学校というポジション

翌日、土曜日の午前だけの授業が終わり。

勇人とアインと海心(かいしん)と…。

なんとカナタの4人は、ファミレスへと来ていた。

アインの言った一言。

「何でも…。」

という言葉にカナタは釣られたようだ。


「カナタ君。

遠慮しないで好きな物を選びなさい。」


「………………。」


海心の言葉に、カナタは黙ったままじっとメニュー表を見ているだけだ。

 

「みんな、食べたいものは決まったか?」


「お父さん、お父さん。

ボクねお子様ハンバーグセット!!」


メニューが最初から決まっていたアインが、明るく海心に言う。


「勇人は?」


「う~ん…、お子様カレーセット!!」


「カナタ君は決まったかな?

遠慮しないでいいからね?」


そう言われなくても、遠慮するタイプでは無いカナタだったが…。

選んだメニューは予想外にも、可愛いらしい物だった…。


「お…、お子様ランチと…。

ミニチョコレートパフェ…。」


カナタは顔を赤らめ、そう小さく恥ずかしながら小声で言った。

アインもそれに同調した。


「パフェ!?

ボクも…。ボクも食べたい!!」


「そうだな…。

どうせなら、みんなの分、頼もうか。」


海心はそう言うと店員を呼び注文した。

注文し終えると、海心は子供達に言う。


「さ、みんなドリンクバーで好きなジュースを作って来なさい。」


3人がドリンクバーへと向かっている途中だった。

珍しくカナタの方から、話しかけて来た。


「お前らの父ちゃん、変わってるよな…。

凄く変だ…。」


「そう?」


アインが不思議そうに問い返す。


「そうだよ…。スッゲぇ変わってる。

あんな父ちゃん絶対変だ。」


『カナタのあの、お父さんと比べたら…。

そりゃ、変わってるように見えるだろうな…。』


と、勇人は心の中で思うのだった。

3人が席へ戻りランチが来るのを待っていた時である。

海心がカナタに話しかけた。


「カナタ君。

君は、何で学校でお勉強しなきゃいけないか…。

分かるかな?」


「知らない…。

それに、父ちゃんは勉強出来なくても、生きていけるって言ってた。」


カナタはそう素っ気なく返事を返すだけで、恥ずかしそうにプイっと顔を逸らす。


海心はそれを聞くと…。

静かにカナタに語り出した。


「そうか…。

確かに君のお父さんの言う通り、勉強が出来なくとも、人は生きていけるし…。

仕事で大金を稼ぐ事も出来る。

小卒で総理大臣になった人もいる。

けれどその人達も、学ぶ事や努力は止めなかった人達だよ。

学校のお勉強はねカナタ君。

自分のなりたい未来、自分の幸せな未来を、一つでも多く作る為に必要な事何だよ。」


カナタはそっぽを向いて、聞いてるのか聞いて無いのか分からないが…。

海心はしゃべり続ける。


「そうだな…。

国語で例てみよう。

カナタ君、君が大切な人と話したり、手紙や書類、メールを、読だり書かなきゃならなくなったとしよう。

その時、国語をしっかり勉強していないと…。

言い違いや、書き違い読み間違い、意味を勘違いしてたり…。

書く文章自体がめちゃくちゃだと、何を言いたいのか…。

自分や相手の伝えたい事が、上手く正確に伝わらない事がある。

それで誤解したりされたり…。

伝達ミスをしてしまったり…。

それが切っ掛けで、嫌われたら…。

幸せになれたかもしれないのに…。

誤解で、その幸せを一つ無くしてしまう事になる。」


「カナタ君、国語ってのはね…。

自分や相手が伝えたい思いを…。

言葉と文字で受け渡しする為の、とっても大事な勉強なんだ。

そうは、考えられないかい?」


海心はそうカナタに問いを掛けると、カナタはそっぽ向いたまま、コクンと小さく頷いて納得するのだった。

どうやら話しだけは聞いていたようだ。


海心はそれを見て、少しだけ嬉し気に微笑んだ。

その笑顔はどことなく、大地爺さんが勇人とアインを見ていた時に似ている。

しかし、すぐに新たな疑問がカナタに生まれ、海心に質問するのだった。


「じゃあ、他の勉強はいらねえの?」


海心はその問いにも答える。


「そんな事は無いさ。

社会や理科なんか、習わなくてもよさそうに思えるだろうが…。

世の中には、さまざまなルールがある。

人が人に定めたルールが例えば、コレ…。

それと…。

自然が人に定めたルール…。

おっ!?

いたいた…例えばこの子だ。」


海心はそう言うと、財布から一枚の紙幣を…。

窓枠をもぞもぞと這っていたハエトリグモを手にとると、子供達に見せた。


何をしようとしてるのか…?


「一万円札と、ハエトリグモ君だ。

お札ってのは紙で出来てる。

燃やそうと思えば燃えるし、破く事も出来る。

カナタ君、お金を欲しいと思うかい?」


「欲しい~。」


カナタが答えるよりも先に、アインが元気よく答えた。

そんなアインに海心は聞いた。


「なぜ?なぜ欲しいと思う?

これは紙だぞアイン。」


「えっ?だってお金だし…。

好きなおもちゃとかお菓子とか、いっぱい買えるし…。」


「そう…。

これは、そのおもちゃやお菓子と同じくらいの価値のある紙だ。

この紙に価値があるのは、人が国という社会ルールを作ったからだ。

その国や社会が壊れてしまったら、とたんにコレはただの価値の無い紙になってしまう。

おもちゃやお菓子もなかなか買えない、つまらない世界にはしたくないだろ?」


海心はそう言うと一万円札を財布に戻した。

次にハエトリグモを子供達の目の前に見せる…。


「そして、このハエトリグモ…。

ハエトリグモ君は、その名の通りハエを取る蜘蛛だ。

だが、蜘蛛がこの地球からいなくなったら、人は大変な事になる。

なぜだか分かるかい?」


カナタは首を横に振って分からない事を示す。

勇人が答える。


「ハエトリグモだから、ハエがいっぱいになっちゃって…。

人が大変になるって事?」


「そう…。

このクモが地球から居なくなったら…。

蝿や蚊がいっぱい増える。

だが、それだけじゃない。

ハエや蚊によってバイ菌も増え、病気になる人も増える…。

殺虫剤を使うだけじゃ到底間に合わないし、環境にも勿論悪い。

病気で、死人がたくさん出る世界になるだろうな。

それが、自然が人に与えたルールだ。」


海心はそう言うと、ハエトリグモを元居た場所に放した。

ハエトリグモはぴょんぴょんと跳ねて逃げていく。


「こう言った具合に人が人に定めたルール。

自然や科学が、人に定めたルールがこの世界には他にも沢山ある。

国や法律が、お金に価値を生み出し。

警察が犯罪を取り締まる。

発電された電気は、電線を通ってコンセントに来ないと家に灯りも点かない。

薬や洗剤の扱いを間違えて、知らずに病気になる事もあれば、毒やガスを作り出したら取り返しもつかない。


そんなルールを破ったら、とたんに人間は不幸になる。

例え知らなかった分からなかったとしてもね…。


社会を習う事で、人が 人 として 国や社会の中で生きる事を…。

理科を習う事で、人が 生物 として 地球の中で生きてる事を…。

理解出来るようになるんだ。」



海心は続けてカナタに語る。


「算数なんて、それこそ社会で生きてく上で必要になる。

買い物する時。

売る時の利益の出し方。

車やバイクを買った後の借金返済。

ダイエットの食べ物のカロリー計算。

野球の打率に、おこづかいのやりくり。

どれも算数や数学だ…。

計算に弱いと、こんな事も起きる。

古代の中国での話しだ…。」


「ある所に、毎日サル達にエサを与える老人がいた。

その老人がいつものように、サル達にエサをあげようとすると、サル達は怒りながら訴えかけて来た。

「お爺さん、エサの木の実の事ですが。

朝に3つ、夕暮れに4つくれるのでは全然足りません。

もう少しエサを増やして下さい。」

サル達のその訴えに老人はこう答えた。

「分かった。

ではこれからは木の実を、朝は4つに増やして渡そう。

それだけじゃあない。

夕方暮れには木の実3つも渡そう。」


サル達はエサの数は変わってない事に気づかず…。

エサが増えたと大喜び。

老人の提案を心よく受け入れた。

この話しが後に、口先だけで人を騙す事。

騙された事にすら気づかない愚か者として…。

朝三暮四と言われるようになった。

この話しで一番重要なのは…。」


「分かったっ!!

サルはしゃべらない。」


アインが勢いよく手を上げ。

速攻でボケなのか本気なのか入れて来た。

明らかに天然なボケだろう。

そのボケに勇人も即座に乗っかる。


「なるほど…。

サルは喋らないから、この話し自体が作り話のウソ…。

信じた人が朝三暮四のサルって事か…。」


話しの腰を折られた海心。

二人のボケに、笑いをこらるの必死だった。

子供ながらの斜めにハズレる論点。

だが、それこそが時に貴重な指摘になるが…。

今回の件では…。

どうだろう?

海心は笑いをこらえながら、話しの続きを始めようとするが…。

結構ツボだったようだ。


「ははふっ…。

そ…。

そうだなアイン…。勇人…。

サルは…クックっ…喋らないよな…。」


海心は笑いを堪えようとした為、余計にハマったようだ。


 

一頻り笑うと、改めて自分の考えを述べ始めだそうとする。


「ひっ…クックっ…。

え~と…。

何、言おうとしたんだけ…?

あ~そうだ!?

だとすると…この話しは元々。

人間どうしのやり取りから生まれた話しだったんじゃないかな?

お爺さんが雇い主。

サルが労働者。

木の実が賃金って所かな…。

算数や数学で頭を鍛えて無いと、悪い人から簡単に騙されて損をするって事さ。

まあ、損か得か考えて得する時だけ行動するのは、卑しいと言う人もいるが…。

損と分からず損を選ぶ事と…。

損と分かった上で、損を選ぶ事は、意味が全く違う。

カナタ君も損をしたくないだろ?」


カナタは話しを振られ、コクリと黙って頷き同意した。

誰だって、騙されたくは無いし進んで損をしたいとは思わない。

だが、カナタは海心にある質問をしてみた。


「だったら足し算と引き算だけ出来れば良いんじゃね?。」


その問いかけに海心は、さも嬉しそう。

まるで昔のアルバムの、子供の自分の写真を懐かしむように見るような顔だ。


「それ、小さい頃同じ事思ったよ。

かけ算なんて、同じ数字を何回足すのかってだけだから、九九を暗記で覚えてなくても良くね?ってね。

そしたら全然ダメだった…。

かけ算を足し算だけで、筆算してたら、テスト用紙から計算はみ出して…。

テスト時間も足りなくなって…。

あの時は、12点だったかな…。

結局、居残りさせられて九九を丸暗記するハメになった。」


海心は一つ…。

ため息をついた。

何か面白くてとか、懐かしんでとか、そういうセンチメンタルなため息では断じて無い。

何も子供達に関係は無いのだが、ふと考えてしまった…。

人が思いつき、実行し、失敗する。

また別の人間が同じ事を思いつきその繰り返し。

そのまた別の人間がその繰り返しの繰り返し。

その繰り返しがなんとも言えない、心の中に虚しさを生んだ。

今もまたそうなのではないか?

もしかして今、説いてている事も、無意味なのかもしれない…。

そう脳裏をよぎる。


海心は続ける。


「算数ってのは正しい数字を早く正確に出す練習なんだが…。

算数のパワーアップ版の数学になると、正しい数字を早く正確に出すだけの勉強じゃなくなる。

大昔の頭良い人達が発見した。

ラクに正しい数字を出せるよって計算式、これを公式って言うんだが…。


その公式をどう使うか考える力をつける勉強に変わるんだ。

でも、算数のルールをしっかり学んで使えるようになってないと、ちっとも便利に使えない事に気づく。

気づいた時にはもう遅い。

算数のルールを知る所からやり直す事になる。

だから、算数は必要なんだよ。」


そうは言っても子供の知識ではやはりピンとは来ないようで…。


「そんなん言われても…。

分かんない。」


カナタはそう答えた。

海心は更に簡単に言えないか苦心する。


「まあ、そうだよな~。

もっと簡単に言ったら…。

そうだな…。

野球で例えると…。

算数は野球のルールを知る勉強。

数学は野球の試合をする事だな。

公式だけに…。


そうして、算数や数学を知っていくとな…。

ありとあらゆる物。

人が作り出す物でも、自然が作った物でも、数学はあらゆる場所で使われてる事に気付けるようになる。」


「気づいて得することなんてある?」


カナタのその問いに、海心はドヤ顔で答える。


「そのお得を作り出したり、気付いたり出来るようになるのが、算数と数学の勉強なんだよ。」


海心はフッと笑いが出た。

諦観から出る笑いではなさそうだ。

自らが諭す側に回っていた事に…。

年を取った事に今、気づいた…。

皆、子供にどう勉強する事。

学校へと行き学ぶ事を諭すのに苦労しただろう事、そう思えて何か笑えてきた。


「学校でする音楽や図工。

体育や運動会…。

学芸会の劇…。

みんな意味がある。

体育は、健康で丈夫な体を作るには、運動は必要だし。

スポーツの才能を見つける事にもなる。

運動会で集団行動が取れないと、地震や台風で災害が起きた時に、人と協力して避難したり、助けあうのも難しくなる。


音楽や図工、学芸会は、その才能を持った人達にはどうだろう?

歌ったり、踊ったり、お皿や家具を作ったり、絵をかいたり…。

演技したり、作詞や作曲、お話しを考えたりする才能だ。

カナタ君も、気づいていないだけで、そんな優れた才能があるかもしれない。


勉強もスポーツも両方出来なくても、自分の特技や好きな事が、将来の職業へと繋がる事もある…。

逆に勉強とスポーツが両方出来る人だと…。

宇宙飛行士にだってなれる可能性も出てくる。

こう聞くと、色々と学校のお勉強が、必要に思えて来ないかい?」


ふと見るとカナタはいろいろと考えだしたようだ。


「学校というのはねカナタ君。

色々な事を学べる所だ。

同じ学校にいるのはみんな仲間でライバルだ。

自分とみんなが何が好きで、何が得意か、分からないから…。

学校で色んな事をして、見つけていく場所なんだ。

少しずつ学んでみないかい?

自分が得意なモノ、好きなモノ、成りたいモノを、見つける為に…。

そうすれば君の将来のなれる職業を選べるチャンスは広がっていく。

ほんの少しだけ、クラスの仲間に協力してみないかい?

君と君の周りの人の、才能と幸せな未来を見つける為に。

学校で勉強してみないかい?」


そう海心が言った所で、注文した料理が運ばれて来た。

カナタは少しばかり考えていた様子だが…。

やがてお子様ランチを美味しそうにガツガツと食べ始めた。

よっぽどお腹が空いたのか…。

それとも…?


時は静かに流れていく。

人との出会いは、人を変えていく。

目標とする人や、目標を見つけると、人は変わっていく…。

目指す事で…。

学ぶ事で…。

変わっていく…。

地球はまだ、滅びの未来からは抜け出せてはいないが…。

ほんの少し、明るくなった。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る