って保険金殺人をしてしまい。

人の命がお金に見えるまでに落ちてしまいます。

更には、保険金殺人や横領の罪を他人へとなすりつける自転車操業で…。」


「自転車操業!?

つまりお前それは…。

繰り返されるのか…?

そんな事が…。」


勇人は思わずアインに聞き返してしまう。

 

「ハイ、更には横領から資金繰りが悪化して、会社はその後倒産。

ヒナタ様絡みで自殺や一家心中に追い込まれたり…。

他殺で死んだ人間の数はかなりの…。」


「あ~アイン。

それ以上は言うな。

よく分かった…。

つまり、盗み癖がついた死神小悪魔って所だな。

不幸が不幸を呼び寄せて、他人まで巻き込むのか。

しかも罪を他人になすりつける癖まで出ちまう。

相手は女の子…。

正直、弱ったな…。」


そう言って悩み始めた勇人を、アインは布団の中から不思議そうに眺める。


「勇人様。

私(わたくし)。

一番最初の万引きの場所と時間なら分かりますよ。

現場にカレンダーと時計がありましたから…。

その犯行を阻止すれば、万事解決する話しなのでは…?」


それを聞いた勇人は、アインが人間の事を全く分かっていない事を思い知らされ、少しばかり呆れてしまった。


「アイン、確かにそれは助かるが…。

事はそう、単純な話しじゃ無いんだ。」


アインは腑に落ちないのかキョトンとした顔で勇人を見るので、勇人は万引きについて詳しく説明しだした。


「良いかアイン。

万引きってのは、不思議だ。

どんな些細な物でも万引きを繰り返しちまうと…。

手口も次第に大胆に巧妙に、商品も少しずつ高額になっていく。

人の慣れって行為は、悪い方にも律儀に働くようだ。

更に不思議なのは…。

時として物を盗む行為自体が、目的となる事がある。

物が欲しいから盗むんじゃ無く。

盗みたいから何でも良いから盗むって事をやらかす。


それが、万引き。


窃盗と同義語で、犯罪に変わり無いがやはり少し違う…。

窃盗に更に、ストレスの心的又は外的要因を、加味して考え治療しなきゃならん。

厄介な病犯罪だ。」


「ヒナタのケースはどうかは分からんが…。

その初犯の万引きを阻止出来たとしても、タダのモグラ叩きにしかなりかねん。

本人に盗む事は、悪い事、良くない事だと自覚させるか…。

何らかの外的要因を排除せん限りな。

いずれ物を盗みたいという誘惑に負けた時、あっさり盗みをしてしまう。

盗み癖ってのは、治すには苦労するもんなのさ。」


勇人はしみじみと語った。

まるで、自分の事かのように…。

そんな事は気にもせずアインは核心を聞く。


「なるほど!

では、どうすれば盗みクセを治す事が出来るんです?」


「小さい頃なら、心に染み込む程のトラウマ級の罰を与えるのが一番なんだがな。」

 

それを聞いたアインは、手をポンと叩き一つのアイデアを出してきた。


「ではこうしましょう。

ヒナタ様には一旦盗みを成功させておいて、我々がその場で確保!

すぐさまトラウマ級の罰と、心に染み込む程の最大級の恥辱を与え。

盗む事は悪い事だと体と心にみっちり教えこみ。

盗み癖を一発で無くさせれば!

もう人の物を盗ろうとは、思わなくなるのではありませんか?」


随分と強引でドス黒い案に、勇人は少しばかりめまいを覚えるのだった。

 

「却下だ!却下!!

それになアイン。

確かに盗み癖を治すには、ガキの頃にトラウマ級の罰を与えるのが、手っ取り早いと言ったが…。

人間性によっては、反目して盗み癖が酷くなる事もある。

その辺、慎重にならなきゃならん。

それに、その罰を同学年の俺達、まして男の子が女の子に対してやるとな。

ハタから見られたら、男の子が女の子をイジメとるようにしか見えんだろ?

そうしたらお前…。

悪者は俺達の方だ。

下手したら、俺達がトラウマ級の罰を与えられかねんぞ。」


そうアインをいさめる勇人。

アインは昼間の事を、まだ根に持っているのだろうか…?

それを聞いたアインは納得したのか、布団の中から手をポンと叩き…。


「それは…。

厄介ですねぇ…。」


「厄介なんだよ…。」


そうお互いにのん気に言いあった。

布団の中で二人して悩んでいると、アインが又もポンと手を叩いた。

どうやら打開策を思いついたようだ。


「そうだ!!

ならばこうしましょう。

ヒナタ様が罰で盗む事を止めそうなタイプなら。

盗みを働いた所で、我々がその場で確保!

すぐさまヒナタ様を人気の無い場所に連れ込み、トラウマ級の罰と最大級の恥辱を与え、写真に録画撮影して口止めをし、二度と万引きをしないように脅迫を…。」


「ダメだアインっ!!

発想がエロマンガのシチュエーションだっ!!

それ以上言うと条例がっ!

条例と児ポ法が本気で、俺達に潰しをかけて来るぞ!!」


アインのどす黒い案を必死に却下した所で、勇人が一番大事な事を聞いてきた。

 

「ちなみにアイン、ヒナタが初めて万引きをするのはいつの頃からなんだ?」


「小学4年生の3学期からですね。」



そういう訳で勇人とアインは、とりあえずヒナタの事は、経過観察するだけに留める事にした。

近すぎず遠すぎず。

何かあった時は、直ぐにでも対応出来る距離。

その距離を保とうとしていた。


ではこの辺りで、場所と時間を小学3年の音楽室の掃除時間へと戻そう。

 

ゴミ収集室から空になったゴミ箱を持って、アインが音楽室へ帰りの帰途についてた時である。

同時刻、音楽室の中からは、女の子達は掃除を終わらせおしゃべりしていた…。


「アイン君って絶対、私の事が好きなんだって…(笑)。

私を見る目がなんか違うんだもん。

私、分かっちゃうんだよね~。

そういう事が~。」


「え~。

アイン君は皆にも優しいよ~。

しまぽんの考え過ぎじゃないの?」


「皆に優しいかもしれないけど、私には特別にっ優しいんだって!

私が何かお願い事したら、何でも聞くんじゃないかな?

あのホレ方だと。フフっ。」


ヒナタは自信満々の得意気である。

そんなヒナタに一人の女の子がある提案をしてきた。

 

「ねぇねぇ、だったらしまぽん。

しまぽんから、矢城君にアレを頼んでみてよ…。

この前の例のあのお菓子…。

それで矢城君がしまぽんのお願いを訊いたら、矢城君はしまぽんの事を好きだって認めるわ。」


その提案を聞いたヒナタは、一瞬ドキリとしたが…。


「ああ、アレね……………。

えっ…あっ…。べ、…別に…。

いいけど…。」


ガラッ


その時、アインがゴミ収集室から帰ってきた。

女の子達は平静を装ったまま、扉を開けたアインに目をやる。

アインも音楽室を見渡す。

男子はもう居ないようだ。


「あれ?他の皆は?」


「男子はもう教室に帰ったわよ。

矢城君、ちょっと来てよ。」


アインはその女の子に呼ばれるまま、ホイホイ近づいていく。

その子はアインに小声で話しかけて来た。

 

「ねぇねぇ…矢城君…。放課後ヒマ?」


「ヒマだけど…。なんなの山田さん?」


「だったらさ、ちょっと私達に付き合ってくれない?

しまぽんが、頼みたい事があるんだって…。」


アインは山田 華にそう言われて、ヒナタの方を見ると、ヒナタは手を合わせてウィンクして頼んでいた。

 

「そりゃ別に構わないけど…。

そうだ!

ゆう君も呼んで良いかな?

志摩本さん?」


それを聞いたヒナタは、手を横にブンブン振って拒否した。


「そ、それはダメ。絶対ダメ。

アインくん一人で来てよね。

そ、それがイヤなら別に来なくて…良いわよ。」


「そっか…。

だったら…。うん。

放課後付き合うよ。一人で…。」

 

それを聞いた山田 華は、気づかれ無いようニヤリとほくそ笑んで喜んだ。

それとは対照的なヒナタ…。

続け様にアインに場所の指定をする。


「それじゃあ決まりね。矢城君。

川沿いの公園分かるかな?

近所に自転車屋さんがある所。」


「うん、分かるよ。」


「そこに、誰にも言わないで一人で来てよね。」


山田 華と、ヒナタと、それともう一人の女の子は、そう告げると、アインを一人残し教室へとそそくさと帰っていった。


一方、勇人はその頃…。

 

「うわっ!かっけ~!!

良く出来てんなコレ…。

なあソナタ?

そこはずれるんじゃね?」


「でしょ!!

そう、そうなんだよ。カナタ君。

でね…H2Aのここがこう…パカッととれて…。

どう?カナタ君?」


「へぇ~。ハズれるとこうなるんだ…。

すげーな。ソナタ。」


「やっべ!?チンコとれた~。」


「ちょっ!?何やってんのさ。

ゆうちゃ~ん。人体模型のチンコいじって~!?」


「へぇ~。チンコもげたらとこうなるんだ…。すげーな。勇人。」


「ちょっと男子~。真面目に掃除しなさいよ~!!」


掃除そっちのけで、ソナタとカナタと一緒に、理科室に置いてある児童用教材…。

H2Aロケット模型と人体模型のチンコをいぢって、遊んでいた。


その後…。

帰りの会も終わり、勇人がアインに一緒に帰るように近づいてきた。


「アイ君。

今日コレからソっ君の家行って遊ぶよ。

カッ君も一緒に来るから、アイ君も来るだろ?」


「ゴメンゆう君。

今日はちょっと用事があるから…。

先に帰るね。じゃあ。」


少し困った顔をしながら、勇人の誘いを断るアイン。

ほぼ初めて、勇人を拒否して一人で帰ろうとする状況に、勇人自身は戸惑しまった。

勇人は思わずアインの手を掴み、アインに小声で耳打ちし話しかけた。

 

「どうしたんだよアイン。

何があったんだよ?」


「すみません勇人様…。

ヒナタ様関連で、動きがございまして…。

コレから少し、向かわないと行けない場所が…。」


それを聞いた勇人は、ホッと安心して手を離し解放するのだった。


「何だ…。

それなら先に言えよアイン…。

俺はてっきり…。

イヤ、言わんとこ…。

俺もついて行こうか?」


「てっきり?

てっきり、ってなんなんですか?

気になるじゃ無いですか…?

まあ、どうせロクな事じゃ無いと思いますので、私も聞かんときましょ。」


アインも勇人の言動にはすっかり慣れちょっとした事ではボケなくなった。

アインは山田 華に言われた事を少し説明する。


「それが、川沿いの公園に秘密裏に来いとのお達しでして…。」


アインがそう言った時である。

アインは誰かの視線を感じたので…。


「そんな訳ですので、私はコレで…。」


そう言って勇人に手を振り、駆け出して行った。

アインが公園へとたどり着くと…。

そこには、ヒナタの他、6人の女生徒が待っていた。

6人の女生徒の内訳は山田 華と、アイン達のクラスメイトがもう1人、他は知らない女生徒達だった。

アインがその集団に近づいていくと、ヒナタが少しだけ怒りながらアインに言い寄ってきた。


「アイン君、遅い!

男の子は女の子を待たせちゃダメなの。

女の子を待つくらいじゃないと…。

分かったら、もう少し早く来なさい。」


「ゴメン、志摩本さん…。

それで頼み事って何?」


「そ、それは……その。」


ヒナタが少し言いにくそうにしていると、山田 華がヒナタに近づき。


「ホラ…、しまぽん。

言っちゃいなよ。

矢城くん。

しまぽんが頼むんだったら、絶対聞いてくれるって…。」


そう促すのだ。

その時!!

アインはハタと気づいた。

このシチュエーションとこの状況に…。


『ハッ!?こ、コレは…。

も、も、もしかしたらアノ噂に聞く…。

告白という物なのではっ…!?

ど、ど、ど、どうしよう…!?

さ、最近の子はホント大胆だなぁ…。

こんな大勢の中で…?

あっ!?ヤッバっ…。

ブレスケア位するべきでした!』


そう判断した瞬間、なぜかアインの方がもじもじとしだした。


「どうしたのアイン君?」


「えっ!?イヤ、何でもないよっ!!」


そんなアインを見て、ヒナタは意を決したのか…。


「アインくん。自転車屋の横…。

アソコに駄菓子屋があるでしょ?」


「あっ!?うん、あるね…。

駄菓子屋さん。」


何故か駄菓子屋の説明をしだした…。

どうにも、告白という話しの内容で無いようなので、アインは何だか不思議とガッカリした。


「ちょっとココで待ってて、今から行って、して見せるから…。」


そう言ってヒナタは、一人で駄菓子屋の方へと向かって行った。

しばらくしてヒナタが戻って来ると、ポケットの中からあめ玉を数個取り出して皆に配り始めた。

アインにも、そのあめ玉を手渡した時である。


「ハイっ!お土産。

アインくん、あなたにも出来る?

私と…、おんなじ事…。」


「へっ?あめ玉買うのが…?

あそこの駄菓子屋のおばさんが凄くコワいの?」

 

クスックス…。

ふふふっ…。


そうアインが言うと、ヒナタ以外の女の子が、クスクスと一斉に嘲笑の笑いをしだした。

アインは困惑する。

男友達で集まっている時には無い…。

ねっとりとしっとりとしたような、一種独特の妙な雰囲気がこの場にはあるのだ。

 

『何だろコレ…?

女子の集団って、いつもこんな感じなのかな?

変な空気だ…。』


山田 華ともう一人別の女子が説明しだした。


「矢城君。お子さま~。

たかが10円のあめ玉を、わざわざ買う?

これ位、いつも買ってるサービスの内よね~。」


「しまぽんは、盗って来たに決まってんでしょ。

アソコの駄菓子屋のおばさん、感じ悪くて最悪だし気味悪いし~。

10円位でお金を払う方がおかしいよ~。」


その言葉を聞いたアインは、心臓が口から飛び出る程に驚愕してしまい。

我が耳を疑った!!


「う゛ぞっ!!!!!!

もうなの!?!?!?!!!

そのあめ玉!!!!

盗っちゃったの!?!?!?

一年早く無いっ!!!!!!」


「ばっバカ!!!!!

声が大きいわよっ!

矢城くん!!声がっ!!」


『『『『 もうなの???。 一年早く無い???』』』』


数名の女の子達から、心の中のツッコミを受けながら、アインはヒナタと山田さんに口を押さえられていた。

ヒナタが、アインに説明しだす。


「い~い?アイン君?

私達はよくアソコの駄菓子屋でお菓子を買ってるの。

金額にしたらケッコーな額。

あの駄菓子屋の売り上げに貢献してるのっ!!」


立て続けに山田 華も説明しだす。


「矢城君。

これ位はサービスでよくある。

ご自由にお取り下さいってのと同じよ。

よく見かけるでしょう?

飴の無料サービス。

これ位は、お店側がサービスでやらない方が、おかしいの。

それに私達が、アソコでお菓子を買ってるから、あのお店は生活出来てるの。

たかだか10円の商品に、誰も目くじら立てないわ…。

だってお客さまは、神様なんですものっ!!」


それを聞いたアインは、口を押さえられていた手をどかし反論しだす。


「そんな…。

いくらお店で買い物してたって、今やってる事は泥棒じゃないか。

それにいくら神様でもそんな事しな…。

…あっ!?………………。」


そう言いかけてアインは、神様関係でそれに近い思い当たる節があるのか…。

言うのをすっぱり途中で止めてしまった。

 

「な、何止まってるの?アイン君?」


「と、とにかく、10円でも数が多くなればちょっとした金額になるし…。

盗みはやっぱり盗みだよ。

そんな事しちゃダメだって!!!」


そうアインがヒナタに説得すると、山田華が呆れたと言わんばかりに、ヒナタに言った。


「あ~あ…。

矢城君はやっぱり、まだまだお子さまだったか…。

これ位の、チョイ悪も出来ないだなんて…。

ざ~んね~ん。だっさぁ~い…。

しまぽんが、あんなに必死に頼んだのに…。

しまぽん可哀想~。」

 

「…………………っ…!!」


山田さんにそう言われて、ヒナタはバツが悪そうな居心地が悪そうな表情を見せる。

その、さも当然という態度にアインは怒った。


「とにかく!

そんな下らない頼み事だったら、僕は訊けないよ。

このあめ玉、お店に返して来るっ!」


それを聞いたヒナタは慌てた…、


「ちょ、ちょっと止めてよっ。

返すんだったら私が食べるわよ!!」


アインからあめ玉をパッと取り上げると、辛辣な一言を投げかけるのだった。


「もう、帰りなさいよ!!

少しも空気の読めないアンタなんか…。

バカっ!大っ嫌い!!」


「言われなくたって帰るよ…。

空気読んだら、10円のあめ玉でも盗って良いなんて、やっぱりおかしいよ。」


そう言ってアインはきびすを返すと、ぶ然とした何ともやるせない気持ちで、家路につくのだった。

完全に見えなくなると山田 華がヒナタの側によって、囁くように語りだす。

まるで、小悪魔の誘いのように…。


「矢城君。

しまぽんのお願い聞いてくれなかったね。

好きって勘違いしたのって、矢城君がただ思わせぶりな態度ってだけだったのかな?

矢城君の事このままで良いの?」

 

「よ、良くないかも…。」


ヒナタは涙目になりながらも、少しアインに悪い気がしてそう答える。


「それだったら、矢城君をほんの少しだけ懲らしめようよ。

ねっ?しまぽん。」


それを聞いたヒナタは、泣きかけていた涙を両手で拭い、すぐさま否定した。


「わ、私はそんな意味で言ったんじゃ…!!」


だが、山田はそんなヒナタの言葉が聞こえ無いかのように、ヒナタに同意を求めるのだ。

自らが求める答えしか言わせない為に。

 

「大丈夫だってしまぽん。

ほんの少しだけだから…。

ほらっ矢城君、女の子みんなに優しいし…。

しまぽんだって、それで勘違いしたんだから…。

ちょっとした罰…。

これ位の罰、矢城君の為になるんだって…。」


ヒナタはうつむき少しばかり考えると、山田 華に節目がちに問い掛ける。


「………ほんの少しだけ?」


「そ、ほんの少しだけ…。」


その日の夕方。

勇人はソナタの家から帰りつき、自室に入るとギョッと驚いた。

 

「ギョッ!?

ど、どうしたんだよアイ君?

そんな膝を抱えて暗い顔して…。

思わずギョッて言っちゃったよ。」


自室の隅で体育座りしていたアインは、勇人に気づくとどんよりとした曇った表情を見せる。

半笑いで返事を返すのだ。

その光景はかなり怖い。


アインのセリフを聞くまでは…。


「お帰りなさいまっし。

勇人様。

私、もうどうして良いものやらなんとやら。

色々と…。

人という物が何が何なんだか分からず…。

訳ワカメ…。」


「安心しろアイン。お前はいつでも訳分からん存在だから…。」


「言われてみると、そですね…。

はっ、ははっ…。」


アインは気の抜けた表情でフへっと笑う。

ハタから見たら怖いよりも気色悪い。

アインを茶化しても反応がいまいち無いので、勇人はツッコミを入れる事なく、今までのいきさつを細かく聞いてみた。


「なるほどな。

ヒナタとそんな事があったか。

本当に基本的で典型的な、罪と罰の話しに、お前自身が巻き込まれたか。」


「勇人様…。

勇人様ならどうなされましたか?

今後の事も含め空気読んで、あめ玉盗ってきてましたか?

私は、どう行動すべきだったんでしょうか?」


「んな事、答えは決まってるだろうが!

盗らないのが当たり前で常識で絶対だろ。」


「ですが、そうなるとヒナタ様と仲よくなれるチャンスが…。

完全に失くなってしまったかも…。

しれません。」


「かもしれんな…。」


「どうすれば…良かったんでしょうか…?」


アインの苦悩の念が勇人にも伝わる。

行動としては正しいハズなのに…。

選択肢を誤ったような後悔が胸の奥からわいてくる。

勇人は本当に嬉しそうに、アインの頭を撫でた。


「いやはや、お前も随分と人間らしくなってきたな。

良かったなアイン。

お前はラッキーだぞ。

こんな良い人生の質問に、巡り合うなんてな。

とりあえず、まあ悩め!!

そして、考えろ!

苦悩して自分で答えを出した答えがなんであれ、お前の答えだよ。」


ズガーーーーーーーーーーン!!


アインはそれを聞くと、大きなショックを受け半泣きになりだした。


「そんな事言われても…。

それじゃ、生殺しじゃないですか…。

ではせめてヒント。

どうすれば良いのかヒントだけでも…。

え~いこの際、ジェスチャー…。

尻文字でも何でも良いですからっ!」


「たくっ…。

アイン…。

お前は何でも答えを人に頼り過ぎるんだよ。

そんな事だと、頭を使わないアホになるぞ。」

 

デコピンで軽くアインの額をこつく。

Σビシッ

 

「いっつ~~~~!!ケチ…。」


小さな罵声を浴びせられた勇人だが、アインの半泣きになってる姿を見ていたら、うずうずと助け舟を出してやりたくなる。

勇人はどことなくアインには甘い。


「だがまあ…。

かと言って、考え過ぎのドツボにハマって悩むと、直ぐにハゲるっていうしなぁ。」


勇人は自らに言い訳すると、仕方ないテイで答える。


「アイン、後悔ってのはな。

自分が出した答えより、別の答えが正しかったか気になると生まれるんだ。

悩むな後悔するなって言えるヤツは、自分の唯一の答えを真っ直ぐを出せるスゲエヤツさ。

だがオレ達は違う。

別の答えを考えもするし、別の正解にも気付いてしまう…。

知識で学ぶ賢者でなく、経験で学べる愚者だ。

今、悩んで後悔する事が、その後の人生で後悔しない最良の選択肢を選ばせる。

だから、後悔は大概するもんで、して良いんだよ。

唯一しちゃならないのは、後悔して立ち止まり、何もやらない事さ。

悩みながらも前に歩け。

これがオレの出した答え。

まあ、これが正しい答えかは分からんがな。」


「そんな!?

人生2回目の勇人様でも分からないのなら。

初めての人生の私に、分かる訳無いじゃないですか。」


アインがそう言って諦めかけていると、勇人はパッと表情を変えて、やおらアインに質問した。

何かカンに触ったのだろうか?


「アイン、オレ達は常に最低なウソをついてるよな?

果たしてコレは罪か?」


あまりにも唐突だった。

突然の出来事でアインは困惑した。

思い当たる節が無いか必死に思いだそうとしたが…。

思い当たる節が無い。


「えっ!?どんなウソです?

私には思い当たる節が無いんですが…?」


勇人は、言って良いのか躊躇し思案したが、意を決して語りだす。

 

「オレ達の存在自体さ。

ある意味、友達であるソナタとカナタには、裏切りに近い存在だ。

父さんと母さんに、他のみんなに対して見ても同じだ。

もし、本当に真正直にオレ達が生きるのであれば、オレ達が出会う罪人7人全てに…、

「実は地球が滅亡しかかってますので、改心して真っ当に生きて下さい。もしくは友達になって下さい。」と、こう言わぬばならんだろ?

お前はこう言ってくる人間と、友達になれるか?」


「そ、それは…!。

ですが、そんな事を言ってしまっては…。

地球が…。それに宇宙が!!」


「そうだな、信じてもらえるはずもなく、頭がちょっとおかしい人に思われて、精神病院一直線だ。

ならば…。

たとえ必要な事であったとしても、打算的な考えで、ソナタ達に近づき友達になった事は、罪か罪で無いのか?

友に対する裏切りか裏切りで無いのか?

父さん母さんに大地祖父さんからしたら、俺たちの存在は何なのか…?

自らの存在の全否定は、自死と同等だぞ。

オレだって色々悩んでるんだ。

お前も、悩んで考えて…。

自分なりの答えを出してみろ。」


そう言ってアインの横へちょこんと座ると、頭をグリグリと撫でるのであった。

本物の兄のように…。

また人生の先輩のように…。


「さて、慰めタイムは終わりだ!

コレ以上は銭を取るぞ。

頭切り替えて、ヒナタの事について話しあうぞアイン!」


勇人はそう茶化しながら、アインを軽く突き飛ばした。

だが、そうやられたアインもドコとなく嬉しそうだった。


「そう…。

ですね…。

今はヒナタ様について考え動いた方が建設的ですよね。

よしっ!!

そうしましょう勇人様!!」


アインがそう言うと、顔付きも何だか変わり、元気に見え始めた。

空元気ではあるのだろう。

だが、何か目標あらる行動は余計な雑念を遠ざける。

勇人は構わずヒナタの話しを振った。

 

「しかし、アイン。

ヒナタが万引きし始めるのは、小学4年からじゃなかったのか?」


「そこ何ですよ。

それがおかしいのですよ。

私も正直驚きました。」


狐にでも化かされた、そんな状態だ。

勇人はしばらく考えて、ある仮説を立てた。


「もしかして…。

オレ達が、ソナタやカナタの未来に介入し始めて、ヒナタの未来が早まったんじゃ無いのか?」


アインはそれを聞くと、何か腑に落ちない表情で悩み出す。

勇人の仮説に、何か違和感を感じる。

 

「そうかもしれませんが。

ですが、どうにも腑に落ちません。

それでは、説明つかないような気がするんです。」


「何か思い当たる事でもあるのかアイン?」


アインはしばし考え、あの時の状況を思い出しながら自らの疑問を語り始めた。


「勇人様…。

女子が集まった時の、独特な雰囲気というか…。

変な空気を感じたんです…。

あれって何なんですかね?

自分の言ってる事は正しいはずなのに…。

なぜか間違っているように感じてしまう変な空気…。

妙な感じがしたんです…。

自らが取り残されるような疎外感孤独感不安感…。

同時にその雰囲気がヒナタ様の意思を動かしてるような…。

そんな感じです。」


「それは集団心理の罠かもな…。

良いかアイン。

人がある一定数集まると、一人でいる時には出来る正しい判断とは、全く違う誤った行動をとってしまう事がある。

他人に対する、共感性や同意、同調性。

それに力関係の優位性が関わってくるんだが…。

日本人はそれらに多少敏感な所がある。」


そう言われたアインだったが、それも何だか違う気がしていた。


「勇人様。

それもちょっと違うと思うんです。

こうネットリ、ベットリとした不快感で…。

女子の何て言うか…。

表現しにくい恐怖…。

スゴく怖かったです。」


勇人は、腕を組んでしばらく思案した。


「なるほど…。もしかしたら、ヒナタは…。」



「アイン。

もう一度、ヒナタの未来を見直した方が良いかもしれん…。

すぐにでも見直してくれ。」


「あっハイっ。

では、もう一度ヒナタ様の未来を見てみましょう。」


アインは目をつぶり瞑想するかのように未来を見始める。

しばらくすると突然、アインが目をつぶったまま涙をポロポロと流し始めた。

それを見た勇人は慌てた。


「ど、どうしたんだよアイン?

いきなり泣き出して…。」


「やっぱり…。

やっぱりでしたよ…。

勇人様。

イヤ…。

むしろ…。遅く…………なってました。」


ハラハラと涙が出るのをこらえながら、アインは必死に何かを伝えようとするのだが。

感情が先行していて、何が言いたいのかよく分からなかった。

それを聞いて勇人が疑問符をアインに投げかけた。


「何がだ?何が遅くなってたんだ?」


「ヒナタ様が初めて…万引きをする年齢が…。

今までは自分のお金で、あめ玉を買って…盗んだよう見せかけてたんですよ…。

良かった…。ヒナタ様…。悪い事だと気づいてる…。

本当に良かった…。」


心底喜んでいるアインをしり目に、勇人は厳しい顔になり始めた。

勇人の悪い予感が当たり、事の重大さと深刻さに気づいたのだ。


「アイン。

喜んでいる所を悪いんだが、これは逆に厄介だぞ。」


「どういう事ですか勇人様?」


喜びもつかの間に、勇人のその発言にアインは訳の分からない様子。

勇人は説明しだした。

 

「つまりそれは、ヒナタは興味本位の自分の意志で、万引きをし始めたんでなく。

ヒナタの周りの友達が、ヒナタの万引き癖の鍵となってるって証拠だ。

オレ達とはまるっきり真逆の、悪い方向へ影響を与える、友達としての存在だな。

先ずはヒナタと、その友達を何とかしなきゃならんって事だぞ。」


アインはまだ事態を飲み込め無いのか、ポカーンと口を開いていた。

そんなアインが打開策を提案する。


「あ~勇人様。

ヒナタ様と、ヒナタ様のお友達の目の前で、

「その方達はあなたに盗みクセを付けさせる悪いヤツだ~!

そんな悪い友達とは縁を切りなさい。」

と、指摘すれば良いのでは?」


「本物のアホだなお前は…。」


ズガーーーーーーーーーン!!


ショックを受けるアインはほっといて、勇人はアインに説明しだした。


「良いかアイン。

友達からの影響には。

受動的なモンと。

自発的なモンがある。

受動的な変化は、友達に行動を引っ張られての変化。

用は意思の弱い子が強い子に、無理に付き合わされて、行動や趣向が変化するヤツだ。

お前は、ヒナタとその友達をそう捉えて見てるよな。

自発的変化は、言うなれば見栄だな。

友達が側に居る事で、自分の思考や趣向とは違う行動をするヤツだ。

今の段階じゃ、友達に問題があるのか、ヒナタ自身に問題があるのか分からんだろ?」


「見栄で物を盗んだように見せかけたりするって事ですか?」


「悪ぶる事で自らを強く大きく見せたがる。

普通やらない事をして見せて自慢する。

子供の発想と行動さ。

子供ってのはそれほどアホなんだよ。

もしそれならヒナタ自身の問題だ。

ヒナタの友達は悪くないだろ?」


「でもヒナタ様は飴は盗んでないんですよ。

悪いのはその友達とは言えないですか?」


そう返すアインに、どう説明して良いのか思案して、勇人は半ば涙目になっていた。


「アイン…。

お前がヒナタと友達をどう捉えるかが問題じゃなくてな。

周囲が、ヒナタをどう見て捉えるか。

ヒナタが自分をどう見せたいのかが問題なんだ。」


「……………………。」


「……………………。」


しばらく二人の間に沈黙が流れた…。


「ど、どうしよう…?」


ガクっ!


そう言って頭を抱えるアイン。

勇人は、それを見てコケながら心の中でツッコミを入れるのだった。

 

『俺の方がお前に対して、どうしよう?だよ…!!』


翌日。

勇人とアインが小学校へ登校してる時。

偶然、ヒナタと正門でかち合った。


「あっ!?志摩本さんおはよう。」


「おはよう。志摩本さん。」


「……………。」


ヒナタは二人の挨拶を無視して、横を素通りするのみだった。


「気にするなアイン。

昨日の事で気まずいだけだろ。」

 

「そうですね…。

私も少しばかり気まずいですから…。

それに…。

「少しは空気を読め」と言ったあの時…。

もう少しだけ、ヒナタ様の言葉に注視していたら…。」


悔やむアインに勇人は囁く。


「そう悔やむな。

人間は万能じゃ無いんだ。

1つの言葉から、見えない全てを理解するなんて…。

出来やしないさ。」


そうアインの背中をランドセル越しに叩いて、自分たちのクラスへと向かった。

勇人とアインがクラスに入ると…。

教室はいつもの光景のようで、いつもとは違っていた。

アインが小声で勇人に話しかける。


「勇人様、なん何でしょうか?

この殺伐としたよそよそしい雰囲気はいったい?

何だか、前にもあったような気が…。

もしや…デジャヴュ?」


「んな事あるか~…。

ってこりゃ、幼稚園の時の、お遊戯会の次の日のピリピリ感と一緒だろ…。

何だ?

いったい何があったんだ?」


その理由は徐々に分かった。

勇人とアインはクラスの全女子から、完全に無視をされ始めたのだ。

特に体育の時間、跳び箱の授業でハッキリ見てとれた。

若林先生が次々と生徒の名前を呼んで、一人一人跳び箱を跳べるかどうか試している。


「次っ須藤くん。」


「ハイっ!!」


「「カズヤく~~ん。ファイト~!!」」


たったったったっ!ダンッ!!バフ!!ドン!!


パチ!パチ!パチ!

簡単に6段の跳び箱を飛び越えると、まばらだが、女子達から拍手が沸き起こる。

普段女子をからかっているカズヤも、女子の声援や拍手がやはり嬉しいのか、得意気な顔になっている。

コレも一つのツンデレだろうか?


「須藤くん…丸っと…。

次っ高松くん。」


「…ハイっ…。」


「頑張って~。」「しっかり~。」


たったったっ…。タンっ!ドタ…。


ソナタは跳び箱の手前で恐怖感から失速し、スピードが落ちた状態で跳んだので、跳び箱の上で尻餅をつき飛び越える事が出来なった。


「「ドンマイ!」」「惜しかった。」


ソナタは跳び箱を跳べなかった羞恥心と、それでも女子から声をかけられた気恥ずかしさから。

顔を赤らめいそいそと、跳び箱の上から退散する。


「高松くん…。バツっと…。

次、矢城アインくん」


若林先生に名前を呼ばれ、アインは元気よく手を上げて…。


「ハイっ!!」


立ち上がる。

し~~~~~~ん


その瞬間、女子達は一斉に沈黙し目線を外し、見て見ぬふりを決め込んだ。

アインは多少、気になったがお構いなしに跳び箱を跳ぶ為の助走を始める。


たったったっ!ダンッ!!バフ!!ドン!!


し~~~~~ん!!


見事に飛び越えたにも関わらず。

女子達は物音一つ出そうとすらしない。

いつもなら、必ずあるはずのアインへの声援が、まるっきり無い事に勇人が気づいた。

 

『アレッ!?珍しいな…。

アインのヤツが全く応援されないなんて…。』


「矢城アイ君、丸っと…。

次っ。矢城勇人君…。」


「はいっ!!」


し~~~~~ん!!


勇人の時にも同じ事が起きた。

例え女子達から応援されないにしても、私語すら全く起きないこの状況。

この状況で流石に勇人は気づいた。


『小学生の無視の仕方って、まだまだ分かりやすいな。

しかし何でオレまで?

坊主憎けりゃ袈裟まで憎いってヤツか!?』


その状況は、給食の時間もヒドい物となった。

班ごとに分かれ給食を囲むのだが、勇人とアインがいる班だけは、まるでお通夜のように静かになった。


給食後の昼休み時間。

校庭ではワイワイと楽しそうに児童達が遊びまわっている。

そんな景色を見ながら勇人とアインは、校庭の片隅で話しあっていた。

教室だと針のむしろに晒されているようで、居心地が悪かったのだ。


「やられたなアイン。

段階的にイジメが発生するかもとは思っていたが…。

無視から始まるとはな。」


「ハイ…スッゴい凹みました。

無視って、地味にダメージが残るイジメですね。

存在の否定って感じがして…。」


そう言いながらうなだれ落ち込むアインの肩を、ポンポンと叩きながら勇人は楽観的に説明しだした。


「まあ、そう落ち込むな。

誰でも出来て、人を傷つけてる感覚も薄い。

単純かつ効率の良いイジメだ。

だが、子供の無視はまだ可愛いもんだな。

女子が一斉に黙って分かりやすくて。

大人の無視だと必要最小限の会話で済ませて、完全無視ってのには、滅多にならない。

たまにガキの精神のまま、大人になる奴がいるが…。

そんな大人が無視をすると、更に陰湿だぞ~。

自然な流れで特定の人物の存在だけ完全に消して、絶対に必要な連絡すら取ろうとしなくなる。

だから、今の状態はまだ軽い方だ。

気楽に行こうぜ。アイン。

それはそれとして…。」


勇人は深刻な顔でアインに語りかけてきた。

何事か大切な話しかと思いアインも真剣な顔で聞き入る。


「何です?勇人様?」


「何でオレまで無視の対象になってんだよ?」


「…イヤ…。

それは………なぜでしょう?

勇人様、何か女子にセクハラのような事をされたのでは?」


「俺がんな事するかっ~~~!!

…あっ…!?」


そう言った勇人だったが、昨日の掃除中に、人体模型のチンコを取り外した事が、彼の脳裏をよぎる。


『アレかっ!?

アレが原因なのかっ!?

んなアホな…。

イヤ、やっぱ模型チンコ持ったままやった定番ギャグ。

「ちょんまげ~っ!!」ってギャグが、

女子の逆鱗に触れたのかも…!?

ヤッベ~、「模型のチンコはカチンこチンコ」程度で、止めときゃ良かった!!』


そんな事を勇人が考えていると、カナタとソナタの二人が、心配して駆け寄って来た。


二人は心配そうに聞いて来る。


「お前ら大丈夫か?」


「いったい何やらかしたの?

ゆうちゃん?アイちゃん?

クラス中の女子が目の敵にしてるよ。」


「ああ…。

まあ、やらかしたと言えばやらかしたんだけど…。

イヤ、僕がやらかしたんじゃ無いんだけど…。

イヤ、やらかしたのか…?

とばっちりを食らったと言うか…。

とばっちりで巻き込んだと言うか…。」


そう勇人がまごついていると、カナタが話しを振ってきた。


「そうだ。

そのやらかしたって話し。

志摩本を泣かしたって話しが回って来たんだが…。

それか?」

 

「あっ!?それ僕も聞いたよ!

昨日、アイちゃんが志摩本さん泣かしたって。

それでハブにして、二人に話し掛けた人は、同じように除け者にするって…。」

 

『よかった~。

チンコの件じゃなかった。』

 

「そんな…。

僕そんな事して無いよっ!!」


勇人が安堵する横で、アインが否定するが…。

そんなアインにせカナタが語りだした。


「イヤ、それは、分かってる。

お前の性格はよく知ってる。

ただアイン、お前は今まで女の子に優しくし過ぎてたからな…。

誰にでも良い顔したから、ちょっとした事で、逆に反感を食らったんじゃ無いか?」


あのカナタが、適切な情報分析で正確に状況を掴み掛けていた事に勇人は驚いた。

だが勇人には、一つ疑問に思う事があったので、その驚きも直ぐに引っ込め思案した。


『良かった。

どうやら俺のセクハラが原因じゃ無かったか。

しかし女子どころか、男子にまでその情報を流すのは、おそらくクラス全体でオレ達を除け者にしたい現れか…?

余りにも手際と根回しが良すぎるな。

クラスの中に、指揮を取る黒幕のような存在がいるな。

ヒナタか?

イヤ、違うな…。

あめ玉をわざわざ買ってまで、盗んだように見せかけるヤツが、そんな大それた事まで出来るか?

だとしたら誰だ?』


勇人が何か確信めいた物を掴み掛けていた時である。


キーンコーン…カーン…。


お昼休み終了のチャイムが鳴った。

仕方なしに4人は教室へと戻ろうとした時。

勇人とカナタを先に行かせつつ、アインがソナタに耳打ちして引き止めた。


「ソッ君…。

ちょっと頼みたい事があるんだけど…。

良いかな?」


「何?アイちゃん?」


アインはソナタに秘密めいた頼み事をするのであった。


4人が教室へと入ると、牛乳がこぼれたような匂いがしていた。

その匂いの発生源はまさに、アインの机からだ。

どうやら机と椅子両方に、牛乳をぶちまけられたらしい。

小学校内のイジメでは定番だ。


「そんな…ここまで…。」


思わずアインが半泣きになりつつ一言呟く。

ショックを受けているようだ。

その姿を見て、ヒナタのそばで不適な笑みを浮かべていた山田 華。

そんなアインに冷たく言い放つ。


「ちょっと矢城君。

牛乳こぼしたんなら早く片付けなさいよ!!

匂いが教室に籠もるでしょう!」


それを聞いたカナタが思わず。


ガンッ!!!!


ビクッ!?


壁をパンチして思いっきり叩きつけ、その音でクラス全体が一瞬静かにさせた…。

余りに凄い音だったので、ソナタがカナタの手を心配する。


「カナタ君…。手、大丈夫?」


「カッ君いいよ。

僕は別に気にして無いから。」


「関係ねぇよそんな事。

アインお前が…。」

 

カナタがそう言いだした時である。

それに被せるように、勇人がしゃべり始めた。


「そうだ、気にするなカッ君。

今の一言で、これを誰がやったか分かった。

山田 華!お前だな…。

コレをやったのは…?」


それを聞いた山田は、眉をピクリとも動かさずに冷静に反論しだした。


「ちょっと言い掛かりは止めてよ!!

何でそんな事言うのよ?」


「知ってるか山田…?

今、僕達はクラスの除け者にされてて有名だぞ。

話し掛けたヤツは同じようにハブだってさ。

それを知ってて話し掛けて来たなら、それはお前が黒幕で、お前自身はそのルールを無視出来る存在だからだ。

知らなくて話し掛けたなら、お前もクラスから嫌われて、連絡を回されなかった証拠だな。

どっちだろうな山田。」


勇人は、決まったと言わんばかりに決め顔でニヤリと微笑む。

それを見たアイン達3人は、羨望の眼差しを勇人に向けるのだった。


「ゆう君カコいい…。」


「ひゅ~!勇人のヤツやっるな~!」


「凄いゆうちゃん。

まるで、名探偵コナンみたいだっ。」


アイン達3人が、やんややんやと勇人を持ち上げていたが。

だが…。


「そんなの、知らなくて話し掛けたに決まってるでしょ?

はいっ!はいっ!みんな。

そんなイジメ止め!止め!!

もっと大人になりなさいよね。」


山田は動じる事もなく、そう言い放ち手をブンブン振ってイジメを止めるように指示するのだった。


「ちっ!!

山田のヤツ知ってやがるか…。

あそこで動じてくれて、

「なぜ分かった!」って的に言ってくれたら、そのままなし崩し的に、一気に攻めていけたのに…!!」


そう勇人が舌打ちして指を鳴らす。


ガタッガタッガタッ!!

アイン達3人はずっこけた。

失望の眼差しと共に、先程の持ち上げた分を一気にドンと突き落とすのだった。


「だ、ダメだこりゃあ。」


「ゆう君カッコわる~。」


「寝るしか出来ない毛利おじさんの方だったか。」

 

勇人がそう3人から言われて凹んでいると…。

ヒナタがすっと4人の前にやって来て、ぺこりと頭下げて謝って来た。


「ごめん。アインくん。

牛乳…。

それ私がやったの…。

今直ぐ拭くから…。」


「イヤ、もう良いよ志摩本さん。

牛乳は僕が拭くから。」


「ごめん…。今までの事も…。

本当、ごめんなさい。」


ヒナタは悲しそうな顔でそう言って、自分のハンカチでアインの机と椅子を拭いていく。

そんなヒナタを見て、勇人は疑問に思い質問してみた。


「志摩本さん。

そんなに謝るんだったら。

何でこんな事したんだよ?」


「その…。私…。

給食当番だから、牛乳が一本余ってて…。

誰かいらないか聞いてみたら…。

んっ…!」


そう言いかけた時、ヒナタは何か視線を感じたのか、突然口をつぐむ。


「ご、ゴメン…。

とにかく、私が悪いのゴメン…。」

 

それ以降は口をつぐみ、ただ黙って机と椅子を綺麗に拭くだけだった。

山田 華の号令とヒナタの謝罪で、牛乳の件は丸く収まった。

その日はもう、イジメらしいイジメは、勇人とアインにはなくなり。

普通のクラスへと戻ったかのように、その日は見えた。


その夜…。

勇人とアインが、天美母さんの料理を食べ終え。

2人でお風呂に入っていた時である。

夕飯頃からどうにもアインの機嫌が良い。


「とりあえず、イジメが収まって良かったですね勇人様っ!」

 

アインがそう湯船から、笑顔で勇人に話しかけてきた。


「お前は楽観的だなぁ。

このまま素直にイジメが無くなるとホントに思ってんのか?」


そう頭をわしわしと洗いながら目をつぶったままで勇人は答える。


「えっ!?

でもあの後実際に、普通のクラスに戻ってましたよ。

私と勇人様にもぎこちないながら、帰りは挨拶もされてましたし…。」


「アイン…。

何度も言うが、目に見える物、音に聞こえる物だけが真実じゃない。

表面上は穏やかに見えて、人の心の奥底は分からん。

特に山田。

アレは油断ならんぞ。」


勇人は頭からお湯をかぶり泡を洗い流す。

この時、勇人には彼女の動機の予想がついていた。

そして、その原因も…。

今度は交代でアインが湯船から上がり、勇人は湯船に浸かる。


「アイン。

複数の人間が集まったグループや、クラスでイジメが始まると。

何故、イジメがなかなか止まらないか分かるか?」


そう質問されたアインは、シャンプーのポンプを、クイズ番組の押しボタンのように押し答えた。


「ピンポーン!!それは分かります。

正解はイジメの止め役を誰もやりたがらないから!

止め役の居ないイジメは、少しずつエスカレートしていくんですよね?

勇人様。

リーダー格の強い立場の人間の止め役がいれば…。

イジメも酷くなりづらいんですよね?」


得意げに答えたアインには悪いと思ったが、湯船の中で勇人は否定した。

 

「確かに、それもある。

だが一番の理由は、イジメはダメで怖い事だと、みんなが知っているからさ。」


「えっ!?ふぐぅ…。

みんながイジメはダメで怖い事と知ってるなら、イジメは…。

イッ無くなるのでは…?

って勇人様っ!?

ちょっとだけ顔の泡を…。

泡を流して下さ…。

目が…。

目がぁぁぁぁぁぁ…。」


アインはシャンプーが目に入ったのか涙を流し、への字口で痛みをこらえていた。

だが明らかに口調はムスカ口調だ。

そんなアインにお湯をかけつつ勇人は説明を続ける。

 

「イジメには「イジメの逆落とし」って現象がある…。

イジメを止めようとした人間や、イジメをする人間が、次の日にはイジメられる側へと、立場が逆転する事がたまに起こる。

イジメを庇った事で、生意気だと反感を買ったり。

イジメてる相手が反抗してきたり。

理由はその時々で様々あるんだが…。

みんなイジメられる側になりたくないから…。

イジメは止まらず少しずつエスカレートしていく…。

自分がイジメられる側に立たない為にな…。」


それを静かに聞いていたアインは、シャンプーの泡を洗い流した後も、まだうっすらと涙を流しているように、勇人には見えた。


「人間って…。

悲しいんですね…。

知って止められる物すら、止められ無いなんて…。」


「アイン…人は恐怖を知ってしまったから…。

止められないのさ…。」


勇人は風呂場の天井を仰ぎ見た。

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