1.42 小さな約束

 次の朝。


 トールは、まだぐったりしたままのサシャと共に、担架に乗せられて砦を出た。


「大丈夫でしょうか?」


 丈の長い灰色の服の裾を縄ベルトに挟み、杖を持たない方の肩に大きめの布鞄を下げてサシャの側に立ったユーグが、前を歩く、分厚いマントを羽織ったアランに小さく尋ねるのが聞こえてくる。


「大丈夫だろう」


 修道院や砦に必要物品を運び込む、荒野の端を流れる川を行き来する川舟に乗せて川下の村へ行き、そこから、修道院の馬車を使って北向きたむくの都へと赴く。乗り物を使う旅だから、ユーグの負担も、サシャの負担も小さいはずだ。明快なアランの声に、トールは自分の下にある、サシャの小さな身体の体温を確かめた。……大丈夫だ。多分。あの卑劣漢に負わされた傷は、きっと治る。治ったら、サシャの希望通り、北都ほくとの学校で勉強ができる。目覚めたら、環境の激変に驚くだろうな。もう一度、眠るサシャの体温を確かめ、トールは静かに微笑んだ。


 と、その時。


「サシャ!」


 既に冬の霧に隠れてしまった砦の方から、高い声が走ってくる。


「サシャ!」


 その声の持ち主、リュカは、リュカの声に歩みを止めたアラン達に走り寄るなり、サシャが眠る担架の端にその小さな手を掛けた。


「サシャ! 約束して!」


 幼いリュカの手が、動かないサシャの白い手を覆う。


「ぼくが『神帝じんてい』になったら、絶対にサシャを宰相にするんだから!」


 ある意味強引な、しかし悲しみに満ちた言葉が、白い霧を揺らした。


「だからそれまで、絶対死んじゃダメだよ! 約束だよ!」


 怪我の所為で気を失っているサシャには、リュカの約束は届いていない。リュカの心の痛みが伝染ってきたように感じ、首を横に振る。だが、トールは確かに、リュカとサシャの約束を聞いた。サシャの代わりに、自分が、リュカとの約束をサシャが守れるよう、力を尽くそう。再び動き出した、サシャが眠る担架の上で、霧の中に立ち尽くすリュカをしっかりと見据えながら、トールは大きく頷いた。

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