1.22 追う者、助ける者①

 その日の、夕刻。


[うわっ!]


 外に出て見えた、静かに舞い落ちる白い影に、思わず声を上げる。音は無いが、この場所でも、雪が降る。ある意味当たり前の現象に、トールは目を瞬かせた。


[冬、だもんな]


 トールが暮らしていた町でも、もちろん、冬になると雪は降った。だが、その雪は、まず、雷を伴った氷の粒から始まっていた。積もらない氷の粒が何度も降った後に、大晦日の頃にうっすらと積もる雪が降る。年が明けると、成人式の頃と、立春の頃に積もる雪が降るが、その辺りの天候にさえ注意すれば、後は少しずつ温かくなる。時折気まぐれにどかっと積もった雪の眩しさと、融雪装置から出て溜まった水を跳ね散らかす車の無神経さを同時に思い出し、トールはサシャが羽織る灰色のマントの隙間から、静かに降り続ける雪を見上げた。


[寒くないか?]


 雪を見て、マントに付いたフードをしっかりと被り直すサシャに、小さく問う。


「大丈夫」


 積もる前に、帰らなきゃ。小さく震えるサシャの、まだ紫色に変色していない唇に、トールは肯定の頷きを返した。


 音も無く降り続く雪の隙間を縫って、俯きがちに歩くサシャの鼓動を、心地よく聞く。この雪の中で、テオはサシャを襲うだろうか。降って湧いた警告に、トールははっとしてサシャのマントの隙間から枯れ野を見回した。大丈夫、枯れ草の揺れは無い。


 胸を撫で下ろしたトールをせせら笑うように、左側の枯れ草が不意に折れ曲がる。


[サシャ!]


 トールが警告の言葉を発する前に、しっかりと伸びたテオの腕が左側から、サシャのマントを掴んだ。


「……!」


 サシャの鼓動が、一瞬で響きを変える。


 サシャの小さな手がマントの紐の端に掛かると同時に、トールの視界は不意に開けた。


「なっ!」


 マントを外し、すり抜けるように数歩飛び下がったサシャの背後で、戸惑うテオの声が響く。だがサシャが森の方へと走る前に、サシャとトールの前に細長い影が立ち塞がった。


「……!」


 そのテオの不意を突いて逃げるために、サシャの身が低くなる。しかしサシャが動く前に、トールの視界に鋭い光が映った。


[サシャ!]


 テオが腰の剣を抜いた? そのことをトールが確かめると同時に、逃げようとしたサシャの身体が固まる。動けなくなったサシャの震えと、殊更ゆっくりと近づいてくる鋭い光に、為す術の無いトールは唇を噛み締めた。

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