学級崩壊は止まらない

勇人とアインが小学校に入学して、2ヶ月近くが経とうとしている。

入学して2週間までは、彼はまだおとなしかった。

だが、それ以降このクラスは、徐々に徐々に混沌と無秩序とした状態へと変貌し。


そして今…。


「コラっ!!カナタ君!!

ドコ行くのっ!?」


「し~らな~い♪」


そうカナタは答えると、授業中にも関わらずに席を立ち、走って外へと出て行くのだった。

イジメだなんだとそんな事が起こる前に、勉強に我慢出来なくなり、授業中抜け出して、先生を困らせる男の子となっていた。


「皆さん!

ちょっと先生、カナタ君を連れ戻して来ます。

その間、おとなしく静かに自習してて下さい。」


そう言って若林先生は、カナタを追いかけて行く。


「コラ~~~!!カナタ君!!

ドコにいるの!?」


小学校1年の子供達が、おとなしく自習していろと言われて、おとなしく自習するはずもなく。

少しずつ少しずつざわめきたち。

五分程後には騒音障害で訴えられかねない程に、ウルサくなるのだった。

まるで、猿山の五月蝿い猿達のようだ。

それがここ10日間程の、いつものパターンになっていた。

 

「限界だな…。

このままじゃクラスの秩序とモラルが壊れる前に、真っ先に若林先生の心が壊れちまう。」


勇人はそう密かに呟いてため息を吐く。

クラスの中で騒いでいないのは、勇人とアインとソナタそして件のあの女の子…。

その4人だけだった。

他は思い思いに喋ったり騒いだり、お絵描きしたり。

消しゴムキャッチボールに鬼ごっこをする者までいた。

学級崩壊…。

そう呼べる状態であった。


その週末の土曜日、小学校から帰りの道すがら…。

勇人とアインとソナタ、三人が一緒に帰っていると、珍しくソナタの方から、カナタの話題を振って来た。

 

「ねえ?ねえ?

アイちゃんゆうちゃん?

二人はカナタくんの事どう思う?」


その問い掛けにまずはアインが答えた。


「そうだねぇ…。

あんまり良い子じゃないよね。

我慢しないし。

先生の言う事聞かないし。

やりたい事やるし。

すぐに逃げ出すし…。

うるさいし。

我慢しないし。

ゆうくんはどう思ってる?」

 

『2回我慢しないし出てる…。』


心の中でツッコミを入れつつ、アインの問いかけに少し考えて、勇人は喋り始めた…。


「少しだけ可哀想かな…。」


「えっ?何でそう思うの?ゆうちゃん?」


不思議そうにソナタが聞き返してくる。


「だって、今までじっと我慢する事を教えて貰えなかったんだよ。

誰からも、親からも…。

そんな子が学校に来て、いきなり授業中はじっと静かに勉強しなさいって言われても出来ないって…。

勉強がおしおきみたいに思えるなんて不幸だよ。」


二人はなるほどと思いつつも、ドコか納得出来ない部分があった。

ソナタがその点を聞いてくる。


「でもゆうちゃん、幼稚園に行ってお勉強する事習ってても…。

先生がいなくなったら、みんなうるさくなるよ。

関係ないんじゃない?」


「アレはカナタくんのとは、少し違うよ。

人は周りのみんながやってる事なら、悪い事でも自分もほんの少しだけやっても良いんだって、勘違いしちゃうんだ。

だから、先生がいなくなって時間が経つほど、少しずつウルサくなってく。

みんなが、みんなの目を気にして、いきなりうるさくは出来ないからだよ。」


そう言われても、ピンと来ないソナタだったが、別れ際にはっきりと言った。


「でも、やっぱり僕はカナタくんは悪いヤツだと思う。

先生のがカワイそうだよ。

ぼくの席、先生のまん前だから…。

先生がよく見えるんだ。

今日、少し泣いてた。」


ソナタはそう言って、別れ道で別れ帰って行った。

ソナタが完全に見えなくなると、勇人は真剣な眼差しで静かに呟く。


「ヤバ~い。

ソナタの方も本格的に我慢の限界に近づいてたか…。

それどころか、若林先生のが臨界点突破間近じゃねえか…。

こりゃ、急いでどうにかしないと本当にヤバいぞ…。

ソナタも先生もクラスの皆も、みんな壊れちまう。」


「何が…。

ほんなに…。

ヤバいんでふ…?勇人はま…?」


「なに~~~っ!!??」


勇人は驚いた。

アインが事の重大さを認識出来ずに、呑気に聞いてきたのだっ!!

ドコから取り出したか潰れたパンを食べながら…。


「アイン…。おまっ…!?

ドコからそんなもんを取り出してんだよ…?

お前はドラえもんかっ!?」


「三日前の給食の残り物のパインパンですよ。

貰ってランドセルの中に入れてたの、うっかり忘れてました。

学校来てランドセルの底の方にに何かあるな~って思って見たらびっくりです。

勇人様も半分食べられますか?」


「お前、それカビパンの元だから食べるのやめろよな…。」


勇人は呆れながら、アインの最初の質問にわかりやすく説明しだす。


「俺達はソナタとカナタの未来に、友人として二人に介入しないといけないよな。

アイン。」


「ええ…そうでふけど…。

ほんな事、わかり切った事じゃ、無いでふか…。」


未だパインパンをモシャモシャ食べながら、勇人に答えるアイン。


「だが、ソナタが完全にカナタを嫌ってる状態になってみろ…。

二律背反のシーソーゲームだ。

カナタと仲良くなれば、ソナタが離れるって状況になるぞ。

下手したらソナタとの友情が壊れかねん…。」


パインパンを食べる手を止め。

しばらく考え込むと、事の重大さに気づいたのか…。

アインは徐々に青ざめていった。


「そっ!!

そりゃヤバいじゃないですか勇人様!!

ど、どないにかしにゃいと…。」


慌てふためき言葉がおかしくなるアイン。

だが勇人は益々深刻な状況を告げ出してきた…。


「それどころかなアイン…。

更にヤバい事になってる…。」


「な、何ですかそれは?

勿体ぶらずに教えて下さいよ。勇人様。」


アインは固唾を飲んで聞いてみた…。

勇人は静かに深刻に語りだす。


「ソナタが若林先生が泣いてたって言ってただろ?」


「ええ、確かにそんな事言ってましたね…。」


「ソレな…。

若林先生の限界間近って事だわ。

下手したらカナタは適応問題児として、特殊学級に移されちまうぞ。」


「な…?にゃんでふと?

特殊…?

学級…?!!。」


アインの言葉がまたおかしくなった。

手にしていた食べかけのパインパンを、ポロリと落とす…。


「と、特殊学級ってアレですよねっ!?

大地お祖父様がおしゃってた。

別室で生徒一人に教師一人がつく。

学校側の最終手段っ!」


「ああ、その特殊学級だよっ!!」


慌ててオロオロしだすアインをしり目に、勇人は静かに目を閉じ考えた…。


『どうする…?どうすれば良い…?

これまで、カナタとキッカケが無くて手が出せなかったが…。

まごついてたら、ソナタとの友情も、先生の心もも…。

みんな壊れちまう…。

思い出せ、今までのカナタの行動を…。

最初の2週間だけは、あのカナタでもおとなしく勉強していた。

おそらくアレは、若林先生がどう怒るか分からなかったから我慢してたんだ。

だから、我慢しようとすればカナタも我慢出来るはず…。

多動性障害では無いと思うが…。』


『だが、若林先生の怒り方が、体罰のないただ言葉だけの…。

カナタからしたら痛くも痒くもない、叱り方だと判断したから…。

本格的に問題行動をし始めたんじゃないのか…?

だとすると山猿型の行動パターンだな。

相手が自分より弱く怖く無いと判断すれば、どこまでもつけあがり。

自分勝手な行動ばかりしだす。

まるでサル山のボスのように豹変して…。

だが、どうすれば良いんだ?』


一方アインは…。


「あ~~どうすれば良いんでしょう~!?

あ~~困ったなぁ~~!?

う~~どうすれば~!?

え~~い!!

良いアイデア出ろ~~!!

ポンぽポンぽ~~~~~ん!!」


アインの方は本当に物を考えてるのか疑いたくなるが…。

大声でそう言いながら、勇人の横で自らの頭をポンポン叩いて考えていた。

コレには勇人もイライラとしてついには…!?


「え~~い!!

うるさいわ!!

少しは黙っておとなしく考えろアイン。」


バシッ!!バシッ!!

勇人はそう怒鳴りながらアインの頭に、本気のダブルチョップツッコミを入れるのだった。


「ぶ、ぶったね!?

2度もぶった!!

オヤジにもぶたれた事無いのに~!!」


と、頭のてっぺんを叩かれたのに、何故か頬をさすりながら、ガンダムネタをやるアイン。


「懐かしのアニメネタでちゃかすなアイン!!」


「だって~~勇人様~~!

良いアイデアが出ないのに!

もう、ギャグを差し挟んで場を和ませるしか、私の存在意義が…。」


アインがそう言いながら、少し泣きが入った時である。


「…っ!?!!」


アインの言葉で、勇人に一つのアイデアが閃いた。


「でかしたアイン!!

それは使えるかもしれない。」


「えっ!!?

ギャグを差し挟んで…。

仲良くなるんですか?」


「違うよアイン!!

お前のその前のセリフだ!!」


そう言われてアインは少し考えを反芻し、もう一度頬をさすりながら、ガンダムネタをやるのであった。


「ぶったね?2度もぶった?

オヤジにもぶたれた事ないのに??」


「そうだ。

明日はケンカをするぞアイン!

カナタと仲良くなる為に、カナタをケンカでやっつけてやるっ!

明日はケンカパーティーだっ!!」


「えっ!?んなアホなぁ?

倒したモンスターを仲間に出来る某RPGゲームであるまいし…。」


「まあ、任せとけってアイン。

取っ掛かりが無いなら、無理やり作れば良いだけだ。」


そう言いながら悪者のように不適に笑う勇人。

アインは一抹の不安を覚えるのだった…。


『明日、日曜日なんだけど…。

本当に、大丈夫かな…?』


勇人の、天然のボケだった。


…で、月曜日…。


学校に登校して朝のホームルームが始まる前に行動を起こした。

二人はカナタが登校してランドセルを棚に入れたのを確認すると。

まずアインがカナタに話しかけた。

どうしてもこの時間帯が最適だったのだ。

先生達が、朝の会議をしてるこの時間帯が…。


「ねえ、ねえ?

カナタくんちょっと良いかな?」


「何だよ?何かようか?」


「カナタくん、先生をイジメるなよ!

この前、先生泣いてたんだぞ!!

女の人をイジメるのは、強い男の子がしちゃいけないって、カボス戦士オオイターボマンも言ってぞ!」


カナタは一瞬なんの事を言ってるのか理解出来なかったが…。

しばし考えると、アインが何を言いたいのか分かったようだ。


「先生なんかイジメてねえよ。オレはただ遊んでただけ~!

先生はかってに泣いたんだろ、言いがかりつけんな!!

クソヤローが!!」


『どうしてこう…。

粗暴なヤツって言葉使いが乱暴なんだ?

行動が言葉に出るのか?

それとも言葉使いで行動が引っ張られてんのか?』


そう勇人が思っていると、アインはなおもカナタに詰め寄る。


「言いがかりじゃないよ。

その遊びでみんなメーワクしてるんだ!!

何より先生を困らせてるだろ!!」


それを聞いたカナタは、へらへらと笑いながら反論しだす。


「みんなメーワクしてる?

ウソだね…。

この前、オレを探しに先生いなくなったら、みんな楽しそうにしてたじゃ~ん。

オレ知ってんぞ~~。

教室の近くで隠れてたからな。

うれしかっただろ?お前らも?

感謝してるだろ?オレに?

先生いなくなってさ。

楽しめただろ?

だからお前らが言ってんのは、ただの言いがかりで~~す。

ばーか!

いい加減にしねえと、本気でぶっ飛ばすぞ!!ボケがっ!!」


ケンカを吹っかけるタイミングを見計らってた勇人は…。

カナタのそのセリフを聞いたと同時に…。


「ぼくらは、先生を泣かせるなと言ってるんだっ!!」


パ--ーー-ンっ!!


そう大声で叫びつつ、カナタの頬を思いっきり引っ張たいたのだった。


今まで教室は三人の事など気にも止めずに騒がしかったが…。

勇人の大声とビンタの音で、途端に注目を集め静かになった。


「………………。」


カナタは一瞬何をされたのかわからない様子。

が、自らの頬を触り一拍おき、一気に激昂しだした!


「ふっざけんなっ!!

このクズがーーーーー!!」


ドゴっ!!


カナタは思いっきりの良いグーパンチを放つと、勇人の顔にヒット。

勇人はその勢いで尻もちをつき、もんどり打ち始める。

かなり痛そうだ。


「いっっっだっっっ!?」


予想以上の痛さに思わず大声が出る。


『腕力が強くてイジメっ子になるってレベルじゃないぞこりゃあ。

小1?

年齢詐称してんじゃ無いのか!?

学年が三つ程違う力だぞ!?

いくら子供だから、大人より痛く感じるからって…。

こりゃあ…。

本気でシャレにならん…。』


そう勇人が思ってもんどり打っていると鼻血がドバドバと勢いよく出始めた。


「あっ!?ダメかも…。」


「ゆ、ゆうくんっ!?

よくもゆうくんを~~~~~!!」


勇人の顔から鼻血が出たのを見たアインは、カナタへと勢いよく飛び交っていった。


「アイくんっ!よせっ!」


いくらここまでの流れが勇人と示し合わせていた行動とは言え、アインは本気で怒っていた。


勇人の鼻血を見た事で…。


だが、そんなアインも、


ドボッ!!


「ぐぶぅぅぅぅぅ!?!」


カナタから一発、腹にグーパンを貰うと…。

聞いた事の無いような声をあげうずくまり、腹を抱えて痛がった。

カナタは二人をニヤニヤ笑みを浮かべながらそれを見てる。


「アイくん!?」


自らの鼻を押さえながらアインに駆け寄った勇人は、アインに小声で密かに語りかけた。


「アイン、昨日も説明したが、ここでカナタに負けたら全ておしまいだ。

カナタの行動が皆に伝播しだして、カナタを見習った子供がグレムリンのように増殖しちまう。

完全な学級崩壊になっちまうぞ。

何としてでもこのケンカだけは、絶対に勝たないといけないんだ。

カナタにあの人を呼んで貰う為には!!

負ける訳にはいけない!!

やれるか!?」


「分かってますって…。

絶対に、負けられ無い戦いが、ココにはある…!!

でも、この痛さ。

この強さ。

シャレになりません…。

しかし、何としてでも~…勝つ!!

オオイターボマン!!パワーを~!!」


そう決意を固め二人で一斉にカナタに飛び交った。


その後は、しっちゃかめっちゃかの取っ組み合いの子供のケンカ!!

だが、カナタには初めての出来事だった。

カナタは今までも、何度もケンカをした事がある。

自分が欲しいと思った物は、パンチで相手から盗って来た。

ムカつくヤツらも、パンチで黙らせた。

一発殴れば終わる、一方的に勝てるケンカばかりだ。

今回もそうだと確信していた。

だが今回は違う、カナタが相手にしている勇人とアインが、どんなにグーパンチで殴られても、泣かずに反撃して来た事は、カナタには衝撃だった。


『何だよ!?何だよ!?何なんだよ!?

コイツら痛くねえのかよ!?

オレが叩いてるんだぞ!?

このオレが殴ってるんだぞ!!!

何で泣かないんだよ!?』


そう思って足を止めた時である。


ガブリっ!!


鼻血まみれの勇人が、カナタの向こうスネを噛んだ。

半ズボンから出てるナマ足には効果抜群だっ!

端から見たら、バイオハザードのゾンビを思い起こさせる光景だ。


「いっっっっっでっ~~っ!!」


カナタは初めてケンカで痛みの声が出た。


「ふざけんな!!このっ!!ウンコヤロー!!」


そうカナタが泣きそうになりながら、勇人を蹴飛ばそうとした時である。


「今だ!オオイターボマン必殺!!

電撃悶絶憤死必殺雷神落雷け~~~~~~ん!!」


アインがそう大声で叫びながら、カナタの股間に、思いっきり本気の平手打ちを一発打ち込んだのだった。


すパ~~~ンっ!!!!


「ふぅんぐぅぅぅぅぅ~…!!??!!」


よほど痛かったのか股間を押さえ、もんどり打ち始めたカナタは、次第に涙目になりやがて…。


「うぇ゛~~~~ん!!!

わ、が、ば、や、じ、せんぜ~~~~~~!!

二人がイジメるぅ~~~~!!

うぇ゛~~~~~ん!!!」


とうとう大声で泣きがながら、若林先生の名前を呼び出すのだった…。

一方、アインと勇人は


「か、勝った…?勝ったのか。

アイ…んくん。」


「はい!勝ちましたよ…。

ゆうとさ!ま、ゆうくん…。

私達勝ちまひたよ。」


「よし!コレであの人が来るかも…。」


「ここまで苦労したんです。

呼んでもらわないと…困りますよ…。」


思わず名前の呼びかたで素が出そうになったが、何とかこらえた。

二人はケンカに勝ったはずなのに…。

端から見たら明らかに、カナタよりダメージをおってボロボロだ。


ほどなくして、若林先生達が職員室から飛んで来た。

勇人とアインを見た先生達は、事情を聞いたり叱るのも後回しに、まずは二人を保健室へと連れていくのだった…。

それ程二人はボロボロになっていた。


3日後の木曜日の放課後…。

勇人とアインとカナタは、教職員用の談話室兼旧宿直室にいた。

六畳程のタタミ部屋で、3人は対面に座布団の上に正座している。

生徒は基本入れないが、今日は特別だ。

勇人とアインの親と、カナタの親が学校へと呼び出されたのだ。

ここまでは勇人が計画した通りに事が運んでいた。


『よしっ!!

これでカナタの親が、カナタの問題行動を知る事になり。

この場でカナタの事をこっぴどく叱ってもらえる。

そうすりゃ、カナタもおとなしく勉強するようになり。

行儀も少しは良くなるだろう。

学級崩壊も収まり。

カナタが問題児として、特殊学級に隔離される心配もなくなる。

カナタと友達になるのはそれからだ…。

それから、友達になるんだ…。』


そう…。

勇人は、カナタの親に対してカナタが授業妨害をしていると、白昼の下に晒すのが一番だと考え、ケンカをしかけたのだ。

だが、勇人の予期せぬ事が起きた。

人の気配がして扉が開くと、そこには勇人とアインの父親、海心(かいしん)が立っていた。


『えっ!?何で!?

天美(あみ)母さんが来るんじゃなかったの!?』


予期せぬ事は更に続く。

もう一人パンチ頭のいかつい顔をした、イカにもヤ○○な強面の男性が入ってきたと思ったら、カナタが即座に反応した。


「と、父ちゃん!?何で来たんだよ!?

母ちゃんは…?」


どうやら、カナタの父親らしいが…。

カナタの方も予想外だったようだ。

勇人とアインの父親は、息子達の横に正座して座り。

カナタの父親もピリピリした感を出しながら、カナタの横へあぐらを組んで座った。

そして若林先生と、教頭が入って来て、上座へと座ると話し合いが始まる。


「え~。それでは、始めましょうか。

岩倉さんの希望の下。

矢城さんをお呼びして、我々を差し挟んで、話し合いをしていただきます。」


勇人とアインには更に予想外の言葉が、教頭の言葉から聞こえた。


『先生達が、親を呼んだんじゃねえのかよ!?

カナタのオヤジさんが、この話し合いを望んだ?

だとしたら…。

どっちだ?この親父さんは?

良識人か!?それともモン…。』


そう勇人が、疑問に思っていると、カナタの父親がいきなり口を開いた。


「てめぇん所はいったい、どうゆう教育しとんじゃ!?

コウらぁぁッ!!ふざけとんのか…?」


開口一番この発言である。


『モンペの方だった~~~~~~!!』

(モンペ:モンスターペアレントの略)


勇人は自らに絶望ツッコミを入れ悲しんでいると、カナタの父親が話しを続けだした。


「何もしとらんウチの息子を、いきなりよってたかってイジメ倒して…。

そこのクソガキ共、お前ら恥ずかしくないんかっ!?

二人でウチの子一人をイジメくさって…。

それでも男か!?この卑怯者が!?

クズどもがっ!!

分かったら、とっとと土下座して…。

誠意の一つも見せんかいっ!!」


勇人はこの発言を聞いて、絶望感がなぜか一気に希望へと様変わりした。


『何もしとらんウチの息子…?

まてよ…。

もしかしたら、この親父さん…。

やっぱりカナタが授業妨害している事を知らないから、こんな強気に発言してるんじゃ無いのか?

だとしたら、まだチャンスはある!!』


そう一瞬で判断し…。


「だってカナタくんが…。」


そう勇人が言いかけた時である。

勇人の前にスッと手が出て、発言を遮った。

勇人とアインの父親、矢城 海心(かいしん)の手だった。


「どうも、勇人とアインの父親の。

矢城 海心(かいしん)です…。」


そう言うと、カナタの父親に会釈程度にペコリと頭を下げて話しを続けた。


「今回の件、まずは何があったのか。

ウチの息子達と、お宅の息子さんから、お話しを聞いて判断したく来ました。

妻だと、いきなり謝りかねないもので…。」


それを聞いたカナタの父親が、激怒し凄んでくる。


「何じゃお前はっ!!

常識の知らんヤツやのう。

理由はどうあれ、最初に手ぇ出したヤツが悪いじゃろうが!!!

まず最初に、頭下げてわび入れるんが、常識じゃろうが!!

それとも何か?

お前は、常識を知らんバカなのか?

おっ!?

ウチのガキが悪いゆうんか!?」


メンチを切るように、下から舐めるような、ローアングルで睨み付けてくるカナタの父親に…。

海心父さんは動じる事もなく、落ち着いた表情で話しだす。


「分かりません。

今、分かっているのは、ウチの息子達が最初に手を出し。

お宅の息子さんとケンカをして泣かせた事だけです。

ですから私は、子供達から経緯を聞き判断する為に、ココへ来ました。

勇人、アイン…?

何故…、お前達はこの子を叩いたんだ?」


怒鳴り散らして凄むカナタの父親に対し…。

海心父さんが落ち着いて話す姿は、勇人とアインの二人に安心感を与えた。

その安心感があるがゆえに、勇人は落ち着いて事の一部始終を説明する事が出来る。


「えっと…。あのね…。

カナタくんがね。

いつもおべんきょうの時に、走って逃げてね。

おべんきょう出来なくて、先生を困らせててて…。

でね、先生がね、泣いてたからね、

カナタくんにね。

そんな事止めろって言いあってたらね。

ケンカしちゃった…。」


そう勇人が説明し終えると、カナタは少しずつ…。

バツが悪そうな居心地が悪そうな顔をしだした…。


『よしゃ~っ!手応えありっ!!』


カナタのその表情を見て、勇人は心の中でガッツポーズをし確信を得る。

カナタのその反応は、自らの都合の悪い事を隠して親に話していた事を…。

如実に物語っていた。

カナタの父親は、それを聞くと若林先生に質問して来た。


「先生、それは本当何ですか?

ウチのガキは授業中に走り廻って、逃げ出したりするんですかのう?」


若林先生はそう聞かれ、カナタの父親にビクビク怯えながらも、正直に答えた。


「ええ…そうなんです。

正直に申しまして…。

カナタ君が授業中に逃げ出して、ほとほと困っておりまして…。

その事でもぜひ相談したく、今日はカナタ君のお父様に来て頂いて、助かっているのですが…。」


カナタの父親は、若林先生のその言葉を聞くと…。


「ハッハッ!!何だ!!

授業中に走り廻って逃げ出す?

授業が出来ない?

それがどうしたよ。

元気があって良いじゃねえか…。

だいたい人間なんてなぁ、勉強なんてやらなくたって生きていける!!

逃げ出したなら、ほっときゃいいんだよ。

ほっときゃ。」


カナタの父親は無責任に言い放つ。

更に続けて…。


「結局理由を聞いても、お前んちのガキ共が…。

ウチのガキイジメたって、証明されただけじゃねえか。なあ?

勉強が出来ねえってだけの、些細な事で…。

タイマン張らずに袋叩きにしたんだからな。

器が小せえんだよ。

とっとと謝れっ!

とりあえず、ホレ?

お前ら一家土下座しろ!土下座!

なっ!?

ウチのガキは、肉体的、精神的にも傷ついたんだ。

服だって破けてんだ。コッチは…。

床に頭こすりつけたら。

破れた服の弁償代と、治療費と、慰謝料加えて持ってこいや!!」


カナタの父親は、矢城家の面々を薄汚いモノを見るような目で、そうけしかけてきた。


『ダメだ…。

コイツ最低最悪のモンペ。

タカリモンペだったか……。』


勇人はこの瞬間、諦めた…。


モンスターペアレントの行動には様々あるが…。

それらに共通するのは、ワガママで理不尽で不当で不条理なイチャもん。

良心から逸脱した要求の繰り返しだ。


学校での学業をサービス業だと捉え。

自らをお客様だと勘違いしている者も多く。

教師を、文句の言えるストレスの発露としてくる。

お客様は神様との発想と、被害者意識が相まって、要求には際限なく。

どこまでも漬け込んでくる。


親子愛と自己愛を混同した行動ゆえに…。

自らの主張行動は、正当で正論だと信じてやまず。

それ故に、自らのその行動に同調しない者は、愛情や良心の無い者ととらえ、敵と認定してしまう。

いずれは行動のバランス感覚を無くし、自らすら見失う。


行動や発想は、ほとんど山猿型の悪ガキが、年齢を重ねて体をデカくしただけであり。

考え方や発想は、ズル賢い子供そのもので…。

心の発育が、体と頭の発育に伴わなかった結果だ。

こういった、はた迷惑でしかないモンぺなのだが…。

だがそこにはまだ、幾らか我が子に対する愛情がある故の行動。


一応は、歪んだ愛情表現なのだ。


だが、タカリモンペは更にそれらに加え…。

損か?得か?

金になるか?ならないか?

タカれるか?タカれないか?

それらで、物事を判断し行動してくる。


ほとんどヤクザの恫喝に近い。


イヤ、組に所属して無いだけの、もう個人経営ヤクザと言っても問題ない。

そしてそれ故にヤクザよりタチが悪い。


この親が側にいて、この親の行動を見る環境で…。

カナタは将来どう育ちどう振る舞うか…。

勇人とアインは、それを知っている。


そして勇人はやはり…。

カナタの事を可哀想だと感じるのだった。


『自由な教育と、無責任な放任教育を履き違え。

モラルとマナーの躾は他人任せ。

更には、過度に被害者面して金銭を要求するタイプか…。

カナタに、真っ当に躾を教えようとした所で…。

肉体的精神的傷ついただなんだで、難癖つけられて、タカられるだけじゃねえか…。

そんな子供に誰が、モラルやマナーや躾を教えられるっていうんだ…。

ふざけんじゃねえぞ…。

どうやったってダメじゃん。

この親父さんがカナタの側にいる限り…。

友達ってレベルで、どうこう出来るもんじゃねえだろっ!!』


そう勇人が思っていた時である。

海心が、少しどもりながらも言い返し始めた。


「お、お言葉ですが…。

やはり問題点はお宅の息子さんにもあります。

授業中に立ち上がり、走り回るのは、れっきとした授業妨害で、他の生徒にも迷惑です。

それを咎める過程で、ケンカになったのならば…。

我々親の出る幕ではありません!!

何より、女性の先生を泣かせるのは…。

子供とはいえ男のする事ではありません。

あなたの要求を、私は飲む事は一切出来ません。」


「なんだと、テメェ…。

出るトコ出て訴えてやってもいいんだぞ…。」


カナタの父親は、メンチを切り続けたが…。

海心も負けじと目尻に力を入れ睨み返す。

メガネ姿の海心だったが、その意思は誰にでも伝わる。

覚悟の座った良い目つきだ。


しかし、海心はなぜ治療費や服の弁償まで拒んだのか?

常識はずれでは無いのか?

違う、そうではない。

子供のケンカで、親同士がお金で解決する方法を直ぐさま行うのは、双方の子と親にとって明らかな愚策なのだ。


なぜ愚策か?


お金で解決するのは双方にとって容易い。

しかし、その容易さは、問題の本質を見ようと、考えようとする事すらしなくなる。

結果には原因が…。

そしてそこにいたる過程があるのに…。


親同士においては、本質を捉える事なく金銭での解決は、問題が解決した訳では決してなく、お金で問題が隠れただけだ。

根本的な解決には至らず、問題はまた繰り返され再燃する。


子供同士においては、お金の稼ぎ方貰い方をを歪んで覚えてしまいかねない。

歪んだお金の稼ぎ方は実践し易く、子供にとってはそこそこの大金で…。

子供の心を歪め汚すには十分過ぎる額なのだ。


一段落ついた後、服の弁償や治療費を渡す事になっても。

服の弁償をするのなら、現金ではなく商品券で…。

治療費も多過ぎず少な過ぎず。

それらとは別で、慰謝料という形でお金は決して渡してはいけない。

渡して良いのは菓子折りまでで…。


モラルから余りに逸脱し得た大金は、大人の心すら容易く歪ませ汚すのだと…。

忘れてはいけない。

人の欲に直に結び付く物には、そんな力があるのだ。


出るとこ出てもらっても構わない。


その覚悟が…。

タカるにしても、労力と得られる金額を天秤にかけさせる。

カナタの父親は舌打ちをして呆れながら言い放つ。


「チッ!

たかが走り回る位で、教師がガキに泣かされて…。

恥ずかしくないのかね~大人として…。

常識的に、ガキにナメられて泣く大人の方が悪いだろ…。

それこそ、やってく自信が無いならガキ共の邪魔者になってんだからさぁ。

教師なんてとっとと辞めちまえよ。

その方がガキ共の為だろ!?」


タカリモンペは、弱みを見せたタカれそうな人物を見極める。

海心がなかなか折れ無いので、照準を先生と学校に代えたようだ。

おそらくは、学校側の監視管理責任からタカろうと標的を代えたのだろう。

若林先生は、カナタの父親の言葉にショックを受けたのか…。

涙目になりだしたのを必死にこらえていた。

その光景を見たアインは…。

おずおずと手を上げだし、もじもじと恥ずかしそうに行動に移し出した。


「あ、あの~……。

おしっこに行きたいんですけど…。」


若林先生は、必死に返事をしようとしてるようだが…。

涙をこらえて声が出ず、代わりに教頭先生が答えた。


「あ~。早く行って来なさい…。」


「ありがと。」


アインは明るく返事をして、立ち上がり歩こうとした時である。


「あっ!?あれれっ!?」


正座をして足が痺れたのか、ヨロヨロとよろめき。

遂にはカナタの父親の顔面へと…。


がんっ!!


頭からぶつかってしまった。


『よしッ!でかしたぞアイン!!』


『ぃてて…。

わざとじゃないんだけど…。

なんか、ナイス!!私!!』


二人が心の中でガッツポーズをした瞬間。


「こ、こ、こんガキャ~~~~~~!!!!

何しとんじゃ~~~~~!!!!」


立ち上がったカナタの父親に、アインは胸ぐらを捕まれると、軽々と持ち上げられる。


「わ~~~~~~。

ゴメンナサイ!!

許して~~~~~!!」


演技では無い本気の泣きだ。

襟が食い込んで苦しいのだ。

我が子を助ける為に海心も、即座に立ち上がりカナタの父親の腕を掴む。

どもりながらも、今までとは格段に違う迫力と語気で言葉を発する。


「う…。ウチの息子が本当に申し訳ありません。

ですが、それはやり過ぎです!!」


だが、怒りに火の着いたカナタの父親は、もう聞く耳を持ってはいない。


「ふ、ふざけるな~~~~!!」


子供共々、掴んだ拳を海心へ思い切りぶつけようとした…。

その時である!!

勇人はカナタの父親の股の側まで、気付かれ無いようにこっそり近づいていた。

そして!?


「アイ君を離せ!!このタカリモンペ男!!

必殺!!

悶絶超絶憤死必殺の~!!

スー-パー-黄金球体破壊掌!!!!!」


スッコー---ン!!


そう言い放ちつつ本気で股間に、平手打ちをぶちかました!!


「ふぅんぅぐぅんぅぅぅぅぅ~…!!。」


小学1年生の肉体の平手ではある。

だが、この攻撃は確実に効くのだ。

よほど痛かったのか…。

カナタの父親はアインを掴んでいた手を離し、自らの股間を抑えながら、ゆっくりと静かにうずくまっていくのだった。


「っ!!?!!?!!」


「と、父ちゃ~~~ん!!?」


「あ、あの~~?だ、大丈夫ですか?

流石にコレは…。謝ります。

息子がスイマセン…。」


カナタはうずくまる父親を心配し、顔を覗き込むが…。

邪魔だとばかりに、力まかせに突き飛ばされ壁にぶち当たった。

股間を強打された事で一気に怒髪天を突き、我を忘れているようだ。

狙いは勿論…。


勇人…。


「くそガキャーーーー!!

テメェーーゴルァ何してくれとんじゃ!?

わしのムスコに~~~~~(ちんこ的な意味で)!!!!」


『げッ!?コリャマジでヤベぇ…。』


勇人がそう思った後は、見るも無惨にわやくちゃになってしまった。

勇人がカナタの父親に殴られそうになるのを、海心がかばい。

殴られメガネが壊れるわ。

教師達が不審者撃退用のサスマタを持って現れるわ。

カナタの父親は終始わめき散らし、取り押さえられたが…。

だが、双方警察沙汰だけは免れた。

それもそのはず、カナタの父親が一番困るのだ。


翌、金曜の授業からは、カナタが走り回り逃げ出す事はしなくなった。

ただ、カナタはツマラナそうにジッとしているだけで…。

カナタは授業中にその場にいるが、授業は聞いていない。

それだけはハッキリしていた…。

なぜなら、若林先生がどんな簡単な質問をしても考える事すらせず…。


「分かりません。」


と一言、返すだけだ。

これは成長と言えるのだろうか…?

若林先生も、今までが今までだったので、どう対応して良いか苦慮していた。


その次の週の金曜の休み時間。

勇人とアインは、カナタに話しがあった。

また、アインから話しかける。


「ねえカナタくんカナタくん。

ちょっとい~い?」


「何だよ?勉強のジャマはして無いだろ。」


カナタはそう冷たく二人に言い放つ。

勇人が切り出した。


「ううんそんな話しじゃないよ。

ウチのお父さんがね。

ボクらとカナタくんとを仲直りさせたいから…。

明日のお昼に、ボクらと一緒にファミレスに行かないかって言ってたんだけど…。」


勇人は自ら誘っていてはいたが、ほとんど来るとは期待していなかった。

なので、語尾の最後の方は力無くどんどん下がっていく。

立て続けにアインが明るく話し出す。


「お父さんがね、ファミレスで何でも頼んで良いよって言ってたんだ。

どうかな…?」


カナタは何でもという言葉に、ピクリと反応して聞いてきた…。


「何でもって……何でもか?」


「うんっ!!」


アインはその問いに明るく大きく返事を返した。

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