祖父学

入学祝いのハンバーグの良い香りが、二人の空腹を加速させていく。

勇人とアインが、夕飯を食べに2階から1階へと降りて行くと…。

リビングから豪快で大きな笑い声が聞こえて来た。


「なぁっはっはっはっはは!!。」


「あっ!?この笑い声は…。」


勇人とアインはすぐさま気づき足を止めた。


「大地お祖父様ですね…。

久しぶりにこちらに来られたご様子で…。」


「俺、あの人苦手なんだよなぁ…。

豪快過ぎると言うか…。

豪放過ぎると言うか…。

大雑把過ぎると言うか…。」


1階のリビングには、勇人とアインの祖父にあたる矢城 大地が遊びに来ていた。

理由は勿論、勇人とアインの二人が小学校へ入学したお祝いの為。

二人がリビングへ着くと、早速祖父が気づいた。


「おおっ!降りて来たか!!

おいで勇人、アイン、おじいちゃんからプレゼントをあげよう。」


「なに?なに?おじいちゃ~ん!?」


「な~に~…?」


アインはプレゼントと聞いて、素直に祖父の方へと駆けて行ったが…。

勇人はアインを盾にしつつ近づいた。

勇人は大地の声のトーンから怪しく感じたのだ。

二人がそばまで寄ると大地じいさんは…。


「そりゃ!良い物だ!

握りっぺ~~~~~~~!!」


もワ~ン…


「クサっ!!」


「クッサ~~~ぅおぇっ!?」


恥ずかしげも無く握りっぺをかますのだ。

その臭いはまるで激毒物。

何を食べればこんな匂いを出せるのか…。

当然二人はえづき苦しむのだった。


「全くいかんのう…。

お前ら人を無条件に信用し過ぎとるぞ…。

どんな親しい間柄でも、たまには疑ってやれよ。

優しさも騙しがいも無い…。

もう少し人に対しての信じ方、疑い方を知らんと世の中やっていけんぞ…。」


それを聞いた勇人とアインの父親、矢城 海心(かいしん)は、自らの父をいさめる。


「お父さん…止めて下さいよ!!

二人が妙な事を覚えたらどうするんですか?」


「カイ…。

お前も融通が利かんな…。

どんなに勉強が出来て、テストの点がよくてもだ…。

人から騙されて不幸になったら、それはアホの証明だぞ。

今のうちにギャグで、軽~く騙してやらんと…。」


大地祖父さんは終始こんな態度で、勇人は少しばかり苦手にしていた。


『大地祖父さんは良い人ではあるんだろうが…。

真偽を教えるにも、それを教える年齢を考えて欲しいよ…。

疑う事しか出来なくなるぞ。

やっぱ苦手だ、この人…。』


そうこうしていると、天美(あみ)母さんが夕飯を運んできた。


「はい、二人共テーブルについて…。

リクエストのハンバーグよ。」


「やった!ジャンボハンバーグだ~!!

~~って…アレ…?」


アインの待ちわびたジャンボハンバーグだったが…。

二人の前に出されたハンバーグはあまり変わらない。

イヤ、いつもより少し小さいハンバーグだった。


「えっ…?お、お母さん…?

えっ…アレ…?」


アインは頭の上にこれでもかと疑問符を浮かべ。

天美に何かを聞きたそうにしていたが、言葉が出ない。

聞いて良いものかどうか迷っていた。

それに気づいた天美が、アインの疑問に答える。


「ゴメンね二人共…。お養父さん。

急に来ちゃったから…。」


ズガーーーーーーーーン!!


天美のその言葉だけで、後は何が起こったのか、安易に予想出来た。

ハンバーグを一人分急遽作る為に、皆のハンバーグタネが少しずつ削られたのだ。

それを聞いた大地祖父さんは…。


「おおっ!?そりゃあ二人に悪い事をしたな…。

どれっ…代わりに二人には…。

甘いニンジンとパセリをあげよう。

喜べ!!」


そう言いながら、自らのキャロットグラッセとパセリを、二人の皿へとそれぞれ入れるのだった。


『『じ、じじい~!!

それは、お前が食いたく無いだけだろ~~~!!』』


勇人に加えて珍しくアインも、真剣に心の中でツッコミを入れる!!

大地祖父さんの行動に見かねた海心(かいしん)父さんが、二人のフォローに入る。


「二人をからかわないで下さい。お父さん!!」


海心父さんはそう言いながら、増えたパセリだけを回収し祖父の皿へと戻す。


『『えっ!?ニンジンは…!?』』


二人の心の中でのツッコミが海心父さんに入るが…。

どうやらニンジンだけは、食べさせたいらしい。

大地祖父さんは呆れながら海心に諭すように語った。


「カイ…。

世の中は理不尽で不条理な事も沢山あるだろうが…。

理不尽な出来事を、飲みこむか、拒むか…。

全てを飲みこめば自らの体を壊す。

全てを拒めば人の世では生きずらい…。

コレは、飲みこめる物は飲み込ませる、二人の勉強だのに…。

パセリだけに…。」


決まったとばかりにドヤ顔だ!!

ムカツク。


「そういう事は、もう少し考えてやって下さい!!

今日は二人の入学祝いなんですよっ!!」


「それもそうだの…。

ヨシっ!喜べ二人ともっ!!

ワシのハンバーグを半分あげよう。」


そう言うと自らのハンバーグを半分にし。

ハンバーグの事でぐずっていたアインの皿にではなく、勇人の皿にそのハンバーグを入れたのだ。


『じじい…。

また、イやらしくて、危うい教育の仕方を…。』


勇人は瞬時にその意図を察し。

そのハンバーグを更に半分にすると、アインの皿へと入れた。

それを見た大地祖父さんは…。


「そうだ…。それで良い…。

人は良い事も悪い事も、色んなモンを分かち合う事が出来る。

形のあるモノ。

形の無いモノでもな。

親兄弟という枠組みは関係ねえ。

分かち合おうとするか、しないか…。

出来るか、出来ないかの違いだ。」


そう言うと整った白い歯を覗かせながらニカッと笑うのだった。

妙に嬉しそうな笑顔だ。


「カイ!!

コイツらお前より優秀だのう。

お前は一人で食べようとしだのに!!」


「もう、お父さんっ!!」


それからの夕食は海心父さんにはツラい時間となった。

大地爺さんが夕食の間中、海心父さんが小学校でやらかした失敗を、面白おかしく楽しく語るのだ。

 

「そうだっ!そうだった!

そういえば、ケンカをやらかした事もあったなぁ…。

カイ!!」


「お父さん!!いい加減にして下さい!!」


普段穏やかな海心父さんだが、流石に泣きが入りつつ声が荒げ出す。


「仕方無い、この辺で止めとくか…。

いいか二人共、男のケンカで覚えておく事は二つだ…。

相手の拳の痛さと…。

自分の拳の怖さだ。

小学校でケンカをする事になったら、それだけは学べよ。

大人になったら、安易にケンカも出来んのだ。

拳の痛みと怖さを学べたなら、ケンカに価値もあるぞ…。」

 

大地爺さんは、二人にそう自らの拳を見せ語った。

それを聞いた海心がすぐさま反論する。


「お父さん。今は時代が違うんですよ。

ケンカだけを生身でやりあう時代じゃ無いんですから…。

変に煽らないで下さい。」


「バカもん!!

ケンカと暴力を一緒にするな。

クソとミソを見た目で、同じもんだと判断するのと同じ愚行だ、それは…!!

言葉が別れて別々な意味があるんだ。

使い分けてこそ価値が出るだろうに…。」


大地祖父さんはそう言って呆れていた。

海心もまた…。


『お父さんは何も分かって無い…。』


そんな風に呆れるのだった。

この二人は本当に親子なのだろうか?

一応、和やかな夕食も終わり。

大地祖父さんが帰る時間になった…。


「お養父さん、今日はもう遅いですし泊まっていかれたら…?」


天美母さんが、大地爺さんにそう促すが

大地爺さんは頑なにそれを断る。


「イヤ、今日は少しハシャぎ過ぎた。

コレ以上長居したら、更にいらん事まで言ってしまう。

素直に帰るよ。

おっと…。

ハッハッ危ない…。

本当に忘れる所だった…。」


大地爺さんはそう言いながら笑うと、自らのポケットから何かを取り出した。


「勇人!アインおいで…。

良い物をあげよう。」


勇人とアインは先程の事を思ってか…。

なかなか近づこうとしない。


「何…?また握りっぺ?」


「いらない…。そんなの…。」


そう言いながら、海心父さんの後ろへと身を隠す。

それを見た大地祖父さんは、明るく笑いながら二人に言うのだ。

まるで、懐かしい光景を見るような笑顔だ。


「バ~カもん…。

人の信じ方を学ばんか…。

疑ってばかりじゃ、孤独になって、本当に大切な人にもスルリと逃げられちまうぞ…。」


そう言いながら、二人に近づくと…。

二人の前で膝をつき、笑顔で手を広げた。

その手の中にはお守りが数個入っていた。


それは宇佐神宮の交通安全と学業成就のお守りだった。

大地爺さんは、わざわざ二人の為に買いに行ったようだ。

二人は大地爺さんのその気持ちが嬉しかった。

だがそれ以外にも…。


『『ラブ運と結婚運上昇…。

安産祈願のお守り…!?

コレをいったいどうしろと…?』』


二人が怪訝そうな顔で大地爺さんを見て見ると…。

大地祖父さんは、してやったりとした、いやらしいドヤ顔をしながら、ニカッと笑っていた。

正直、そのドヤ顔には、二人して少しムカつくのだった。


大地爺さんは最後に、二人の頭を撫でながら言う。


「良いか二人共…。

テストの点しか取れんような、ただのアホにはなるなよ。

学校で人生を生き抜く術を学べ。

将来、何者になりたいかを探せ。

学校は、何かを学び、勉強したいが為に学校があり行ってんだ。

中学や高校、大学に行く為に勉強してるんじゃねえんだぞ。

目的と手段を…。

見誤らず見失うなよ。

二人共…。」


そう言って二人の頭をポンポンと叩き、大地祖父さんは自らの車で実家へと帰って行った。

その姿を見送る海心父さんは、不思議と少し寂しそうな顔をしていた。


時は静かに確実に流れて行く…。

人は老いと共に、成長と共に、時とともに変わっていく…。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る