友達のなりかた

勇人とアインがソナタに本格的に、接触して3ヶ月が経っていた。

ソナタとは知り合い程度には仲良くなっていたが、客観的に見ても友達とはまだ言い難い存在だ。


日曜日のお昼が過ぎた公園。


今日は幼稚園もお休み。


子供達や親子連れが、キャッキャッウフフ、っと久しぶりの日差しの下で遊んでる中。


日陰のベンチに座り、何やらボソボソと幼児らしく無い話しをしてる勇人とアイン。

二人は今後の事について話しあっていた。

だが、ハタから聞いたら妄想や毒デムパに近い。

そんな会話を両親に聞かれる訳にもいかず、二人はそれなりに気を使っていた。

アインがここ数ヶ月の感想を勇人にこぼす。


「しかし、幼稚園から接触して良かったんですか?勇人様。

もう少し、話しの通じる小学校から本格的に接触すべきだったのでは?


ソナタ様…。


あの初接触の一件以来、人見知りに拍車がかかってか、取っ掛かりが全然掴めないんですが…。

それどころか、たまに恐怖の対象として、見られてる事もあるのですが…。

なぜでしょう…?」


勇人はその問いに笑顔でニコやかに答えた…。


「それはなアイン…。

お前の第一印象が最悪だったから、怖がってるだけぞ…。

初めの一歩が

大きく後ろ歩きでやっちまったってだけだ…。」


それを聞いたアインはバツが悪くなったのか…。


「そ、それはそれ、コレはコレ…。

それに幼稚園児特有の会話で、話しにまとまりなくて、恥ずかしがり屋さんでボソボソと小さな声で喋ってて、何を言ってるか分かり辛いんですよ…。」


アインは自らの失敗を指摘され、大きく話しをそらし愚痴をこぼす。

勇人は答えた。


「確かに、難儀かもしれんがコレはチャンスなんだぞアイン。

古い言葉で「竹馬(チクバ)の友」と言ってな。

幼い時に出来た友達は、なかなか代え難い物何だ。

それに、刷り込みに近い事が出来る幼児期は、特に色々と影響を与えやすい。

友達になって真人間へとサポートするなら、なるべく早い時期が一番だと思うがな…。」


「そ、そう何ですかね…?」


友達になる事が、自らの予想より遥かに難しかったので、アインは自信を無くしかけているようだ。

勇人はそんなアインの心情を察し、話しを続ける。

兄のように…。

人生の先輩のように…。


「いいか、アイン。

どんな子供にも、小学校に入学する前に出来ておいて欲しい事がある。


人の話しをちゃんと聴くって事と。


会話。


そして、他人と遊ぶって事だ。


この3つが、人生にどれだけ重要か。


幼稚園って場所は、その3つを出来るようになれれば、めっけ物な場所だと俺は思うんだ。

小学校の入学式が終わった後、教室で自己紹介の挨拶をする事になるんだが…。

幼稚園に行かなかったら。

知り合いの子は誰一人としていない状態だ。

そんな状況は人見知りや恥ずかしがりやのヤツには不安と恐怖しかないだろ。

小学校生活に慣れるのが早いか遅いかで…。

それが後々の学生生活にも、響いてくるって時なのにな…。」


「そんな状態を、あの人一倍恥ずかしがりやで人見知りの激しいソナタに体験させてみろ…。

ライオンの群れにチワワをぶち込むようなもんだぞ。

その時の不安感で…。

完全にパニックになるね!!

アイツなら。

間違いなく!!

そんな状況から友達になろうなんて、難易度設定ベリーハード以上のナイトメアモードだ。

仲良しな友達ってのは、一番最初は知らない他人から始まる。

人と関わりを持つ方法を学ぶにも、先ずは身内以外の他人が居ないと始まらない。

その他人が集まり、他人に慣れる場所として、まず幼稚園があるんだと俺は思う。

だが、幼稚園に入園するかしないか。

大概、親が勝手に決めちまって、当人が選ぶ事なんて出来ない選択肢だ。

そんな貴重な一年を得られたんだ。

友達になれなくとも、知り合いにはなっておいて損はないんだよ。」


勇人がそう自信を持って断言しても、アインの反応がイマイチ悪い。

上の空だ。

よほど何かを思い悩んでいるようだ…。

勇人がしゃべり終わると、アインはため息つきながら質問してきた。


「あの~。勇人様…。

チクバって…。

なんなんですか?

何かこうニュアンス的には外国人の助っ人か何か的な…?

私、先程からそれが気になって気になって…。」


「それを悩んでたのかよ!!!?

俺の気づかいを返せこの野郎!!」


思わず勇人のツッコミが入る。

どうやら竹馬(チクバ)と言われてもピンとこずに悩んでいたらしい。

なにげに現代っ子だ。

今までの真面目な励しで、バカバカしくなっていた勇人だったが、呆れながらも説明する。


「たくっ…。

竹馬(チクバ)って言うのはな、竹馬(たけうま)の事だ。

竹馬は知ってるよな。」


首を横に振り否定するアイン。

やはりピンとこない。


昔の園児が幼児用竹馬でチャンバラやらかして、ケガして以来、この幼稚園の中に竹馬がなくなってたので仕方ない。

クレームが来たから撤去は今の流れとは言え寂しい時代だ。


「昔の遊び道具だよ竹馬は…。

今で言う所の、ゲームみたいなもんだ。

現代風に言い換えたら、ポケモンの友。

もしくはモンハンの友と言い換えれば通じるのか…?」


「うおっ!?

ケータイゲーム機のような物でしたか!!

それは、是非ともお友達になっておきたいですね。

狩りにお友達がいないと、キツいですから…。

ポケモンもバトルしてなんぼですし


あっ!?


狩りの時は勇人様も手伝って下さいね。

G級一人だと狩るのツラいですし…。

マイマスター…。

神様の事なんですけど…。

モンハンだと全然役に立たないですから…。」


「知るかよっ!!

てっ!?神さまもゲームやんのっ!?」


「ハイっ。

モンハンだと大概、真っ先に3乙するみんなの足を引っ張るお荷物ですが…。」


「か、神さまっ…!?」


勇人から答えとツッコミを入れられ、元気になるアイン。

そのノリのまま、勇人に質問をした。


「ところで友達の定義ってなんでしょうかね?」


「そうだな…。

俺の定義では、相手が自分に気楽に話しかけられる程度に友好と認識して、自らもそれを不快としなけりゃ友達だな。」


「ならば、気楽に一狩り行こうぜって言い合えるようにモンハンの友を作りましょうか。

幼稚園、暇ですしね…。」


「暇でモンハンついでに地球救済かよ。

適当だな…。」


思わず勇人も少しだけ笑みがもれた。

久しぶりに笑ったと勇人は感じた。


「しかし、この幼稚園生活も一種の学園ゲームのようなモノになるんですかね?

一通りの季節イベントは発生してますし。

「矢城くんの事、好き~。」

と何の気に無しに、言われたりしますし…。

幼稚園児なりの恋愛イベント、お誕生日会にお呼ばれ、も発生しましたし…。

最近の子は大胆ですね。

その時いきなりほっぺにキスもされましたよ。」


そう真顔で、アインはブツクサ言ってると…。


「お、お前…?

俺の知らない所で…。

な、何してんだよ!?

てか、なんでお前だけ呼ばれてんだっ!?」


さっきまでの笑みとは反転し、半泣きで怒りだす勇人。


「イエ、ソナタ様の事ばかり相手にしていては、不自然でしょう?

この時点で異性とのコミュニケーション能力を得られていたら、後の人生で役に立つかと思いまして…。

勇人様も、お呼ばれしてるかと思ったのですが…。

あの子…。

どうも、勇人様がお嫌いらしくて…。

彼女に何かイタズラか何かされたのではっ?

スカートめくり的なセクハラか何か…?」


「俺がその年代に、んな事するかよ!!

やるなら保母さんにやるわっ!!


言っとくけどなアイン。

今モテても将来モテるとは限らないぞ。

幼稚園児の恋愛なんてそんなもんだ。」


「そうなんですか?」


「ああ、前回の人生で経験済みだよ…。」


二人にしらけた気まず~い空気が流れた。


「…………話しを元に戻しましょう。」


気まずくなったアインは、話しを元に戻す事にした。


「ソナタ様と…。コレからどうすべきでしょうか?

ほんの僅かずつではありますが、心を開いてこられてますが…。

幼稚園の中ではまだ孤立気味ですね…。」


「やる事は今までと変わらないさ。

まず幼稚園で、俺達が真っ先にしなければならない事は挨拶だ。

そして、あの子と遊ぶ事!!

それも一人で遊べるような遊びじゃダメだぞ。

ソナタとも皆とも、複数で遊べる遊びで、俺達以外にも友達が出来るきっかけを作れる物でないと…。

話しをするきっかけは先ずは挨拶。

お互いに仲良くなる為の行動は遊びだ。

それで少しずつお互いの事が分かってくる。

そこから、知らず知らずに友達意識、仲間意識ってのが生まれてくるのさ。

それしか方法はないと思うがな。」


「そうですねぇ…。」


アインは頬杖をつきながら、納得したのかしないのか曖昧な相打ちをついてきた。

勇人は続けてしゃべり出す。


「まるで「風が吹けば桶屋が儲かる」のような発想に近いが…。

幼稚園で親しいお友達が出来るとな。

幼稚園へ行くのが楽しくなって、自ら進んで幼稚園に行くようになる。

人は、その場が楽しいと思えるか、思え無いかで、身に付く内容も質も量もかなり変わって来る。

つまり、その場を楽しめる場所にする事が、幼稚園生活ひいては教育。

子供の育成環境を充実させるコツなんだ。

その為にまず、幼稚園では遊び、友人を作らせてやらないと…。

一番やってはいけないのが、一人っきりで友達を作れず、かつ幼稚園に馴染めなくなる事だ。」


勇人のその言葉を聞くと、アインも笑顔で同調してきた。


「そうですね。

幼稚園を一人ぼっちで夕方の帰りの時間まで過ごすには、寂し過ぎる程に、騒がしいですからね。

騒がしいのも気にならない位、楽しく面白い場所にしませんと…。」


だが、二人のそんな思わくも虚しく、思わぬ所から瓦解する事になった…。

瓦解するキッカケは、その秋に起きた。

時は少しずつながれ…。

場所は幼稚園…。


「「「………♪…げろっケロッケロッけろっ♪クワックワックワッ♪。」」」


「はいっ皆さんよく歌えました~。

今のは、とおってもお上手でしたよ~。

みんなさん自分とお友達に拍手~!!

パチパチ~!」


伴奏も終わり若い保母さんのその言葉と拍手で、みな思い思いに笑顔になったり話し出したりしだす。

多少園児達に話しをさせておいてから、保母さんがまた活舌よくハッキリとしゃべり始めた。


「ハイっ!

みなさ~ん静かにして下さ~い。

ちゅうも~く。

いよいよ、明日はお遊戯会の本番です。

明日には、皆さんのお母さんやお父さんが大勢来る事になります。

明日もさっきの練習のように上手に合唱しましょうね。

みんな~分かりましたか~?」


「「「は~~~~~~~~い!!」」」


みな思い思いな形で返事をするが、わりかしその返事も揃って聞こえた。

合唱の成果だろう。


お遊戯会の最後の練習も終わり、園児達もまた散り散りに解散し、みな思い思いに遊び始めた。

そんな中、ソナタが一人浮かない顔をしている、どこか寂しそうだ…。

それに気づいた勇人が、アインに促してソナタに問いだした。


「ソっくんどうしたの?」


最近は、アインが話しかけてもようやく驚かれず。

お互いあだ名で呼びあえる仲になった。

ソナタの中で、アインの存在が普通になりだしたのだ。

そばに居て普通という仲。

スタート地点がかなりのマイナスだったので、これだけでも大きなプラスだ。


「アイちゃん…。

アイちゃんとこはおかあさんくる…?」


ソナタの声はやはり小さいが、ちゃんと聞き取れる程の大きさだ。


「うん、来るって言ってたよ。おかあさんたのしみだって。

言ってた~。」


ソナタはアインのその答えを聞くと、ますます表情は暗くなり、手をまごまごさせ始めた…。


「…ボクのおかあさん。

おしごといそがしいから、これるか…。

分からな、いって言って、た…。」


ソナタはそう言葉を漏らしながら、徐々に半泣きになりつつある。

泣き虫と寂しがり屋な部分は、まだまだあるようだ。


「あらっあらっ?

どうしたのソナタちゃん?ドコか痛いの~?」


ソナタが半泣きになってるのを、若い保母さんが見てとると、ソナタの頭を撫でつつなだめてきた。

ソナタは半泣きになりながらも、必死に泣くのを我慢する。

入園したての「もう帰る!!」と言っては、泣きながらダダをコネていた時より、かなりの成長である。


『コレが成長か…。

人間、変われば変わるもんだな…。』


それを見ていた勇人は、そう感心していた次の瞬間!


若い保母さんもそれを感じたのか、感極まって自らに抱き寄せその豊満でやわらかそうな胸にうずめると…。


ソナタの頭をヨシヨシとするのだった。


「ガマンして偉くなったね~。

ソナタちゃん…。

もう少しで泣き虫さんが体からいなくなっちゃうぞ~!

頑張れ~!」


その時っ!!


勇人にイナズマのように衝撃とヒラメキが脳内を駆け巡る!


『っ!!?!?

そうか!!

オレは何で今まで気づかなかったんだ!?

今、この園児の体なら合法的に…。

ほ、保母さんの…。

お、お姉ちゃんの…。

お、お、お、おっぱいを、久しぶりに揉めるではないか!!

揉めるだけじゃ無い…。

上手くすりゃあ…。

か、顔をうずめてパフパフだって出来るんじゃね!?

しかし、どうすれば良い…どうすれば…!?』


「どうしたの?ゆうくん?」


『っ!!?!?!?』


イヤラし~い顔付きで、おっぱいを触る為の思考を巡らしていた勇人は…。

アインから不意に声をかけられ、先程と同じ位、心臓が飛び出す程の驚いた。


「な、なんだアイくんか…。

ちょ、ちょほっとビックリしちゃったじゃないか…。

はっ、はは…。」


勇人は尋常で無い程の冷や汗を垂らし愛想笑いをし誤魔化す。

心配になったアインはいきなり勇人の手をとると、人気の無い場所へと連れていき、大人状態の口調で喋り始めた。


「本当にどうなされたのです勇人様?

ソナタ様を眺められてボーっとされて…。

あまつさえ尋常で無い驚き方…。

更には、何かを誤魔化そうとする愛想笑い…。

ハッ!?まさか…!?」


勇人のそんな状態から、アインは少女マンガ風の驚きをしながら、ある結論を導き出した。


「惚れられてしまったのですね!

ソナタ様を…!!

禁断の愛…。

園児ショタっ子萌えに目覚まれてしまったのですね勇人様!!」


「んな事あるか~~~~~~!!」


勇人の鋭いツッコミチョップが、アインの頭に垂直に入る!!


かなり痛い。


頭を抑え苦悶の表情を見せるアイン。

泣きそうだ。

これ以上、変な誤解を避ける為に、勇人は先程思いついた事を素直に話した。


「…そ…そういう訳でな…。

ほんの少しばかりエッチな事しても、神様には怒られないかな?

アイン?」


モジモジと恥ずかしながらアインに問い詰める勇人。


「少しエッチかどうかの判断は別にして…。

それはまあ、大丈夫でしょ。

マイマスターも私達の世界のハトになったり白鳥になったりして、私や色々な方の裸を眺めに、よく行ったりしてましたし…。

怒られはしないと思います。」


「そうか…。

てか、お前ん所の神様は色々と…全くけしくりからんな…。

まあ、オレも、ちょ、ちょほ~いと…。

行って来るかな…。」


声を震わせながら神様の文句を言う勇人だったが、想像しただけで興奮したのか、最後の方は声が上滑ってる。


若い保母さんはソナタを解放して、合唱の為の楽譜を、整理していた。


それを見つけた勇人は、じ~~っと、沈黙しつつ保母さんを凝視する。

良く言えばネコのような凝視だが…。

悪く言えばストーカーの変態のようだ。


「んっ?どうしたのかな?ゆうと君?

みんなと遊ばないのかな~?」


勇人の存在に気づいて、振り返った若い保母さんに向かって、勇人は小走りに駆け寄った。


「え~~~ん。せんせ~~~~!!」


如何にも何かあった風を装いながら駆け寄ると途中で盛大にスッ転ぶ!


ドタっΣ!!ズサ~~~!!


「え~~ん。痛いよ~~!!

立てないよ~~~~!」


「あらっ?大丈夫ゆうと君?」


若い保母さんは、大袈裟に痛がる勇人に近づくと、抱き起こそうと膝をついてしゃがみこんだ。


その瞬間だっ!!


勇人の目が、獲物を狙う鷹のごとく鋭く光る!!


キラッん!!


『今だ!

今なら触れる!!おっぱいに!!

鷲掴み出来る!!』


鷹のような目なのに鷲掴みとは…。

これ如何に…?


説明しよう、幼稚園児の体格では立っている保母さんのおっぱいを触る事は、身長差から言ってほぼ不可能!

だが勇人は、あらゆる煩悩をフルに使い思考を張り巡らし、逆転の発想に至った…。


『保母さんがしゃがんだ瞬間…。

もしくは、抱き起こしてくれる瞬間を狙えば…!?』


そう…。


一連の動作は、全てがおっぱいを触る為の、勇人の巧妙な罠だ!!

若い保母さんに抱き起こされる際中、勇人は思いきり両手を伸ばし保母さんのおっぱいを…。


モミっムニュっ!


触った。

勇人至福の満面の笑みである。


『ああっ!おっぱいだ!

久しぶりの母親以外のおっぱいだ!!

そうだ、おっぱいに触るとこんな嬉しい感覚になれるんだった…。

母親のおっぱいでは決して沸き起こらないこの感覚…。


う、嬉しい…。


そうかっ!おっぱいに触るって、こんなに嬉しく幸せで楽しい感覚だったんだ…。

そしてなんだ…。

この心の底から沸き上がる熱のような感情と渇きは…。

も、もう二揉み…。

三揉みまではバレずに行ける!!

イヤ、顔をつき出せば…。

パフパフだって…。

イっけ~~男の夢と希望と煩悩を乗せてっ!!』


そう一瞬で思考は駆け巡り、またしても揉みしだき顔を埋めようとした時である。

保母さんは優しい顔から、鬼のような表情へと豹変し、勇人の襟首を掴み上げた。


「ゆうとく~~ん!!

そんなイタズラしちゃダメでしょ~~~~~!!」


「ひふぇっ!?!?!?」


勇人は、自らの肝っ玉がみるみる縮み上がり、心がバッキバキにへし折られるのが分かった。


恐怖…。


絶望に近い恐怖の感情が、勇人の心から滲み出す。

と同時に、疑問も沸き起こった。


『なぜだ?なぜバレた?

この幼稚園児の体でなぜワザとだとバレたんだ~~~!?』


「あんなイヤラしい顔して、保母さんのおっぱいを揉んだら…。

誰でも気づきますよ…。勇人様。」


そう物陰から、人知れず勇人にツッコミを入れるアイン。

神様に怒られはしなかったが、保母さんにはしこたま、トラウマ物に怒られ叱られた勇人だった…。


その翌日、お遊戯会当日。


普段の通園とは遅い時間に、勇人とアインと母親は、3人手を繋いで幼稚園に向かっていた。

勇人とアインは普段と同じ幼稚園服だったが、母親の格好は、入園式の時より1段下の服装で、それなりに見栄えする格好だ。

勇人とアインは思考を子供状態にしているので楽しそう、母親も見るからに楽しそうだった。


幼稚園の正門まで来た時である。

あの ソナタ が、満面の笑みで、勇人とアインに手を振りながら駆け寄って来たのだ。


「お~い!アイちゃ~~ん。ゆうちゃ~~ん。」


「そっくん!!オハヨー!」


「オハヨー!そっくん。」


二人の名前を呼ぶソナタに対して、二人は挨拶をするが…。

その挨拶の返事も無く、興奮気味にまくし立てるようにソナタはしゃべり出した。


「あのね!あのね!!

アイちゃん!ゆうちゃん!

ボクのお母さんがね!おしごとやすんで!

来てくれたんだ!」


よっぽど嬉しいのか、普段より明らかにソナタの声がデカい。

テンションも比べられない程高かった。

見ると幼稚園の正門付近に、入園式の時に見かけたソナタの母親が、またしても品のある高そうな服と、今回はサングラス姿でパリッと決めて幼稚園に来ていた。


ソナタの母親は、勇人とアインの母親の存在を見てとると、こちらにツカツカと歩いてきて、ソナタの後ろに立つと挨拶をしてきた。


「こんにちは、いつもうちのソナタがお世話なってます。

ソナタの母の、高松 紗英です。

君達があいちゃんとゆうちゃんね?

ソナタがいつもあなた達の事を話すのよ。

コレからも仲良くしてあげてね…。」


「どうもご丁寧…。

勇人とアインの母の矢城 天美(あみ)です。

こちらこそ、いつもソナタちゃんにお世話になっております。

ソナタちゃん。

二人が君に迷惑とかかけてない?」


とっさに質問をされて、ソナタはうろたえるかと思ったが、ソナタは黙ったまま首を横に振って否定した。


「コラ…ソナちゃん。

ちゃんと声に出して言わないと分からないでしょ?」


「うん…あ…ごめんなさい…。」


消え入りそうな程小さい声だが、ソナタにとってはかなりな進歩に違いない。

母親が側にいて安心しているのだろう。

勇人とアインにとっては意外だった。

ソナタが、二人の事を話題にするという事は、ソナタにとっても二人を友達視してる証明だ。


両名の母親達は礼節的な挨拶会話をしあっている。


ソナタも母親が来て嬉しいのか、じっと母親の顔を見てニコニコと笑みを浮かべている。

見るからに幸せそうだ。

そのスキに、勇人とアインはそっと耳打ちしあった。


「驚いたなアイン。

もうお前はソナタの友達だと言えるぞ。

これでソナタの人生に友達として介入できて、最悪な結末から脱出させられるな…。」


「ええ、コレで宇宙滅亡も回避出来る可能性が出てきました…。

私(わたくし)、何だか嬉しくなってまいりました!♪」


そう言うと感極まったのか、アインは嬉しくなって、ソナタと勇人の手をとって3人で幼稚園へと駆け入っていくのだった。

とり残された母親達は、その後を歩いて追っていく。

今はまだみんなが幸せだった。


お遊戯会が始まる直前。

園児の保護者達は、室内のおもちゃ広場と呼ばれる場所に設けられた会場で、パイプイスに腰を掛けてお遊戯会が始まるのを待ちわびていた。


パイプイスは、ちゃんと園児の人数分以上に用意されてはいたが、7人分程足りずに立ち見が出ている。

どうやら、夫婦で来ていたり。

孫見たさに祖父や祖母が来ている家族もあるようだ。

勇人とアインの母親とソナタの母親は、イスに座れずに立ち見をしていた。


お遊戯会が始まる時間が来たので、ベテランの保母さんが、若い保母さんに合図を送った。

若い保母さんは頷くとピアノの伴奏をしだし…。

その音楽と共に、自分達で作った星のついた冠をつけ、ワッカ状の鈴を持った園児達が母親達の前に整列しだした。


「さん、はい!」


「「「おかあ~さん!おと~うさん!ミナさん!。よくキてくれました。

イマから、おゆ~ぎ会をはじめます!」」」


若い保母さんのかけ声と伴奏と共に、園児達の挨拶と一礼で、お遊戯会が始まった。


キラキラ星の合唱から始まり。

合唱と合唱の合間には、園児達の寸劇と創作ダンスが上演された。


お昼をまたぐプログラム編成だったので、途中には食事休憩の為の、仕出しのお弁当も配られた。


アクシデントらしいアクシデントも何一つなく、お遊戯会はつつがなく終わり。

その後には懇親会という形の父母達の話し合いが行われた…。


何も…。


何も問題は無いはずだった。


みんなが幸せに終わるはずだった…。


だったのだが…。


お遊戯会翌日の朝。


「るん♪るん♪るふん♪るんる~~ん♪」


「アイン!道でそんなに飛び跳ねてたら転ぶぞ!

危ないから止め…。」


Σドタッ!!


コケるアイン。

膝からは少し血が滲んでいるが…。


「ほらっ!言わんこっちゃ無い…。」


「大丈夫。今、私(わたくし)無敵ですから!」


そう言うと泣かずに起きあがった。

二人が幼稚園へと行く道すがら。

アインの行動は幼稚園児そのものだった。

コケても泣く事もなく、無駄にテンションが上がったり、かと思ったら急に駆け出したり…。

無駄に大声を出したり。

まだ昨日の事が嬉しいようだ。


お遊戯会が終わった直後にも二人は、ソナタとその他の園児達とで鬼ごっこや隠れんぼをしたりして遊んだ。

もはや、アインとソナタとの壁は、簡単に飛び越えられる程、低くなったのだろう。

アインは、それを肌で感じとった事が、よほど嬉しいのだ。

今はその場でクルクルと廻っている。


「いや~勇人様。

初めてお友達が出来るって、こんなに嬉しいモノなんですね♪

心の奥底から、楽しさと嬉しさとワクワクが、泉のように湧いてくるようです。

昨日の日記なんて、久々にポエムまで書いてしまいましたよ♪」


「ポエムも書いてんのかよ…。

たまに、お前が羨ましく感じるよ。アイン。

どんな事にも新鮮に感じる事が出来て…。」


それを聞いた途端、アインは廻るのを止め心配そうに勇人に詰めよった。


「勇人様は、この感情が湧き上がらないのですか?

もったいない…。

なんでなんです?」


「たぶん俺も、前の人生の時。

初めて友達が出来た時は、お前のように感じたんだろうが…。

人の感情ってのは慣れる事で、少しずつ鈍くなるからな…。」


さも不思議そうに聞いて来たアインに対してそう答えた勇人の顔は、どこか達観した寂しそうな物だった。


だが、次の瞬間には明るく…。


「さて、アイン。

幼稚園が近づいて来たぞ。

そろそろ、幼稚園児に戻っとけ。」


そうアインに促した。


「あっ、その前に勇人様。

ソナタ様と今後は、どうすれば良いんでしょうか?」


「やる事は変わらん。

ただ、昨日みたいにみんなで、普通に遊び続ければ良いんだ。

友情ってのはそうやって深く濃く硬くなる。

それだけさ。」


「分かりました勇人様!

それでは今日も目一杯遊びますかな。」


勇人とアインは、そう言うと二人仲良く手を取り合って幼稚園へと入っていった。

だが、今日の幼稚園の中はいつもと変わらないように見えるのだが…。


何かが違う…。


何かが…。


「…?…。」


「………??……。」


園内にいる皆の様子がおかしいと察したアインが、勇人にひそひそと耳打ちして来た。


「どうしたんでしょうか勇人様?

何か皆さん妙によそよそしいというか…。」


「ああ、お前も感じるか…。

いつもと同じように、園児達は普通に遊んでるけど…。

なんなんだろな…?」


その時、勇人が若い保母さん達を見かけ、ハタと気づいた。

保母さん達が少し、ピリピリイライラしているようなのだ。

園児達もそれを察してか、遊ぶ姿勢にどこか遠慮して勢いがなかった。


『いったい、何があったんだ…?』


そんな中、ソナタがまた一人寂しく壁際で絵本を読んでいるのが見えた。

とりあえず、原因は分からないので二人はソナタと遊ぶ事にする。


「ソっくん。あ~そ~ぼ。」


「…………………。」


何故かその言葉を無視して、ソナタは一人で黙々と絵本を読み続ける。


聞こえなかったのだろうか?


アインは変に思いつつも、ソナタの正面へと回り込み、顔を近づけておどけながらもう一度誘った。


「あ~そ~ぼ♪アイくんだよ♪」


「……………………。」


ソナタは、バツが悪そうに目をそらし。

絵本を抱えると、一言小さな声でつぶやくようにアインに言った。


「お母さんが、君たちとあそんじゃいけないって…。」


「…えっ…?どゆことソッくん?」


「ゴメンね…、アイちゃん。」


ソナタは辛そうにそう言って、絵本を持ったまま園内の隅っこへと立ち去った。


しばらく何が起こったのか分からないでいたアインは、ソナタが自らを拒否した状況を、じわりじわりと出てくる涙で少しずつ感じとり理解していく…。

そして、完全に理解しきったと同時に必死にソナタを追おうとした…瞬間!!

勇人に手を捕られ制止され、小声で耳打ちされるのだった。


「止めとけアイン。

これ以上ソナタを追えば、話しがややこしくなる…。」


半泣きになりながらアインは、勇人の手を強引に振り払おうとしていた。


「で…。

ですが、これではいったい何がなにやら…。

訳が分からないじゃ無いですか…?

なんで…?そんな…!?」


朝のハシャぎ様から一転。

奈落の底へと突き落とされたようなものだ。

アインの動揺と落胆は、勇人にも手にとるように分かった。

分かるがゆえに、必死にアインを抑える。


「言ったはずだ!アイン!!

今ソナタを追えば話しがややこしくなる。

それに必要な情報は、ソナタが教えてくれただろうが!!

ソナタの母親が、俺達と遊んじゃいけないって言ったと…。

今は耐えろ!

ソナタの方がツラいんだ。」


強引にソナタの所へ行こうとしていたアインだったが…。

勇人の言葉でようやくおとなしくなり、半泣きでグズリながら勇人に質問しだす。


「では…。グスン

わ、私(わたくし)…。ヒッグ

き、今日…。ズスッどうすれば…。ウグッ

良いんでしょう…?ヴオェッ!?」


あまりのショックで少しえずいたようだ…。

勇人はアインの背中をさすりながら答えた。


「大丈夫、状況と情報から考えて、一つ思い当たる事がある。

確認するにも家に帰らないといけないから…。

今日の所はおとなしく遊んどけ。

なっ…?」


「……………分がり…まじ…た…。」


そう言って一旦勇人から離れようとしたアインは、ふと何かの異変に気づいた。


「勇人ざま…。何か、膝痛い…。」


「…………。

そりゃお前…さっきコケたからだろ…。」


無敵状態から一転、ステータス異常に陥ったようだ…。

アインは、勇人の言うことを納得し言われた事を実行するも。

寂しそうにしょぼくれて、その日1日ずっとおとなしいまま幼稚園を過ごした。

遊ぶ気力も失せるほど、落ち込んだのだ。

ソナタもまた、どこかつまらなそうにその日1日を過ごしていた。


幼稚園の帰りの時間になり、二人は急いで家に帰りつくと、勇人は母親に質問してみた。


「お母さ~ん。

なんかね今日ね…。

ソっくんのようすがね、おかしかったの…。

あそんでくれなかった。

ソっくんのおかあさんがボクらとあそんじゃダメってったって。

昨日、ソっくんのお母さんと何かあった?」


「!!!!?…

そう…。

ゴメンね二人とも…。

どうも、お母さん達のケンカに、三人を巻き込んじゃったみたい…。

本当に、ゴメンナサイ…。」


天美(あみ)は一瞬驚いたが…。

予想はしていたのか、すぐに何が原因か思いついたようだ。

お遊戯会があった後の懇親会での出来事を、掻い摘んで幼稚園児にも分かるように説明しだす。


「昨日のお遊戯会が終わった後にね。

お母さん達が集まって、お話しあいをしたんだけど………………。」


ここで少しばかり、場所と出来事を昨日の懇親会へと戻す…。


場所はお遊戯会が行われたおもちゃ広場。

懇親会は園児達の保護者の為に用意したパイプイスを、円形に並べただけの簡易的なものだった。

保護者達にプリントが配り終わったのを確認して、園長先生がしゃべり始めた。


「え~~~皆さん。

今日はお忙しい中、よくおいで下さいました。

お疲れ様です。

お遊戯会も無事円満に終わり、ありがたく思っております。

今日は園児達が頑張って出し物をしてくれたおかげで、大変素晴らしいお遊戯会が出来ました。

今夜は、各ご家庭のお子さまを、よく頑張ったと目一杯褒めてあげて下さい。

では、コレからの、幼稚園での遠足とクリスマス会の事についてなのですが…。」

そう話しを進めようとした時である。

突然、ソナタの母親、高松 紗英が高らかに手を上げ園長先生の話しを遮った。


「園長先生、少しよろしいでしょうか?」


「あ~~~。どうぞ。

プリントに不備でも、何かありましたか?」


「何かありましたかじゃありません!!

園長先生!

お遊戯会のアレのどこが、無事円満に終わったと言えるんですか!?」


「な…、何かご不満な点でもありましたか?」


園長先生のその言葉を聞いて、紗英は何かシャクに触ったのか、大きな声でまくし立て始めた。


「ええ、ありました!

まず一つ目は、パイプイスが足りなくて立ち見が出た事です。

予想よりも人が大勢来る事なんて、簡単に予想出来た事でしょう?

何で、前もって多めに用意しておかなかったんですか!?

私なんて、必死に連日徹夜して仕事を終わらせて来たのに…。

終始立ち見でつらかったんですよ。

そして二つ目、お昼のお弁当の時、仕出しのお弁当はちゃんと人数分用意されてはいましたが…。

お茶が人数分用意出来てない何て、どうゆう事です?

水道水のみで、お弁当を食べろというんですか!?

お茶パックとお湯位は、準備出来たはずですっ!!

その辺も、配慮が足りないのでありませんか!?

そして三つ目、合唱の時に、並び順が固定されていて、私の息子が常に前列の端っこだったでしょ!

何故合唱事に並び方を変えなかったんです?

私の位置からだと、よく見えなかったんですよ。

そして四つ目…………。」


ソナタの母は次から次へと、自らが不満に思った事をあげ始めた。

やれこうしなかった、やれああすればよかった。

次から次へ出るわ出るわ。

聞いてる園長先生や保母さん達。

聞かされてる他の保護者達もうんざりしだしていた。


「高松さん言い過ぎよ。

その辺で止めときましょう…。」


勇人とアインの母親の天美(あみ)が、いたたまれなくなり隣りにいた紗英を止めに入る。

だが、紗英は止まらない。


「いいえ!!

こういう事は、ちゃんと言っておかないと、いつまで経っても全く改善されないんです!!

後々の為に、今キッチリ指摘するのが、この幼稚園のタメにもなるんです。

止めないで下さい!!矢城さん!!」


「高松さん!

どんな正論でも言い方と限度と節度はありますよ!

幼稚園側に完璧を求め過ぎです。

私達親の立場で、我慢出来る事柄なら、我慢すれば良いだけでしょ?」


天美は立ち上がり、まあまあと紗英を座らせようとするも、紗英はそれを拒否する。


「今まで、そうやって我慢して誰も指摘しなかった事が、幼稚園側の怠慢を見過ごす結果になってきたんです矢城さん。

言うべき時には、ちゃんと言わないといけないのよ!

何で幼稚園側の肩を持つんです!?」


「高松さん私は、言い方と言う時を間違えてないかと言ってるんです。

これじゃあまるで、お遊戯会全てが失敗したように見えるじゃないですか…。

悲しいですよそんな…。

子供達あんなに頑張ったのに…。」


辛そうに悲しげに語る天美に、紗英は高圧的に辛辣な言ってはいけない一言を浴びせた。


「失敗したように、見えるんじゃないんです。

失敗したんですよお遊戯会は…。

だいたい、お宅のお子さん…。

演劇でセリフ間違えて、大笑いされてたじゃないの。

「お地蔵さまの おつむ(頭)」の事を、

「お地蔵さまの オムツ(尿漏れ防止オムツ)!!」だ何て大声で間違えて…。

恥ずかしい…。

普通、間違えないわよ…。

あなたのお子さん頭悪いんじゃないの?」


パンッ!!


紗英のその一言で、天美はつい反射的に紗英にビンタを喰らわせてしまった…。

本当に無意識の行動だった。


「…あっ…!?

ご、ゴメンナサイ高松さん…。

だ…大丈夫…?」


ビンタした事でワレに帰った天美(あみ)だったが…。

紗英の方は…。


「……なっ!?

何すんのよ~~~~~~!!!!!!」


紗英が完全にキレて、それからはもう、全てがわやくちゃになり、もはや懇親会どころの話しではなかった…。


ではこの辺りで場所と時間を、勇人とアインが母親に尋ねた所へと戻る。


「………お茶が無い、…イスが無いとか、そんな事でお遊戯会が失敗だって言われてね。

ソナタ君のお母さんが、あんまりにもお遊戯会の事、悪く言うもんだから…。

お母さんつい、ソナタ君のお母さんひっぱたいちゃって…。」


天美はあえて、我が子がセリフを間違え、我バカにされた事は伏せて説明し終えた。

親同士のケンカの原因を、我が子にまで重荷として背負わせたくなかったのだ。

だが、勇人には天美の言葉は、何かが引っかかっていた。


『おかしい…。腑に落ちない…。』


対照的にアインの方は、天美の説明に納得したのか…。


「も~~~~う!!おかあさ~ん!!

何で叩いちゃったの~~~~~!?

お母さん、いつもケンカはダメだってボクらに言ってるのに~~!?

も~~~~う…」


そうアインが怒りすがり、母親の非を責めると、天美はただただ悲しそうに、我が子達に謝るのだった…。


「ごめんね…。

アイン、勇人。

ごめんなさいね。

明日にでも、ソナタ君のお母さんに謝りに行ってくるから…。」


それを聞いた勇人は慌てて取り繕う。


「そんな…。

大丈夫だよ、お母さん。

今日はたまたまソっくんは遊んでくれなかっただけで…。

また直ぐに遊んでくれるようになるよ。

たぶん、ちょっと気まずかっただけだよ。

ソッ君のお母さんだって、そんな事気にしてないよ。

だから、気にしなくて良いよお母さん。

ねえ、あいくん?」


「だって、ソっくんがあそんずぁだ………。」


勇人はアインの言葉を遮り、アインの手を掴むと急いで、2階の自室へと引っ張っていった。


「大丈夫だよ。

気にしなくて良いからお母さん。」


階段のきわからそう勇人が言うと、アインを自室へ強引に押し込み扉を閉めた。


自室で勇人はアインをまくし立てた。


「オイ!アイン!

お前はもう少し、状況と情報をまとめて、考えてから話せよな。」


「ど、どうゆう事…ゆうくん…?

だって、お母さんが悪いのに…。」


「いい加減、思考を元に戻せ!!」


ポカリっ!


そう勇人が言うと、アインの頭を少し強めにはたいた。

痛みで冷静になったのか涙目になりながら、アインは勇人の話しを聞きだした。


「いった~~…。

どうゆう事何です?勇人様。」


「いいか、アイン。

お前は、少しの言葉と情報と状況だけで結論を出し過ぎだ。

それは軽率過ぎるぞ。

もう少し多角的に見て、深層を探れ…。

目に見えない色々な言葉と情報と状況も、考えて結論を出せと言っとるのだ。

大事なのは、物事の本質だ。」


「……っ!?………?」


どうにもアインには分からないようだ。


「…?…。どうゆう事です?」


「たくっ…。

もっと簡単に言うとだな…。

人が自分自身に都合が悪い事を言ってるからといって、真実とは限らん。

例えそれが、自らを傷つける事になってもな…。

相手を傷つけない為ならば尚更だ。

見えない聞こえない言わない真実も、そこにはあるってこった…。」


それを聞いたアインは、勇人が何を言わんとするかようやく分かった様子だったが、それゆえに問い返して来た。


「つまり…勇人様。それは………?

お母様がウソをついているとでも?

あのっ!お母様が!?

ウソをつくなんて到底思えませんが…。」


「その通りだアイン。

俺達は、あのっ!お母さんの性格を知っている。

ウソはついていないだろうが…。

重要な情報は抜かして、話したんだろう。

それを加味してアイン。

お前に質問だ!

あのお母さんを、人が大勢いる幼稚園の懇親会で、ビンタさせる程、怒らせる方法は何~んだ?」


勇人は比較的明るくアインに質問した。

まるでそれが遊びであるように、錯覚させるように…。

人は時として、遊ぶ感覚で物事を考えたほうが、良いアイデアが出る時がある。


特に子供の場合には…。


人生初めてのアインには、コレ位がちょうど良いと勇人は考えたのだ。

アインは目をつむって考え込む。


『え~と…。

幼稚園の懇親会で、あのお母様を怒らせる方法ですか?

誰にでも物にすら優しい人ですからねぇ…。

う~ん…?

1番、牛乳を飲ませてすぐにわき腹をくすぐる。

これじゃ怒らないな…。

2番、パイプイスを片手にした悪役プロレスラー乱入。

イヤ、流石に幼稚園でそれは無い。

3番、カブトムシを右肩にクワガタを左肩にセミをおでこに乗せる。

4番、冷蔵庫の冷凍室を開きっ放しで買い物に出かけ、買い物先でその事を告げる。

3番と4番はかなり可能性ありますなぁ…。

5番、…!?』


しばらく下らない答えばかり頭に浮かぶアインだったが、ハタととある結論に達した…。


それは…。


「ご…5番…、私達の事で何か言われた…。

で、ファイナルアンサー…。」


「何が5番なのかは分からんが…。

おそらくは、それが正解だな…。

そして、それしかない。

あの天美母さんの性格を考えたならな…。

まあ、実はキレやすい性格で、本当にお遊戯会が失敗したと言われて、キレたのかもしれんが…。」


それを聞いたアインは、明確に否定した。


「失敗したって言われただけで、キレたなんて…。

それはやはり無いですよ。勇人様…。」


アインにもようやく分かったようだ…。

結論に達した二人は、少し疲れが出始めて、ぼんやりしていた。

アインはいつも見ている、夕方のアニメを見るのも忘れていた。


「ソナタ様のお母様は、今で言うモンスターペアレントってやつでしょうか?」


「服装や言動からしたら、自分にも他人にも厳しい完璧主義者かもな。

ありゃあ…。

どっちにしてもハタ迷惑だがな…。」


「コレからソナタ様と、どうすればお友達に戻れるんでしょうか…?

このままでは、ソナタ様の未来が…。」


「…………………。」


勇人は、しばらく考え込むとポツリポツリと語り出し始めた。


「昔さ…。

前の人生の時に、ウソをつかずにウソをつく方法があるか考えた事があるんだ…。

勘違い言い違い見間違い聞き違いをさせるヒューマンエラー。

誇大表現と過小表現。

特定情報を、抜いたり、足したり、隠蔽したり。

話してる相手に、誤認識させる為に、主語と述語と名詞をあやふやにするボカシ。

まあ、色々とたくさんあるんだわ。

ウソをつかずに、真実を言ってるように見せかけて、真実を隠す方法なんてな…。」


どうにも答えの見えない言い回しに、アインは少しイラっとした。


「勇人様。…その話しは今は関係無いのではっ!?」


「だからさ…。

ソナタは俺達と遊んじゃいけないって言われただけだ。

遊ばない方法で遊べば良いし。

友達になれないなら、友達にならないで、仲良しになれば良いって事さ。」


「……っ!?……。」


…翌日。


ソナタはまた孤立し始めていた…。


元来、恥ずかしがりやで人見知りの激しい性格のソナタは、自分から積極的に人と遊ぼうとするタイプでは無い。

誘われてはじめて行動出来るタイプだ。

今までは、アインと勇人をパイプとして、幼稚園の他の仲間と遊び始めていたのに…。

そのパイプを自ら断ってしまったのだ。

完全に孤立するのも時間の問題だった。

昨日と同じように、幼稚園の片隅で絵本を読んで過ごしていた時である。


アインが昨日と同じようにやって来た。


『ど、どうしよう…?

また、アイちゃんの事、知らんぷりした方が良いのかな…?』


ソナタのような母親を持つ家庭にとって、親の言う事は絶対である。

特にソナタのような受け身な性格に育ったなら尚更だ。

そんな中でソナタが、どうするか悩んだだけでも、アインと勇人の見えない成果であろう。

そんなアインは、ソナタの横にちょこんと座ると、ソナタと同じように絵本を黙々と声に出して読み始めた。


「ソッくん。ぼく遊んでないよ。

ただここで絵本見てるだけだからね…。」


そうアインが呟くと、ソナタも納得したのか。


「そっか…そだね…。」


アインの横から立ち去る事なく一緒に絵本を読み続けるのだった。

勇人はその光景を後ろで眺めながら、これからについて考えていた…。


『今はまあ、コレで良い…。

ソナタを孤立させずに、友好も保てる。

後は、ソナタのお母さんの腹の虫が、治まるのを待つだけだが…。

永遠に根に持つタイプじゃなけりゃいいけど…。』


勇人がそう思考をめぐらしていると、次々に不安感がもたげて来た。


『考えてみたら、ソナタも未来では家族と隣人殺しの極悪人何だよな…。

大概、そんなご家庭は、親が何かしら人として問題がある所が多いからな。

やっぱりソナタん家のネックは、母親なんだろうか?

だとすると、怨みを持つなって言う方が無理かな?

こりゃあ地球の未来の望みも薄いかもな…。』


そう勇人が考えていたら、どんどんと自らが鬱になって暗くなっていくのが分かった。


その後も、アインと勇人とソナタの3人は事ある事に一緒に行動した。

勇人の心配は日に日に大きくなったが、半月後には…。


「アイちゃん、ゆうちゃん。あ~そ~ぼ~。」


なんと幼稚園で、ソナタの方から遊びに誘って来たのだ!!


大きな声とはいかないまでも、普通の大きさの声で…。


「えっ!?いいのソッくん!?」


そう大きな声で答えたのは勇人の方だった。

アインは嬉しいのか、目がキラキラしだしたのがハタから見ても分かる程だ。


「うん!なんかね、お母さんがね。

アイちゃんとゆうちゃんにね。

ゴメンって言ってって言っててね。

そんでね、こんど家にね…。」


ソナタのそのセリフも半ばに、3人は遊んだ。

精一杯、遊んだ。

この半月分を一気に取り戻す勢いで遊んだ。

その日一日は楽しい日となった。


ここで一旦何があったのか、話しを過去へと戻してみよう。

ソナタが遊ぼうと誘ってきた、前日…。


その日は日曜日。

場所は街中のオープンカフェ。

そこに一人、誰かを待つ女性の姿…。

その誰かを見てとれたのか、やおら立ち上がり…。


「あっ!?こっちです。高松さん!!」


そう言葉に発して手を振ったのは、勇人とアインの母親の矢城 天美(あみ)だった。

そして、高松さんとは…。


「ごめんなさいね…矢城さん。

遅くなって…。

少し仕事がもたついちゃって…。」


「イエ、そんな構いません。

お話しがしたくて、お呼び出ししたのは私の方ですし…。」


「ここの場所と時間を指定したのは私の方よ…。

それで、悪いんだけど矢城さん。

アナタの話しの前に、少し聞いてもらえるかしら?」


ソナタの母親の高松 紗英だった。

天美が紗英へと話したい内容は、紗英にも大方予想は出来たが…。

紗英の方から切り出してきた話しは、天美には予想出来無かった…。


「あ、ハイ…。

構いませんけど…。」


天美は紗英が話し始めるのを待った。

紗英はウェイターにコーヒーを注文して、一拍おくと話しを切り出してきた。


「あの子ね…。

ソナタの事何だけど…。

お遊戯会の前まで、少しずつ明るくなっていってたのよ…。

楽しそうに私に、幼稚園の出来事を話してくれて…。

やれ、今日はこんな事があった。

やれ、今日はあの子があんな事したって…。」


紗英は少しずつ、ほんの少し前の記憶をゆっくり反芻するかのように語り出す。


「それでね、お遊戯会の前日…。

あの子が話してくれた幼稚園での出来事が、あんまりにも面白くて…。

本当はお遊戯会に行ける予定じゃ無かったんだけど…。

あの日、連日徹夜続きで無理して行っちゃて…。

慣れない事は、やるもんじゃ無いわね…。

少しカリカリしてたのよ…。」


コーヒーが紗英の目の前に置かれた。

紗英はコーヒーを一口つけて口を湿らせると、紗英が一番言いたい事を切り出した。


「矢城さん、ごめんなさい。

私アナタとアナタのお子さんに酷い事言って…。

アナタが怒るのもしょうがないわ。

本当に恥ずかしい…。」


紗英はそう言うと、天美(あみ)に対して深々と頭を下げた。

天美は、こちらから謝ろうとしたのに、まさか逆に謝られるとは…。

予想外な展開に動揺しながらも、礼節を持って対応する。


「イエ、あの…。

そんな私も謝らないといけないのに…。

私の方こそごめんなさい。つい手が出ちゃって…。」


天美はそう言うと、紗英と同じ位に深々とお辞儀をしたのだった。


「顔を上げて矢城さん。

謝るのはこっちの方なのよ。」


「イエ、そんな…私の方が…。」


そう二人は、謝罪の言葉のやりとりを繰り返していると、二人とも何だか可笑しくなってきた。

ハタから見た自分たちの姿を思い浮かべると笑えてくるのだ。

二人で同時に謝るのを止めると、天美が笑顔で話し始めた。


「最近、うちの子達が元気無くて…。

特に勇人なんかいつも暗い顔しちゃって…。

見てるこっちが辛くなるの…。」


「矢城さんの所もなの?

ウチもね、そうなの…。

また前みたいに逆戻りしちゃって。

幼稚園の事、全然話ししてくれなくなって…。

大人のケンカに子供を巻き込んじゃって、ホントバカな事したわ。

ソナタの初めて出来たお友達なのに…。」


紗英は話しを続ける。


「矢城さん私ね、ようやく分かったの…。

ソナタが少しずつ明るくなっていった理由…。

幼稚園に行くようになったから、変わったんだと思ってたんだけど…。

違った…。

お友達が出来たから、変わっていったのに…。

私、そんな事にも気づけなかった…。」


その後、天美と紗英の二人は子供の話題から入り。

身の回りの話し、過去の話しや子育ての苦労話しで、少しずつ打ち解けあっていった…。


人はお互いがどんな人間か話し、理解し分かる事で、距離を縮めたり、時に大きく離れたりするのだ。


相互理解とは、互いの距離感の構築でもあった。


お互いの和解も終わり、二人が会計を済ませ帰ろうとした時である。

天美(あみ)が、先ほどから気になってしょうがなかったが、聞きにくい事を聞いてみた。


「最後にちょっと聞いて良いかしら…。

高松さん?」


「何?矢城さん?」


「ソナタくんが話してた、お遊戯会の前日の幼稚園の面白い出来事って…。

もしかしたら…。

その…。

私の上の子が保母さんの……。」


天美は顔を赤らめながら言いにくそうに、自らの胸の前でグッパッグッパッとしてみると…。


「あらっ!?

矢城さんアナタも知ってたの?

一応気を使って伏せてたんだけど…。

ソナタがあんまり面白く話すもんだから…。

あんなに笑ったの、本当に久しぶりだったわ~~。」


「やっぱり…。あの子ったらもう…。」


天美はそう言うと、勇人の将来性を悲観し深くため息を吐くのだった。


「あら、悪い事ばかりじゃ無いでしょ?

現にその子がおませさんなおかげで、私はお遊戯会を見れたんだから…。

感謝してるのよ。本当に…。

今度、二人をウチに遊びに来させてよ、歓迎するわ。」


「ええ、遠慮なく。

ソナタ君も家へと遊びに来させて下さい。

では、また一緒に…。」


「ええ、また必ず…。」


二人は笑顔で一礼しあい、その日は過ぎたのだった。


親が子供を変えるのか…?


子供が親を変えるのか…?


今回の場合は、おそらくは子供達が親を変えたのかも………。


時は静かに少しずつ流れる…。

人は人を少しずつ変えて行く。

良い方へも、悪い方へも…。 


だが今回…。


人を変える一番の鍵となったのは…。

勇人が、保母さんのおっぱいを触りたかった…。


 変態的な煩悩だったという事に…。


勇人とアイン、二人が気づく事は無いのだろう…。


時は静かに流れる…。


ほんの些細な出来事が、人の運命を変えていく…。


地球はまだ暗い未来をたゆたって…。


滅びの定めから抜け出せてはいなかった…。


場所と時代は幼稚園から、小学校へと移っていく…。

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